第三十三話 たったひとつの冴えてないやりかた
これまで緩やかな潜在力の低下と肉体の衰弱が急変し、当初の数日という見込みは大幅に早まった。
アオイの容態は刻一刻と悪化しつつあり、医療スタッフが総出で緊急処置に当たってくれているが、それでも二四時間が山場であろうという見解だった。
数々の課題をクリアしてようやく聖剣は製造段階までこぎつけたところだったのだが、ここに来ての時間制限は今までの努力を水泡に帰すに十分なものであった。
「どうすればいいんだ……!」
頭を抱え、僕は書類の束に埋もれるように突っ伏す。
「レンさん、落ち着いて。まず現状での問題をピックアップし、プロジェクトが続行可能かをまずは考えましょう」
「間に合わない部材は現在進行中の他の聖剣プロジェクトから流用できるものを融通している。最低限必要なものはもうすぐ揃うはずだ」
「製造工程も各種ラインを急がせています。なんとか間に合わせてみせます」
各部門長たちから次々と対策の報告が上がる。
そして、一つの大きな問題へとぶち当たる。
「すると問題はやはり"伝導基盤"ですか……」
アーヴィングさんは顔をしかめて呟く。
聖剣の核となる"伝導基盤"
特定の希少金属を素材に、プログラムを"刻印"することでそれが回路となり、勇者から流し込まれる潜在力が循環し意図した性能を発揮させる、まさに聖剣の中枢と言える主要機関である。
その昔は職人が知識と経験を元に自らその手で刻み込んでいたそうだが、今は機械やAIによるサポートの元に行われる。
高精度で正確なプログラムの"刻印"技術は、現代の聖剣の性能を飛躍的に向上させた。
しかし、それは人の手では不可能であった膨大なプログラムの刻印を可能とし、結果、それに比例して時間を要する事となる。
今回の聖剣においても、伝導基盤に関してはアオイに残された「数日」というタイムリミットを勘定に入れての計画であった。
「こればかりは短縮のしようがない。もう一度プログラムを見直してみては?」
「端っから必要最低限まで削っとるわ。これ以上削っちまったら、どんなエラーを吐き出すかわかったもんじゃねぇ」
常でも刻印作業は細かく中断とチェックを行う為、時間がかかる工程なのだ。
さらに言えば、"刻印"される回路は複雑にして緻密であり、僅か数ミクロンの歪みが聖剣の本来の性能を大きく損なわせてしまう。
だからこれだけ科学が発達した現代においても完全な機械任せではなく、聖剣鍛冶師の目と手が必要なのである。
どう足掻いても、二四時間に満たない時間で作れるよなものではないのだ。
(落ち着け。考えろ。考えるんだ!)
祈るように組んだ手を額に押し付けながら、思考をフル回転させる。
何かあるはずだ。
残された短い時間で伝導基盤を、新たな聖剣を生み出す。
そんな魔法のような、奇跡的な方法を――
「魔法……?」
何気ない思考の中でふとその単語が引っかかり、口を衝いて出ていた。なぜ引っかかったのか僕自身その理由はわからない。
頭の中の記憶をひっくり返す勢いで思考をフル回転し、その疑問の正体を手繰り寄せる。
そしてついにそれに思い当たったとき、その運命のようなめぐり合わせに僕は思わず声を上げていた。
「アーヴィングさん!アレを使わせてください!」
「あれ、といいますと?」
「あれですよ!ガルスラボ自慢の聖剣作成システム、「マギ・ボクス」ですよ!」
ヴァーミリオン社の技術の粋を集めて作られた特殊工房。アーヴィングさんが「ここで作れない聖剣はない」と言い切るほどの聖剣開発支援システム。
マギ・ボクスであれば、伝導基盤もすぐさま完成するとアーヴィングさんは言っていた。
「あれなら伝導基盤がものの数時間で作れるって言ってましたよね?これなら問題解決どころか、一気に完成まで漕ぎ着ける!なんで今まで思いつかなかったんだろう」
しかし、当のアーヴィングさんはバツが悪そうに眉根にシワを寄せ、首を横に振りながら言った。
「残念ですが、それはできません」
「そんな!なんでですか?!何か問題でも?」
「無論、できることなら協力したいのは山々です。ですが、私にはその権限がないのです」
その言葉に、僕は先日アーヴィングさんが語ったことを思い出す。
「お話したように、システムロックは本社からしか解除できません。所長である私ですら、本部の許可なしの使用は許されていないのです」
「だったらすぐに本社に許可を――」
「もう掛け合いました。レンさんが私に協力を申し込んだすぐに後に。でも、許可を出してはもらえませんでした」
心底申し訳なさそうに、苦渋の表情を浮かべながら頭を下げるアーヴィングさんに、もはやこれ以上の言葉は憚られた。そもそも退避命令を無視して残っているばかりでなく、部外者のこれほどまでの協力をしている事すら会社からすれば大問題のはずなのだ。
アーヴィングさんは自身の立場すら危うくしてまで協力してくれている。謝る理由など一欠片もないし、責めることはできない。
しかし、もうこのマギ・ボクス以外にこの状況を打開できる手立てがあるとも思えない。
「……事情はわかりました」
僕の言葉に、アーヴィングさんは頭をあげる。しかし、無言のまま険しい表情で自分のコンピューターを操作しはじめた僕に首を傾げた。
――事情は理解した。しかし、僕にだって引くに引けない事情はある。
アオイのためだったら、なんだってやってやる。僕の覚悟はとうに決まっているんだ。
時間はそうかからない。いくつかの操作を終え、最後に自分のコンピューターをラボのコンピューターに繋げる。
「本社に伝えてください。僕の要求を聞き入れないなら、ここからヴァーミリオン社本社にウイルスを送り込みます」
若干上ずった僕の言い放つ一言に、アーヴィングさんだけでなく、この場の全員が意味がすぐには理解できず唖然とし、そして数秒の間をおいて驚愕に表情を凍りつかせた。
脅しではない。今、僕のコンピューターには僕が独自に組み上げたワームウイルスがある。既に最終確認のウィンドウが表示され、後は指先を軽く押せばネットワークを経由して瞬く間にヴァーミリオン社本社にウイルスが送り込まれ、電子データを根こそぎ喰らい尽くすだろう。
無論、こんなことをするためにウイルスを作っていたわけではない。訳あって昨年、サイバーテロ犯罪対策の人員確保を目的とした某国主催のコンペティションに参加した際に作ったものなのだが、まさかそれがこんな形で使われる日が来るとは思っても見なかった。
ヴァーミリオン本社のシステムがどれほど強固に守られているかはわからないけど、国防省と同等のファイアーウォールをも破った僕のウイルスがそう簡単に防がれるはずはない。
「僕の要求は、マギ・ボクスの全システムのアンロックと、聖剣完成まで僕に手出しをしないこと。これに応じてくれないなら、すぐにでも送信します。交渉は無意味です」
努めて声を低くして自分なりに凄みを利かせたつもりだが、クロウみたいにうまくはいかない。それどころか、必死に抑えないと声も全身も震えだしてしまいそうだった。
「さぁ、早く!僕は正気ですし、本気です!」
「レンさん落ち着いてください!他の方法を探しましょう!そんな事をしたら、あなたは罪を問われる――」
「そんなことはわかってます!でも、アオイは今死にかけているんです!時間がないんだ!」
アーヴィングさんが言いたいことは理解している。僕の脅しに、本社がうまく乗ってくれるとは限らないし、こんなことをしてはどのみち、僕は無事では済まないだろう。
事がうまく運んでも、失敗に終わっても、僕の身の破滅は免れないだろう。
構うもんか。
アオイの命が救われ、再び立ち上がれるなら、僕は何だってする。
故郷が魔属に襲われた時、まだ幼いアオイは剣を手に取り、僕を護ってくれた。
本当に大切な人を守るとする時、自分の身のことなど考えはしない。それを愚かだと笑う人間は、大切な人がいない人間だ。
僕は精一杯アーヴィングさんを睨み、選択を迫る。と、その時だった。
「あらあら。随分とお困りのようですわね」
投げかけられたその声に僕はびくりと身を震わせる。そしてその聞き覚えのあるその声に、部屋の入口を振り返った。




