滲んだ手紙(5)
「まだ終わっていない?」
「はい。アマンダさんの魂がまだここに残っているんです。どうして……?」
戸惑っているルイの元に現れたアマンダの霊。
『……こっちよ』
彼女はルイを妖しく手招く。彼女の後を追うように走り出したルイ。
「ルイ!」
リュカもルイを追う。彼にはアマンダの霊は見えていない。彼の目に映るのは、ただルイが走っていく姿。
「まって、アマンダさん!」
ルイは迷いのない足取りで彼女を追い、そして手を伸ばした。が、足元の感覚がなくなり彼は下に落ちていく。まるで誘われたかのように。
「お、おい! 坊主!」
近くにいた男性がルイに手を伸ばしたが届かず彼は水しぶきを上げて川に落ちた。それは、アマンダが身を投げた川だ。
(……あっ、……息がっ……)
落ちてからここが水の中であると気付いたルイは必死にもがく。だが、もがけばもがくほど体は沈んでいくのだ。
ほどなくして川から出てくる二つの顔。すぐさま川に飛び込んだリュカにルイは助けられた。
彼が川に飛び込んだ瞬間を見ていた男性もホッと胸を撫で下ろす。
「ルイ! 大丈夫ですか!?」
激しくせき込む彼の背中をさするリュカ。
「どうして突然川なんかに……」
浮かびながら、リュカはルイの濡れた前髪をかき分け顔を覗く。
「アマンダさんが、呼んでいて。……だから、助けてあげなきゃ、て……」
ルイは恐怖から涙を流しリュカの胸に縋った。
ルイにしか見えていない亡霊。だからこそ彼は自分が何とかしてあげなければと気負ってしまったのだ。
「僕の魔法なら死者の魂を導けるから。僕ができることはそれしかないからっ!」
リュカはそんな痛々しいルイの小さな体を抱きしめた。
「そんなことはありませんよ」
ルイの頭を撫で優しく甘い声で宥める。その姿はまるで父親のようだった。
リュカに抱きしめられながら川の真上に浮いているアマンダへ向けて手を伸ばすルイ。彼女の顔は髪に隠れていて見えない。
「いるんです、助けを、求めているんですっ……! だから助けてあげたい」
「それって、どうしても君がやらないといけないものなの?」
弾むような可愛らしい声。ふわりと爽やかな香りと共に水色の髪が揺れる。
――ピチャン、ピチャン
その者――国家魔法使いの一人タリアは川の水の上を歩き浮かんでいるルイたちに近づいた。水着ではない。金の装飾が施された夜空色のマントを羽織った正装だ。
「ねぇ、ルイ。僕たちみたいなどんなにすごい魔法使いだって自分一人ではできないことがあるんだよ」
彼女は軽やかに水の上を歩き、そして川の中心で立ち止まった。
「そんな時はね、頼ればいいの。そのために僕たちがいるんだから」
彼女の言葉と同時に水は勢いよく吹き上がりタリアを包んだ。
「タリアさんっ!」
水に飲まれた彼女へ必死に手を伸ばしたルイの手のひらをリュカは優しく握る。
「大丈夫ですよ。あの方は、水属性の最も優れた魔法使いですから」
タリアの胸元で輝くバッジは、5人の最高峰の魔法使いにのみ付けることが許されるもの。
彼女は五芒星の一人、二つ目の角『水』属性の大魔導士だ。
「さあ、僕の声に応えて!」
タリアが笑顔で両手を上にあげると川の水は空へ浮かび上がる。指揮をするように手を動かすと水も楽しそうに動きながらどんどん上がっていき、そして空高くで弾けた。
優しい雨のように降ってくる川の水。タリアの頭上には小さな虹ができた。
水の上を歩いてルイの元に辿り着き、微笑んだ彼女はしゃがんで何かが乗った手のひらを見せる。
「君が探していたのはこれかな?」
それはロケットペンダントであった。
「……ありがとうございます」
「いーえ」
タリアからペンダントを受け取ったルイはアマンダを見る。
ふわりと近づいてきた彼女は嬉しそうに涙を流していた。先ほどまでは髪で隠れていて見えていなかった顔だ。
『怖い思いをさせてごめんね。見つけてくれてありがとう』
「……これは?」
『開けてみて』
彼はアマンダに言われた通りロケットペンダントを開いた。中から出てきたのは二人が仲睦まじく笑い合っている写真だ。
『ソフィーからもらったものなの。とっても大切なものだったのよ。本当にありがとう』
ペンダントを首にかけ、涙に濡れた顔で精一杯微笑んだ彼女は光の粒となってふわりと消えた。
「おい、平気かー? 平気じゃねぇな」
欄干から顔を覗かせた夜空色のマントを羽織った中年男性。国家魔法使い、そして五芒星が一人、風属性の大魔導士ローガンだ。
彼が指先を上げると、ルイとリュカは川から引き上げられ橋に降り立った。
「びしょびしょだね」
ローガンの隣に立っている、白髪に赤いメッシュが入った甘い顔の男性。国家魔法使いのマントに胸元にはバッジ。彼も五芒星の一人、火属性の大魔導士リオンだ。
「はーい、俺とローガンの合わせ技~」
二人に手をかざしたリオンからは弱い火が、ローガンからは風が出され、混じり合って生まれた温風が濡れた二人の体をあっという間に乾かしていく。
「無茶すんなよ、ルイ」
ルイを背後から抱き上げた全身が黒く眼鏡をかけた男。同じく五芒星の一人、闇属性の大魔導士ネロ。
「あら、もう出番終わり?」
ネロの背後から現れた榛摺色の髪に金糸雀色の瞳の麗しい女性が不満げに眉を垂れさせる。この者も五芒星が一人、土属性の大魔導士シンシア。
「五芒星大集合ですか」
ため息と共に呆れた声を出したリュカ。
「ルイくんのピンチだったからね。そりゃあ駆けつけるさ」
リオンは腰に手を当てて言う。
彼ら五芒星は神属性の魔法を持って生まれた神の子を守るために存在している魔法使い。むこう千年生まれてきていなかったが、ルイという突然現れた魔法使いにより彼らの存在意義が確立された。
「あー、ネロずるい! 僕にもルイルイを抱っこさせろー!」
「誰がお前なんかに渡すか!」
ルイを抱いているネロはタリアに軽く舌を見せ反発。頬を膨らませた彼女はネロを追いかけ、橋の上でルイを巡る追いかけっこが開催された。
「まあまあ、可愛らしい」
頬に手を当て微笑んでいるシンシアは、「それじゃあ少しだけ」と、橋の木に魔法をかけた。ぐらりと揺れ盛り上がっていく橋は水の上を走るスライダーへとたちまち姿を変えた。
「ちょっと、シンシアさん。あとでちゃんと直してくださいよ……!」
「はーい」
ローガンに注意をされた彼女だが、聞いていないのか鼻歌を歌いながら魔法で木に模様を刻んで楽しんでいる。
これにはローガンも思わずため息だ。
「……ところで、ルイくんはなぜ突然あんなことを?」
スライダーを楽しそうに滑り降りるネロの膝上に乗ったルイを見ながらリュカに尋ねたリオン。
「……おそらくですが、自分の使命を果たすためかと」
「使命?」
「以前『僕は死神なのかもしれません』と仰っていて」
「また死神だなんて恐ろしい例えを」
「あの子は死者が見えます。助けを求めるように“忘れ物”としてアトリエにやってくるのです。ルイの魔法は死者さえも救えてしまう」
「ああ、なるほど。死者の魂を導く存在、だから死神か。言うに事欠いてけったいな例えをするものだね、あの小さな魔法使いは」
肩をすくめたリオンにリュカも苦笑いを浮かべた。
「はい。危うくて、優しくて、愛おしい子です」
後日談。
スライダーは瞬く間に人気となってしまい、そのまま存続させることとなったとさ。
「あらまあ」
滲んだ手紙 ―完―
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
滲んだ手紙にお付き合いいただきありがとうございます。
これは同性愛の物語でした。
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次回『役目を終えた盲導犬』




