第十三章 覆された真実 3
「モーゼスは、余の実子ではない」
カタリーナは咄嗟にモーゼスへ顔を向け、わずかに身を引いた。
その事実を初めて知らされた伯爵家以下の者たちの間には驚きが広がり、隣に立つ者と顔を見合わせたり、モーゼスと王妃へ交互に視線を向けたりする者もいた。一方、事情を知る侯爵家以上の者たちは口を開かず、国王の次の言葉を待っていた。
「余は二十年余り前、即位後の病で命こそ取り留めたものの、その後は子を望めぬ身体となった」
「そのような中、余はグランツ王国より王妃を迎えた。王妃はこの国へ来る以前に夫を亡くしており、異国での生活を始めた後も心身の不調が続いていたため、余も王妃自身も、深い悲しみと環境の変化によるものだと考えていた」
王妃は目を伏せた。
「しかし、婚姻からしばらくが過ぎた頃、その不調は心労だけではなく、王妃がすでに子を宿していたためだと判明した。その時には身ごもってから五か月ほどが経っていた」
国王はモーゼスを見た。
「その子こそ、モーゼスである」
モーゼスは国王と王妃を見つめ、ようやく声を絞り出した。
「……そんな……」
「余も王妃も、婚姻時点ではその事実を知らなかった。王妃が何かを偽って嫁いだわけでもなければ、余が他国の血を王家へ迎えるために婚姻を決めたわけでもない。幼い命に罪はなく、余はモーゼスを我が子として迎え、育てることを決めた」
国王は会場を見渡した。
「しかし、モーゼスの出生について、そのまま公にすることはできなかった。王家に後継が存在しないことが国内外へ知れ渡れば、王国の混乱を招き、他国に付け入る隙を与えることにもなり得たからだ」
「ゆえに余は、王妃、公爵家、侯爵家の当主たちと御前会議を重ね、この国の未来を守る道を模索した。長き協議の末に一つの結論へ至り、その決定は神聖契約によって守られてきた」
国王はヴァレリアへ視線を向けた。
「ヴァレリア・フォン・クローネンベルクを次代の国王とすること」
次にモーゼスを見る。
「そして、モーゼス・フォン・エーデルを、その王を支える王配とすることだ」
事情を知らなかった者たちの間に、再び小さなざわめきが起こった。
「王位継承権は、王家の血を受け継ぐ者にのみ与えられる。ヴァレリアには、公爵家へ受け継がれた王家の血が流れている」
国王はモーゼスへ目を向けた。
「だが、モーゼスには王家の血が流れていない。余が我が子として迎え育てたことに偽りはないが、王位継承権は余の意思で与えられるものではない」
モーゼスは何も言わなかった。
国王は一度言葉を切った。
「先ほど確認したとおり、お前へ王位を継ぐと伝えた者はいない。それでもお前は、王配として授けられた教えや、事実を知らぬ者たちから向けられた期待を、自らが王となる道へ結び付けた」
「お前がこの国を思い、より良い国にしたいと願って学び続けたことまで否定するつもりはない。だが、その思いと王位を継ぐ資格は別のものだ」
国王はモーゼスを見据えた。
「以上を踏まえ、余は王としてこの件に裁定を下す」
「まず、モーゼス・フォン・エーデルがこの場で申し出たヴァレリア・フォン・クローネンベルクとの婚約解消は、お前自身の意思によるものであり、その責はモーゼス・フォン・エーデルにあると裁定する」
「よって、ヴァレリア・フォン・クローネンベルクとの婚約は、本日をもって解消する」
国王は続けた。
「さらに、お前は王家の未来に関わる重大な誤解のもと、定められていた己の立場を自らの判断で覆そうとし、多くの貴族の前で次代の王となる意思を公然と口にした。その責は重い」
そして、モーゼスを真っ直ぐに見据えた。
「本日をもって、モーゼス・フォン・エーデルは王族としての立場を離れ、臣籍に降る」
「……私は、父上の……」
モーゼスの口から漏れた言葉は、最後まで続かなかった。
「……臣籍に、下る……」
国王は続けた。
「なお、養子として余の子であることに変わりはなく、親子の縁を断ずるものではない。だが、王族としての地位と、それに伴う権利は本日をもって失う」
モーゼスがゆっくりと顔を上げた。
「そのうえで、お前には王家預かりの領地を任せ、一代限りの伯爵位を授ける。以後、王家からの援助はその領地をもってすべてとする。今後は伯爵として領地を治め、領民を守り、自らの責任において生涯を歩め」
国王はカタリーナへ視線を向けた。
「カタリーナ・アウエ」
「……は、はい」
カタリーナが一歩前へ出た。
「余はここに王命を下す。一か月後、お前とモーゼス・フォン・エーデルの婚姻を執り行う」
カタリーナは驚きに目を見開いた。
「その間、カタリーナ・アウエは現在の職務を継続し、引継ぎと婚姻、領地移住の準備を整えよ。モーゼス・フォン・エーデルは臣籍降下の手続きと領地赴任の準備を進めること」
国王は二人を見据えた。
「一か月後、両名は婚姻を結び、新たな伯爵領へ赴任せよ」
カタリーナは深く頭を垂れた。
モーゼスもしばらく目を閉じていたが、やがて顔を上げた。
「……謹んで、お受けいたします」
「以上をもって、この件に関する裁定を終える」
国王は集まった卒業生とその家族へ向き直った。
「本日予定していた祝賀の席は、このような形となった以上、続けることは適わぬ。卒業という節目は本来祝うべきものだ。よって本日の席はここまでとし、日を改めて祝いの席を設ける。その折には改めて列席を願う」
貴族たちは一斉に頭を垂れた。
近衛騎士が国王の前へ進み出てモーゼスのもとへ歩み寄ると、モーゼスは小さく首を横へ振った。
「……大丈夫です」
国王と王妃へ深く一礼すると、モーゼスは隣に立つカタリーナとともに、自らの足で広間を後にした。
ヴァレリアは、モーゼスの姿が扉の向こうへ消えるまで視線を逸らさなかった。
やがて国王と王妃も広間を後にし、公爵夫妻とヴィンセント、ヴァレリアは深く頭を垂れた。
扉が閉じる音が響き、ヴァレリアは顔を上げた。
先ほどまでモーゼスが立っていた場所には、もう誰もいなかった。
「もう、同じ道を歩むことはないのね……」
ヴァレリアは閉ざされた扉をしばらく見つめた後、公爵夫妻とヴィンセントに続いて広間を後にした。




