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姉妹、悪巧みに加担する 3

 ◇


 「ねえ胡桃くん。何か悪い予感がするんだけど」

 茜と別れ、残った昼休みを使って昼食を書き込んでいた胡桃に、茶園が声をかけて来た。

 「どういうことかな?」

 「あなたはいつも昼休みになると真っ先にお昼ご飯を食べる。成長期の男の子なんだから、それは当然よね?」

 「まあお腹は空くよね」

 「でも今回は真っ先に教室を出た。どうして? 誰に言われたの?」

 「小さな女の子が重たいものを運ぶのを手伝っていたんだ」『誰に言われたのか』というところには返事をせずに胡桃。「大した用じゃなかったよ」

 「東条さんは関わってないの?」

 「関わっていないよ」

 「校舎を歩いているところを見た人がいるの」

 「僕も見たよ」

 「話はしたの?」

 「少しね」

 「なんて言ってた?」

 「恋人との会話を他人に聞かせるというのも野暮さ」

 「ねえ胡桃くん」茶園は眉を顰める。「いつも思っているのだけれど、あなた東条さんの使いっ走りなんてして楽しいの? そりゃあの子が美人なのは分かるけれども、もう少し有意義な青春の使い方もあるんじゃない?」

 「僕はこれで良いのさ」胡桃は苦笑する。「それに、僕は彼女が美人だから尻尾を振っている訳じゃない」

 追及をやり過ごし、午後の授業が始まる。

 この時間帯の授業を『昼休みの延長』とみなしてフケることもある文江と朱梨だが、今回はそれぞれに出席していた。やる気なさげな態度でいて朱梨は成績が良いという噂も聞く。文江は良く成績のことで愚痴を言っているが、それでも数学に関しては校内でも上位に入る才能を持っているとのこと。憎まれっ子は世にはばかるとはこういうことだ。

 胡桃はと言えば中学時代から勉強だけが取り柄というタイプの人間で、高校生になってからも成績は校内でも悪くなかった。だが紆余曲折あって魔法少女にたどり着くまでは、趣味や部活と勉強とを両立させている人間が妬ましかったものである。

 物理の方程式を黒板から書き写していた時に、それは起きた。

 唐突に、天井からガサゴソという音が響いた。生徒の視線が集中すると、木造の天井板の一枚が、何者かによってべきりと破られた。

 真下にいたのは朱梨だった。その反応は早くすぐにその場を立ち上がったが、それ以上に迅速だったのは天井にいる何者かだった。木屑が散らばる暇もなく、破られた天井板の隙間から黄色い液体が恐ろしい勢いで吐き出される。

 それは20リットルのアップルティだった。

 教室中から悲鳴があがる。

 降り注ぐアップルティを回避しきれず頭上から浴び、ずぶぬれになりながら朱梨は行動し続けた。隣の席にいた哀れな男子から椅子を取り上げ、その場を転がる男子に視線もやらずにそれを自らの机の上に建てる。そして自分自身の椅子を手にして机の上の椅子に飛び乗ると、天井に向かってその脚を突き立てた。

 ベコリという音がして天井にさらなる穴が開く。幾度となく朱梨は椅子の脚を天井に差し込んだ。そして反応がないことに苛立ったように舌打ちをすると、ゆっくりと椅子を下ろし、机からぴょんと飛び降りた。

 教室は静寂に包まれていた。

 「せんせー。すいませーん」朱梨はそう言って、無表情のまま教師の方を見る。「トイレ言って来ていいですかー?」

 「ト、トイレどころじゃないだろう、これは……」教師はわなわなと震えている。「何が起きたんだ? 北野、おまえが狙われていたな? 何か心当たりは」

 「あるけどー。べっつにー、あんたには関係ない? 的な?」朱梨は首を傾げる。「トイレ行くね」

 そう言って堂々と教室を出ていく朱梨に、「ちょっと待って朱梨っ!」と文江が追いすがる。

 駆け寄る教師に、不良女子二人は意に介した様子もない。

 騒然とする教室の中で、胡桃は密かに表情をひきつらせていた。

 「いくらなんでも……。マジかよあの女……」


 ◇


 「にがした」

 そう言ったのは、教室に戻って来た朱梨だった。

 「天井に耳澄ましてあちこち歩いてみたけど、全然ダメ。忍者みてー」

 それからの胡桃はというと、警察が呼ばれ天井板の裏の操作が行われるのを呆けの顔で見守っていた。教室の隣のトイレの天井板が外れていたことから、犯人はそこから天井裏に侵入し犯行に及んだものと思われる。古い天井の旧校舎ならではの犯行である。

 良くも逃げおおせたもんだと思う胡桃である。本当の忍者なんじゃないかと思う。不審者にまつわる情報を警察は聞き取りしたが、制服を着た茜は校内に自然に溶け込む。致命的な瞬間は目撃されていないらしい。今朝の騒動について話す者もいたが、それは茜が犯人であるという証拠にならない。天井裏に茜が何か証拠を残しているということもありえない。彼女に限ってそんなヘマはありえないからだ。

 警察は茜に話を聞くかもしれなかったが、それで茜が白状するとも思えない。大量のアップルティを買い占めた人間(=西浦姉妹)が疑われる可能性もあるかもしれないが、それは茜のこと。『同じ店から大量には買わないでください』くらいの指示はおそらく出していただろう。

 そんなこんなで胡桃は茜が首尾よく逃げおおせることを確信していたが、しかしそれは警察からであって被害者からではない。

 「ってっめぇ胡桃!」文江はそう言って胡桃の胸倉をつかんだ。「何か知ってんだろ! 白状しろ」

 「あいにくと僕から言えることは何もないな」胡桃は情けないひきつった笑みを浮かべて言った。怖い女子に絡まれると胡桃はついこんな顔になる。両手を晒して無抵抗を表現する。

 「あの短期間でぇ、大量のアップルティ運び込んで、天井裏に入って移動するルート確保して、予行練習?」朱梨は首を傾げる。「一人じゃ厳しくねー? 協力者がいたじゃんねー? 胡桃、あんたがそうなんじゃない?」

 「僕は休み時間中教室で本読んでただけでしょっ」胡桃は主張しながら読んでいた本を取り出して見せる。 

 文江はそれを取り上げる。「カバーかけてエロ小説なんか読んでんなっ! むっつり野郎!」

 「教室で誰にも気取られずに密かにこういうのを読むのが好きなだけだよ」胡桃は自分の性的嗜好を堂々と語った。「僕の勝手だろう?」

 「そんなんだから女子に露骨にキモがられるんだよ……」文江は頭を抱える。「結構綺麗な顔してるし、勉強も運動もできるのにさ……。色々もったいないよ、あんたって奴は……」

 「奥手な女子校生が実弟にイタズラする内容? キッショー」朱梨は文面を読んで表情を変えずに言う。「みんなの前で朗読してやろうか?」

 「ヒロインは自分の容姿に自信のないふとっちょの女の子なんだ。そういう年頃でセクシャルなことに興味があるものだから、あまり仲の良くない弟の弱味を使ってイタズラを施すんだ。弟は嫌がった態度をとりつつも内心でそれを心待ちにしていて、女の子はそれを見抜いているという設定なんだ。続きが気になるから返してくれ」

 「死ね」朱梨は窓の外に胡桃の本を投擲した。「こいつ昼休みいなかったんじゃね? 予鈴が鳴った時に急いで弁当食ってた記憶ある。つまり昼休みの前半は弁当以外のことしてたって訳。……何やってたの?」

 「友達から頼まれごとを」

 「それなぁに? 誰から?」

 「外で知人の女の子の手助けをしていた。言っとくけど、外で一緒にいたのは茜さんじゃないよ。僕は本当に関係な……」

 胡桃の電話が震える。ポケットから取り出して相手を確認してみると、誰であろう茜だった。

 「かせっ」文江が電話を奪い取る。「おいてめぇ東条! あたしだよあたし! は? ちげぇってあーたーし! あんた人の名前覚えないよね! そういうところもムカつくんだけど!」

 怒り狂う文江に胡桃は苦笑する。決死の覚悟で愛の告白をして何故かボコスコにされかけた日のことを思い出す。彼女とはまともなコミュニケーションをとれると思わない方が良いのだ。使っている言語がそもそも異なるのである。

 「とにかくさ。一回ナシつけたいのよねあんたと? あー? 白切らなくていいから。べっつにケーサツとかチクろうとか思わないし、決着つけようってだけじゃんね? どこいるの? へ? 探せ? ………………。は? ちょっとまってそのクイズ? いや、分かんないんだけど。ヒントちょうだい、ヒント! えー、いや、分かったよ。じゃあちょっと待ってせめてメモさせてっ」

 話が終わり、文江は胡桃に電話を返した後で、何やら走り書いてあるメモ帳を見詰め、たっぷり一分首を傾げる。それから朱梨と胡桃の方に助けを求める目を注いだ。

 「ねえ? ここどこか分かる?」

 メモ帳を見せられる。『両手を挙げた人の日に、盗人の讃美歌を奏でる場所』と書いてあった。

 「…………屋上じゃね?」朱梨は言った。声が若干呆れていた。

 「律儀だな君は……」

 胡桃はつい表情を引きつらせていった。火曜日にブラスバンド部が『ルパン三世のテーマ』を練習しているのがそこなので、朱梨の推理におそらく間違いはないと思われた。


 ◇


 文江によって強引に腕をとられながら連れていかれたのは屋上で、そこでは茜と西浦姉妹がレジャーシートを広げていた。

 「美味いなぁこの焼肉弁当」紫子が弁当を頬張っている。

 「そうだねぇそうだねぇ」緑子が箸を動かす。「結構良いお肉屋さんのなんだね」

 「私の好物なんですよ。良くおやつにしています」いいながら、茜は口の周りを焼肉のタレにして立ち上がり、朱梨と文江の二人組とそれに囚われている胡桃の方に視線を向けた。「やあこんにちは三人とも。良くここが分かりましたね」

 「その焼肉弁当が、アップルティポリタンクに詰めた報酬かい?」胡桃は苦笑する。「あの暗号文なんだけれど。吹奏楽部は火曜だけでなく木曜にもここで練習をするから、その点も文に組み込んであればより良問だったかな」

 「ふむ?」茜は緑子の方を見る。「言われてますよ?」

 暗号の製作者らしい緑子は困ったように目を閉じる。

 「た、確かにそうかもねぇ。でも『木』っていう字はどう表現したら良いのかな? 『林』って字は、なんか手をつないだ二人の幽霊みたいに見えるんだけど……」

 「どうでもいいわそんなんっ!」文江が憤慨した様子で姉妹の方を指さす。「っていうかそこの双子姉妹、あんたら東条の仲間だったの? こないだは良くやってくれたな!」

 「そっちこそ! あんたその万引き犯の仲間かい!」そう言って紫子が朱梨の方を指さす。「嫌な奴は嫌な奴同士つるむもんやな!」

 「そっちこそ!」

 「喧嘩しなーい」朱梨が欠伸をしながら言った。「なー東条。あんた随分とくっだらないことしてきたねー。一歩間違えれば少年院だよ? バカじゃない?」

 「私が少年院に行くことはありません。勝者は私だからです」茜は胸を張る。「それが癪なら喧嘩くらい買いますよ? ここは屋上で教師の目もありませんしね」

 「いいよー買おうじゃない」朱梨は目をこする。「……文江がね」

 「あたしがかよっ!」と文江。

 「いやあんたのが喧嘩強いし」

 「んーまあそうだけど。良いよ? あんたは親友だしさ」

 「ん。恩に着る。じゃあ文江、君に決めた」

 「ポケ〇ンかよ!」言って文江が前に出る。「おらかかって来い東条」

 「もちろんかまいません。受けて立ちましょう」茜は文江に向けて指を刺す。「行って来なさい、胡桃くん!」

 「僕がかい?」いきなりの指名に胡桃は困惑する。「君の頼みなら可能な限り叶えたいけれど、女の子と喧嘩するのは……」

 「高校卒業するまでそいつらに怯えているつもりで?」

 「それは情けないね。けれど、暴力で威厳を保つだなんて卑劣な真似をするくらいなら、そちらの方が上等だと思っていたまでさ」

 「私の命令と、女に暴力振るわないとかいうポリシーと、どっちを優先させるのです?」

 「……それは両方かな? 分かったよ」胡桃は澄ました表情で茜の方に歩いて来てから、文江に向き直った。「おいで?」

 「あ? なに胡桃の分際で? 喧嘩とかできんの?」訝しむような表情で文江。

 「喧嘩をするつもりはないけれど、男なら恋人くらい守れないとね」

 「粋がってんなオタク野郎! 容赦しねぇぞ!」言いながら文江は大きく踏み込んだ。「おらぁ!」

 身体測定後に本人が吹聴していたところによれば文江の身長は171センチ。女子としては大柄な部類であり胡桃より十センチ近く背が高い。中学時代にソフトボールをやっていたという肉体はしなやかだ。大分喧嘩馴れしており、殴りかかるその動きに躊躇は一切ない。

 ……女の子っていうの抜きにしても、強い部類だろうね。

 顔面向けて容赦なく繰り出されるその拳を、胡桃はテキトウに引き付けてから回避した。そして前のめりで隙だらけの文江の腕を掴み、肩を軽く押してやる。

 「なっ! いやぁっ!」

 少女そのものの声を上げ、文江はその場で倒れそうになる。胡桃は掴んだ腕はそのままに腰を抱き、優しく尻もちをつかせてやった。そして力を込めて肘の関節を伸ばして固めてしまう。

 「あ、この! くそっ!」文江は苦悶の表情で身をよじる。「てめえ、こら、離せ!」

 「自分に殴りかかって来る相手を自由にするのは愚かさ」胡桃は苦笑する。「暴れなければ痛くないよ? 落ち着いて力を抜いてほしい。君に暴力を振るう気はないんだ」

 「これは暴力じゃないのかよ!」

 「自分に殴りかかる相手を無力化するのは暴力なのかな?」

 「てめぇがかかってこいっつったんだろが!」

 「言われて見ればそのとおりだね」胡桃は困ったように苦笑する。「ごめんね?」

 「死ねっ!」

 闇雲に暴れる文江だったが、最早勝機はどこにも見当たらなかった。

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