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ともだちになる魔法(1)

これは、ルイの転生についての物語です。

琉衣(るい)、今日はパパと絵本を読もうか」

「うんっ! なんのおはなし?」


「魔法使いのお話だ」

「まほうつかい?」



「まほうつかいってすごいね!」

「琉衣も魔法使いになりたいか?」

「なりたい!」


「なら、どんな魔法を使いたい?」

「じゃーあ、このぬいぐるみとおともだちになるまほう!」


「ははっ、そりゃあいい魔法だ」



   ◇



 あの日父が読んでくれた魔法使いの絵本は琉衣の部屋に飾ってある。特別な一冊だからだ。


「お父さん、行ってきます」


 琉衣はランドセルを背負って父の写真に挨拶をして家を出た。


 あの日は、父が初めて彼に絵本を読んでくれた日。最初で最後の特別な日。


 父は琉衣が生まれてすぐに癌が見つかり入院することとなった。つらい抗がん剤治療の影響でまともに会うこともできず、彼が四歳になった頃やっと面会が許されたのだ。


 父は琉衣のために病院内の書店で絵本を買った。それがあの魔法使いの絵本。これからもたくさん絵本を読んであげたいと思っていたのだが、病魔と言うのはいつだって意地悪。


「……琉衣、おとうさん、もう……」


 それは琉衣が五歳になろうとしていた頃だった。泣き崩れた母は彼に「お別れを言いに行こうか」と告げ、父の病室へ連れていった。


 まだ幼かった琉衣には病気のことは理解できていなかったかもしれない。だが、父ともう会えないと悟ったのだろう。あの絵本を抱きしめて激しく泣いた。



「お母さん、食器洗い終わったよ」

「いつもありがとう、琉衣」


 それから数年、琉衣は他人を思いやれる優しい子に育った。母の手伝いを嫌な顔一つせず行い、小学校では優秀な成績を収めている。


「やった。今日のテストも満点だった」


 その日、小学五年生になった彼は満点を取った算数のテストを母に見せるため走って家へ帰った。褒めてくれる時の母の笑顔が大好きで、早く見たいと気が逸る。


「お母さん! 今日のテストも……おかあ、さん?」


 玄関を開けた琉衣の目に飛び込んできたもの、それは腹部から大量の血を流した母の姿だった。


「……る、い……にげ、て……」


 血塗られた手を弱々しく琉衣に伸ばした母。

 早くなる動悸。琉衣の頭に響く警告音。


――ガタッ


 誰もいないはずのリビングから物音がした。足音がゆっくりと大きくなる。


(逃げないと、逃げないと! ……でも、お母さんが……)


 全身を包む黒い服。わずかに覗いた顔には血が飛び散り、返り血を浴びた服は重く垂れさがっている。


 きらりと光るなにか。手には半分が赤く染まった包丁が握られていた。


 男は琉衣を見ると不揃いなひげに覆われた口を嫌らしく広げ、奇声を上げて飛びかかった。



   ◇



(……いたい……。おかあさん……)

 琉衣は真っ暗な空間でひとり涙を流していた。


(坊や可哀そうに。新しい命を授けてあげようね)


 不意に聞こえてきた慈愛に満ちた声に、思わず尋ねる琉衣。


(あなたは誰ですか? ここはどこ? お母さんは?)


(私は女神。坊や、新しい世界ではなにになりたい?)

(なりたい、もの……。魔法使い)


(どんな魔法が使いたい?)


 琉衣の瞼は重くなっていた。手招きしてくるまどろみに身を任せながらか細い声で答える。


(……ぬいぐるみと、おともだちに、なる魔法……)

(そうだねぇ、ではこう唱えると良い)


『‘Olu(オル) Makana(マカナ)



   ◇



 周囲のざわめきで目が覚めた琉衣は数度瞬き、ゆっくりと視線を上げた。


 薄暗い路地裏には誰もいない。ただ冷たい空気が肌を刺していく。小さな手のひらは土汚れが目立ち、服はところどころ破れ汚い。極め付きは鼻をつまみたくなる嫌な臭い。


 路地から外を覗けばそこは、日本とは遠くかけ離れた見知らぬ世界が広がっていた。


「……まるで、絵本で見た世界だ。あの魔法使いが住んでいた世界。素敵な夢……!」


 胸が高鳴り路地から駆け出す琉衣。だが、すぐに人とぶつかり尻もちをついてしまった。


「汚い孤児め。あっちに行ってろ!」


 大人から吐き捨てられた声に、琉衣は今一度自分の身なりを確かめた。「サラサラね」と母に褒められる髪はギシギシに。お父さんに似ていると言われていたやや低めな声は高く可愛らしく。


 街を歩いてみれば孤児と言うだけで冷たくあしらわれ、罵られ、蹴られ、琉衣は涙を堪え路地裏に走って戻った。


 ポロポロと零れる涙。

「……お母さん、会いたいよ……」


 その道中、ボロボロな桃色のウサギと茶色のクマのぬいぐるみが目に入る。導かれるように抱き上げた琉衣。


「……泣いているの?」


 ぬいぐるみなのに泣いているように見えたのだ。ぬいぐるみに感情ましてや命なんてないのに。


 ふと脳裏を過った女神との会話。根拠はなかった。ただ口が勝手に動いただけ。


「……‘Olu Makana」


 すると淡く光り出したぬいぐるみたち。


 琉衣の手の中でウサギのぬいぐるみはゆっくりと顔を上げて、一箇所破けた耳を動かす。


「きみ、だあれ?」


 ウサギのぬいぐるみは琉衣と目を合わせると動かない口で問いかけた。


「え、なになに見えない」


 隣のクマは首が破けているようで顔を上げられないらしくもがいている。


 見兼ねた琉衣は自分の服の裾を破ってクマの首に巻いてあげた。


「これでどう?」

「うん、みえる。ところで、きみだあれ?」


「僕は琉衣……ルイ。君たちは? 名前はあるの?」


「あるよ。僕がウサギで」

「僕がクマ」


 あまりにそのまますぎる名前に笑ったルイは、ぬいぐるみたちの頭を愛おしそうに撫でた。


(本当に僕、ぬいぐるみとお話しているんだなぁ)

 驚きよりも嬉しさが勝ったようだ。


「「あ!」」

 思い立ったように突然走り出したぬいぐるみたちは路地裏の角から街の様子を覗く。


「どうしたの?」


 四つん這いでぬいぐるみに近づいたルイに、クマのぬいぐるみは丸い手を彼の口に当てて閉じさせた。


「しっ! 耳をよく済まさないと」

「聞こえるよ。あの子が呼んでいる」


 丸い足でその場にピョンピョン跳ねたぬいぐるみたちは顔を見合わせると、嬉しそうに路地裏から街へと駆け出す。


「あ、待って! 危ないよ」

 追いかけ二つを抱き上げたルイ。


「行きたい場所があるの?」


「うん。僕らのお友達がいるところ」

「こっちだよって、呼んでいるんだ」


「じゃあ、僕が連れていくよ。案内してくれる?」


「「うん!」」

 ウサギとクマのぬいぐるみは微笑むルイの体を抱きしめた。

ご高覧いただき感謝の至りでございます。


ルイは10歳で異世界に転生しました。

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