忘却の花畑(3)
『あなた、どうしたの? どうして泣いているの?』
一面ピンクの花畑にひとり訪れた、赤茶色の髪を一つにくくっている少女は泣いている少年を見つけ声をかける。鼻から頬にかけて広がるそばかすが目を惹く少年だ。
『君には関係ないよ。ほっといてよ』
『私はこの花畑が好きなの。とってもきれいだから』
蹲っている少年の隣にしゃがんだ少女は目の前の花に触れ呟いた。が、すぐに少年に顔を向け不機嫌に言う。
『あなたが泣いていたら楽しめないの、私が。だから泣き止んで』
そんな彼女の言い草に自然と涙が止まっていた少年。
『……っぷ、なにそれ』
泣いていたことを忘れているかのように少年は声を上げて笑った。
『もう、笑わないでよ!』
彼女は頬を赤くして彼の腕を二、三度叩くが痛くないようで、少年はさらに笑い声を上げる。
『ここきれいだね』
『うん。この花はねモスフロックスって言うの』
『へぇー。……忘れたくないな』
『じゃあ、これをあげる』
少女はひとつ芝桜を取るとカエデの葉のような小さな手で一生懸命に茎を動かした。出来上がったのは、丸ともとれない輪の指輪。
『手を出して』
彼女に言われるがまま手を出した少年。少女は微笑むと彼の左手の薬指にモスフロックスの指輪をはめた。
『これなら忘れないでしょう?』
『……うん! ありがとう!』
少年はその花畑で少女と別れ、跳びはねたい気持ちを押さえて家に向かった。途中で足を止めては指輪を太陽にかざし、その場で両足を揃えて小さく跳びながら回る。
なんともこどもらしい感情に素直な反応だ。
少年は母親と喧嘩して泣いていたことを忘れ、もらった指輪を自慢した。その晩は彼女の笑顔がずっと頭にちらつき眠れなかったとか。
少年は毎日毎日、モスフロックスの指輪をはめて過ごした。だが、これは花なのだ。終わりは自然とやってくる。
枯れてしまった花に少年は泣き続けた。もう一度作ってもらおうとあの花畑に向かったが、少女と会うことはできない。
見かねた母親からもらった小さな木の箱に指輪をしまい、枯れてしまったとしても何よりも大切に扱った。
一日の始まりと最後に彼は必ず花の指輪を見つめ、少女の笑顔を思い浮かべる。
月日は次第に流れ、少年は青年へと変わっていった。
『もう一度会うことはできないだろうか……』
――――――
モスフロックスの指輪から流れた記憶。
あの日花畑で出会った少年少女の記憶。そして、少年がその指輪を何よりも大切にしていた記憶。
シャルロットは木箱を抱え大粒の涙を流した。あの日の少年がウィリアムだと知り、たまらなく嬉しく、たまらなく苦しく胸をかき乱すのだ。
「……ずっと、ずっと、大切にとっておいてくれて、ありがとう」
木箱から覗く指輪は触れると崩れてしまいそうなほど干からび、茶色にくすんでいる。それでもシャルロットにとっては愛おしかった。
「ねぇ、リアム。私もねあの日モスフロックスの花畑で出会ったあなたのこと忘れた日なんてなかった。私だって何度も花畑に向かったのよ。でも、いないんだもの」
笑った彼女の頭に置かれる大きな手。だが、それ――ウィリアムの亡霊はルイの目にしか映っていない。
「ふふ、こんなにもすれ違っていたなんておかしいわね」
彼女の隣でウィリアムも幸せそうに笑っている。鼻から頬にかけて広がるそばかすは幼少期から変わっていない。
「でも、私たち大人になってからまたあの花畑で出会ったのね。顔立ちも変わってしまってあなただと気付けなかったけれど、もしかしてあなたは私だと気が付いていたの?」
『ああ。だって、君はあの時から変わらずとても美しくて、あの花畑に一番似合う女性だから』
慈しみに満ちたウィリアムの声はシャルロットには届いていない。ルイはなんとかして届けたいと思ったが、彼に目で止められた。
『いいんだ。ありがとう小さな魔法使いさん』
そして、こどもを命かけて救った勇敢な青年・ウィリアムは光の粒となりふわりと姿を消したのだ。
「ありがとう、小さな魔法使いさん。もう忘れたりなんてしないわ」
立ち上がった彼女の左薬指には銀の指輪がはめられており、手の中には愛おしい記憶が詰まった木箱を抱えている。
「あなたに大切な“忘れ物”が届けられて良かったです」
――ランカ、ランカ
扉のベルの音に導かれ、女性はアトリエを後にした。
「いっけんらくちゃく」
「よかった、よかった」
丸い手で額の汗を拭うふりをしながら胸を撫で下ろしたウサギとクマのぬいぐるみ。
「いえ、あなたたちは今からお洗濯です」
そんなぬいぐるみたちの前に立ち塞がったリュカ。彼はシャツの袖を捲り、逃げようと後ろを向いた二つの首根っこを掴んだ。
「いやだー!」
「助けてよー、ルイ!」
ルイに手を伸ばすぬいぐるみたち。
「うーん、でも臭いよりはいい匂いの方がいいかな」
だが返ってきたのは辛辣な言葉。
突然の雨によりぬいぐるみは雨をこれでもかと吸い込んでしまった。なんせ、雨よけ代わりにリュカがルイの頭に二つを乗せたからだ。
「「く、くさい……」」
ルイの一言にショックを受けたぬいぐるみたちは項垂れる。
「ええ、今あなた方からは生乾きの匂いがしますからね。臭くてたまったものではありません」
臭い物でもつまむように持ち変えたリュカ。
「うわー、つれてくなー」
「せんたくいやだー」
手足をばたつかせて抵抗を見せたぬいぐるみたちだったが甲斐なくリュカに連れられて行く。
「ふふ」と笑ったルイの元へやってきた光の粒。しばらくアトリエの中を舞うと、光の粒は彼の首元のキューブの中へと収まっていった。
忘却の花畑 ―完―
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
切なくも甘い恋人の物語でした。
モスフロックスの花畑が二人を繋ぎ続けましたね。
お次は2話続けてルイの転生についての物語となります。
次回『ともだちになる魔法』




