記憶の小瓶(4)
「これは一体何が起こっているのですか?」
ルイとともに来たリュカがローガンに尋ねる。彼は事のあらましを端的に伝え、ため息。
「とりあえず操っている魔法使いを見つけないとな。属性的には闇か?」
「……いや、水だよ」
頭を掻きながら考え込んでいたローガンに、手を腰に当てながら近づいてきたのはタリアだ。
「水?」
「うん、洗脳は言わば脳が操られている状態。じゃあ、脳に通っているのは? ……血管さ。血液も液体だ。そして液体を操る、それは水属性魔法使いの専売特許だよ」
「なるほどね。血液を操り一時的に血流を止め思考力が弱まったところで従順にさせる。できないことじゃない」
「まあ、血液を操るなんていかれた魔法、相当な馬鹿しかやらないよ。閉じこもって研究に没頭するような頭のネジがどっかに飛んじゃってる奴とかね」
そう言うとタリアは塔のてっぺんに視線を移した。つられて一様に視線が上がる。
「ああ、あいつらか」
タリアの言い分にローガンも納得のようだ。
塔の上階には研究室が設けられている。主に複数人で行う研究や、魔法薬学等の専門的な研究に使われているのだが、その中に二つだけ個人の研究室があるのだ。
危険な魔法研究を度々行い怪我人の続出、クレーム、によって隔離された者ら、言わば異端者である。
世に解き放つことも憚られる存在だ。故に国家魔法機関にて幽閉されているのだが、当の本人たちは籠って研究に没頭できると大喜び。相互利益によってこの均衡は保たれている。
「行くの? 僕嫌だよ!」
「俺も嫌だ! あんなところ二度と行くか」
「……では、僕が――」
「「「それはダメ!」」」
五芒星の押し付け合いの空気を読んでルイは名乗り出たが、すぐさま彼らによって却下される。
「ルイルイ、ちょー危険な人たちなの。だから絶対近づいちゃダメだよ?」
「そうそう。俺らだってできれば関わりたくない奴らなんだから」
タリアとネロはルイに言い聞かせ、五芒星によるじゃんけん大会が行われた。一回目でリオンが一人勝ちし、数度あいこが続いて結局ローガンが一人負けをした。
「うあああ!」
「はーい、ローガンの負けー!」
「ほら、さっさと行ってこいよ」
長い逡巡ののち、ローガンは風の魔法で塔のてっぺんまで一息に飛んでいく。
「かわいそうなローガンちゃん」
ローガンを見つめつつ他人事のように呑気なシンシアの元に駆けよってきた一人の国家魔法使い。ルークだ。
「シンシアさん、ご報告申し上げます。先刻騎士団に引き渡されました男が牢の中で自害したようです」
「……そう」
シンシアの美しい金糸雀色の瞳は冷えていく。
「うっそ! 何か吐いた?」
「まったくだそうで、騎士団も困っていました」
「他殺の線はないのかな?」
「ないそうです。なんでも目の前で舌を噛み千切り死んだようで……」
「そうか」
「ですが、ひとつ興味深い点が。『自害する瞬間は別人のようだった』と」
「ほう」
リオンは閉じていた目を薄く開き口角を上げた。
ほどなくして戻ってきたローガンだったが、降り立つや否や首を横に振る。
「門前払いだ。確かめようがない」
「と、なると俺たちでこの暴走を止めないとならないね。どうしようか?」
腕を組んで首を傾げたリオン。
「止めるには僕たちの魔法をもってすれば簡単だろうけど、怪我は免れないだろうし」
「あの、僕ならできると思います」
再び名乗り出たルイ。
「ただ、中に入る必要があるので……」
「うん、俺が護衛として一緒に入ろうか」
「頼もしいです」
「私も行きます」
ルイ、リュカ、そしてリオンはローガンに風魔法で浮かせてもらい、塔の開いている窓から中に入っていった。
「どうするんだい、ルイくん」
「上書きします。みなさんはきっと記憶の小瓶で見た記憶に囚われてしまっているんです。……僕もそうでしたから。だから、記憶で上書きします」
「そんなことができるのかい?」
「国家魔法機関の中にはたくさんの記憶が眠っていますから。思い出してもらいましょう、自分を」
出入口の扉があった箇所に群がっている魔法使いの頭上へと風に乗って移動したルイは、空中で手を彼らに向けて唱える。
「‘Olu Makana」
すると塔の中は淡く光り出し、イス、テーブル、武器、杖、塔の中にあるあらゆる物に魔法がかけられた。
ひとりでに動き出した物たちは魔法使いへと近づき、イスは脚である者の尻を叩いた。ほうきはある者の手を取り一緒に踊り始めた。武器と武器は熾烈な戦いを始め主人たちに切磋琢磨し合った日々を思い出させた。
「……すごいな、あっという間に自我を取り戻している」
「これは純粋な記憶ですからね。偽物の記憶は太刀打ちできないでしょう」
感嘆の声を漏らしたリオンの隣で宙に浮いているリュカは誇らしげにルイを見つめた。
まるで風と戯れるように移動しては魔法をかけ、物を媒介に記憶を呼び起こす。思い入れのある物に触れた魔法使いの目に戻っていく生気。
とうとう、ルイは無傷で彼らの暴走を止めたのだ。
『記憶の小瓶』事件。
それは未解決事件として未だ捜査が続いている。ただ難航することだろう。
記憶の小瓶を購入した者からは当時の記憶がすっぽり抜けており、証拠物となる小瓶も魔法で消されたのか誰かが回収したのか、一つも残っていない。
小瓶を売り歩いていた首謀者は自白をしないまま自害し、裏で操っていたと思われる者の存在を確認することは終ぞできなかった。
そして、ルイはまた気ままにのんびりとアトリエで人々と関わっていく日々を送ることになる。
だが、彼の背後には妖しい影が迫っていたのだ。塔のてっぺん、個人研究室から外を見下ろしている全身を夜空色のマントで覆った男。
視線の先にはみんなから褒められているルイの姿。
「……ふーん、あれがルイくんか。会ってみたいな。そうだ、研究室に招待しよう」
そうと決まれば即行動が男のモットー。早速招待状を作り始める。
「ああ、どんな子なんだろう。早く会いたいな」
男は書いた招待状を鳩の形に折り空へ飛ばした。それは宙で本物の鳩へと変わりアトリエの方へ飛んでいく。
「……待っているよ、ルイくん」
湿っぽい声は、薄暗く足の踏み場もない研究室で誰に届くでもなく消えた。
記憶の小瓶 ―完―
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
『記憶の小瓶』事件はまさに地獄の一丁目。
そして、魔の手はルイにも……
次回『太陽を消す魔法』




