滲んだ手紙(2)
女性が入ってきたことを見て三人はアトリエから出て行く。
「それじゃあ、俺たちはここで失礼するね。安心して、君たちの分のドラゴンの肉はとっておくから」
「いりません!」
リオンのいらない気遣いをリュカはきっぱりと断る。でもルイは、
(ドラゴンの肉か。ちょっと気になるかも)
とやや好反応。
「……ドラゴンの、肉?」
女性は聞き馴染みのない言葉に思わず聞き返してしまう。
「ふふ、今広場でドラゴンの丸焼きをしているみたいなんです」
「ああ、だから人がたくさん集まって……。すみません、先客がいたのに」
「お気になさらず。あの者らはただの“人”なので」
リュカの言い草に首を傾げた女性。精霊であるリュカは少々視点が違うのかもしれない。
「はい、あたたかい紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
クマのぬいぐるみが向かい合う女性とルイに紅茶を注ぐ。するとひとりでに近づいてくるシュガーポットにミルクピッチャー。
女性は驚いて口に手を当てた。
「メレンゲクッキーはいかが?」
「じゃ、じゃあ、もらおうかしら」
ウサギのぬいぐるみはお手製のメレンゲクッキーを詰めた缶を持ってくるとテーブルに置く。
アトリエの中を自由に自分の意志を持って動く物たちに女性は初めこそ驚いていたものの、慣れてくれば微笑ましいものを見る視線を向けていた。
「可愛いぬいぐるみさんたちね」
定位置の小さなイスに座ったぬいぐるみたちを見て思わず頭を撫でてしまう女性。ぬいぐるみたちは女性の手を嬉しそうに受け入れていた。
「そうそう、やっぱり僕たちは可愛いよね?」
「最近言われなかったから自信がなくなっていたんだよ」
「ごめんね、ウサギさんとクマさんが可愛いのは当たり前だったから……。でもこれからはちゃんと言うね」
たまらず嬉しそうに耳を動かしたぬいぐるみたちはルイの胸に飛び込み抱きつく。
「「ルイ、大好き!」」
「ふふ、僕も」
綿の詰まった軽くて柔らかいぬいぐるみを抱きしめ返してルイは笑う。
「なんて可愛らしい」
そんな小さなこどもとぬいぐるみの微笑ましい姿に女性は微笑んだ。
「私はソフィアよ。ここに辿り着いたのは、きっとあのことだと思うの……」
ソフィアはぽつりぽつりと話し始める。
「……昨夜、私は友人と会う約束をしていたんです。でも、待ち合わせ場所に行ったら彼女の姿はなくて……。何時間も待ちました。だって彼女は、アマンダは約束を破るような子ではなかったから」
一度言葉を止めたソフィアは項垂れる。太ももの上で握られた両手は震え、なにかに堪えているようだった。
「そうしたら……、今朝、アマンダが、川から……見つかって……」
耐えきれなくなった彼女は両手で顔を覆いながら泣き出した。
ソファーから立ち上がり、彼女の座る向かいのソファーへ移動したルイはその震える背中を優しく撫でた。
少し落ち着きを戻したソフィアにルイは隣に座って問いかけていく。
「どうして会う約束を?」
「……彼女からの誘いでした。渡したいものがあるから今夜会えないか、と」
「渡したい物……」
リュカへと視線を向けたルイ。言葉はなくとも思っていることが伝わったようでリュカは頷く。
「アマンダさんが渡したかったものとは手紙ではありませんか?」
「わからないわ。でも、あの子は手紙を書くのは好きよ。もらった手紙は数えきれないほどだもの」
ルイに代わって次はリュカが尋ねる。
「では、彼女が書いた手紙を判別することはできますか?」
「ええ。あの子は手紙を書くと決まって同じ香りを紙に染み込ませるから」
どちらともなく顔を見合わせたルイとリュカ。立ち上がったルイはショーケースの中から今朝届いたばかりの滲んだ手紙を取り出した。
「この手紙がそうでしょうか?」
手紙を受け取ったソフィアは手を軽く仰ぎ匂いを嗅ぐ。
「……ええ、ええ。この香りは間違いなくあのこのよ。でも……なによこれ、字が全部滲んでしまって読めないじゃないっ」
ソフィアの瞳から再び溢れる涙。彼女は手紙を破かないように優しく抱きしめて、しんしんと涙を流し続けた。
「……ソフィアさん、その手紙の内容を知りたいですか?」
「できるのならね。でももう、あの子はいない……」
「いえ、この手紙の中にまだアマンダさんはいます」
「……ごめんね、こどもには難しい話よね。あまりにも大人びていたからつい話してしまったわ」
涙を堪えつつルイに優しい笑顔を向けたソフィア。
「僕こそごめんなさい。紹介が遅れました」
ルイの言葉を聞いて“自分の出番だ”と言いたげに歩み出てきたコートハンガーは枝を伸ばすと彼に夜空色のミドルケープを渡す。
受け取ったルイはさっとケープを羽織って女性にうやうやしくお辞儀をした。
「僕はルイ。国家魔法使いです」
「まほう、つかい……」
「どうか、あなたの忘れ物は?」
「私の忘れ物……この手紙を読むこと。……もう一度、あの子と出会うこと!」
「承りました」
「……本当に、できるの?」
「はい。僕は魔法使いですから」
微笑んだルイにソフィアは膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
――――――
『ねぇ、ソフィー。あたしたちずっと一緒よね』
『もちろんよ、マンダ』
二人は月が奇麗に見える橋の欄干に座って何時間も語り合う。そして、月が出始める頃に次会う約束をして別れる。いつだってそうしてきた。これからもそうだと思っていた。
だから、二人を分かつものがあるとしたならそれは、運命か、性別だろう。
『……ソフィー、あたしにはあなたしかいないの。でも、あなたは違う。だってあなたはあたしの手を離れてその男と婚約してしまう……』
ひとり泣き崩れるアマンダ。そんな彼女の手を取る者はいない。そしてアマンダもソフィア以外の手は決して取らない。
だって、アマンダが愛しているのはソフィアだから。
『……あぁ、もしあたしが男に生まれていたなら、あなたはあたしだけを愛してくれた?』
アマンダの問いは一人寂しく川の底へと沈んでいく。
今夜彼女に渡すための手紙。これで最後にしようとアマンダは心に決めていた。自分の気持ちが彼女の幸せを壊してしまうのではないかと堪らなく怖かったからだ。
手紙に書き記した彼女へ伝える本当の気持ち。その一文がアマンダの心を激しく揺する。伝えてもいいのだろうか。手紙を破こうと思った。そして素知らぬ顔で会って、さようならを告げる。
もうすぐ彼女が来る時間。
『送ってくれてありがとう』
『こんな遅い時間だと心配だからね』
だが、アマンダは目にしてしまった。ソフィアと男性が仲睦まじく微笑み合っている姿を。
耐えきれなかった。わかってはいたのに、それでもこの思いはどう足掻いたって彼女には届かないのだ。性別の壁は越えられない。
アマンダは手紙を胸に抱えたまま手招く川にそっと身を沈めた。
――――――
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




