記憶の小瓶(1)
ルイが朝のルーティーンである一日一粒の金平糖を透明な瓶から取り出し口に放った時、
――カラン、カラン
「助けて、ルイルイ!」
アトリエの扉を乱雑に開けて誰かが入ってきた。顎下で切り揃えられた水色の髪にアクアマリンのような瞳の女性。タリアだ。
彼女は急いで入ってきたものだからドアマットに足を引っかけて前のめりになる。倒れる、と思った矢先タリアの体は誰かに支えられた。
そのものは言葉を発さずただタリアを見つめている。
「わあう。こんなの初めて」
そう、一番近くにいたコートハンガーだ。コートハンガーはない髪を流すように上部を斜め上に振り、タリアを起き直らせた。
「ありがとう、コートハンガーくん」
コートハンガーは枝を前に持ってきて紳士よろしくお辞儀をするや否や、わずかに開いているアトリエの扉から脱走を図る。
が、読んでいたリュカによって捕まり壁に括り付けられた。体を大きく揺すって抗議しているが、ほどなくすると観念したように大人しくなる。
「はしたないですね、タリアは」
一部始終を見ていたリュカから飛ぶ鋭い言葉。
「だって急いでたんだもん! って、そんな悠長なこと言っていられないんだって! 姉さんが、姉さんが……!」
「シンシアさんが、どうかされたのですか?」
シンシアとタリアは同じ五芒星の一人で、シンシアは土属性の大魔導士だ。
「いいから来て!」
ルイはタリアに腕を引かれるまま、国家魔法機関へ訪れていた。
「ほら、見てあの姉さんを!」
タリアの指さす先には何かを眺めて恍惚としているシンシアの姿。
木々のような榛摺色の髪、まさにカナリアの羽を思わせる金糸雀色の瞳、国家魔法使いの正装の下からでも主張している豊満な胸、と容姿は変わりない。
だが、確かに様子がいつもと違っていた。
「シンシアさん」
ルイが呼ぶ声に反応したシンシアは一瞬でいつもの穏やかな顔へと戻り、ルイに駆け寄って抱きしめた。
「シ、シンシアさん、くるしいです」
「あら、ごめんね」
パッと手を離すと、彼女は代わりにルイの頭を撫で始めた。
「あの、その手に持っているものは?」
シンシアが先程眺めていたものだ。
「これは記憶の小瓶よ」
「記憶の小瓶?」
「今、街でちょっと噂になっていてね。なんでもこの小瓶を開けると大切な記憶が蘇ってくるらしくて。ほら」
シンシアが小瓶を開けてルイたちに見せたが、どうやら見えているのはシンシアだけのよう。
「……見えないの?」
「見えません」
「……そう。……やっぱり~」
重苦しく呟いた彼女だったが、頬に手を当てると一転して明るく答えた。
「やっぱりって、もしかして姉さん気付いてわざとやってたの!?」
「そうよ。注意喚起のつもりだったんだけど、なんだか逆効果だったみたいで国家魔法使いたちがこぞって買いに行っちゃった」
語尾に星が付くようにあっけらかんと答えたシンシアの肩を掴んで前後に揺するタリア。
「なにしてんのもーう!」
「だって、自分で言うのもなんだけど普段から穏やかな表情を保っている私があんな表情をしてしまうものなのよ? 怪しく思ってふつう買わないじゃない!」
「違うの、違うのー! 姉さんがあんな表情するからみんな買いたがっちゃうんだよ!」
麗しい彼女の恍惚とした表情だ。見た者は一様に目を奪われることだろう。そして興味が湧く。あのシンシアさんにあんな表情をさせる物とは一体なんだろう、と。
まさに――
「逆効果ですね」
ルイが答えた。
シンシアから小瓶を受け取って眺めてみるも不審な点は見つからない。
「‘Olu Makana」
魔法をかけてみても動く気配がない。何の思い入れもない急ごしらえの小瓶と言ったところだろう。
「シンシアさん、これどこで買いましたか?」
「それがね、わからないのよ」
「わからない?」
「歩き売りと言うのかしら? 店を構えず、必要としていそうな人を見かけると売るって感じみたい」
「それは厄介ですね」
「はい」
ルイとリュカは互いに顔を見合わせて頭をひねったが、「あ!」とルイが何か思いついたようだ。
「ということで、チップ、出番です!」
「わん!」
一度アトリエに戻ったルイたちは、チップに新調したリードを付け捜索隊を結成。メンバーは、ルイ、リュカ、シンシア、チップ、そして――
「よし、犯人を見つけるぞー!」
「おーう!」
と、探偵の服を着たウサギとクマのぬいぐるみ。
タリアは別件の仕事があるということで国家魔法機関にて別れた。
「ふふ、なんて可愛らしいぬいぐるみさんたちなの。探偵さんの服も良く似合っているわ~」
「「でしょう?」」
散歩中にルイが手助けした人形のお店でもらったものだ。ルイも「良かった」と嬉しそう。
「チップ、この匂いを探してほしいんだけど、わかる?」
ルイはチップの鼻元に小瓶を近づけた。
「わん!」
すると突然走り出したチップ。引っ張られたルイから咄嗟にリードを奪ったリュカがチップと共に走り出す。
「シンシア、ルイを頼みますね」
「はーい。それじゃあルイちゃん、お姉さんと手を繋いで行きましょうか」
「あ、はい」
いきなり走り出したチップに唖然としていたルイだったが、シンシアに手を握られて我に返った。
「いけー、チップ」
「そこだ、やれー」
騒がしいぬいぐるみたちを片手に抱え、一目散に駆けていくチップのリッドをしっかりと握っているリュカ。
「うるさいですね。これ以上話すならそこの路地に置いていきますからね」
リュカなら本当にやりかねないと共通認識を抱いたぬいぐるみたちは、顔を見合わせ丸い手で口を押さえ合う。
「話しちゃダメだよ」
「わかった。きみもね」
その注意を最後にぬいぐるみたちは珍しく本当に黙ったのだ。
手を繋いで歩いているルイとシンシア。リュカたちは遠く離れてしまい見えないが足取りに迷いはなかった。シンシアの魔法によって土が隆起し彼らが行った方向を示してくれているのだ。
「……わん、わん」
かすかに聞こえるチップの声。ルイはシンシアと手を繋いだまま走り出した。
「チップ、見つけたの……ルークさん?」
「や、やあ、ルイくん」
そこには、倒れたルークさんと飛びかかった状態のまま彼の腹に乗り上げているチップの姿。ルークの腕の中には美味しい匂いを漂わせている紙袋があった。
鼻をひくつかせたチップは大きく吠える。
「わん!」
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お待たせしました。シンシアさんのご登場です。
そして、ルイの最強ぶりがここから加速していきます。




