第十四章 歩みは続く
あの祝宴から数日後。王の執務室では窓から差し込む陽光が室内を照らす中、国王と宰相が向かい合っていた。
「卒業生たちには、気の毒なことをしたな」
「卒業も成人も、生涯に一度きりです。だからこそ、あの日の祝宴をそのまま繰り返すべきではないと存じます」
国王はその言葉に頷き、ひとつ息を吐いた。
「余も同じ考えだ。だからこそ、あのまま終わらせることもできぬ」
「近く、ヴァレリア様が王太子となられることを国民へ公表する予定がございます。その新たな慶事に合わせ、卒業生たちの門出もともに祝ってはいかがでしょう」
国王はしばらく考えた後、その意味を確かめるように宰相へ視線を向けた。
「過ぎた日をやり直すのではなく、新たな祝いの日に送り出すのだな」
「はい」
「門出を祝うのであれば、門出のうちに祝ってやらねば」
「急ぎ準備を進めれば、一か月で整います」
国王は立ち上がると窓辺へ歩み寄り、眼下に広がる王都を見渡した。
「では、そのように進めよ。今度こそ、卒業生たちを祝い、送り出そう」
「御意」
それから、一か月後。
ヴァレリアは控えの間で、制服でもこれまで祝宴で身にまとってきたドレスでもない、王太子となることを国民へ公表する日にふさわしく誂えられた正装に身を包み、王家の紋章が刺繍された外套を羽織った自分の姿を鏡に映していた。
「ヴァレリア様、お時間です」
扉を叩く音に続いて侍女の声が響き、ヴァレリアは短く返事をすると鏡から目を離し、控えの間を出て廊下で待っていた国王と王妃のもとへ向かった。
「緊張しているか」
「少しだけ」
ヴァレリアの返事に国王が頷く隣で、王妃はその手を包み込むように握った。
「大丈夫ですよ」
ヴァレリアは王妃へ笑みを返し、その手を握り返すと、二人とともに回廊を進んだ。
やがて大広間の扉の前で足を止め、案内役の声とともに重厚な扉が開かれると、三人は揃って大広間へ足を踏み入れ、集まった貴族たちが一斉に頭を垂れる中を正面へ向かって進んでいった。
ヴァレリアが国王と王妃の隣に立つと、視線の先には五年間をともに過ごした同級生たちの姿があり、一か月前に学園を卒業してそれぞれが新たな生活を始めた者たちも、今日のために再び王都へ集っていた。
「面を上げよ」
国王の声が広間へ響き、集まった者たちが顔を上げるのを待ってから、国王は卒業生たちへ視線を向けた。
「一か月前、ここにいる卒業生たちは王立学園での五年間を終え、一人前の貴族としてそれぞれの道を歩み始めた。しかし、その門出を祝うはずであった席を、最後まで続けることはできなかった」
国王は卒業生たちを見渡した。
「今日は新たな慶事とともに、諸君の門出を祝いたいと思う」
そう告げると、国王は隣に立つヴァレリアへ視線を向けた。
「本日、ヴァレリア・フォン・クローネンベルクがエーデル王国の王太子となったことを、国民へ公表する」
国王の言葉が響くと広間中の視線が一斉にヴァレリアへ集まり、ヴァレリアはその視線を受けながら一歩前へ進んで深く頭を垂れた。
やがて顔を上げると、目の前では集まった貴族たちも一斉に頭を垂れており、ヴァレリアはこれから自分が背負うものの重さを改めて胸に刻むようにその光景を見つめた後、国王の隣へ戻った。
国王は再び卒業生たちへ目を向けた。
「今日という新たな祝いの日が、諸君にとってもよき門出の一日となることを願っている。それでは、卒業生諸君の門出を祝い、祝宴を始めよう」
その言葉を合図に給仕たちが動き出し、集まった者たちへ次々と杯が配られていくと、やがて全員の手に行き渡ったことを確かめた国王が自らの杯を高く掲げた。
「卒業生諸君の門出に」
「乾杯」
いくつもの声が重なり、それまで国王の言葉へ耳を傾けていた人々の表情にも笑みが戻ると、大広間には一か月前には最後まで続けることのできなかった祝福の声が広がっていった。
久しぶりに顔を合わせた級友たちは、それぞれが卒業後に始めた新たな生活について語り合い、家族や恩師たちもその姿を見守りながら表情を和らげる中、ヴァレリアもまた杯を手に、五年間をともに過ごした級友たちの輪へと歩みを進めた。
その頃、モーゼスとカタリーナは、二人がこれから暮らす領地へ向かうため王城を発とうとしていた。
すべての荷を積み終え、御者が出発の準備を整える中、馬車へ乗り込もうとしたモーゼスは、ふと足を止め振り返った。
しばらくそのまま立ち尽くしたあと、何も言わず馬車へと乗り込んだ。
「参ります」
御者の声とともに馬車が動き出し、城門を抜けて城下町を進んでいくと、やがて見慣れた街並みも少しずつ遠ざかり、二人を乗せた馬車は王都の外へと続く街道へ出た。
しばらく進んだ頃、開けた窓の向こうから道行く人々の声が聞こえてきた。
「新しい王太子様が決まったそうだ!」
「クローネンベルク公爵令嬢様らしいな」
「これでエーデルも安泰だ」
人々の声は馬車が進むにつれて遠ざかっていったが、モーゼスは何も言わず窓の外を見つめていた。
カタリーナはそんなモーゼスの横顔をしばらく見つめた後、口を開いた。
「モーゼス」
呼び掛けられ、モーゼスが顔を向ける。
「私はついていきます。後悔はしていません」
モーゼスはすぐには答えず、カタリーナを見つめていたが、やがてその手へ自分の手を重ねた。
「ありがとう、カティ」
カタリーナもその手を握り返し、二人はそれ以上言葉を交わさず窓の外へ目を向けた。街道の両脇には初夏を迎えた麦畑が広がり、その間を縫うように領地へと続く道が伸びていた。
馬車は二人を乗せたまま、これから暮らす領地へ向かって走り続けた。
――数年の月日が流れた。
エーデル王国は大きな混乱に見舞われることもなく、ヴァレリアは国王や王妃の支えを受けながら政務に向き合い、分からないことがあれば身分を問わず教えを請い、必要とあれば自ら現地へ赴いて人々の声に耳を傾けながら経験を重ねていった。
その後、婚約者も決まり、王国は新たな慶事を迎えた。
やがて王位を継承した後も、ヴァレリアの姿勢は変わらなかった。人々が何に困り、何を望んでいるのかを自ら確かめながら国を治める女王の姿は、やがて王国中に知られるようになった。
そして人々は、敬意を込めて彼女をこう呼んだ。
――『民の女王』と。




