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噂の令嬢と婚約解消した管理官  作者: 丸井空知


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4/7

招かれざる客

翌日の午後、ラインハルトは約束どおり図書室に現れ、その次の日も通ってきた。

話題は水路の幅や石積みの工法、領民の冬支度に及んだ。


また、空いた時間で領地の町の案内も求められたので、

城下町にも何度か赴いて特産品や領内の名物品を案内した。

はじめはぎこちない二人ではあったが時間がたつにつれて程よい距離感で

少しの雑談も交えて話せるようになっていった。

そういう時のラインハルトはとても穏やかな雰囲気で接してくれた。

そのせいかエレナも緊張せずに普段の自分の趣味だったりと色々な話をすることができた。

ラインハルトも普段の仕事のことや王都の様子のことを色々と教えてくれた。

エレナは、自分がこれほど長く家族以外の誰かと話をしたのが

久しぶりだと気づいて、そんな自分に少し驚いた。


そんなか突然の来訪者があったのは、管理官の視察も終盤にさしかかった日の昼過ぎだった。

執事の声は、少し困惑していた。

ずっと我が家で仕えてくれている老齢の彼としては珍しい事ではあった。


「お客様です。ザルツ伯爵家のベアトリクス様が、突然お越しに」


事前の約束もない来訪で本来は取り次がないはずだが

ラインハルト宛にということと

王都の宮中役職をもつ伯爵家の家の者ということで

我が家より格が高いため執事も取り次いだようであった。


その時、応接室にはユリウスとラインハルト、

そして図の説明のためにたまたま呼ばれていたエレナがいた。


ラインハルトもベアトリクスの来訪の理由がわからないということで

ユリウスとエレナに恐縮しながらベアトリクスの訪問の許可をとった。


少し時間はかかったが応接間に通されたのは、

淡い薔薇色のドレスをまとった美しい碧色の瞳をもつ令嬢だった。

巻いた金髪も、扇の持ち方も、よく手入れされた爪も、

この屋敷の古びた調度のなかでは浮いて見えた。


ベアトリクスは、部屋に入るなりラインハルトだけを見て微笑んだ。


「ごきげんよう、ラインハルト様。お仕事の邪魔をして、ごめんあそばせ」


ラインハルトは眉間にしわを寄せながら

はじめて聞くような不機嫌極まりないという表情で


「何のご用でしょう、ベアトリクス嬢。

仕事を中断してまであなたとお話しする事は何もないのですが?

しかもここはあなたに縁もない屋敷のはず。

どれだけご迷惑をおかけしているのかご自覚はおありですか?

もしかして有り得ないとは思いますが訪問の理由が婚約の解消の話だとしても、

両家の書面で完了しているはずでここでお話する事ではありません」


後ろで聞いているだけのエレナでさえ、

思わず震えるぐらい冷たい言葉をかけられても

ベアトリクスは完ぺきな微笑みを崩さず


「ええ、存じておりますわ。でも、私は全く納得しておりませんの。

15の時からの婚約でしてよ。

殿方との交流が多すぎるというのは、未来の侯爵家の夫人として

必要な社交として行っていただけですわ。

その説明もきちんとさせていただけないまま解消とは納得できませんわ。

失礼かと存じましたがあれから一向に会っていただけませんもの。

少々強引かと思いましたが絶対にお話させていただきたくて

こちらに来させていただきましたの」


彼女はそこでなぜか、エレナのほうへ視線を向けた。

初対面とは思えない強い視線だった。


「あなたが、ハルトマン伯爵家のエレナ様? 噂どおり、本当に、、、地味な方ですのね」


まさかの一言だったがエレナは何も言わなかった。

今まで言われ慣れた言葉だったからだ。

初対面での初めての言葉で言われたのは初めてだったけれども。

けれど次の一言は、まさかの一言だった。


「おとなしそうな方ほど、したたかだと聞いていましたけど本当のことなのですわね。

この視察をうまく使ってラインハルト様に取り入ってると、王都では皆様の.噂ですわよ?

視察の間もラインハルト様から離れずつきまとっているんですってね。

私との婚約が解消された後にすぐに取り入るなんてほんと浅ましいですわ。

この機会にとずうずうしく侯爵家にご縁を求められても

あなたじゃ、ラインハルト様にとって役不足だとわかりませんの?

身をわきまえてくださいませ。

ラインハルト様もお気をつけませんとあなた様の素晴らしい評価が下がりますわ。

一度、ここを離れてきちんと話し合いをいたしましょう。」


ユリウスが顔色をかえて立ち上がりかけた。

が、、思わずエレナは、片手でそれを制した。

言われた言葉の意味を理解しきる前に頭が真っ白になったが

その一方で図書室で自分の名前を書いたときのことが思い出されていた。

三年間、何を言われても反論しなかった。訂正しなかった。

それが領地を守ることだと、信じていた。

けれど今、目の前で自分の事が事実と違う意味で一方的に言われている。

ここで黙ることは、領地を守ることではなかった。

ただ、黙っていてはいけない。

それだけをすごく強く感じた


「はじめまして。ハルトマン家エレナと申します。

失礼ですが、ベアトリクス様。初対面でお名前を呼ぶことをお許しください。

そしていくつかお聞きしてもよろしいでしょうか」


静かな声が出た。自分でも意外なほど、震えていなかった。


「この視察の査定官は、本来ならば別の方でした。

その方が出発の直前にご病気になり、

エーデルシュタイン様が代わりに立てられたのは、出発のわずか五日前のことです。

通知状が私どもの屋敷宛に発した日付は、記録に残っています」


ベアトリスは突然にエレナの言葉に今までの表情から笑みを消しながら


「それが何ですの」


エレナはじっとベアトリスの目を見ながら


「私どもはどなたがいらっしゃるのかを、その日まで知りませんでした。

知らない方を、どうやって狙うのでしょう」


ベアトリクスの扇が、止まった。


「それから、エーデルシュタイン様がいらっしゃったのは、10日前です。

私がお話ししたのは、それからしばらく視察が続いた後

図書室で領地の質問に答えたのがはじめてです。

しかも、お二人のご婚約の事や解消は今初めて知りました。

今回の視察には必要な情報ではございませんので。

最低限の社交もまともにしていない私に、

今王都で起こっている誰それの婚約の噂話を知る機会はありませんでした。」


ベアトリクスはエレナの話し顔を赤くしながら

「な」

「それにもうひとつ。私が短期間で殿方を惹きつけられるほどの魅力がるならば

19にもなって、婚約者がいないと皆様に噂されてはおりません」


ユリウスが咳払いをして、顔をそらしながら笑いをこらえた。

ラインハルトは、組んだ腕をほどかずにただ静かにエレナを見ていた。


「ここは、私の家です。

ご婚約について私が申し上げる立場にはありません。

でも私自身の立場を根拠のないことで当家のお客様におっしゃるのは、どうかお控えください」


言い終えると、手が小さく震えているのに気づいた。

エレナは、そっと指を握り込んだ。


エレナに反論されるとは思っていなかったのかベアトリクスの頬が、赤く染まった。

薔薇色のドレスよりも濃い赤だった。


「……そう。そこまでおっしゃるなら、いいでしょう。

三日後には、隣の領のローゼンベルク家でラインハルト様の歓迎の夜会があるとか。

その場で王都での噂の真偽とあなたがどんな方かよくよく出席される方々にお聞きしますわ

ラインハルト様、そこできちんとお話合いをしましょう。」


捨て台詞を残して、彼女は部屋から出ていった。

ドレスの裾が、廊下に長く尾を引いた。

ベアトリクスが去ってから、とんでもないことを言ってしまったのではないかと

エレナは急に怖くなってしまった。

おもわずソファーに座り込んでしまった。


ユリウスはどういっていいのかわからない表情で

エレナとラインハルトを交互にみながら

「なかなかに行動力のある女性ですね。王都の貴族の女性は皆さんあんな感じなんですかね」

ちょっと、おどけたように言ってはみたが

しかし其のあとなかなか言葉も続かず、ユリウスも黙ってしまい部屋は静かになった。


しばらく静かな応接室で最初に口を開いたのは、ラインハルトだった。

「私事で大変ご迷惑をおかけいたしました。

エレナ嬢、大変失礼いたしました。」


ラインハルトはきちんと頭を下げてから


「まさか、もう終わったことでここまで来るとは思わなかったので

私の失態です。

夜会には、もちろん私も出席します。

この件は、そこで私が皆様の前でお話しします」


頭をさげたラインハルトに慌てて

「いえ出しゃばって話してしまった私も悪いのです。

申し訳ございませんでした。」


そんなエレナを見ながらラインハルトは

「いや、あなたには言い返す権利がありました。それをきちんとしただけです。

あとは、彼女にきちんと私が言わなくてはいけません。

婚約を解消した場にも彼女はいたはずなのに。

なぜあんなに理解ができてないのが不思議ですが。

もう一度、きちんと説明しないといけないようですね。

ローゼンベルク家に別で場所を貸していただかないといけない。」


エレナは、何か言おうと言葉を探したが、見つけられなかった。

ただ、初めての出来事に体の力が抜けていくのを感じて背もたれにもたれた。


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