国家魔法使い(2)
「ローガン様! なぜそのようなことを! まだこんなこどもではないですか!」
「いいの、いいの」
立ち上がったローガンに詰め寄り口角泡を飛ばす魔法使いのひとり。どうやら、あのローガンが目を付けたという点で、ルイに嫉妬をしているようだ。
その証拠に、ローガンが彼らに背を向けたのち、その魔法使いはルイに冷たく鋭い視線を向けた。
そして、
「……孤児ごときが」
と、吐き捨て去っていく。
魔法使いもあんなひねくれた者ばかりではない。優秀な部下も多くいる。ローガンの指示に迅速に動き、あっという間に戦う場が整えられた。
ルイの腕の中にいたぬいぐるみたちは今やリュカの腕の中。
「ルイー、がんばれー」
「まけるなー、ルイー」
と小さな声で応援だ。
一方リュカは冷や冷やしていた。まさかこんな展開になるとは予想もしていなかったのだ。軽く魔法を見せて認めてもらう、それだけを望んでいたのに戦いなんて。
(いざとなったら私があの男を……)
リュカはいつでも飛び出せるよう神経を尖らせていた。
「なんでもいい。俺に攻撃が当てられたら合格だ」
もう一度しゃがんでルイと目線を合わせるとローガンは彼のボサボサな髪を撫で笑む。ルイも微笑み返していた。ローガンからは全く敵意を感じなかったからだ。
立ち上がるとマントを翻しルイと距離を取るローガン。
(すまんね、小僧。俺はこれでもバッジ保持者だ。簡単に認めちまったらあいつらにどやされるからさ。面倒くさいのは苦手なんだ)
バッジ保持者。最高峰の5人の魔法使いは『五芒星』と呼ばれており、火・水・風・土・闇のそれぞれの属性トップの魔法使いで形成されている。ローガンは風の属性だ。
「もう始めてもいいですか?」
「いいよ」
ルイは小さくて柔らかな手を口元に持ってきて唱える。
「‘Olu Makana」
すると魔法使いが腰に差していた短剣がひとりでに宙に浮きルイへと近づいた。短剣だけではない。国家魔法機関内にあるあらゆるもの、武器、衣服、食器、ペンや紙までが彼の元に集った。
「みんな、力を貸してくれる?」
まるで喜んでいるようにひとりでに動く物たちに魔法使いたちは空いた口が塞がらない。
「……ははっ、マジかよ……」
ローガンからは無意識に笑いが零れ、緑青色の目は楽しそうに開かれていた。
「ちょっとー、僕のペンが勝手に――え、なに、これ?」
頬を膨らませながらやってきた水色の髪を短く切り揃えた魔法使いは、宙に浮かぶ物たちを見て目を丸くする。胸元にはローガンと同じバッジ。水の属性だ。
「おぉ、タリア。久しぶりだな」
「あー! ローガン!」
水色髪の女性――タリアはローガンを見るとさらに頬を膨らませた。
「久しぶりに来たと思ったらこんなことして。君が来ない分僕たちに仕事が回ってきているんだからね!」
「いやいや、これ俺じゃなくてあいつな」
ローガンは物たちと楽しそうにじゃれ合っている小さなこどもルイを指さした。タリアは一瞬動きを止めルイを見つめると、火が付いたように彼に勢いよく駆けつける。そしてルイを抱き上げた。
「え、なにこの子、ちょー可愛いんだけど! 僕の弟にしたいなぁ」
タリアの素早い動きに反応できなかったリュカ。慌てて駆け寄りルイを彼女から奪って抱きしめた。
「突然なんですか、あなた」
「君こそなんだよ。僕は『五芒星』のひとりだよ? まさか知らないなんて――」
「知りません」
「ちょっと、まだ僕が話しているとちゅ――」
「悪いな、うちのやつが」
「ローガンまで遮らないでよ!」
タリアを押しのけリュカに近づいたローガンは、ルイの頭に手を乗せ優しく笑った。
「合格だ。お前を国家魔法使いとして認めよう」
「合格?」
首を傾げたルイにローガンは頷く。
「すごい! ルイ合格だって」
「魔法使いだよ? すごいよ?」
ルイの腕の中に戻ったぬいぐるみたちは丸い両手を上げて喜びをあらわにした。この様子に顔を近づけたタリア。
「ぬいぐるみが話してる。ふしぎ~」
「ああ、これがこいつの魔法だ」
「え? 魔法?」
「ルイが言うに“ともだちになる魔法”だそうです」
「女神さまからもらった魔法です」
「女神様?」
今度はタリアが首を傾げる。
このルイの言葉を聞いて口元に手を当てたローガン。なにかを思案しているようだ。
(女神様……。ああ、ピースが埋まってきた。それに、あの魔法はどう見ても“ともだちになる”で済んでいい魔法ではない。あれはまるで“生命を付与している”。……恐ろしいこどもだ)
「精霊、名前は――」
「リュカと申します」
「リュカ。この小僧、うちで預からせてもらえないか?」
「うわあ、それ最高! ローガンたまにはいい提案するね~」
元々そのつもりで来ていたのだ。リュカはルイをローガンに渡そうと持ち上げた。だが、ルイはリュカの服を握りしめ彼から離れようとしない。
「……ルイ?」
「いやです。リュカさんと離れるの、いやです」
涙を湛えたルイは必死にリュカにしがみつき、彼の顔を淡い萌黄色の瞳で見上げ訴えかける。
「おーけー、わかった。リュカお前も一緒に来い」
(……何が起こっているのですか? ルイはどうなって……)
戸惑いを隠せないままリュカはルイを抱きしめて、案内されるがまま国家魔法機関の奥へと進んでいった。
『五芒星』とは、火・水・風・土・闇の属性が結び合ったものである。互いに手を取り切磋琢磨し合おうという平和協定だ。
長年そう言い伝えられてきた。だが、真実はそうではない。
それぞれの角を繋ぎ合わせると中心に空間ができる。そして、この空間にはもうひとつの属性が隠されているのだ。
それが『神』。その名の通り神に授けられし魔法のこと。
5つの属性が結び合っているのは単なる平和協定ではない。神に授けられし魔法を持つ者を保護することを意味するのである。
ルイはまさしく、神から魔法を授けられた特別な子。国家魔法使いが守るべき対象なのだ。
だが、この“神の子”は数千年生まれてきていなかった。現在の魔法使いたちが知らないのも無理ないだろう。
先頭を歩くローガンは口を手で押さえる。にやけている口元を隠すためだ。
(物を浮かせたから俺と同じ風属性かと思っていたんだが、まさか物を動かしていたんじゃなく物が自分から動いていたとはな。すげぇもんを見ちまった)
幼少期から魔導書を漁っては読んでいたローガン。本来の五芒星の在り方、神から授けられし魔法を持つ子、知識としては頭に入っていたものの実在するとは思ってもみなかった。
しかし目の前に現れたルイという幼子。その子の使う“生命付与”という奇跡のような魔法。
ローガンは飽きかけていた魔法の世界、いやもっと深淵の魔法の世界に足を踏み入れてしまったのだった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
火・土・闇の国家魔法使いの登場はのちのちに。




