意気地なし偽勇者はドラゴン討伐の夢を見る(2)
すぐさまリュカによってルイから離された青年は強制的にソファーに戻され、只今鼻をすすり中。
「怖くて、足がすくんで、できないんですよ……」
「君、ゼインくんでしょう? 勇者二人組の」
「ええ、まあ、はい」
リオンに話を振られ歯切れ悪く答えた青年ゼイン。
「勇者二人、なんて言われていますけど、実際のところ勇者らしいことをしているのはランスロットだけですけどね」
自嘲気味に鼻で笑ったゼインは、おもむろにテーブル上のマドレーヌへと手を伸ばし一口で食べた。
「パーティーを組んでいるわけではなく、二人と言うことですか?」
ルイの問いかけに答えたのはゼインではなくリオン。
「うん。魔物討伐も簡単にこなしてしまう二人組の勇者と言えば、ここらではかなりの有名どころさ。でも、そう。なるほどね」
リオンはすべてを察したようで再び優雅に紅茶を飲み始める。マドレーヌには手を付けていないが、彼は甘いものが苦手なのだ。
「俺は名だけです。本物の勇者はあいつ一人。あいつが全部倒してくれるんです。俺は怖くて隠れているだけ。魔物と戦ったことなんてない。……なのに!」
ゼインは次から次へとマドレーヌを口に放り込んでいった。
「あー! ルイの分がなくなる!」
「とめろ、とめろー!」
ゼインの暴走に、彼の頭や肩に飛び乗って止めにはいるぬいぐるみたち。だが、軽くて柔らかな体ではさほど効果はない。
ゼインの手は最後のマドレーヌを食べ終わるまで止まることはなかった。
その姿がルイにはどうしても泣かないよう気を逸らすための行動に思えてならなかったのだ。だからただ穏やかに聞いた。
「美味しかったですか?」
微かに揺れる葉のような暖かくて優しい瞳をルイに向けられ、ゼインの瞳からポロリポロリと涙が一粒ずつ零れていく。
膨れていた頬は次第に萎んでいき、ゼインはルイの手を掴んで自分の額に当てた。
「こんなに優しいこどもだっているのに、どうして俺は……」
「ゼインさん……」
「ランスはさ、こんな俺でも見捨てなかったんだよ。だからあの時俺さえいなければ、今もあいつは偉大な勇者としてたくさんの人から愛されていたのにな……」
「それって――」
「ああ。勇者ランスロットはドラゴンとの戦いの末に死んだ。そして、そこの勇者ゼインが、彼亡き後ドラゴンを討伐し無事帰還した勇者だ」
リオンの薄く開いていた目は、言葉が終わると同時に閉じられた。
――――――
『ゼイン、今日はドラゴン討伐だ』
『あの何人も犠牲者が出ているってブラックドラゴンだろ? 嫌だよ』
『大丈夫だ。俺とお前がいればな』
ランスロットの屈託のない笑顔にいつも乗せられてしまうゼイン。彼は咄嗟に視線をそらしてしまう。
『……倒しているのはいつもお前ひとりじゃん』
その度に罪悪感がゼインの心を鷲掴んで中々離そうとしないのだ。
血を浴びたこともない新品同然の自分の剣。反して毎日手入れを欠かされていない勇者の剣。同じ剣さえも別物だった。
『何言っているんだ。俺はお前が近くにいるだけで心強い。小さい頃からずっとそう言っているだろう?』
『……お前って、本当生粋の勇者だよな』
『そんなお前はその偉大な勇者の親友だ』
『偉大とまでは言ってない』
『いずれなるさ』
ランスロットは剣術知略ともに優れていた。故に慎重で決して無茶はしない。敵わないと感じた相手からは逃げる。だが、勝てる算段が付けば再び相対し、そして倒す。
犠牲は最小限に、でも被害にあっている村を見捨てることもない。時間をかけてでも一度頼まれたことはやり遂げる。
まさに勇者たる勇者。
(……こいつは、どうしてこんな足手まといな俺を連れているんだろうか)
ランスロットが戦果を上げるたびに、何もしていない自分にまでついてくるそれ。ゼインにとってはただの錘だ。
ランスロットから自分へと繋がる足枷、周囲から向けられる賛辞、募る期待。ゼインは焦燥していく。
これ以上偽物の勇者ゼインが形作られる前に本物の勇者とならなければ。
そして、それは溢れた。ブラックドラゴンを前にして。
『うああああ!』
考え無しに突っ込んでいくゼインにブラックドラゴンは毒のブレスを吐き出す。反応できなかった。できるはずもない今まで一度だって魔物と戦ったことはないのだから。
『ゼイン!』
彼がブレスを浴びる前にランスロットが動き、ゼインの体を掴んで共に転がる。
『……ご、ごめん、ランス……ランス?』
起き上がらない彼の体。地面に広がっていく血。彼の背を抉った爪の傷。
『……平気だ。ゼイン、よく勇気を出したな。でも考え無しに飛び込むのはダメだっていつも言っているだろう?』
『……ランス』
彼は立ち上がった。背からとめどなく流れる血などまるで忘れてしまうかのように華麗に迅速にドラゴンの首が落とされていく。
『ブラックドラゴン討伐だ。二人で上げた初めての戦果だな』
爽やかな笑顔のままランスロットの体は傾いていく。
『……なんで……どうして……』
ゼインは骸となったランスロット、ブラックドラゴンの首を持って帰還した。ゼインは抜け殻のようだった。
気付いた時には、『勇者ランスロット亡き後、決死の思いでブラックドラゴンを倒した勇者ゼイン』の構図ができあがり、瞬く間にその戦功が認められ偉大な勇者として歴史に名が刻まれたのだ。
『……ちがう、俺じゃない……。偉大な勇者は、俺じゃない……』
――――――
彼の腰の剣はランスロットの勇者の剣だ。
ゼインの気がかり、それは自分が偽物の勇者であるとばれたらランスロットさえも偽物扱いされてしまうのではないか、ということ。
ランスロットが本物であり続けるためには自分が本物の勇者にならなければならない。しかし、魔物を前にすると足がすくみ何もできないのだ。
何度も何度も挑戦した。でもダメだった。
そして、最後の砦として辿り着いたのがここ“記憶のアトリエ”だ。
「……なぁ、ルイくん。俺も、ドラゴン討伐できるかな?」
彼の頬を滑り落ちる涙は、彼の思いと共にルイのズボンに染みていく。
「……はい。きっと」
ルイは花が綻ぶように微笑んで答えた。
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