記憶の小瓶(3)
「おとうさん、おかあさんっ……、会いたいよ……」
「ルイ」
声を押し殺して泣いているルイの体を優しく抱きしめたリュカ。
「大丈夫です。もう、大丈夫ですから」
ルイに小瓶を握らせた男は突然現れたリュカに驚き、小瓶とルイから手を離すと数歩後退る。
地面に落ち音を立てて割れた小瓶。割れてもなお変化はない、なんの変哲もないただの安瓶だ。
咄嗟に逃げようとした男だが、ひっそりと男の背後に現れていたシンシアによって拘束される。
地面の土が螺旋を描いて盛り上がりそのまま男を巻き取ると固まったのだ。もがこうとしても身動きできず男は観念したように項垂れる。
「……なぜ光の加護が反応しなかった」
「そんなの決まっているじゃない。この男に悪意が全くないからよ。本人は完全に善意で行っていること。というより、気づいていないんだわ。この小瓶が洗脳まがいのように作用されているということに」
「……裏で糸を引いている誰かがいるということですね?」
「ええ。それも国家魔法使いの。……さあ、誰かしら」
男は現場に駆け付けた騎士団に引き渡し、一行はアトリエへ帰宅した。
泣き疲れて寝てしまったルイは、今はぬいぐるみとチップに見守られて寝室で横になっている。
「……はぁ、私は本当にダメな精霊だ。加護もまともに使えない、主人を守れない。はぁ……」
「うざったらしいわね、ふふ」
頬に手を当てると朗らかな笑顔で辛辣な言葉を漏らしたシンシア。上品な見た目に反し、彼女は意外と男勝りな性格である。
――カラン、カラン
ベルを鳴らし開かれるアトリエの扉。
「すいません、今は――ローガン?」
「ああ、ここにいましたかシンシアさん」
「あら、ローガンちゃん」
シンシア同様五芒星の一人であるローガンは深刻そうな顔で中に入るとシンシアを見つけ、簡単に事情を説明した。
「今、塔が大変なことになっていてな。だから早急に来てくれ」
「……早かったわね。ということだから、リュカちゃんルイちゃんによろしくね」
二人はアトリエを出ると、ローガンの風属性の魔法で国家魔法機関へと瞬間移動していった。
「もう! なんなの、これ!」
「こいつらゾンビかよ!」
「あははー、ちょっと面白いね」
「笑ってんなリオン!」
国家魔法機関の塔では、操られ出入口の扉から街に繰り出そうとする国家魔法使いたちをタリア、ネロ、リオンの五芒星三人で止めているところだった。
操られているのは全員ではない。あの小瓶を購入し何度も蓋を開けて記憶を見ていた者たちだ。
それがトリガーである。一度瓶の蓋を開けてしまえばそこはもう泥沼。深く重く絡みついてもう引き返せない。
「あらやだ、この人たち何する気なのかしら?」
「ローガーン、シンシアー、どうにかしてくれないかーい!」
国家魔法機関において同志を傷つけることは御法度に当たる。故に魔法なしで止めているリオンが二人に声をかけた。
「僕、もう限界かも……」
「あー、魔法使いてぇ!」
タリアとネロ、こちらの二人も魔法は使わず押し寄せてくる魔法使いの大軍を、扉を閉める形で押さえつけていた。
「……あ」
と、なにかをひらめいたらしく手を離したリオン。
「「あ、おいバカ……!」」
一人分の力を失った扉は押し返され、この機を逃さまいと言わんばかりにわずかにできた扉の隙間から一斉に雪崩れてくる魔法使いたち。
だが、リオンは涼しい顔で宣言した。
「五芒星の名の元魔法の使用を許可する」
この宣言にいち早く反応したシンシアが塔の扉を塞ぐように土で覆う。よって一旦は収まりを見せた。
「ごめん、ごめん。この宣言のことを忘れていたよ。あはは」
((……いや、絶対わざとだ……!))
怒りを募らせたタリアとネロ。
(わざとだな、あれは)
苦笑いのローガン。
(わざとね、きっと)
朗らかに笑むシンシア。
リオンの性格を熟知している彼らにはお見通しだったようだ。
「まあ一段落したし、洗脳を解く方法でも――」
他の四人から向けられる視線を受け流しながら晴れやかに告げるリオンの声は途中でかき消された。
――ドゴン、ドゴン
塔の中から聞こえる鈍い音。それもひとつや二つではない。
「……僕、嫌な予感がするんだけど」
「俺もだ……」
タリアとネロが不安の滲んだ顔を見合わせた刹那、ひと際派手な音が轟いた。
「あら、まあ」
シンシアが土で塞いだはずの出入口にぽっかりと開いた穴。始めは小さいものだったがそれは次第に広がっていく。
「ま、そうなるか」
ローガンは額に手を当て深いため息をついた。
リオンは宣言した『五芒星の名の元魔法の使用を許可する』。しかし、“誰に対して”が抜けていた。故に、塔の中に居る魔法使いたちにも適応されてしまったのだ。
中から放たれる無数の魔法により土の壁はもう崩壊寸前だ。
「……うん、致し方ないね」
と、リオンが魔法を放とうと手のひらに熱を集めたその時、
「‘Olu Makana」
優しく、濁りを知らない声が響いた。
小さな影が塔の壊された出入口から雪崩れてくる魔法使いたちの前に立ち塞がる。
五芒星の瞳に映されたのは、肩から背にかけて揺れる夜空色のミドルケープ、小さな手のひら、ススキの穂のように光を透き通す茅色の髪。
「みんなを包み込んで」
小さな魔法使い――ルイの声に反応を示した塔は、壁を手のように伸ばして外に出た魔法使いを左右から取り囲むとそのまま内側に押し込み包み込んだ。
出入口であったその部分は平らな壁となり、扉はすっかり消えてしまう。中から魔法が放たれる音はするものの、新しく形成された壁はびくともしないようだ。
「みなさん、遅くなりました」
振り返った少年は赤く腫れた目で微笑んだ。
「ルイルイー!」
「さすが、俺のみ込んだ男だぜ」
頼もしい彼の小さな体に飛びつくタリアに、誇らしげに彼の頭を撫でるネロ、見守るシンシア。
「……なぁ、ローガン。君はあの子の魔法を“生命付与”魔法だと言っていたが、俺はこの魔法は本当に“ともだちになる”魔法なのだと思うよ。……いや、“生命を付与した上でともだちになる”か」
不自然に上がった口角に目を見開いているリオン。彼から仄かに漂うそれは畏怖だった。
「ああ、物を思い通りに動かせてしまう。……まるで一種の洗脳だな」
ルイを見つめるローガンの瞳は愁いを帯びていた。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
ルイの異質さが際立ってきましたね。
もう一話続きますので、よろしくお願いいたします。




