太陽を消す魔法(1)
朝のこと、アトリエの窓に一羽の鳩が止まっていた。
「リュカさん見てください。窓に鳩さんがいます」
「本当ですね。珍しいこともあるものです」
鳩は外からじっとルイだけを見ていた。
「わん!」
「驚いちゃうから吠えちゃダメだよ、チップ」
「わん」
ルイは言うことを聞いたお利口さんなチップの頭を撫でた後、再び鳩へと視線を戻す。鳩は本当に生きているのかと疑いたくなるくらい微動さえしない。
「んー?」
と、ルイが首を傾げつつ窓を開いた時、鳩は一枚の大きな紙へと姿を変えそのままルイを包み込んだ。
「ルイ!」
リュカが手を伸ばし、チップが噛もうと飛び上がったが、それより早く紙は巨大な鳩へと姿を戻しルイを連れて飛び立った。
「ど、どこに行くの!?」
ルイは包まれたまま尋ねるが所詮それは紙。言葉も理解していなく、言葉を返すこともできない。ただ指示された通りに動くのみ。
(こっちの方角、もしかして国家魔法機関?)
ルイの憶測は当たっていた。鳩は塔の出入口に勢いよく突っ込んでいく……と思いきや、塔と平行に上に向かって飛び、そして一つの小窓の前で止まる。
「……ああ、おかえり」
窓が開かれると巨大な鳩はルイを中に放り入れ、ただの紙へと戻っていった。
「手荒ですまない、ルイくん」
差し出された手を掴んで立ち上がったルイ。そこは朝にもかかわらず薄暗く、そして足の踏み場もないほど物が散らかった小さな小部屋だった。
「……ここは?」
「僕の研究室さ」
ルイは夜空色のマントに覆われ顔も体も見えない男に脇の下を掴むように抱えられ、一人掛けのソファーに下ろされる。
「君の付き人が心配する連れ去り方をしちゃったね。でも会うにはこれしかなかったから」
男はフードを取り、ルイの頭に手を伸ばした。
露になった金色の髪、紫の瞳、傍から見てもきれいな顔立ちの男だが、目の下には隈が濃く浮かんでおり、所々に無精ひげが生えている。
おまけに喋り方もねっとりとしていて、故に残念感が否めない。
「心配いらない。光の精霊くんには手紙を送っておいたから」
「えっと、どんな内容かお聞きしても?」
「『ルイくんは預かった』だよ。端的でいて安心できる内容だろう?」
「ふふ、まるで誘拐犯みたいです」
朗らかに笑ったルイと反して男の目は次第に開いていく。
「……ゆう、かい、はん?」
「はい。リュカさんはきっと今頃大慌てですね」
「もしかして、僕、まずいことしちゃった。しちゃったよね?」
「僕が手紙を送れば大丈夫だと思いますので、借りてもいいですか?」
「ああ、うん。よろしく」
ルイは手紙に、自分は無事なこと、国家魔法機関にいること――
「あの、お名前は?」
「うぃ、ウィンストン」
ウィンストンといること、今日はここにいること、最後にもう一度無事なことを書き、ウィンストンに言われた通りに鳩に折って飛ばした。
魔法がかけられた状態で売っている紙のため誰が書いても鳩として送ることのできる代物だ。割高なため貴族しか買うことはないが。
「これで大丈夫です」
「……君こどもとは思えないくらいしっかりしているね」
この言葉にも今度は動揺したりしない。数多言われてきた言葉、受け答えもお手の物なのだ。
「はい、国家魔法使いなので」
ウィンストンに微笑みかえしたルイは部屋を見渡し問いかけた。
「ところでウィンストンさんは――」
「ウィニーでいいよ」
「ウィニーさんは、ここにいるということは個人の研究室を与えられた魔法使いさんですよね?」
「そうだね。ここはいいところだよ。いくら引きこもっていても誰も何も言わないから」
「そうなんですね。ここではどんな研究をしているんですか?」
「あー、うん、『太陽を消す魔法』さ」
「……太陽を、消す?」
「そう。馬鹿馬鹿しいと思うかい? でもね、もうじき完成なんだ。そしたらあいつを……」
物を蹴飛ばしながら移動したウィンストンは、丸いガラスのテラリウムを持ちルイに見せた。中には水でできた球体が入っている。
「これがその『太陽を消す魔法』ですか?」
「うん、実際に太陽を消すわけじゃないけどね」
その言葉にルイは胸をホッと撫で下ろした。同時に疑問が浮かぶ。この小さな水の球体でなにができるのだろうか。
「少し見せてあげようね」
ウィンストンはルイにデスクに来るよう手招きした。ルイは床に散らばった物を踏まないよう細心の注意を払い進んでいく。
「ここに金貨があるだろう? その上に透明な入れ物を乗せる。この時はまだ見えているね?」
「はい」
「でも……」
ウィンストンは透明な入れ物に水を注いでいった。
「……あ! 金貨が見えなくなった!」
「そう。光の屈折によってこうなるんだ」
「それを利用して太陽を消すんですね?」
「そういうこと」
「でもなぜ太陽を?」
顔を俯かせたウィンストンは愁いを帯びた瞳でぽつり、ぽつりと話し出す。
「……僕にはひとり弟がいてね、でも病気を持って生まれてきたんだ。『太陽不適合症』。太陽の光を浴びると肌が焼けるように痛んでしまう病気だ」
「あの子は青い空の下を歩くことを知らない。本人は『もういいんだ』ってあきらめているけど、僕はどうしてもあいつに歩かせてやりたい。あいつだけじゃない。同じ病気で苦しんでいる子の希望になりたい」
「……できるんだよ。水属性の魔法ならそれが可能だ! だったらやらない手はないだろう?」
ルイに顔を近づけながらまくしたてたウィンストンは、荒い息を吐き出しながらルイの返答を待った。
「はい。やらない手はないと思います!」
「やっぱり! 君ならわかってくれると思ったよ!」
「ふふ、ウィニーさんは、本当はとてもお優しい方なんですね。知ることができて良かったです」
「僕も君と出会うことができて良かったよ」
ルイはふとデスクの一箇所を見つめた。部屋中際限なく物が散らばっているが、デスクの一箇所だけ不自然に物が置かれていないのだ。
「ああ、気になるよね。なんだかここにだけは物を置きたくなくてね。本能的に避けちゃうんだ」
だが、ルイはデスクを見ていたのではない。その箇所に座っている男の子を見ていた。
男の子はルイに気が付くと人差し指を口の前に持っていき、
『しー。まだ内緒だよ』
と、可愛らしく微笑んだ。
ウィンストンには見えていない。したがってそれは亡霊である。
立ち上がった亡霊はふわりと浮かんでルイの前に現れると、ウィンストンと同じ紫色の瞳を細めて無邪気に笑った。
『お兄ちゃんには、まだ内緒にしてね』
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
個人研究室の魔法使いウィンストンの素顔は誰も知らないらしい……。




