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噂の令嬢と婚約解消した管理官  作者: 丸井空知


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5/7

夜会の夜

ローゼンベルク家の大広間は、燭台の光で金色に染まっていた。

管理官の歓迎という名目の夜会には、近隣の貴族がこぞって集まり、

楽団の奏でる舞曲が天井に響いている。


無事に王宮からの視察が終わったことへの慰労と感謝をこめて

近隣を代表してとしてローゼンベルク家が開いてくれた。

我が家が夜会を開くだけの財政が戻ってないことを知っているローゼンベルク家が

夜会の規模を踏まえてとの表向きの理由をうまく作ってくれてローゼンベルク家での夜会開催だった。


今夜はアンネリーゼが主賓側としてエレナと一緒に行動してくれている。

ドレスも今年はまだ本格的な夜会シーズンも始まっていなかったため

全く準備もできてなかったが、アンネリーゼが快く貸してくれて

今日の支度もアンネリーゼの侍女たちが一緒におこなってくれた。


アンネリーゼが貸してくれたドレスは若草色に同色の柔らかなシフォンが重なった

すっきりとしながらも清楚なドレスでエレナにとても似合っていた。

髪型もアンネリーゼの侍女がサイドをすっきりとまとめながらも

複雑に編み込みながら後ろにきれいにおろされていてエレナを品よく見せていた。


主賓側として夜会に参加したことがなかったエレナは

先日のベアトリクスの来訪時の言葉もあり、緊張がピークに達していた。


横に一緒にいてくれるアンネリーゼは薄い黄色のドレスの上に

レースを何枚も重ねて小さな宝石をちりばめたドレスを着ていた。


いつも以上に緊張しているエレナをみてアンネリーゼは心配そうに顔を覗き込んできた。


「大丈夫? 顔色が悪いわ」


「もしかしてベアトリクス様が突然今夜の夜会の参加を伝えてきたことに関係してる?

我が家とも私ともそんなに親交もないのに今夜の参加でしょう?

エーデルシュタイン様とのことよね?エレナの話もあなたに誰か伝えたの?」


「大丈夫。こんなステキなドレスと宝飾品を借りて少し落ち着かないだけ。

それよりエーデルシュタイン様のお話って、、、それに私の話って?」


エレナの問いかけに目をパチリと開いたアンネリーゼは少し微笑んで


「それは私の決めたドレスですもの、エレナに似合っているに決まってるわ。

とてもステキよ。

エーデルシュタイン様はのことわね、視察の始まったぐらいに

お二人の婚約解消のお話がお茶会で伝わってきたのよ。

ベアトリクス様が色々なところでお話してるみたいよ。

理不尽なお話でどうしてこうなったかわからないって。

それで昨日参加したお茶会でエレナが強引にエーデルシュタイン様に

婚約を結ぼうとしているらしいって話してる令嬢がいて。

何言ってるんだろうと問い詰めてやろうかと思ったけど、

私がやると余計にエレナの悪評になると思って私耐えたのよ」


リーゼは笑ってエレナの手を握った。


「大丈夫よ。我が家はあなたの味方だわ。とりあえず今日を成功させましょう。」


リーゼのその手の温かさに、エレナは少しだけ心が落ち着いた気がして背を伸ばした。

大広間を見渡してみたら招待客はある程度そろったがまだ主賓のラインハルトの姿はなかった。

兄のユリユスの姿もまだ見えなかったので一緒に行動しているのだろう。


もうそろそろ見えて夜会もはじまるだろうとリーゼと扉の方を見ると

突然、広間の中央に淡い薔薇色のドレスの令嬢が進み出た。

ベアトリクスだった。彼女の周りには数人の令息・令嬢たちが守るように囲んでいた。

周囲の視線を集めてから、彼女は、よく通る声で話し始めた。


「皆さま、夜会が始まる前に少しだけお耳を貸してくださいませ。

今夜は、どうしても申し上げておきたいことがございますの」


彼女の声に楽団の音が途切れた。


「私は先日、今回の管理官であるエーデルシュタイン侯爵家のラインハルト様との婚約を解消されました。

理由をご存じの方はいらっしゃいますかしら。

実は、この視察のために訪れた領地で、ある令嬢がラインハルト様に取り入ったのです。

おとなしい顔をして、ラインハルト様に必要もないのに近くに居座り、

領地をこれ見よがしに領民に見せつけるように案内してみたり。

見た方々が顔をそむけたくなるほど程、親密に接していたようです。

まさかラインハルト様がとは思いましたが、結果、私たちの婚約はなくなりました。

15歳からずっと婚約していて、私はラインハルト様をずっとお慕い申し上げておりましたのに。」


ベアトリクスは少し目を潤ませながら、語っている。

周りの令息・令嬢はベアトリスを守るかのように見つめている。


「きっと、皆様の目がないところではもっと口には出せない事があったのですわ。

でなければ理由がわかりませんもの。でも私はまだラインハルト様をお慕いしているのです。

だからとても悲しくて悔しいのです。

きっとラインハルト様も同じぐらい私との婚約解消を後悔しているはずですわ。

だからわたくしは、、」


ベアトリクスの庇護欲をそそるような表情と口調に

広間のざわめきが、波のように広がった。

視線がいくつも、エレナの上に集まった。

いつもなら、彼女は目を伏せていただろう。

でも今夜は、伏せなかった。


その時、低い声がざわめきを割った。


「ベアトリクス嬢、虚偽の話はおやめください。」


ラインハルトとその後ろにユリウスが人垣を抜けて、広間の中央へ歩み出た。

ラインハルトは広間全体を見渡し、其のあとベアトリスを無表情でじっと見据えると


「皆さまの前で、私から事実をお話しします。

まず婚約を解消したのは、私の意志です。

理由は、ハルトマン嬢ではない。

本当の理由はベアトリクス嬢が、

夜会のたびに私以外の複数の妙齢の男性貴族の方々と、

親しく時間を過ごされることです。

私と一緒に参加した夜会でも、最初だけは一緒に参加するのですが、

私が仕事等で他の人に話しかけられるとすっと自分から離れていく。

自分から男性貴族の方々に話しかけて、しかもわざわざバルコニーだったり、

サロンだったりと場所を大広間から変えて交流する。

ご令嬢・ご婦人方との交流でよいのではないですかとやんわりと問い正しても、

それは昼間の茶会できちんとしている、男性といっても二人きりではないからと言い

一向にやめる事はありませんでした。

これは婚約を交わしてからもずっとです。

私には理解できませんがきっとそれがベアトリクス嬢の言う社交のやり方なのでしょう。

今更それを責めるつもりはありません。ただ、どうしても私にはそれが合わなかった。

それこそ、私のいないところでは何をやっているのか信用することができなかった。

彼女の言う未来の侯爵家のためといわれましても、

わが侯爵家にはそんな社交は妻にはまったく必要はありません。

これは両親も同じ意見でした。

両親ともそんな夜会の過ごし方はしたことがありませんでしたから。

ですので、両家で集まりそのことを伝え解消を決めたのは、この視察の一か月前です。

私の家の家風とベアトリス嬢が合わないので解消扱いとなっております。

この場にはベアトリス嬢も同席していたはずなのですが、

なぜ先ほどの話しがでてくるのか私には全く理解ができません。

しかもこのような夜会の会場でたくさんの方の前で真実ではないことをあたかも真実のように

話すという人間性に悪意しか感じません。」


彼は上着の内側から、折りたたまれた書面を取り出した。


「婚約解消について両家の署名と日付のある書面です。

ご覧になりたい方は、どうぞ。

この日付の時点で、私はハルトマン領に来ることはおろか査定官になることすら、

決まっていませんでした」


書面は、近くの伯爵の手から手へ回った。

紙の上の日付を見た者たちは、目を見交わして、小さくうなずいた。


「で、でも」

ベアトリクスの声が、上ずった。


「それでも、その娘がきっと前から」


ラインハルトは、静かにベアトリクスを見る目に

嫌悪感を隠すこともなく言った。


「ハルトマン嬢が私にしたことは、この視察の間、私の確認事項に正確な答えをくれたことだけです。

それを、取り入ったとは言わない。

逆に突然の約束もなくハルトマン家に来訪したり、嘘の話を広めたりと

あなたは迷惑しかかけていない。」


広間の隅で、誰かがつぶやいた。


「では、今までのエレナ様が婚約者がいらっしゃらないことについての話しは?

だから今回の話もそういうことも狙っていたのかと思ったのに」


その声は、小さかった。

けれどエレナは、それをはっきりと聞いた。

これは、もう他人に任せてはいけない問いだった。

彼女は一歩、前に出た。


「それは、私がお答えします」


リーゼの手が、背中にそっと触れた。励ますように。


「私に婚約者がいない理由は、病でも、気性でも、

ましてや条件のよい男性を狙っていたわけではありません。

三年前の水害で、我が伯爵家は倉を開き、領民を冬の間養いました。

水害の直接の被害がなくなってもなかなか、元に戻れない状況が続きました。

その代わりに、少しづつ私の持参金は消えました。

持参金が払えないから嫁ぎ先を考えることができなかった。それだけです」


広間が、静まり返った。


「理由があったのは、私ではなく、水害で弱った領地にでした。

そして、私が噂を否定しなかったのは、領地の窮状を知られたくなかったからです。

それは、私の臆病でもあり領地のためでもありました。今夜、それをやめます。

堤防が直れば、領地は以前のようにおいしい麦を育てて領地はまた実り多くなるのです」


長い沈黙のあと、最初に手を打ったのはローゼンベルク伯爵だった。


「よく言われた、エレナ嬢。我が家はあなたの家と隣り合っている。

今回の視察の時に監査官殿と話し合われた水路の件は娘から少しだが聞いている。

明日にでも、領主殿と話をさせてもらいたいと思っていた。

あなたが悪く言われるいわれは全くない。

逆に領地の事をキチンと領主家一族で考えている素晴らしい家だ。

我が家はあなた方を今まで以上に支援するよ。」


拍手が、広がった。まばらにやがて大きく。

エレナは耳の奥で、自分の心臓の音を聞いていた。


ベアトリクスの周りでは、先ほどまで彼女の腕を取っていた貴族たちが、

ひとり、またひとりと、目をそらして離れていった。

彼女はラインハルトに何か言おうとして、扇子を握りしめ唇を震わせた。

しかし最後は何も言わずに、ドレスの裾を翻して広間を去った。

誰も彼女を引き留めなかった。


楽団が、再び音を奏で始めた。


それから始まった夜会はいろいろなご婦人や令嬢からの話しかけられ、

リーゼや途中から合流した母やリーゼの母とも一緒になって

主賓としていろいろな出席者と話をした。

今まで一番忙しい夜会となった。



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