国家魔法使い(1)
リュカの朝は早い。
鶏が鳴くよりも早く起き身支度を整え、ぬいぐるみを起こし朝食を作らせた後、街に繰り出す。
街から帰ってきたリュカはてきぱきとぬいぐるみや食器、箒やはたきに細かく指示を出しアトリエを奇麗に掃除。
ルイは自分から起きることは滅多にないためリュカが起こしに行く。まだ8つかそこらのこどもだけど寝起きは悪くない。身支度も自分でできる。
――うちの子は素晴らしい
これにはルイの付き人であるリュカもさぞかし鼻が高いことだろう。
「おはよー、ルイ。きょうはふわふわのオムレツだよ。朝リュカが街の人からもらってきた生みたてたまごを使ってるんだ」
小さい体を巧みに動かしフライパンの中で卵を丸めている、桃色のウサギのぬいぐるみ。左耳の縫い跡は本人曰く勲章だ。故にあえて見せている。
「とくせいのコーンスープもあるからね。朝リュカが街の畑の収穫を手伝ってそのお礼にもらってきた新鮮なトウモロコシを使っているよ」
大きな鍋の縁に立ち木のへらでコーンスープをかき混ぜている茶色のクマのぬいぐるみ。首には赤いリボンが巻かれており、これは首の縫い跡を隠すためだ。ルイが選んでくれたお気に入り。
「いつもありがとうございます、リュカさん」
「なんのこれしき」
ふわりとひとりでにルイの前に現れる皿やスプーン。彼の魔法で命が吹き込まれているため自由に動くことができるのだ。
ルイの朝は決まったルーティーンがある。
朝食を食べながら新聞を読むのだが、年代は毎度バラバラ。優しい街の人たちが過去の新聞を無償でルイにくれるのだ。それも本人がお願いしているのだけども。
「ルイー、これなんて読むの?」
「これはね――」
「こっちは?」
「こっちはね――」
ルイの読む新聞を横から覗き気になったところを読んでもらう、もとい邪魔をしているぬいぐるみたち。ルイはいやな顔一つせず丁寧に教える。
「ルイの邪魔をしないでください」
だが、ルイは良くてもこの男は黙っていない。リュカはぬいぐるみたちの首根っこを掴むと強制的にルイから離した。
「あー、リュカまたルイを独り占めする気だー」
「ずるーい、このこどもおとなー」
「いえ、私は精霊です」
「ふふ」
こんな賑やかな朝の始まりがルイは大好きだ。
その後、ルイはひとりで街の散歩に出かける。
リュカはついて行くと数時間も粘ったが「僕にだって一人の時間が必要なんです!」と優しいルイに怒鳴らせてしまった罪悪感からその日一日自分を責め続けていたらしい。
そんなこんなでルイの散歩はいつもひとりだ。
ルイが出かけた後も彼は忙しい。ふざけ合うぬいぐるみを叱りつけ、街を歩くことを夢みてリュカの目を盗みアトリエから脱走しようとするコートハンガーを壁に括り付ける。
食器類、特にティースプーンはバレリーナの如くクルクルと回ることが好きだが調子に乗るとすぐに床に落ちる。盛大なため息をついて洗いなおすのもリュカの仕事だ。
――カラン、カラン
アトリエの扉についているベルが鳴る。
「ルイ、おかえりなさ――なぜあなたがいるのです?」
散歩から帰ってきたルイ。しかし、ルイの他にもう一名アトリエの中に入ってきたのだ。それもルイを米俵を担ぐように抱えて。
優し気に垂れた目、程よく刻まれた皺、なかなかに整った顔立ちをしている男だが、無精ひげに気だるさが滲み出ている瞳が台無しにしていると言ってもいい。
黒い髪にやや混じるグレーの髪、緑青色の瞳、リュカよりも高い背を包むのは金の装飾が施された夜空色のマント。歳は40手前。
すぐさまルイを男から取り返したリュカは、褐色肌の美しい顔に怒りを迸らせながら笑顔を作る。
「ルイは物ではありません」
「はいはい、そうですね」
男はアトリエを慣れたように闊歩しソファーに座った。
「でたな、このひげおやじ。およびでないぞ」
「お前に出すお菓子も茶もないんだからな」
男を見るなり自分の仕事を放り出して駆けつけたぬいぐるみたちは、男を綿の詰まったふわふわの手足で殴る、蹴る。当然ダメージはない。
「散歩中に先生と偶然会ったんです。そしたら……」
「有無を言わせず抱き上げられここに連れ帰らされた、と」
苦笑いのルイをソファーに座らせると、リュカは額に手を当ててため息を零した。
男――ローガンは頬杖をつくと向かいに座るルイの顔を見つめ無精ひげに囲われた口を開く。
「お前こそ、よくこんな簡単に誘拐されそうなこどもを一人で出歩かせるよ。おじさんは気が気じゃなくてね」
そして彼は仄かに口角を上げた。
「光の精霊の加護を付けておりますので。……本当は私だって気が気じゃないですよ……」
顔を逸らしブツブツと不満を垂れているリュカを見て、ローガンは相好を崩した。
「なにを笑っているんです」
「いや、あの日お前がみすぼらしいルイを抱えて国家魔法機関に乗り込んできた時を思い出してな」
――――――
「こ、この子を……どうか、この子を」
ルイの魔法の特別さを目の当たりにしたリュカは噂を頼りに国家魔法機関に乗り込んだ。
その根底にあった思いは、孤児であるこの子が国家の魔法使いとして認めてもらえればいい暮らしができるようになるのではないか、ということ。
要は、自分なんかと暮らすよりこの子にとって良いと考えたのだ。
「貴様! どうやってここに侵入した! 張り巡らされた警報をかいくぐったとでもいうのか!」
「ローガン様、あの者を追い出しますか?」
「いや、いいよ」
侵入者は問答無用で拘束が鉄則なのだが、この日は滅多に機関に顔を出さないローガンがいた。機関の規則やきまりに縛られず自由に動く男。故に周囲からは良く思われなかったりもするのだが、なにより実力が物を言う世界。
ローガンの胸元には国家魔法使いでも上澄み、最高峰の5人にのみ与えられるバッジが付いている。国から認められた名誉の象徴だ。
ローガン自身はこの称号をうざったらしく思っており返還を申し出たが却下され、仕方なく付けていると言った始末。
「その髪色と瞳、光の精霊か。お前が抱えている幼子が魔法使いの卵か?」
「はい。歳はまだ5つほどですが、見ていただければお分かりになるかと」
リュカに床に下ろされたルイと視線を合わせるためにしゃがんだローガン。彼は目を細めルイに優しく言った。
「そうね。うん、じゃあ小僧。俺と戦おうか」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
イケオジの登場回でした。次回も国家魔法使いの物語、続きます。




