第三十二話 ライト・スタッフ
まず確かなことは、[ベルカ]の完全な修復はもはや不可能だということだ。
理由は多々あるが、最大の要因は[ベルカ]が遺産型聖剣
であること。
失われた技術で製造された[ベルカ]は、現代の技術で修復することは不可能なのだ。
[ベルカ]の遺伝子を受け継ぐ、新たな聖剣を作る必要がある。
とはいえ本来、一から聖剣の開発を行うには、莫大な時間を要する。
剣とはいえ、聖剣は現代兵器であり工業製品だ。あらゆる環境においても十全に性能を発揮できるようにするため、企画・設計の段階から入念に試行錯誤が繰り返される。
そして意図した聖剣の性能を発揮するため、伝導基盤に打ち込むプログラムの作成などは避けては通れない難関である。
ようやく制作が始まっても、要求する基準をクリアするため実験と調整を繰り返すことになる。本来なら年単位の時間を費やすのが普通だ。
平時であれば取り得る手段はいくらでもあるのだが、今は時間がない。
僕一人の力では、到底不可能だ。
「――というわけです。アオイを救うために、どうか協力をお願いします」
深々と頭を下げる僕の前に座るのは、ヴァーミリオンエンタープライズ、ガルスラボ所長。ジョセフ・アーヴィングさん。
彼は僕には一瞥もくれず、難しい顔でモニターを睨んでいる。表示されているのは、僕が提示した聖剣プランと設計データだ。
「部外者が無理を言っているのはわかっています。これを作ってくれなんて言いません。せめて設備だけでも貸してもらえれば、後は僕一人でなんとかします。だから――」
「これの設計はレンさんが一人で?」
問いかけるアーヴィングさんの眼差しは鋭い。初めて見る真剣な表情は、彼の技術者としての顔だ。
その問の真意はわからないが、今はそれに気圧されている時間すら惜しい。
「はい。以前から設計を進めていたものの一つです。今は時間がないので、必要な性能以外はオミットして簡略化していますが」
「それでも、もしこれほどの聖剣を当社で一から企画したなら、ロールアウトまで優に五年は費やす巨大プロジェクトとなるでしょう。お一人で作れるとは到底思えません」
「無茶なのは承知しています。ですが今は――」
「今、試作段階で企画が頓挫した聖剣のベースフレームが一つあります。各種検証は済んでいますので、折れてしまった聖剣[ベルカ]とそれを流用して組み合わせれば、大幅な時間短縮が見込めます」
唐突な提案に、「え?」と声を漏らしてしまう。
「無論、多少の仕様変更はやむを得ないですが、うちの設計システムに通せば大して時間はかからないでしょう。よろしいですか?」
「よろしいも何も、それは……」
「あいにく私はソフト方面に関しては専門外ですので……システム部の意見は?」
「今ざっと目を通した。多少の粗はあるが、性能を考えりゃ上出来だ。うちの若いのにデバッグさせりゃ、すぐに使い物になるだろうさ」
モニターの向こうから野太い別の声が飛び込み、さらに驚かされる。
「にしてもあんたすげぇな!こんな複雑なプログラム、余暇に一人で組むようなもんじゃねぇぞ?さてはお前さん、変態だな!?」
「何度も言ってるけど、変態は褒め言葉じゃないからね、おやっさん」
しかも、どうやら一人二人ではないようだ。複数の声が次々と投げかけられた。
「君は今まで聖剣の制作経験はあるのかい?」
「企画と設計のシミュレーションはそれなりにですが、現物はまだ数回だけ。アオイは使ってくれなかったので、勇者機関に提供しました」
「嘘だろ?!機関にくれてやるなんて、もったいない!」
「いえ、でも僕が個人的に制作したものなので、そんな大したものじゃ……」
「いやいや。君の設計思想はとても刺激的だ。きっといい聖剣だったに違いない。これが済んだら、設計案だけでもぜひ見せてくれ」
「しかしこの設計は本当に素晴らしい。大胆なアイデアの一方で、設計は実に堅実。何より、運用方法が面白いだ。これまでの問題点の解決が、そのまま聖剣の特徴になってるんだから驚いた。設計者として、こういう発想は素直に尊敬するよ」
「ど、どうも、恐縮です……」
「一つ確認したいのですが、元は遺産型聖剣と聞いていますが、このマテリアルドライブもそうなのですか?」
「いや、あくまで遺産型なのはベースだけで、ドライブユニットは後付で」
「やっぱり!昔、ゴルジック社との共同企画で似たのを見た気がしたんだ。ほら、二十年くらい前の」
「あー、あの時の!当時の資料があれば移植はすぐにできそうだな。すぐに手配しよう」
「いや、完全移植は余剰スペースが厳しい。ベースは多少切り詰めることになるかと」
「ちょうどいいじゃん。むしろアオイちゃんの体格を考えると、この際もっと小型にしたらどお?」
「設計案をよく読め。こいつがちゃんと機能すりゃ、姿形なんて関係ないだろ」
「ったく、これだから男は。いいかい?アオイちゃんは女の子なんだ。デザインや見てくれだって重要なのよ」
矢継ぎ早に質問されたかと思うと、ついには僕をそっちのけで議論が始まってしまった。
「これではまとまりませんね。所長、一度ブリーフィングルームに各部門長を集めましょう。手配は私がしておきます」
「わかりました。至急、お願いします」
アーヴィングさんはそう告げ、喧々諤々とした会話は打ち切られる。
「……とまぁ、そういうわけです」
「いや、全然わかんないですって!説明してください!」
ニコリと微笑むアーヴィングさんに、僕は思わず声を上げる。「実はですね」と、アーヴィングさんはおもむろに語りだす。
「本社からは避難指示が出ていたのですが、アオイさんの重篤の報せを聞き、『二度も我々を救ってくれた勇者を見捨てて避難なんかできない』という声が、先日の輸送団の面子を始め、社内中から寄せられまして。避難作業そっちのけで急遽、我々に何かできることはないか協議することになりました」
「そんなことが……全然知りませんでした」
「そして我々も、『[ベルカ]を復活させればアオイさんを救うことができるのでは?』という結論に至りました。ですが、そこから先はほとんど手詰まりでした。時間も情報もアイデアも、我々には全てが足りなかった」
なら僕にも声をかけてほしかった……と、言いたいところだがそれが望むべくもないことはよくわかっている。
彼らは企業に属する聖剣鍛冶師。いずれも、知識も経験も豊富な技術者であり、今までいくつもの聖剣を生み出してきたプロの集団だ。
加えて、保有する知識、情報、設備、ノウハウ等々、聖剣製造にまつわる全てが社外秘の機密だ。部外者を入れるなどリスクでしか無い。セキュリティやコンプライアンスの観点からも決して良いことではない。
彼らからすればどこの馬の骨ともつかない若輩者を、安易に迎え入れたりはしない。
だからこそ僕は頭を下げ、協力を請うた。望み通りに製作ができるとは期待していなかった。
しかし、事はどうやら思わぬ方向に展開しているようだ。
「本来ならレンさんにも声をかけるのが筋なのでしょうが、我々はヴァーミリオン・インダストリーの末席に名を連ねる聖剣鍛冶師です。こと聖剣制作に関してはいずれも一角のプロであると自負しています。何を言われようと部外者であるあなたを面子に加えるのは許されない……ですが、あの設計案を見た後では、そんな意見は吹き飛びましたよ」
「設計案を見ただけでですか?」
「言ったでしょう?我々はプロです。設計案を見れば設計者の力量は測れます。この短時間で、あれほどまでに完成度の高い設計プランを出してくるなんて誰も想像していませんでした。まだ若いフリーランスの聖剣鍛冶師だと、どこかで傲慢になり高をくくっていたのでしょうね。そのことを心から謝罪します」
「いやいやいや!実際僕は半人前です。今回はたまたま準備していたいくつかのプランが偶然役立っただけです」
「不測の事態にこそ、その人の真価が見えてくるものです。それは技術者に限らず、ね」
アーヴィングさんはそう言うが、買い被りだ。
実際、僕は二人に背中を押されたから、こうして動くことができたのだ。
僕一人だったなら何もできず、今頃途方に暮れていたに違いない。
僕はまだ、半人前以下だ。
「もはやレンさんの、聖剣鍛冶師としての実力は全員が認めています。それどころか、今や皆があなたとこの聖剣を作りたくて仕方がない始末だ。無論、この私を含めてね」
「それじゃあ……」
「我らガルスラボはこれより全力で、レンさんの剣製をサポートさせていただきます」
言いながらアーヴィングさんは手を差し出す。
僕は感動に涙を滲ませながら両手で手を取り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
「恩返しなのですから、礼は不要です。それに正直、技術屋なんてのは切羽詰まった時ほど燃える生き物ですから」
「あ。それすごくよくわかります」
「さぁ。早くブリーフィングを始めましょう。設計者がいなければ始まりませんよ」
胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら、僕はアーヴィングさんとブリーフィングルームへと向かった。
ブリーフィングルームで僕らを待っていたのは部屋に収まりきらないほどの大勢の人たちだった。部門長だけでなく、ガルスラボのあらゆる部門の主要スタッフや知識人が一同に集っていた。
聞けば、これでもだいぶ厳選した方だという。聖剣製造に直接は関係ない末端のスタッフから、果ては食堂のおばちゃんまでもが協力を申し出たとか。
皆、知っているのだ。
国も国連も見捨てたこの都市を、アオイが命をかけて戦い、守ってくれたことを。
そのアオイの危機を知り、皆が自分の領分でアオイを救う手助けがしたいと思ってくれたのだ。
アオイが救った人々が、今アオイを救うべく力を貸してくれている。
当初、困難を目の前に、絶望に打ちひしがれた。アオイのためにと奮い立って尚、胸の内には絶望感が漂っていた。
しかし、その絶望は今、大きな希望へと変わった。
彼らの助力は、僕が想定した山のような課題を瞬く間に解決してくれた。
聖剣を生み出してきたヴァーミリオン社のノウハウと実証データ、そして何より優秀な技術者たちの後押しは新たな聖剣の完成を現実的なものへと押し上げてくれた。
詳細まで詰めが終わると、一気にガルスラボは慌ただしくなる。
そこからの僕は多忙を極めた。製造に関わるあらゆる箇所を周り、入念なチェックに奔走し続けた。
そういえば最後に寝たのは、旧ガルスに向かう前だ。疲労困憊の上、フェイクリーダーに刺された傷もあり、身体は限界を迎えようとしていた。
しかしその苦労の甲斐もあり、驚異的な速さで新たな聖剣は完成の目処が見えてくる。ようやく一筋の光明が見えてきた。
そんな時、アオイの容態急変が知らされた。




