役目を終えた盲導犬(1)
「……ああ、チップ。最後まで傍にいてくれるのかい?」
「わん!」
「一度でいいから、お前の姿を見てみたかったよ……」
年老いた男性は静かに、そして穏やかに生涯に幕を下ろす。
「くぅーん」
チップと呼ばれる犬は寂しそうに、冷たくなる男性の傍で何度も何度も鳴いていた。
◇
毎朝のルーティーンの散歩に出かけていたルイ。歩いているとなにやら人だかりが見えてきた。
中央には、腰に手を当てしりもちをついた初老の男性と、まだ若い青年の二人。側には、横たわった木箱から覗く様々な野菜と、おそらく酒が入っているだろう大きな樽が転がっている。
「どうしたのですか?」
ルイが背伸びをして尋ねると、近くにいた中年の男性が教えてくれた。
「ああ、どうやらぶつかったようなんだが、片方が腰をやっちゃったみたいでな」
お互い大きな荷物を持っていて、青年がバランスを崩し初老の男性にぶつかってしまったよう。その拍子に倒れ、男性は腰をやってしまったのだ。
何度も謝る青年からはわざとではないと伝わったようで、幸いトラブルにはなっていない。
問題は、男性が農家であること。そして、本日が収穫日であること。
「……それなら、僕にお任せください」
やや考えた後、ルイは笑顔で答えた。
「‘Olu Makana」
畑へ赴いたルイが両手を前に広げ魔法をかけると、収穫ハサミがひとりでに動き出しカボチャをどんどん切っていく。そして、自分で歩く木箱がカボチャを自身に入れいとも簡単に収穫を終えることができた。
「ありがとう、小さな魔法使いさん」
感謝されたルイはお礼にカボチャをたくさんもらい、もう使わない麻袋にいれさせてもらった。重いので麻袋には自分でついてきてもらうおう。
「どうしましょう?」
「どうかしましたか?」
頬に手を当て困り果てている婦人に声をかけたルイ。
「あら、可愛い坊やね。大切にしていたかぎ針を落としてしまったようで……」
「落とした場所はここらへんですか?」
「ええ、間違いないわ」
「なら――でておいで。‘Olu Makana」
手を広げ魔法をかけたルイ。ほどなくして、アクセサリーを売っている露店の下から自ら這い出てきたかぎ針。
「まあ、すごい! ありがとう小さな魔法使いさん」
お礼にサマーセーターや帽子、婦人が編んだ様々なものが入った箱を貰ったルイ。足取りが嬉しそうだ。
「しまったなぁ……」
積みあがった大量の小麦粉袋を見て頭を掻いている男性にルイは声をかける。
「どうされました?」
「いやあ、なに、どうってことないさ。ちょっと運ぶのに手間がかかりそうってだけで」
「僕にお手伝いさせてください。‘Olu Makana」
魔法がかけられた小麦粉の袋がむくりと起き上がった。
驚いている男性をよそに、ルイは二足歩行のように自分で歩く小麦粉袋を先導して男性が開くパン屋へ向かっていく。
道中、小さな子どもの後を追って歩く小麦粉袋の群れとカボチャの入った麻袋、ルイの腕の中で楽しそうに蓋を開け閉めする編み物の入った箱の微笑ましい光景に、街の人は皆顔を綻ばせた。
お礼に、と小麦粉袋をひとつと焼き立てパンがたくさん入った紙袋を貰ったルイ。
男性が持ちきれないかな?と思った束の間、パンのたくさん入った紙袋は宙に浮きルイの後を付いていく。
「今日も大荷物ですね、小さな国家魔法使いさん」
背後から声をかけられルイは振り返る。そこには夜空色のマントを羽織った男性がいた。
「あ、ルークさん。おはようございます」
「おはようございます。アトリエまで護衛させていただいても?」
「ふふ、ありがとうございます」
ルークも国家魔法使いであり、ルイが初めて国家魔法機関を訪れた際に別室で彼のことを見てくれていたあの男性魔法使いだ。
ルークの温和な性格と顔立ち、そして名前が似ていることからすぐに打ち解けた二人は、こうして時々会っては会話に花を咲かせる。
「今日は何をしたんですか?」
「カボチャの収穫に、落とし物捜索、小麦粉の運搬です」
「素晴らしいですね」
優しそうな微笑みを向けたルーク。
彼はタリアに次ぐ優秀な水属性の魔法使いだ。本人の控えめな性格も相まって目立った戦果は見られないが、あのタリアのお墨付き。
知る人ぞ知る優秀な国家魔法使いである。
――カラン、カラン
アトリエの扉を開けば我先にと入っていく、麻袋や小麦粉袋たち。パンの入った紙袋は出迎えてくれたリュカの腕に自然と収まっていた。
「おかえりなさい、ルイ。ルークもいつもありがとうございます」
「いえ。僕もルイくんと話せて楽しかったですから。それでは僕はこれで」
「あ、まって!」
アトリエから出て行こうとするルークを引き止めたルイは、リュカの腕の中にある紙袋からクロワッサンをひとつ取り出し彼に渡した。
「ルークさん、前に好きと言っていたので」
「覚えていてくださったんですか? 嬉しいな」
クロワッサンを受け取った彼は腰を屈めて微笑み、ルイの茅色の頭を優しく撫でた。
「そういえば、ルイが散歩に行っていた際、新しくこれがショーケースに並びまして」
リュカに促されショーケースを覗くルイ。そこには、折りたためる一本の棒があった。先は丸く膨らんでおり、一部が赤く塗られた真っ白な棒だ。
「これは白杖ですね」
「白杖?」
光の精霊であるリュカは知らないようだ。
「目の見えない人が使う道具です」
「なるほど」
リュカはどこか興味深そうにその杖を眺めていた。
ルイは透明な瓶を開け中から金平糖を一粒取り出すと口に放る。そして、自らの足で近づいてきてくれたコートハンガーから夜空色のケープを受け取り羽織れば準備完了だ。
――カラン、カラン
アトリエの扉のベルが鳴る。
しかし、誰も入ってこない。
――カラン、カラン
もう一度鳴るベル。
顔を見合わせて首を傾げた二人が扉を開けると、元気な鳴き声が聞こえてきた。
「わん!」
「「……犬?」」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
本日アトリエに訪れたお客さんはまさかの犬!?




