意気地なし偽勇者はドラゴン討伐の夢を見る(1)
――カラン、カラン
「こんにちは、ルイくん!」
アトリエの扉を開いて入ってきたのは、白髪に赤メッシュが入った男性。纏うは夜空色のマント。胸にはバッジ。最高峰の国家魔法使い『五芒星』が一人、火属性の大魔導士のリオンだ。
「ルイはただ今散歩中ですよ」
「ああ、そう。残念」
リオンは帰るでもなくアトリエの中に入ってくるとソファーに座り足を組んだ。
「こいつらまた来たよ」
「国家魔法使いって暇なんだね」
綿の詰まった手を口元に添えて顔を寄せ合い、コソコソと話しているぬいぐるみたち。突然現れ居座る五芒星たちはもはやアトリエの日常と化していた。
「わん!」
ぬいぐるみたちの隣では、チップがお座りの状態で尻尾を振っている。ぬいぐるみに飛びつきたいのを我慢しているのだ。
先日動くウサギのぬいぐるみに飛びつき噛み、ルイに叱られたチップ。さすが元盲導犬、言いつけはしっかりと守っていた。
ウサギの右腕にも縫い跡ができ、本人は新しい勲章だとなぜか誇らし気。
「そう言いつつ、ルイがいないと分かっていながら来たのでしょう?」
「さすが、高位精霊ともなると人間の心が読めちゃうのかな?」
「冗談はよしてください。ルイは毎日同じ時間に散歩に行くのですから」
「はは、そうだね」
朗らかに笑い声を上げるリオン、リュカはため息だ。左耳で、光を閉じ込めたようなキューブのピアスが揺れる。
「で、何を聞きに……いえ、伝えに、でしょうか」
「ご名答。君には伝えておかないといけないことがあってね」
おもむろに開かれたリオンの目。基本目を瞑っている彼だが、時々開かれる瞳は南天のように赤い。
「最近この街で魔法使い狩りが頻発していてね。それも若い魔法使いが標的のようだ。実際にネロくんが――」
「それを早く言いなさい!」
リオンの言葉を遮り青い顔でアトリエの扉へ駆けていくリュカ。ルイは今一人で街を散歩しているのだ。
――カラン、カラン
「ただいま。あれ? リオンさんいらっしゃっていたのですね」
今日も何やら貰い物を連れ嬉しそうに帰宅したルイは、ソファーに座るリオンを見つけると彼に笑顔を向ける。
「うん、おはよう、ルイくん」
微笑み返したリオンの目はもう閉じられていた。
「わん!」
すぐさまルイに飛びついたチップ。
「ただいま、チップ」
「わん!」
ルイは受け止めたチップの柔らかな毛で覆われた顔を両手で撫でまわした。
「……ルイ、良かった」
その場に力なく座り込んだリュカを首を傾げて不思議そうに見ているルイ、そして、口を押さえて笑いを我慢しているリオン。
「ルイ―、無事でよかったー」
「ちゃんと帰ってきたよー」
ぬいぐるみたちは泣き声を上げてルイに抱きつく。もちろんぬいぐるみなので涙は流れない。
「みんな、どうしたの?」
ぬいぐるみを抱きしめて反対側に首を傾げ直したルイ。立ち上がったリオンは彼に近づくとその小さな頭に手を置いた。
「どこかで変な人に声をかけられたりはしなかった?」
「はい、それは大丈夫です。散歩が終わるまでずっとルークさんが傍にいてくれましたので」
「おお、ルークくんが。それは心強いね」
魔法使い狩りの噂を聞いた、国家魔法使いの一人ルークはルイを守るために駆け付けてくれたのだ。
「ルイくん、しばらくの間散歩を中止にしてもらってもいいかな?」
「わかりました。再開しても良くなったらまた伝えてください」
「なんて聞き分けのいい子。本当に8歳?」
リオンの的を射た言葉にわずかに肩が揺れるルイ。10歳で強盗に襲われ死んでしまい、6歳の孤児として異世界に転生してきた彼は本当のところ12歳である。
基本的に目を瞑っているからか、ルイは時々リオンに心を見透かされているように感じるのだ。
「それじゃあ、用も済んだし俺はここらでお暇させてもらおうかな」
アトリエから出ようとしたリオンだったが扉の開くベルの音を聞いて彼は踵を返す。
「やっぱり、可愛い弟魔法使いの成長を見てからにしようか」
ソファーに座りくつろぐように足を組んだ。
「……なんかこの光景、以前にも見たような……」
「僕もです」
ルイとリュカは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
入ってきたのは若い青年。腰には立派な装飾が施された剣が刺さっている。
「失礼します。わあ、なんだか不思議なところですね。うわ! カップが勝手に動いた! ぬいぐるみも!?」
「ようこそ、“記憶のアトリエ”へ」
目を丸くしていた青年はルイを見ると腰を屈めて笑顔を向けた。この現象が魔法だと気付いたのだ。
「こんにちは。そのケープ、君は魔法使いなんだね」
「はい。あなたは……勇者さんですか?」
「……一応、そうなっています」
青年はあからさまに動揺の色を瞳に映し、ルイから顔を逸らすかの如く体を起き直す。
「へぇ、勇者か」
リオンは青年とその腰に刺さっている剣を見て不敵な笑みを浮かべた。
「……なるほど。つまりここには導かれた人だけが辿りつけるということですね」
「ざっくり言いますとそのような感じです」
膝を閉じてその上に手を乗せるという丁寧な座り方、と言うより緊張がもろ姿勢に表れている勇者の青年。真剣にルイの話を聞き頷いていた。
「ネロ君が闇魔法で眩ませているからね」
リオンはウサギのぬいぐるみに淹れてもらった紅茶を嗜みながら優雅に足を組み聞き耳を立てている。
「わん!」
青年に近づいたチップ。彼はチップを見つけると慣れた手付きで撫で始めた。
「なにこのワンちゃん、かわい~」
緊張がほぐれてきたようで強張っていた顔も穏やかなものへと戻ってきている。
少しくチップと遊んだ青年。リュカに呼ばれチップが離れると、彼は立ち上がりリオンの前へ歩み出た。そして深く頭を下げる。
「魔法使いさん、俺のお願いを聞いていただけませんか!」
「ふむ。……どうする、ルイくん」
リオンは体を傾け青年に隠れているルイを見た。ルイは口に運んでいたティーカップをソーサーの上に戻すと微笑む。
「もちろんです」
「……え? 君?」
「うん。ここの主人はあの子だよ」
「……マジですか!?」
驚きを露にした青年だったが、すぐさまルイに謝った。もちろん自分から行動を起こしたのだけども、リュカからの鋭い視線の影響もあるのかもしれない。だって、青年の額から冷たい汗が流れ落ちたから。
「お願いとは?」
「……俺は、ドラゴンを討伐しないとならないんです。……でも、できないんですぅ~」
青年はルイに情けなく泣きついた。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
今回の物語にはリオンも関わってきます。お楽しみに。




