滲んだ手紙(4)
昨日より憔悴が増しているソフィアを連れて、ルイはアマンダの家へと赴いていた。
「お前たちはいったい何なんだ、二日も続けて!」
再び訪れたルイたちを見てアマンダの父はりんご飴のように顔を真っ赤にさせて怒っている。
どうやら顔の赤みは怒りだけではなく、漂う香りにおぼつかない足取り、時々漏れるしゃっくりから相当の酒をあおっていたよう。
後から姿を見せたアマンダの母は両手で掛け布団を握り締めていた。ルイが魔法をかけたものだ。しかし魔法は一時のもの、もう効果は切れていた。犬小屋のぬいぐるみ同様。
彼女の死は、家族の形を少しずつ変えていく。ないものに縋り、ない事実から目を逸らすように……。
一歩前に出たルイは二人、そしてソフィアに告げる。
「見ていただきたいものがあるのです」
彼は昨日ネロと共に見つけたアマンダの羽ペンと、ふやけて文字が滲んだ手紙を手のひらに乗せ、優しく唱えた。
「‘Olu Makana」
淡い光に包まれた羽ペンと手紙がふわりと宙に浮く。羽を揺らした羽ペンは便箋を見つけると嬉しそうに一回転し筆を走らせた。
よどみなく綴られていく文字。すべて書き終わると羽ペンと手紙はルイの手のひらに戻り、動きを止める。
「ソフィアさん、これで読むことができますね」
ルイは復元された手紙をソフィアの前に差し出す。だが、彼女は受け取らなかった。顔を俯かせ握りしめる両手を震わせている。
「怖いですか?」
「……ええ。もし、恨み言がかかれていたらと思うと……」
足がすくんでしまうようだ。
「それもすべてアマンダさんの言葉です。あなたに向けた、大切な想いです」
柔らかく、支えるにはまだ心許ない小さな手でソフィアの手を優しく取ったルイは、彼女の手のひらに手紙を乗せた。
唇を噛みしめ目を強く瞑っていたソフィアだったが、ルイの手のひらから感じる暖かさに心が落ち着きを戻していく。
小さく深呼吸をした彼女はおもむろに瞼を開け手紙の文字へと視線を落とした。
『ソフィー
あなたは今幸せなのかしら。そうだと嬉しいわ。
あたしはソフィーの一番の友として、あなたの幸せを一番に願っているから。
そんなこと言えたらいいのにね。ごめんね、あたしはどうしても優しい人間にはなれなかったわ。
だってね、あなたの婚約が失敗することを心から願ってしまっているんだもん。ひどいわよね。でも、しかたないのよ。
ずっと気付かないようにしていた。でももう溢れてしまって止まらないの。
あなたが好き。ソフィー、あたしはあなたが大好きなの。
けどわかっているわ。あなたにはあんなにも素敵な婚約者がいるってことを。あたしといるよりもあの人といる方が幸せになれるということも。
わかっているの。わかっているのよ。
それでも、最後に言わせて。
あなたを愛しているわ、ソフィー。
あなたの友、アマンダより』
手紙を読み終えるとその場にくずおれたソフィア。手紙を胸に抱き締めながら彼女は慟哭を上げる。
「ちがうの……違うのよ、マンダ!」
――――――
『話って何? お母様、お父様』
『そろそろ18にもなったし婚約者を紹介しようと思ってな』
『初めまして、ソフィア嬢。私はオーウェンと申します』
一目見て頬を染めてしまうほどに魅力的な男性であった。しかし、ソフィアはすぐさま断りを入れる。
『ごめんなさい、私あなたとは婚約できないわ』
『……そうですか』
オーウェンは悲しそうに微笑んだ。
その夜は両親にひどく叱られた。話し合いの元、ひと月ほど仮にお付き合いをしてみて、それから考えてみるということに。
ソフィアは乗り気ではなかったが「ひと月ほどなら」と、仮の付き合いを承諾した。
ひと月経った後、ソフィアはやっぱり婚約はできないことをすぐに告げるつもりであった。オーウェンとの時間よりもアマンダといる時間を優先するソフィアを見て、彼も薄々気付いていただろう。
たったひと月だからアマンダにも話すことはしなかった。不安にさせたくなかったから。
だが、明日でひと月の最後を迎えようとしていた時、彼女たちはすれ違ったままに終わりを迎えてしまったのだ。
――――――
「私が愛しているのはマンダなの! ……ずっと、ずっと昔から、あなたとの未来しか私は考えていなかった。それなのに……」
地面に蹲るソフィア。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
そんな彼女の姿を見て何もない空間に尋ねたルイ。
「……いいですか? アマンダさん」
そこにはアマンダの霊がいた。ルイにしか見えていない姿。彼女が頷いたことを見て、彼女の最後の記憶が眠る滲んだ手紙にルイは魔法を唱える。
「‘Olu Makana」
『……なによ、それ』
沈んだ空気に場違いな、リンと鈴が鳴るような声が響いた。
「……え? マンダ……?」
『ええ、そうよ。ソフィー』
ソフィアの隣に膝をついたアマンダは彼女の頬に触れる。これは幻影だ。実際に触れているわけではない。それでもソフィアには伝わったのか彼女は顔を上げた。
二人の目が合う。
『どうしてもっと早くに言ってくれないのよ』
「……マンダ……、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
『そんなに謝らないで、あなたらしくないわ』
「だって、私が黙っていなければあなたはこんなことには……」
『ちがうわよ。あたしが勝手に勘違いして勝手に終わらせちゃっただけ』
「それでもっ……!」
『……ええ、そうね。あたしたち二人とも正直になるべきだったわ』
元々透けていた体が、足先から消えていく。
「もう行っちゃうの、マンダ」
『時間みたい』
「マンダ、あなたを愛しているわ! この先もずっと!」
『ありがとう。あたしも愛しているわ。でもね、死んで気付いたのよ。やっぱりあなたには幸せになってもらいたい』
「そんなの……」
『そうよね。ひどいわよね。こんなあたしは呪いだわ。だからこそ言わせて、あなたがどんなあなたになろうと、愛する人と一緒になっても、こどもを産んでも、犯罪をしても――』
「そんなことしないわ!」
『ごめん、ごめん。……とにかくね、あなたが変わってもあたしはあなたを変わらずに待っているから、だから一度きりの人生を楽しんで』
もう一度ソフィアの頬に手を添えたアマンダは彼女の額に軽く口づけをして姿を消した。
「これを見ても、ソフィアさんがアマンダさんを殺したと思われるでしょうか?」
体を寄せ合い、頬に涙を伝わせながら二人の会話を聞いていたアマンダの両親に問いかけるリュカ。
「……いや。思わないさ」
「そうなのね。二人はこんなにも愛し合って……」
消えたアマンダの幻影を今もまだ求めこどものように涙を流すソフィアを二人は抱きしめた。言葉はなくとも我が子を愛してくれてありがとう、という気持ちは確かに伝わっただろう。
「どうされました?」
一点を見つめているルイの様子が気にかかりリュカは尋ねる。
「……リュカさん。まだ終わっていないようです」
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