魔法使い狩り(1)
『ねぇ、もう一度お父さんとお母さんに会いたい?』
『……だれ?』
『もう一度お父さんとお母さんに会いたい?』
『ついて行ったら、会えるの?』
『そうだよ、おいで』
――――――
「……イ。……ルイ!」
リュカの声が聞こえ、ハッと目を覚ましたルイ。
「随分うなされていましたが」
ベッドから上半身を起き上がらせたルイは自分がものすごく汗をかいていることに気付く。
「……ちょっと、夢を見ました」
夢の内容は今も良く覚えていた。リュカに起こされずあのままついて行っていたらどうなっていただろうか。悪寒と少しばかりの興味に彼は目を強く瞑った。
今日は昼になってもアトリエを訪れる者はいない。ルイは床に寝転がってチップ、それからぬいぐるみたちとゆったり過ごしていた。
だが、時々ルイはあの夢を思い出しボーっとしてしまう。
(もう一度、会う……)
父はもう既に亡くなっているし、こっちの世界に来ている時点で母と会えないこともわかっている。なのに、その言葉はルイにまとわりついて離れてくれないのだ。
「ルイ、少し気分転換に行きましょうか」
寝転がっているルイに手を差し伸べて微笑むリュカ。ルイはぎこちなく微笑み返し「はい」と自分の手を乗せる。
「どこか行きたい場所はありますか?」
「ドールショップ!」
「ティーショップ!」
リュカの質問に対しルイが答える前に反応を示したぬいぐるみたち。ルイの腕の中で耳や丸い手を動かしている。
「あなたたちには聞いていません」
「「えー」」
「ふふ、いいよ。行こう」
「ルイがそう言うのなら」
ということで、まずはウサギのぬいぐるみ希望『ドールショップ』に入った。人形やぬいぐるみ向けの服、小物が売っている。
「この服、僕らに似合いそうだね」
「こっちの帽子なんてどう?」
「うん、とっても似合っているよ」
大はしゃぎのぬいぐるみたちに微笑むルイ。そんなひとりでに動くぬいぐるみたちを店員の目から隠しているリュカだが、あくまで自然的に振舞うものだから店を出るまで店員は誰一人気付かなかったそう。
「ほら、ルイ。良い香りでしょう? 僕匂い分からないけど」
「こっちもなんだかフルーツティーだ。僕も匂い分からないけど」
「うん。じゃあふたつとも買おうか」
「「わーい」」
と『ティーショップ』も大満喫したぬいぐるみたちは、ルイの腕の中で満足げだ。
「あなたたちが楽しんでどうするんですか」
と、呆れているリュカだが、「良かったね」と満足そうに微笑んでいるルイの顔を見て、まあいいかと苦笑いを零す。
「リュカさん、僕ひとつ寄りたい――え?」
途中で言葉を止めたルイ。突然周りの景色が闇と化したからだ。一瞬で黒い霧に飲み込まれたように。
「え、なになに」
「真っ暗になった」
ぬいぐるみたちもルイの腕の中で戸惑っている。
「ルイ! どこですか!? ルイ!」
「あ、リュカさん、ここです!」
手探りでルイを見つけたリュカは反射的に彼を抱き上げた。
どうやらこの霧に包まれたのはルイたちだけのようで、周囲から聞こえる街の音は活気に満ちたまま。
「ルイ、これは間違いなく魔法ですね」
「はい、闇属性の魔法です」
「ネロ、ということは?」
「ないです。ネロくんは僕を驚かせるような魔法の使い方は決してしませんので」
「新手、ですかね?」
「そうかもしれません」
ルイだけは何としてでも守る、とその小さな体を抱きしめるリュカ。ふと、彼の頭に過ったリオンとの会話。
――――――
「最近この街で魔法使い狩りが頻発していてね。それも若い魔法使いが標的のようだ」
――――――
「……魔法使い狩り」
リュカが小さく呟いた時、闇は唐突に晴れた。だが、先ほどいた街ではなく薄暗く湿った地下のような場所である。
「魔法でどこかに飛ばされたようですね」
「はい」
ルイはリュカの服をむんずと掴む。恐怖の表れだ。
「大丈夫です。私が付いていますから」
落ち着かせるように彼の頭を優しく撫でたリュカ。
ほどなくして、二つの足音が聞こえてきた。
「やあやあ、魔法使いさん?」
不気味な笑顔を携えた男はルイを見ると目をギラリと光らせる。額から左目を引き裂くように走った二本線の傷跡が彼をより不気味たらしめていた。
その男の後ろには全身をマントで包んだ小柄な人物。顔も見えず声も発さないため、性別も年齢も不明だ。
「でもなぁ、余計なのが混じってんだよなぁ」
男は90度首を横に傾けると鋭くとがらせた目でリュカを睨みつけた。リュカはルイを守るように体を横に向け睨み返す。
「ま、でも悪いな。事前に調査済みなんだわ。光の精霊がそいつを堅牢に守っていることとか、……光の精霊は闇に触れると力が弱まるとかなあ!」
男の言葉に応じるように背後にいたマントの人物がリュカめがけて闇属性魔法を放つ。リュカは咄嗟に光の力で対抗しようとしたが光一粒すら出ない。
「……なぜ?」
だが、彼がルイを守ることにおいて失敗をするはずがないのだ。故に原因は他にあった。
「あ、そうそう。言い忘れてたわ。ここ、精霊の力を封じる結界内です」
目を細めてニッと笑う男の顔を最後にリュカは闇に包まれた。消えた重み。彼の腕の中から消えているルイ。
「……ルイ……ルイ……ルイっ! あああああ!」
リュカの怒号は誰に届くでもなく闇に吸い込まれていく。
気が付いた時にはリュカはひとりアトリエの中に戻されており、絶望に顔を染めた彼は床に崩れ落ちた。
「……ルイ」
「わん! わん!」
リュカにまとわりついた嫌な気配を感じ取ったチップは彼に向かって激しく吠え続ける。
◇
各箇所で一斉に反応を示した五芒星。
「クソ。やられた」
リオンはすぐさまマントを羽織ってアトリエに向かう。他の五芒星も即時行動を起こしていたようで鉢合わせた五人は、ローガンの風魔法によりアトリエへ瞬間移動した。
開いた扉の前で崩れ落ちているリュカに駆け付けたリオンは彼に事情を聞こうとするも、
「ルイ、ルイ……」
と、ただルイの名を呼ぶだけで何の情報も得られそうにない。
「ああ、クソ! なんで今日に限って俺はここに来てなかったんだよ!!」
「ネロ、自分を責めたって仕方がないよ。僕たちだって決して気を抜いていなかった。相手が一枚上手だったってことだ」
「そうね。私たちがいない時をあえて狙ったとも言い換えられるわ」
「その線が濃厚だろうな。小僧、無事だといいが……」
項垂れ未だ呆然とルイの名を呼び続けているリュカの胸倉を掴み無理やり顔を上げさせたリオン。開いた赤い目を彼の金色の瞳にぶつかってしまうほど近づける。
「しっかりしろ。一刻を争う事態だ。過ぎたことを嘆いてなにか変わるのか? 助けたいなら言葉より行動に起こせ。ルイくんに何が起こった」
「……ま、魔法使い、狩り……」
「ああ、それだけで十分さ」
リュカから手を離し立ち上がったリオンは他の四人に宣言する。
「至急すべての国家魔法使いを招集させろ」
「「「了解」」」
ルイ奪還作戦の火蓋が今切られた。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
『魔法使い狩り』篇、開幕です。




