姉妹、勉強をする 2
7話だった描きダメが10話になった。
異世界転移書きすすめなきゃいけないのに気が付いたら西浦姉妹執筆してる。やっぱ好きなんすねぇ。
週刊くらい予定してたけどこの分だと少し増やしていいかもしれない。まあ油断は禁物。とりあえず毎週土曜の夜(または日曜日の深夜)には必ず投稿するから読んでください何でもしますから。
○
何故妹があれだけ唐突に勉強を教えたがるのかと言えば、多分十六にもなって『上』『下』も読めない自分のことを、緑子なりに憂いてくれていたからなんだと思う。
勉強ができないことへのコンプレックスはあったが、同時に、自分は勉強はできないしできるようになるはずがなく、いっそ『できるようになってはならない』というレベルの忌避感も、自分の中では根強く存在した。よって紫子は自分が馬鹿であるということはまるっと飲み込んでおき、できないことは一心同体の妹に頼ってしまっていた。できることの限られる二人だからこそ補い合えることが幸せだと思っていた。
しかしそんな自分の中で、『漢字を読み書きできるようになりたい、なるべきだ』という想いが強くなっていることにも紫子は気付いた。そして長い間封印していたその感情は、妹の言葉によって小さな爆発を起こした。緑子から勉強を教わりながら、せめて本屋で一人で買い物ができるくらいの学力を身に着ける、きっと悪いことではないだろう。
「もんたやでー」紫子は小学一年の国語と小学二年の算数の教材を手に家に戻った。足し算引き算は密かに自信があるので、小1の算数はすっ飛ばしたのだ。「ちょっとお姉ちゃん高い買い物したわー。やりくりいけるかー?」
「ううん。とても良い買い物だよお姉ちゃん!」緑子はやけに張り切っている。「勉強、準備しといたよ」
お茶とお菓子と筆記用具が机に並んでいる。紫子はそこに座って小1の漢字ドリルを開くと、鉛筆を握って漢字ドリルに向かった。
「まずは読みやな」
「うん、がんばってお姉ちゃん!」
「ええっと……まずはこれやな」
『大きいすいか』、の『大』の隣に空欄がある問題。読みを答えさせるのだろう。
「お、お姉ちゃん、分かる?」
「……ふふ。緑子、舐めたらあかん。お姉ちゃん、完全に見切ったわ」
「ほ、本当?」
「『ひろし』きい、やな!」
ドヤ顔で答えた紫子に、緑子はとっても微妙な表情を浮かべた。
「正解は『おおきい』だね」
「え? そうなん。……ああ、あれやな。ウチ知っとるで。これ送り仮名あったら読み方変わる奴やろ? 『大』だけやと『ひろし』やけど送り仮名が付いたら読み方変わるんやろ。そういうひっかけやんな?」
「え、ええと。送り仮名の概念を理解しているのはとてもうれしいのだけど、でもねお姉ちゃん。そもそもこれは『ひろし』であって『ひろし』じゃないんだ。単体だと『だい』と読むのが正しいの」
「ほうなんか? ああ、そうだった気がする」
「うん。どうして『ひろし』だと思ったのか良かったら教えて欲しいな」
「うん。ほらあれ、施設におった頃ひろしっておったやろ?」
「え、あ、うん。確かカブトムシ飼ってた子だね。でも朝起きたらそのカブトムシがカゴにいなくて泣いちゃって」
「せやせや。ちなみにあのカブトムシ逃がしたのウチやねんな」
「なんでそんな酷いことを!?」緑子は驚いた顔をした。
「あ、話してなかったっけ? おまえが『あれは絶対宇宙人の端末だ、夜中にあのツノで自分の目を抉るんだ』とか言うけん、夜中に逃がしたんや」
「そ、そんなことが……。ごめんねお姉ちゃん、わたしの為に悪いことさせて」
「ええんやであんな奴のペット」ひろしは緑子をいじめていた一人だ。「そんでその時にカゴに『大』っておっきく描いててな。『だい』って大きく描いてあるんなんでやろ思うて、ああ『ひろし』ってこう書くんやなーって思うたんが記憶に残っとってな」
「その時は『だい』の方がはるかにポピュラーかつ模範解答であるという認識があったんだね……」
「ほんなら次いこか。ええと……」
『犬がほえる』と書かれている。『犬』の隣の空欄を埋めればオーケーなのだろう。
「ふふ。この問題は一度解いたで。答えは『ひろしがほえる』やな!」
「ひろしくんは吠えないよ!?」数多い突っ込みどころから緑子はまずはそこを突っ込んだ。
「あ、しもうた。『だい』って読ませるんが正しいんやったな。『だいがほえる』か。……だいってなんや? 吠えるんか? そういう名前の動物か?」
「惜しいよお姉ちゃん。これはね、『大』とは少し違う漢字なんだ。ほら、右上に小さな点が付いてるでしょう?」
「え? 誤差ちゃう?」
「誤差……では、ないかな。これは『いぬ』って読むの」
「いぬってあの犬か。そら吠える訳や。分かったで、どっかに点がついとったら『いぬ』やな?」
「ちょっと違うかな。点を打つ場所によってもまた違う漢字になるの。例えばね、こんなのもあるんだよ」
そう言って緑子はテキストの隅に『太』を描いて見せる。それを見て、紫子は嬉しそうに柏手を打った。
「あ、これウチ知っとるで?」
「え? 分かるの?」
「『ふとし』やろ?」
「ふとし……であって、ふとしじゃないかな? なんでふとしだと思ったの?」
「小学校の頃教室でクレ○ンしんちゃんの物まねしてズボン抜いた男の子おったやろ?」
「あ、えっと。うん、いたよね」
「あれウチめっちゃ笑たねんな?」
「う、うん。後で先生にすごく怒られてたよね……」
「そいつが『太』や」
「な、なるほど。まあ、『太い』もしくは『太郎の太』で覚えた方が無難ではあるかな……?」
「しかしホンマ小さい違いで変わるもんやなー。ウチにはどれも模様にしか見えへんわ。これは覚えるん骨折りそうやな」
「形の似たものと結びつけて覚えるといいらしいよ? たとえばまず『大』だけど……」
「何か似とるのあるんか?」
「壁に貼り付けにされた首なし人間に似てるよ」緑子はにっこり微笑んだ。
「……可愛い笑顔でムッチャ怖いこと言うなおまえは。ああでもいけたわ、強烈やわ今の、覚えたわ完全に」
「でしょー? その要領で行けばいいと思うよ? 例えば『犬』なんかだと右上の点を尻尾に見立てたりとか……」
「なら『太』の点はちんちんやな?」
「お姉ちゃん!?」緑子は拳を握って目を閉じた。「お、女の子が『ちんちん』とか……」
「いやでもふとしくんやで? この位置やで? ふとしくんのこの位置にちんちん以外の何が来るいうんや? せやろ? ちんちん以上にふとしくんのこの場所を締めるにふさわしいものがあるかと問われると、どうしたってちんちんこそ妥当いう結論に収束してしまう訳やろ? これほどちんちんがふさわしいにも関わらず、ちんちん以外のもので覚えるというのも変な話やん? ちんちんでええやん?」
「お、お、お姉ちゃん……ちょっと、もう、おもしろがって」
嬉々としてちんちんを連呼する紫子に、緑子は耳まで真っ赤にして唇を結んでうつむいてしまった。
「アハハっ。おまえはホンマおぼこいの。ごめんごめん嫌がっとるな。つい調子に乗ってあかねちゃんみたいなこと言うてもたわ」
「も、もう。恥ずかしいなぁ。……でも、流石にあかねちゃん程じゃないと思うよ?」
「え? ほうか? 結構悪乗りしたでウチ?」
「そうだけど。でもあかねちゃんだったらそこからさらに『でも太くんの太くんはそこまで太くんだった訳ではありませんけどね』くらい言うと思うから」
「その発想があってかつ口にできる癖に、『ちんちん』言うただけで顔真っ赤にすんのな!?」
紫子は目を剥いた。この妹の感性はたまに分からなくなる。極めて純粋に、茜の言いそうなことを考えて発言したに過ぎないのだろうが。ところで太の太は年齢からすれば十人並だった、と、思う、比較はできないが、まあおそらく、多分。
そんなやり取りも挟みつつ漢字ドリルを解き進めた。分からないとすぐに解説してもらえたし、有益なアドバイスもくれたので、サクサクと紫子は小学校一年生レベルの漢字を習得していく。集中力が途切れそうになる絶妙なタイミングで楽しい会話を振ってくれるのも良い。注意力散漫なだけでそれなりの我慢強さはあるのだ。『気』という漢字の複雑さに文句を言いつつも順調にページを消化していき、三時間程で一冊をクリアした。
「終わったでー」
「流石お姉ちゃん!」緑子は心底嬉しそうだ。
「HAHAHA。ウチにかかればこんなもんやでぇ。ほな緑子、どんくらいウチが覚えたかテストしてみてくれへんか?」
「え? うん分かった。それじゃぁねぇ」
緑子はノートに『一』と書いた。
「『いち』やな!」紫子は『一』の隣に『いち』と書く。
「正解!」
「まずはジャブからか、フフフ、流石緑子は大込みを分かっとる」
「じゃあ次これだよー」『二』が書き足される。
「にぃ」紫子は隣に『に』と書く。
「正解。次これ」『三』だった。
「さん!」紫子は隣に『さん』と書く。「一本ずつ足したらええねんな。パターン、これパターン入ったやで」
「良い調子だね! じゃあ、これ分かるかな?」緑子は『四』と書く。紫子はその形の複雑さに一瞬、戸惑い、それから何かひらめいたように言った。
「これあれや。パターン入ったかと思えば裏切る奴。ほらあれやテレビで最近良く出て来る芸人が『ホワイジャパニーズピープル』叫んでやな、ウチあれむっちゃ好きやねんな」
「うんうん。それだよ。じゃあ答えは何かな?」
「『あつぎりじぇ○そん』やな!」紫子は『四』の隣に小さな文字で『あつぎりじぇ○そん』と書いた。
「うんそうだよ! ……じゃなくってっ! 違うよお姉ちゃん、今聞かれてるのはこの漢字がなんて読むかだよ!? 『四』を『あつぎりじぇ○そん』と誤解答したのは後にも先にもお姉ちゃんただ一人だよ!?」
「ああそうやった。失敗や。これ『よん』や」
「それでいいの。正解。じゃあ次『五』は?」
「ごぉ」
「じゃあ次『六』」
「ろぉく」
「いいねいいね。次『緑』」
「な……アハハっ。違うな。これ、『みどり』や。おまえの名前の字ぃ」
「そうです。ひっかけでしたぁ。えへへぇ」ニコニコ笑う緑子。
「こいつめぇ」妹の頬をつんつんつつく紫子。
「えへへぇ」楽しそうに笑う緑子。
ふとしやひろしの名前を憶えていてこれが読めないはずもなかった。『西浦紫子』もちゃんと漢字で書ける。双子にありがちなワンセットネーミングで、幼い頃はちょっと思うところもあったけど、今ではとても好きな名前だ。
名付けは姉妹の本当の父親だ。紫は気高い色で緑は優しい色。人間には必要なものがいくつもあるけれど全てを一人で備えることは難しく、だからこそ近しい人と補い合わなければならない。だからセットの名前にしたのだと父親は語った。
だがそんな彼自身は妻と娘を置き去りに蒸発して、数年後一人橋の下で冷たくなって見付かった。中学に上がる頃それを聞いた紫子は良い反面教師だと少し笑ったし、そんな風に笑えるのも自分が一人でないからだと気が付いて、それを教えた彼が父親であることを認めたものた。
『八』『九』『十』を見事に読み書きし、続く『山』『町』『口』も難なくクリア。そして鬼門だった『気』を突破したことで、紫子は自信をつけて上機嫌になった。
「いやぁウチ天才かもしれへん。ジャリ共が丸一年かかってやる内容をウチはたったの一年で習得したんやからな。フフフフ……」
「流石お姉ちゃん!」緑子は手を叩いて喜んだ。「それとね、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんやねん?」
「今やった内容なんだけど……昔同じことやったんだって記憶、ある?」
「ん? ない!」
「あ……そうなんだ」元気一杯に言った紫子に、緑子は少し浮かない顔をする。「じゃあ、二年生以降の内容も、特に思い出したりとかはしてないんだよね」
「一回綺麗に忘れたもんを思い出したりせんやろ? 五年前の今日履いたパンツの色とかおまえ覚えとるか?」
「そうだよね。ごめんね」緑子は残念そうにうつむいた。
「心配せんでええで緑子。ウチ別に覚え直すん嫌やないし。なんかおもろなって来たわ」
「そ、そうなの?」
「ウチひねくれとるからな。やらされとると嫌になるけど、自分でやっとるとおもろい。この調子なら来年の今頃には東大入れるくらいになっとるかもしれへんなー。HAHAHA」
紫子はそう機嫌よく言って、妹と一緒にたくさん勉強したノートを片付ける。
「ほな良ぇ時間や。そろそろ銭湯行こう。また勉強付き合ってな」




