第十三章 覆された真実 2
「確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ」
「ただ今のお言葉は、モーゼス様が次代の国王として即位なさることを前提としたお考えであると、そのように理解してよろしいのでしょうか」
モーゼスは迷わず頷いた。
「もちろんだ」
その短い返答に、公爵は険しい表情で目を閉じ、公爵夫人は息を呑んだ。ヴィンセントも信じ難いものを見るようにモーゼスを見つめ、王妃は驚きを隠せずに息子の横顔へ目を向けていた。
国王だけは表情を変えず、モーゼスを見据えていた。
ヴァレリアが国王へ視線を向けると、その意図を察したように頷きが返された。
「では、もう少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ああ」
「モーゼス様は、そのお考えをどなたからお聞きになったのでしょうか」
「皆だ」
「皆とは、どなたのことでしょうか」
「学園で過ごしていた頃は学友たちから何度も聞き、卒業して王城で実務に携わるようになってからも、多くの方々から同じ言葉を掛けられた」
ヴァレリアは頷くと、宰相へ視線を向けた。
「そのお話について、事実を確認させていただいてもよろしいでしょうか。宰相様、モーゼス様へ将来のお立場についてお話しになったことはございますか」
「ございます」
宰相は一歩前へ進み出て、ヴァレリアへ一礼した。
「私は殿下へ、将来この国を支える立場として、政務に必要な知識や心構えをお伝えしてまいりました」
モーゼスはその言葉に頷いた。
「ですが、殿下が王となられるとは一度たりとも申し上げておりません。私がお伝えしていたのは、あくまでも王配として女王陛下をお支えする立場についてでございます」
カタリーナが不安げにモーゼスと宰相を見比べる中、ヴァレリアは再びモーゼスへ視線を戻した。
「モーゼス様、宰相様のお話について、お考えをお聞かせいただけますか」
モーゼスは宰相を見たまま口を開いた。
「だが宰相は、『この国を支える立場』と確かにおっしゃった」
「はい。王配もまた、女王陛下とともに国を支え、その重責を担う立場でございます」
ヴァレリアは宰相へ一礼すると、今度は外務長官へ顔を向けた。
「外務長官様はいかがでしょうか。モーゼス様へ、そのようなお話をなさったことはございますか」
「ございます」
外務長官は一歩前へ進み出て、ヴァレリアへ一礼した。
「私は殿下へ、将来この国を代表して他国と向き合う立場として外交をお教えしてまいりました」
モーゼスはその言葉を肯定するように頷いた。
「ですが、殿下が王位に就かれると申し上げたことは一度もございません。私がお話ししていたのは、あくまでも王配として女王陛下をお支えし、ときには名代として諸外国と向き合われる立場についてでございます」
「だが外務長官は、『この国を代表して他国と向き合う立場』と確かにおっしゃった」
「はい。王配もまた、女王陛下の名代として諸外国と向き合い、この国を代表する立場でございます」
モーゼスが目を伏せると、ヴァレリアは外務長官へ一礼し、最後に幼い頃からモーゼスへ学問を教えてきた教師へ視線を向けた。
「先生も、モーゼス様へそのようなお話をなさったことはございますか」
「ございます」
教師は一歩前へ進み出ると、複雑な表情でモーゼスを見つめた。
「私は殿下が学びを始められて以来、王配とは王の命を待つだけの存在ではなく、王とともに国を支え、ときには異なる意見を述べ、より良い答えを導く存在であると幾度となくお伝えしてまいりました。ですが、殿下が王位を継がれるとお教えしたことは一度たりともございません」
ヴァレリアは教師へ一礼し、モーゼスへ向き直った。
「宰相様も、外務長官様も、先生も、どなた一人としてモーゼス様が王位に就かれるとはおっしゃっていなかったのですね」
モーゼスは一度目を伏せた後、顔を上げた。
「確かに皆様は、私が王になるとはおっしゃらなかった。だが宰相は、この国を支える立場とおっしゃった。外務長官は、この国を代表して他国と向き合う立場とおっしゃった。そして先生は、王配とは王とともに国を支え、異なる意見を述べ、より良い答えを導く存在であると教えてくださった」
モーゼスは一人ひとりへ視線を向けた後、再びヴァレリアを見た。
「学園では多くの学友たちが私を次代の国王と呼んだ。卒業して王城で実務に携わるようになってからも、多くの方々が同じ言葉を掛けてくださった」
「その学友の皆様は、伯爵家以下の方々が多かったのではございませんか」
モーゼスは少し考えてから頷いた。
「……そうだ」
「では、侯爵家以上の方々はいかがでしたか。モーゼス様を次代の国王とお呼びになる方はいらっしゃいましたか」
モーゼスは記憶をたどるように目を伏せた。
「……いや、いなかった」
「王城ではいかがでしょう。実務をご一緒された方々から、そのようなお話を伺うことはございましたか」
「伯爵家以下の方々からは、同じ言葉を掛けてもらった」
「侯爵家以上の方々は?」
「……そういう話は一度もなかった」
その返答を最後に広間を重苦しい沈黙が満たす中、ヴァレリアは表情を変えずにモーゼスを見つめた。
「それでも、モーゼス様はご自身が次代の国王となるとお考えになったのですね」
「そうだ」
モーゼスはヴァレリアを正面から見据えた。
「私はその一つひとつの言葉を胸に学びを重ね、実務を経験する中で、一つの結論に至った。王配も国を支える。王も国を支える。であるなら、私が王となりこの国を導くこともまた、国のためになるのではないかと考えた」
広間にいる者たちは誰も口を挟まず、モーゼスが自ら導き出したという結論を聞いていた。
事情を知らない者たちの中には、その言葉に納得したように頷く者もいた。
ヴァレリアはその様子を確かめた後、再びモーゼスへ向き直った。
「ありがとうございます。最後に、一つだけ確認させてください」
「ああ」
「つまり、そのお考えはどなたかから教えられたものではなく、モーゼス様ご自身が導き出された結論ということでお間違いないですね」
「そのとおりだ。私自身が考え、私自身が導き出した結論だ」
「……承知いたしました。私がお尋ねしたかったことは以上でございます」
ヴァレリアはそう告げて一歩下がると、国王へ向き直って一礼した。
国王はその姿を見届けると、モーゼスへ目を向けた。
「余も王妃も、お前へ幾度となく伝えてきたはずだ。ヴァレリアが王位に就き、お前はその隣で王配として国を支えるのだと」
モーゼスは目を伏せた。
「……はい」
「ならば、これ以上問うことはない」
国王は、事情を知る侯爵家以上の者たち、そして何が起きているのか分からぬまま成り行きを見守る伯爵家以下の者たちへと順に視線を巡らせた後、口を開いた。
「これより余が語ることは、神聖契約により、これまで侯爵家以上の者だけが知ることを許されていた真実である」




