記憶の小瓶(2)
「わん!」
「……チップ、もしかしてルークさ――あ!」
ルイはルークの腕に抱えられた紙袋から覗く串にささった鶏肉を見て声を上げた。なんせそれがチップの大好物であったからだ。
「もう、チップったらこの匂いに釣られちゃったんだね」
「匂い? ……ああ、もしかしてこの鶏の串焼きですか?」
「はい。チップの大好物なんです。チップ、こっちにおいで」
「わん!」
素直に言うことを聞いたチップはすぐさまルークの上から離れルイの元でお座りをする。頭を撫でられると舌を出して「へっへ」と嬉しそうだ。
「ふふ、串焼きいりますか?」
立ち上がったルークが微笑みながら串焼き一本をルイに差し出す。
「わん!」
ルイが答えるよりも早くに鳴いて反応を示したチップに顔を見合わせた二人は声を出して笑った。
「なるほど。たしかに塔でもみなさん持ち歩いていましたね」
ルイから事の経緯を聞いたルークも心当たりがあったようだ。
塔とは国家魔法機関の通称である。建物の形が塔の形をしているからだ。
「僕の方でも調べてみます」
「はい、ありがとうございます」
そこでルークとは別れ、一行はアトリエに帰宅。
「「う~ん」」
ルイとシンシアは隣り合ってソファーに座り、同じ方向に首をひねっていた。
「なにか手がかりがあるといいんだけどねぇ」
「チップの鼻でも見つけられなかったとなると痕跡はほぼないですし」
「「……う~ん」」
頭を悩ませている二人の前にふわっと現れたお皿とその上に乗ったサンドイッチ。そして、ティーカップにソーサーなどの紅茶に必要なものが自らやってくる。
「頭を使うならまずは腹ごしらえだよ」
「紅茶を飲んでホッと一息ついたら、きっと頭も冴えるはずさ」
ルイの前に歩んでいき、小さな体を大きく広げ早速ルイにサンドイッチを手渡すぬいぐるみたち。
「ふふ。うん、そうだね。ありがとう」
小さく笑ったルイはレタス、トマト、ハム、チーズが挟まったサンドイッチに思い切りかぶりついた。
腹も膨れ一息ついた頃、シンシアは口火を切る。
「あのね、ずっと思っていたのだけど、これルイちゃんの二番煎じよね?」
「……え?」
「だって記憶を見せるってルイちゃんとしていることが同じだもの。……いいえ、下位互換だわ」
シンシアは妖しく黄色に輝く瞳を細め、小瓶を自身の顔の前に掲げた。
「だって、私には記憶なんて見えないもの」
「見えていなかったんですか?」
「ええ。黙っていてごめんなさいね。でも見えている人も実際にいる。そして決まって直接購入した人たちだわ。私は貰い物だったから見ることはできなかったわけね」
シンシアは小瓶をルイに手渡すと、もう小瓶には興味が失せたようにティーカップへと手を伸ばした。
「となると、魔法がかけられているのは小瓶ではなく人に直接かけられているということですか」
こなすべき仕事を終えたのか、リュカはルイの背後に移動しながら思ったことを述べる。
「ますます売り人に会わなければなりませんね」
「そうね」
にやける口元を隠す為に片手を持ってきたシンシアは告げる。
「……ねぇ、餌を蒔かない?」
ということで、ルイは絶賛一人で散歩中だ。
といっても光の加護によって危害が加えられようものなら相手が失明するほどの光が発生する(本人曰く)らしいため安全ではある。
ついでに“目”としてシンシアが作った泥人形をルイに持ち歩いてもらっていた。
(シンシアさんはああ言っていたけれど、本当に僕が一人で歩いていれば寄ってくるのかな?)
シンシアによると、
『相手は絶対にルイくんに対抗意識を持っているわ。だから“記憶の小瓶”なんて名前まで付けて国家魔法使いを中心に売っているのよ。もしくは……』
らしい。
ため息をつきかけたルイだったが、それは意図せず引っ込む。
「ねぇ、僕」
背後から肩に手を置かれ、声をかけられたからだ。
◇
ルイを送り出した後のアトリエにて――
ブツブツと早口でルイへの心配を呟き明らかに落ち着きのないリュカ。とうとうぬいぐるみたちに注意される始末だ。
「大丈夫よ、リュカちゃん。私がルイちゃんを傷つけさせないわ」
なんとも頼もしい。なんといっても彼女はあの最高峰の国家魔法使いの一人、五芒星なのだから。そして、五芒星の役目は神の子を守ること。
女神様に魔法を授けられたルイはすなわち神の子なのだ。
「あなたがあんなことを言うからでしょう!」
シンシアはルイがアトリエを出た後、感情が読み取れない笑顔のまま呟いたのだ。
『……もしくは、ルイくんを悪人に仕立て上げたいのかもね』
「私の憶測よ」
「わかっていますが、私にもどうもそう思えてならないのです……」
「ルイはまだこどもです。良いように使われてしま――」
「リュカちゃん、接触したわ。ちょっと手遅れかも」
◇
振り返ったルイの眼前に突き出される小さな小瓶。シンシアが持っていたものと同じ中身のないただの瓶だ。
「これ、買わない?」
「えっと……」
戸惑っているルイの手を取り強制的に小瓶を握らせ、その者は蓋を開けた。
――――――
『琉衣、今日はパパと絵本を読もうか』
『うんっ! なんのおはなし?』
『魔法使いのお話だ』
『まほうつかい?』
病室のベッド上にいる父親の膝に乗っているルイ。金色の髪と瞳を持つ魔法使いが描かれた絵本の表紙に彼は釘付けだ。
『はやく、はやく!』
『ははっ、よし。……そこは魔法使いのいる世界――』
父の声に耳を傾け、捲られていくページひとつひとつにルイは感嘆の声を上げる。
絵本を読み終わったルイの頬は興奮から僅かに紅潮していた。
『まほうつかいってすごいね!』
『琉衣も魔法使いになりたいか?』
『なりたい!』
『なら、どんな魔法を使いたい?』
少し考えたルイは手に持っている愛犬柴犬にそっくりなぬいぐるみを掲げて笑顔で言った。
『じゃーあ、このぬいぐるみとおともだちになるまほう!』
『ははっ、そりゃあいい魔法だ』
父は病気によってやせ細った手でルイの黒い髪を撫でた。ルイはこの父の手が大好きだ。
『お母さん、見て! 今日のテストで百点取ったんだ』
『どれどれ? わ、本当だ。すごいね、琉衣』
『うん!』
母の、荒れてカサカサになっている手で頭を撫でられることもルイは大好き。
『じゃあ、今日は琉衣の食べたいものを作ろうか。なにがいい?』
『ハンバーグ!』
母の作る豆腐の入ったふわふわなハンバーグはルイの大好物だ。そして、最近は一緒に作るところから始める。
『そう、猫の手じょうずだね』
『お母さん、ケチャップはどのくらい?』
『うーん、目分量!』
『えー?』
『でも美味しいでしょう?』
『うん!』
ルイと母はキッチンで二人笑い合った。その後は向かい合って出来立ての料理を食べる。
――――――
ルイの頭に溢れていく幸せな記憶。もう会うことのできない二人と過ごした本当の日々。
「……おとうさん、おかあさんっ……」
彼の瞳からはとめどなく涙が零れた。
「会いたいよ……」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




