滲んだ手紙(3)
「この手紙を復元……ソフィアさん、アマンダさんのお家に行くことはできますか?」
「ええ、可能よ。でもどうするの?」
「ペンを探します。この手紙を書いたペンなら内容を覚えていますので」
「……ふふ、あなたおかしなことを言うのね。でも不思議。嘘を言っているようには思えないわ」
ソフィアは涙に濡れた目を瞑りルイに微笑んだ。
ソフィアの案内の元アマンダの家へ向かった一行。
ひどく静かな家だった。本来は賑やかなのかもしれない。だが、彼女の死は家ごと包みこみ悲しみの奥深くまで潜ってしまっていたのだ。
玄関の戸が開きひとりの男性が出てくる。顔は見るからに疲れており、肩も縮こまっていた。男性は家の前に佇むルイたちを見ると一目散に向かってきて、俯いているソフィアへと手を伸ばす。
咄嗟のことで目を瞑った彼女。リュカが男性の腕を掴みとめたため手は届かなかったが、男性はソフィアしか見えていないように彼女だけを真っ直ぐに見て怒りを迸らせていた。
「何しに来た!!」
「……え?」
「お前なんだろう! アマンダを殺したのは!!」
「ち、ちがっ」
男性はソフィアの言葉を聞かず一斉にまくしたてる。
「あの子は昨晩お前と会うと言って家を出たんだ。そうしたらどうだ、あの子は川で、あんな姿で見つかって……」
男性、アマンダの父はその場に崩れ落ちた。
「……娘を、娘を返してくれっ……」
ソフィアの瞳からも流れ落ちる涙。自分より苦しんでいる人の前で泣くわけにはいかない、と必死に拭うが流れ落ちる量が上回ってしまう。
再び玄関が開き女性が出てきた。アマンダの母だ。
「……あ、おばさ――」
「帰ってちょうだい! あなたの顔なんて見たくもないわ!」
母にもソフィアの声は届かない。耐えきれなくなったソフィアは唇を噛みしめその場から逃げた。
誰にも見つからない場所に逃げてしまいたかった。でも、世界はどうしようもなく広い。どう頑張ったってこの世界からは逃げられないのだ。
「……ソフィアさん、アトリエへ帰りましょうか」
追いかけたルイたちは、あの橋の欄干で蹲る彼女を見つけ声をかける。
アトリエに着き紅茶を飲みながらソフィアはルイに謝った。
「ごめんなさい。まさか、私が疑われているなんて思いもしなかったわ……はは」
自嘲気味に笑った彼女は、きっとずっとアマンダを探していたのだろう薄汚れた手のひらで顔を覆った。
「……どうして、こんなことになってしまったの……?」
自分に問いかけるような言葉。でも、答えは見つからなかった。
「僕たちがあなたの身の潔白を晴らします」
「……え?」
「ですので、また明日アトリエに来ていただけますか?」
「え、ええ、わかったわ」
憔悴しきった彼女を送り出した後、リュカは彼女に向けてフッと息を吹きかけた。途端彼女の周りに淡い光が二つ灯る。
「少々心配なので光の下位精霊を付けさせていただきました」
「ありがとうございます、リュカさん」
「……どうなされるおつもりで?」
何かを企んでいそうな顔をしているルイに怪訝な瞳を向けるリュカ。
「ふふん。それはもちろん、僕たちが取りに行くしかないでしょ、です」
「はぁ、つまり今夜アマンダさんの家に不法侵入するということですね」
「そうとも言います」
「そうとしか言いません」
ルイはこのように時々突発的な行動をとるためリュカの心労は絶えないのだった。
「……で、俺が呼ばれたわけね。いいじゃん楽しそう」
ソフィアが出てすぐアトリエに呼ばれたネロ。ルイから話しを聞き楽しそうに体を揺らしていた。
「はい。ネロくんがいつも使う闇魔法で僕も闇にしてください」
「いいぜ。俺の魔法の凄さをたんと見せてやるよ」
「わーい」
ソファーで隣同士に座り作戦会議もとい遊びの計画を立てている二人を、リュカは角砂糖を音を立てて噛み砕きながらただただ見つめていた。
「ルイってば、またなにか変なことしようとしているんじゃないの?」
「きっとまさにその通りだよ。だってあのリュカの顔を見なって。こわーい」
綿の詰まった丸い手を口に当てて声を潜めるぬいぐるみたちにすぐさま飛ばされる鋭い視線。
だが、ぬいぐるみにとってそんなの痛くも痒くもない。
その晩――
「いいか。俺と手を離すなよ。魔法が解けるから」
頷いたルイはネロの左手をしっかりと握った。ネロが目を瞑り小さく唱えると二人の体はくゆりと消え闇と同化する。
「……おい、あの家番犬がいるじゃねぇか……!」
アマンダの家の前についたがつと立ち止まり、声を潜めつつ様子を伺っているネロ。首を傾げたルイにネロは説明をしていく。
「俺たち別に消えてはいないんだよ。見えにくくなっているだけで気配はある」
「つまり、犬さんに気付かれ吠えられてしまう、と」
「そういうこと」
二人そろって頭を捻らせていた中、ルイが「あ!」と声を出す。なにか思いついたようだ。
ルイはネロと繋いでいない手を口の前に添え、小さな声で唱えた。
「‘Olu Makana」
彼が魔法をかけたもの、それは犬小屋からちらりと覗いた犬のぬいぐるみ。くたんとしている様や破けている様、汚れ具合から相当あの犬が大事にしてきたのだろう。
犬のぬいぐるみは綿が抜かれぺたんこな体をむくりと起き上がらせると犬の顔に抱きついた。犬は目を瞑ったままどこか穏やかに寝息を立てている。
「これで安心して目は覚まさないはずです」
「……お前、すげぇな」
なんとか家に侵入できた二人は抜き足差し足でアマンダの部屋を探す。家は広いものの、ドアにネームプレートがかけられていたためすぐに見つけることができた。
部屋に入ってびっくり。
なんと母親がアマンダの布団で眠っていたのだ。何度も寝がえりを打ち、表情も苦しげだ。
「どうすんよ。足音立てたら起きちまう」
「致し方ありません。‘Olu Makana」
ルイは再び魔法をかけた。動きだしたのはアマンダの掛布団。立ち上がった角は周囲を見渡し母の姿を見つけると愛おしそうに抱きしめ、そしてまるで赤子を寝かしつけるように母の胸を優しく叩き始めた。
次第に穏やかになっていく母の顔。どうやら見ていた悪夢からも解放されたようだ。
「……お前、本当すげぇな」
ルイを感心させる予定のネロが逆にルイに感心してしまっていた。
デスクを見ればそれはすぐに見つかる。
「年季の入り具合からもこれが愛用の羽ペンのようです」
「うし、見つかったな」
ネロはそう呟くとルイを抱きかかえ上げ、足音を立てず窓から飛び降りた。
暗闇はネロの土俵上。一度闇に姿をくらましてしまえばたとえ動物や魔物でさえ彼を見つけることはできない。いとも簡単に家から遠ざかって行く。
「最初からこうしていれば良かったな」
「ですね」
笑い合った二人はリュカの待つアトリエへと足を速めた。
アトリエで一人ルイたちの帰りを待つリュカの元にやってきた光の下位精霊。激しく動き何かを必死に伝えようとしている。
大きなため息をついたリュカは重い腰を浮かしアトリエを後にした。
辿り着いた先は先刻一度訪れた橋の欄干。丸い月が奇麗に見えている。
「やめていただけますか、それ?」
リュカはその欄干に立っている女性へと声をかけた。
「あなたはアトリエの……。心配してくれているの? 優しいのね」
「いえ、あなたのためではなくルイのためです。あなたがここで命を落としてしまえばあの子は悲しむ。そして自分を責めてしまう」
「……だからやめてって? そこは嘘でも私を心配するところじゃない?」
「おあいにく私は人間には興味がありません。人間のあるべき姿とかどうでもよいのですよ」
「人間に興味がないって、あの小さな魔法使いも人間じゃない」
「あの子は特別ですよ。あの子だけは他の人間と違うなにかを持っている。惹かれてしまうなにかを……。あぁ、少々話しが過ぎてしまいましたね」
女性――ソフィアへと歩み手を伸ばしたリュカは「失礼」と彼女に眩い光を浴びせた。一瞬で意識を失った彼女を受け止め橋に横たわらせる。
「よろしく頼みますね」
リュカは下位精霊たちにソフィアを任せて踵を返していった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
滲んだ手紙にもう少々お付き合い下さい。




