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噂の令嬢と婚約解消した管理官  作者: 丸井空知


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2/7

管理官の来訪

王都からの通知状が屋敷に届いたのは、その月の初めだった。

差出人は王宮の財務局。

管理官として派遣されるのは、本来ならば老練な管理官の予定だった。

ところが出発の直前にその管理官が病で倒れ、急遽代わりの者が立てられたという。


「代わりの方は、侯爵家のご嫡男だそうだ。ラインハルト・フォン・エーデルシュタイン様。

まだお若いが、仕事に妥協のない方らしい。良い方か悪い方か・・・どちらに転ぶかな」

三才年上の兄のユリウスが書斎で通知状を読み上げた。

エレナは黙って頷き、まずは自分がしないといけない事を思い浮かべた。


その日の夜から、屋敷の小部屋が夜遅くまで灯りをともし続けた。

準備すべきものは山ほどあった。

被害を受けた畑のそれぞれの規模。

三年前と今年の収穫量の比較。我が家の倉から出した麦と薪の量。

領民の人数と、冬を越せた家、越せなかった家。堤防の修繕の履歴。

そして、領地の借財の一覧。恥ずかしい数字ほど、隠さずに載せた。

妥協がないと評判の管理官様はきっと隠し事の匂いを嫌う。

それが、エレナの考えだった。


準備した書類の山の内容を全てみてくれたユリウスは

「ここまで準備してくれたのか。予想以上だ。ありがとう」

と破顔して喜んでくれた。


エレナはにっこりと笑いながら

「足りないと言われるより、多すぎると言われるほうがいいわ」

「それにお父様、お兄様は別に準備しなければいけない事が山程あるのですもの。

私もできることはやりたいわ」

兄のユリウスはその言葉を聞いて、エレナの頭をなでながら

「しなくていい我慢ばかりさせてすまぬな。

この査察で支援を受けれればきっと領地は元に戻れる。

そうしたらおまえにもよい縁談を結べるよう動くからな」

普段はあまりその事については話さない兄ではあったが、真剣な表情で

心配そうにエレナをみていた。

そんなユリウスを見てエレナは心が温かくなるのを感じながら

「その気持ちだけで十分ですわ。」

兄妹は視察がうまくいくように祈りながらにっこりと笑いあった。


十日ほどで、書類は何冊もの綴りになった。

表紙には兄ユリウスの筆跡に似せた文字で、領地の名前だけを書いた。

作成者の欄は空けておいた。エレナはそこの欄に自分の名前を書く勇気はでなかった。


管理官の一行が到着したのは、雨上がりの朝だった。

玄関ホールで出迎えるために待機している両親と兄の後ろから、エレナは様子をうかがった。

馬車から降りたのは、藍色の短髪の背の高い青年だった。

見た感じは細いが貧相な雰囲気は全くない。

姿勢もよく、少し神経質そうではあるが誰がみても見目麗しい見た目であった。


馬車から降り立った後は旅の埃を払う仕草も短く、

周りを見渡す表情には愛想よりも先に屋敷の傷み具合を見ていた。

壁の染み、床板のきしみ、窓枠の補修跡。

そのすべてを一瞥で数え上げるような目だった。


「ラインハルト・フォン・エーデルシュタインです。

王宮の命により、領地の状況を確認に参りました。お世話になります」

声は低く、飾り気がなかった。

父が礼を述べ、母と兄を紹介する。

その後ユリウスが一歩前に出て、妹を紹介するために振り返った。

「妹のエレナです」

紹介されると、エレナは膝を折った。

視線が合ったのは、ほんの一瞬だった。


「お世話になります、エーデルシュタイン様」

「こちらこそ」

それだけだった。

ラインハルトはもう次の人物へ目を移していて、エレナは内心でほっとした。

若い男性との交流が兄以外ほとんどないエレナはどう接してよいのか

わからないのだ。


その日から三日間、ラインハルトはユリウスの案内で領地を回った。

川沿いの崩れた堤防、泥の残る畑、流された水車小屋の跡。

エレナは同行せず、屋敷に残って、夜ごとに兄が持ち帰る質問を受け取った。


「この十年の水位の記録は、あるか」

「堤の石積みの修繕は、いつ誰が行ったか」

「借財の返済計画の根拠は何か」


質問は鋭かったが、不思議と意地の悪さがなかった。

足りないものを数えるというより、足りないものを正確に知ろうとする問いだった。

エレナは小部屋で、兄の走り書きを見ながら綴りを組み替え、翌朝の机の上に置いた。


四日目の朝、ユリウスが困った顔で言った。

「エレナ、頼みがある。今日、私は父上と代官たちの集まりに出なければならない。

管理官殿が、屋敷の図書室で古い領主日誌を調べたいそうなんだ。案内役を、お前に任せたい」


ユリウスの言葉にびっくりして思わず普段より大きな声がでた。

「私がですか?」

ユリウスは少し肩をすくめながら

「お前なら、どの棚に何があるかこの屋敷で一番よく知っている。

それに、ほかの者に任せるのは少し不安なんだ」

兄の懇願に言い訳の余地は、なかった。

エレナは小さく息を吸って頷いたが、

今日一日の予定としてはエレナにとってかなりの難題となった。

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