第十章 同じ道の先で 1
学園へ入学してから二年が過ぎた。昨年の一年間、ヴァレリアは多くの生徒たちと交流を深め、それぞれの領地で育まれてきた文化や産業、抱える課題へ耳を傾けてきた。
本来なら三年生から所属が認められる生徒会へも異例の形で加わり、先輩たちの仕事を間近で見ながら、一つの判断が多くの生徒へ影響を及ぼすことを学んだ。
その経験を胸に三年生となったヴァレリアは、生徒たちから向けられる挨拶へ笑みを返しながら、春の陽光が降り注ぐ学園を歩いていた。
始業式が滞りなく終わると、新年度最初の役員会が開かれた。
新たな役員たちが席へ着く中、ヴァレリアも生徒会長の席へ腰を下ろして資料へ目を通した。各委員会の委員長が集まり始め、風紀委員長となったモーゼスも入室すると、ヴァレリアへ笑みを向けた。
ヴァレリアも小さく会釈を返した。
その日の役員会では、新役員の紹介と年間予定の確認、各委員会から引き継いだ業務の報告が行われた。議論を要する案件はなく、ヴァレリアは昨年の役員会を思い返しながら必要な確認事項を書き留め、生徒会長として最初の会を終えた。
役員会の終了後、資料をまとめていた一人が感心したように口を開いた。
「初めてとは思えないほど落ち着いておられましたね」
ヴァレリアは微笑んだ。
「昨年、先輩方のやり方を見て学ばせていただきましたから。今年は私たちが、来年の役員へ引き継げるよう努めなければなりませんね」
役員たちは頷き、それぞれ資料を片付け始めた。
生徒会長となってからも、ヴァレリアはこれまでどおり授業へ出席し、放課後には生徒会室で各委員会から提出される報告書や要望へ目を通した。春が深まる頃には役員たちもそれぞれの役目に慣れ、自分の仕事だけでなく周囲へも目を配れるようになっていた。
モーゼスもまた、風紀委員長として委員たちを率い、巡回方法や報告書の書式を見直したことで、誰がどこを確認し、何が起きたのかを把握しやすくなっていた。
ある日の放課後、生徒会室へ向かっていたヴァレリアは、階段前で数名の風紀委員がモーゼスへ相談している場面に行き合わせた。
「委員長、東棟の廊下で決められた場所以外へ荷物を置いている生徒がおりますが、すぐ取りに戻ると言って動かそうとしません」
報告を受けたモーゼスは迷わず答えた。
「規則で認められていない以上、移動してもらってください」
「すぐ戻ると言われても、ですか?」
「その『すぐ』は人によって違います。その都度事情を聞いて判断していては、同じことをした者への対応が変わってしまいます」
モーゼスは委員たちを見渡した。
「一人だけ認めれば、後から同じことをした者へ理由を説明できなくなります。誰に対しても同じ基準で対応できるようにしておくことが大切です」
委員たちは納得したように頷いた。
「委員長が基準を示してくださるので、私たちも迷わず動けます」
「皆が同じように動けるようにすることも、委員長の役目ですから」
ヴァレリアはその様子を見届けると、生徒会室へ向かった。
その年最初に役員会で意見が分かれたのは、夏を迎える前に行われる学園行事の準備についてだった。
「昨年担当した委員会へ、そのまま会場設営と備品の運搬をお願いした方が、経験もありますし準備も円滑に進むのではないでしょうか」
提案を受け、昨年担当した委員長が日程表へ視線を落とした。
「今年は準備期間に委員会の予定が重なっておりますので、昨年と同じ人数を出すのは難しいかもしれません」
「経験のある方が確実だと思いますが……」
「催しも大切ですが、委員会本来の仕事まで止めるわけにはまいりません」
意見がまとまらない中、風紀委員会の席からモーゼスが手を挙げた。
「それでしたら、準備期間中は校内の見回りを一部減らし、その分の人員を設営へ回すことができます。必要な人数は巡回へ残しますので、それ以外を準備へ充てれば対応できると思います」
困っていた委員長が表情を緩めた。
「それなら準備も進められそうですね」
「風紀委員会には申し訳ありませんが、ご協力いただけるのでしたら助かります」
賛同する声が上がる中、ヴァレリアは予定表を確かめてから口を開いた。
「モーゼス様、準備期間中は普段使われていない教室や倉庫へ出入りする生徒が増えますし、備品の運搬で廊下や階段の往来も多くなる予定です。その状況で見回りを減らして問題はありませんか?」
問い掛けられたモーゼスは資料を見返した。
「……確かに、普段より人の動きは多くなります」
「ご協力いただけることはありがたいのですが、そのために風紀委員会の仕事へ支障が出てしまえば、別の問題が起こるかもしれません」
ヴァレリアは役員たちへ視線を向けた。
「一つの委員会へまとめてお願いするのではなく、必要な作業を分け、それぞれが通常の活動へ支障のない範囲で担当できるものを持ち寄ってはいかがでしょうか」
書記が準備に必要な作業を読み上げると、各委員長は日程を確認しながら、担当できる作業と人数を申し出ていった。
その結果、通常の活動を維持しながら準備を進められる見通しが立った。
「会長は、本当に先のことまで考えておられるのですね」
一人の委員長が声を掛けると、ヴァレリアは首を横へ振った。
「一つの仕事を動かせば、別の場所へ影響することがありますから、それを確かめただけです」
モーゼスは予定表へ目を落としたが、何も言わなかった。
その後、催しの準備は各委員会が分担して進められ、大きな混乱もなく当日を迎えた。
催しを終えたヴァレリアが来年へ向けた改善点を報告書へまとめていると、隣室へ巡回を終えた風紀委員たちが戻ってきた。
モーゼスは一人ひとりから報告を受け、予定にはなかった場所の確認や、委員同士で連携して対応した場面について聞いていた。
一通り報告が終わると、委員たちを見渡した。
「皆さん、お疲れさまでした。予定にはなかった場所まで確認してくださったおかげで、大きな混乱もなく終えることができました。本当にありがとうございました」
委員たちは互いに顔を見合わせ、表情を綻ばせた。
「殿下のお考えが皆へ伝わっているからこそ、私たちも迷わず動けるのです」
別の委員も続いた。
「将来、殿下が国を率いていかれるようになっても、今日のように一人ひとりの声へ耳を傾けてくださるのでしょうね」
「ええ。その時は、ぜひ私たちも殿下のお力になりたいものです」
モーゼスは一瞬言葉を止めた後、笑みを浮かべた。
「僕一人では何もできないよ。皆が周りを見て、それぞれ考えて動いてくれたからこそだ」
その様子を隣室から見ていたヴァレリアは、委員たちから寄せられる信頼に応えるモーゼスを頼もしく思った。




