第三十四話 覚悟
視線の先にいた、腕を組んでこちらを見下ろす女性。
ヴァーミリオン・エンタープライズ社長令嬢にしてネクストクラスの勇者、ガーネットさんだった。
「また会いましたわね。レンさん」
「ガーネットさん!?どうしてここに?」
「ガルスが再び危機だと耳にし、急いで取って返して参った次第でございます」
彼女の斜め後ろに立つトキワさんが、いつものように慇懃な口調で説明する。相変わらずその所作は上品かつ隙がない。そしてガーネットさんを挟んでその反対にはいつものようにむっつり顔のボブさんが手を後ろに組み、直立不動で佇む。
「でも、周辺の勇者はグリュー首都に向かうよう機関から命令が出ているんじゃ……」
「ええ。まったく、嘆かわしいですわよね?世界を救うはずの勇者が何が重要かも考えず、命令一つで犬のように尻尾を振ってお行儀よくあっちへこっちへ。生憎と私は、自分が救った都市を命令一つで見捨てるほど躾の行き届いた忠犬ではなくってよ」
相変わらず自信に充ち溢れた風格を纏い、優雅な足取りでこちらに歩み寄ってくる。それに合わせて揺れるプラチナブロンドの髪が、彼女の気高さを示すかのように煌きを反射する。
「先程から話は聞いていましたわ。マギ・ボクスを使わせろと、大胆にも我社を恫喝するおつもりのようね」
再会につい気を許しそうになった僕は、慌てて表情を固くする。
「……今はなりふり構っていられないので。言っておきますが本気ですよ」
声のトーンを落とし、近づくガーネットさんを牽制する。しかし彼女は一切怯んだ様子もなく、悠然と歩みを進める。
「知っての通り、マギ・ボクスは我社の技術と叡智の結晶。数多の聖剣技術者たちの礎の上にあると言っても過言ではないわ。それを部外者が、あろうことか恫喝などという方法で触れるのがどれほどの冒涜か、わからないあなたじゃないでしょう」
言い含めるような、それでいて有無を言わせない強い口調で投げかけられる言葉は僕の胸に突き刺さる。
そんな事は、百も承知だ。
「僕の行いが冒涜であると言いたいのなら、否定はしません。でも、僕も同じくらい聖剣鍛冶師として誇りも矜持もあります。そしてそれ以上に、自分に課した責務があり、それを果たすのは今を置いて他にない。そのためなら、僕は何でもします。事が済んだ後なら、どんな償いもします。だからどうか、マギ・ボクスを使わせてください!」
僕は真っ直ぐな眼差しでそう応えた。
ガーネットさんはただ黙し、僕の真剣な眼差しを真正面から受ける。まるでその資質を、僕の覚悟を吟味するかのように。
その眼鏡に叶わなければ、一瞬で僕を取り押さえにかかるだろう。彼女の実力を鑑みれば、造作も無いことだ。
思わず緊張に額から汗がにじみ出る。
長い長い数秒の後、彼女はおもむろに言う。
「それならば、私がお父様に掛けあってあげてもよろしくってよ?」
彼女の言うお父様――すなわち、ヴァーミリオン社社長だ。
「私が言えばマギ・ボクスの一つや二つ、簡単に使用許可が出せますわ」
「本当ですか!?」僕はあまりの喜びに、ガーネットさんの手をとって喜びに声を上げる。ともすれば、このまま踊りだしてしまいそうですらあった。
「ありがとう!僕にはガーネットさんが女神に見えるよ」
「失礼な。私の美貌は女神すらも嫉妬する美しさよ」
うん。全方位に自身に満ち溢れた人だ。
「ただし、一つだけ条件があります」
「はい!なんでも言ってください!」
内容も聞かず、二つ返事で了承する。そもそも、罪を犯す覚悟でヴァーミリオン社相手に恫喝をしようとまでしたんだ。どんな無茶でも聞き入れてしまう。今さら迷うようなことは何も無い。
そう思っていた。
「私のものになりなさい」
「……え?」
何を行っているのかわからず、間抜けな声を漏らしてしまった。
「先日言ったはずよ。マギ・ボクスを使いたいなら、アオイさんの元を離れ、私の従属になりなさいと」
事もなげに、ガーネットさんは僕にそう言い放つ。
「こんな時に足元を見るなんて卑怯だ!」
「あら。別に弱みに付け込んでいるわけではなくってよ?言ったとおり、これは部外者に触れさせることはできない代物。かと言って、覚悟を見せたレンさんを罪人にするのは忍びありません。なら、私の従属になれば部外者ではなくなる。簡単な話でしょう?」
彼女の言うことは筋が通っている。それが建前だとわかっていても、言い返すことはできなかった。
「それとも『なんでもする』というあなたの覚悟は、嘘だったのかしら?」
その一言に気持ちを揺さぶられ、ついには押し黙って俯いてしまう。
こんな究極の選択を、こんな場面で迫られるとは。
助言をくれる頼もしい仲間もここにはいない。
今は皆、自分の領分で全力を尽くそうとしている。
だから僕も、僕自身で決断しなくちゃいけないんだ。
じゃあ僕の領分はなんだ?なぜ僕は剣を打つことにしたんだ?
――決まっている。アオイの力になるためだ。
故郷を失ったあの日、僕は泣いてアオイの後ろで隠れていることしかできなかった。
そんな僕を守るため、幼かったアオイは剣を握って戦った。
だからアオイが勇者として発つと決意した日、僕もまた決意した。
戦うアオイの力になると。
そして今、アオイは危機に瀕している。誰かの助けが必要だ。
ならば僕のするべきことは一つだ。
何を迷うことがあろうか。
僕はもう、あの頃のだた泣いているだけの子供じゃない。
勇者アオイの、従属だ。
決意を固め、返答をするべく顔をあげる。
「……ぷふふっ」
しかし、眼の前にあったのは口を抑えて笑いを抑えるガーネットさんだった。
そして、ついにはこらえ切れないといった様子で笑い声を漏らす。何がおかしいのかわからず、唖然とする僕を見てさらに笑い出すのでさらに困惑してしまう。
「冗談よ。そんな面白い顔で悩まれると、可笑しすぎてお腹が割れてしまいますわ」
ひとしきり笑ったガーネットさんは、まるでそれが目的だったかのように満足気な表情をしながら、背後のトキワさんを呼びつける
恭しく両手で差し出だされた携帯端末を手に取ると、僕達から数歩離れて後ろを向きながらそれを耳に当てる。どこの誰と会話をしているのか、穏やかな口調で談笑を始めたかと思えば、わずか一分ほどで手短に切り上げ、再びこちらに戻ってくる。
「はい。これでOKですわ。あと十数分でマギ・ボクスにアクセス出来るようになります。アーヴ、すぐに準備なさい」
ぽかんとしていたアーヴィングさんは、はっと我に返る。
「関係各所に至急通達!マギ・ボクスに火を入れる!部門長はスタッフを招集の上、すぐにサポート体制を――」
いそいそと部門長たちに指示を出しながら慌ただしく部屋を後にする。
同じく、唖然としながら一連の流れをただただ呆けた面で見ていた僕は、アーヴィングさんに大分遅れてようやく事態を飲み込んだ。
「その、ガーネットさん?さっきの条件は……」
「今のはちょっと思いついた戯れよ。レンさんが出す答えなんかわかりきってますから――あなたのその目を見れば、ね」
からかわれたとわかり、両肩の力からどっと抜け、その場にへたり込みそうになる。
戯れと言うが、どこまで本気だったのか、僕にはわからない。
トキワさんは、彼女が僕に好意を寄せているといった。僕はそっち方面には疎いけれど、少なくとも知ってしまった人の好意を、無視するほど無神経ではない。
でも、ここで真意を問い質すのはガーネットさんのプライドが許さないだろう。それは、次に続けた言葉からもうかがい知れる。
「勘違いなさらないで。私は欲しいものは自分の手で手に入れ、ライバルは自分の足で蹴落とすことを信条にしてますの。だからレンさんは気にせず、今は素直にお喜びになりなさい」
「うん。ありがとう、ガーネットさん。ホント、なんてお礼を言ったらいいか……」
だから彼女の言うとおり、素直に喜びを表現することにした。
「でも、いいですこと?これは貸しですわよ?忘れないでくださいまし」
ぴっと人差し指を鼻先に突きつけ、高飛車な口調でそう言いつけると、スカートの裾を翻してその場を去る。
かくして、これで必要なものは全て揃った。
あとは僕の腕に全てがかかっている。
今は一分一秒も惜しい。僕はすぐに剣製の準備に取りかかる。




