滲んだ手紙(1)
「リュカさん、これ……」
アトリエのショーケースには珍しい物が並んでいた。
このショーケースに並ぶものは持ち主を待つ”忘れ物”。まるで導かれるようにこのアトリエにやってくるのだ。ただ、この忘れ物たちには”記憶”が眠っている。
故に、毎朝ルイとリュカはショーケースの中の物を確認するのだが……
「これは、手紙?ですかね?」
「はい。でも文字が全部滲んでしまっています。それに紙もふやけていて」
まるでそのまま水に落ちて放置されていたような紙だ。手紙だと分かったのは便箋の他に封筒も一緒だったから。
その手紙からはふわりと甘い香りが立ち昇った。
◇
「うっわ、なにそれ。ずるー」
「ずるくないですよ。立派な戦術です」
アトリエの中で向かい合いオセロを嗜んでいるルイとネロ。ネロの目元では、指折りの眼鏡職人ウォルターが孫のために命をかけて作った眼鏡が輝いている。
彼の意志の元、今は同じく灰かむりの瞳を持つネロへと眼鏡は渡されたのだ。
「ルイー、まけるなー」
「ちがうよ、ネロ。そこだって」
「あ? うっせーな」
クマのぬいぐるみはルイチーム、ウサギのぬいぐるみはネロチームと、普段は常に一緒にいる二つだが今は対立中。
オセロは日本では一般的に広く流通しているもの。だからルイにとってはなじみ深い。片やネロは最近ルールを覚えたばかりでまだ不慣れなよう。
「あー、負けたー!」
今回の勝負もルイの圧勝だったようで、ネロはソファーに横になって悔しがっていた。
――カラン、カラン
開いていく扉、ルイは立ち上がり、ネロはすぐさまオセロの片付けに入る。
よくアトリエに入り浸っている彼だが、ルイのアトリエ経営の邪魔は一切しない。アトリエには今回のように突然の訪問も多く、その度にネロは闇属性の魔法で自分の姿をくらましひっそりと帰るのだが……
「やっほー、ルイルイ!」
今回はその必要はないようだ。ネロはくらましかけていた姿を現し不満げに「なんだよ、タリアかよ」と呟く。
アクアマリンを思わせる瞳に、顎で切り揃えられた水色の髪の小柄で可愛らしい女性。五芒星の一人、水属性の国家魔法使いタリアだ。
「タリアお姉さん、でしょう?」
タリアはアトリエの中に入るとネロに睨みを利かせる。
「あー、はいはい。タリア……おばさん」
「僕まだ23だから! おばさんじゃないから!」
そんなやりとりに微笑むルイ。この二人の言い合いは日常茶飯事だからね。
「あなたはそんな恰好で何しに来たのですか」
食器を洗い濡れた手をハンカチで拭きながらリュカが尋ねる。そんな恰好と言うのは、タリアが水着を着ているからだろう。
天色の生地に大きな白の水玉が散りばめられ、胸元には大きなリボン。程よく筋の入った腹筋に細く引き締まった手足が覗いている。
あまり大きな声では言えないがタリアは小さな胸を気にしているようで、魔法使いの正装以外の時は胸をカモフラージュすることが多い。盛りはしないらしい。悔しいから。
「えー、ルイルイに会いに来ちゃった!」
「会いに来ちゃった! ……じゃないですよ。もしお客さんが来たら帰ってもらいますからね」
「えー」
ため息をついたリュカに肩を落とすタリア。
「タリアさん、おはようございます」
「おはよう、ルイルイ! 今日もかわいいね。抱きしめていい?」
「そんな恰好でルイに近づかないでください……!」
間髪入れず二人の間に入ったリュカはタリアからルイを遠ざける。そう、ルイには鉄壁ガード・光の精霊が常についているのだ。
「そんな遠ざけなくたっていいじゃないか!」
頬を膨らませているタリアを見て腕を組みつつ生意気に鼻を鳴らしたネロ。
「はっ、全身水色だな」
「おうおう、思春期ボーイよ。お姉さんの水着姿に惚れちゃったかい?」
タリアは手を上にあげてクルリとその場で回転する。さすればティースプーンも張り合うように回転を始めるのだが案の定床に落ちる。
すかさず飛ぶのはリュカの舌打ち。だって洗い直すのは彼だからね。
「……はっ」
ネロはやや間を開けてもう一度鼻で笑った。
「お前ほんと可愛くないな。ルイルイはどう思う?」
ネロの時と一転、あからさまに声色を甘くしたタリアは腰を屈めてルイと視線を合わせる。
「はい、とっても素敵ですよ。タリアさんによく似合った水着ですね」
「きゃー、ルイルイ可愛い、大天才! ギューしちゃ……頭撫でちゃう」
抱きつきたかったがリュカからの鋭い視線を感じて、タリアは頭を撫でるにとどめた。
「お前それ褒めてんの水着じゃん」
「え、そんなつもりじゃ……」
上半身を前に折り曲げてルイの横顔を覗いたネロからの指摘に慌てふためくルイ。
「なんだね、僕の可愛いルイルイに文句あるのか、コラ」
タリアはネロの首に腕を回すと腹に拳を当てグリグリと軽く押し付ける。
「ルイはお前のじゃねぇよ。ちょっと、いたいって。腹に拳入れんのやめろ!」
ネロの「降参!」を聞いてパッと手を離した彼女は後ろで手を組んで声のトーンを落とした。
「せっかくネロが色が見えるようになったからお姉さん水色の水着引っ張り出してきたのになー」
その言葉に気まずそうに頭を掻いた彼は、視線を逸らしやや色付いた頬でぼそりと褒める。
「……あー、やっぱ、良く似合ってるよ。ほらもういいだろ!」
「ふふーん、可愛い奴め~」
「頭撫でんなよ……!」
そんなやり取りをしているうちに再び扉のベルが鳴る。
――カラン、カラン
「やあ、ルイくん」
次いで入ってきたのは、白髪に赤いメッシュの入った爽やかなイケメン。彼も五芒星の一人、火属性の国家魔法使いだ。
だが、こちらも魔法使いの正装はしていなかった。ハイビスカスがふんだんにあしらわれたアロハシャツ、膝丈の短パン、足元にはサンダル。
こんな格好でもイケメンだからイケメンはずるい。
火属性の国家魔法使い――リオンは腰を屈め、南天のような赤い瞳を細めてルイに手を差し出した。
「一緒にバーベキューをしないかい? 丁度今広間でレッドドラゴンの丸焼きをしているところなんだ」
「ドラゴン? 狩ってきたのですか?」
反射的にリオンの手の上に自分の手を置いてしまったルイ。すぐさま現れたリュカがリオンの手首に手刀をいれるが、簡単によけられてしまう。
「そう、今朝ね。だからとれたて新鮮だよ」
「そんな野菜みたいに言わないでくださいよ」
もう何度目かもわからないため息をつくリュカ。ルイもリオンの言い草には苦笑いを浮かべていた。
「ドラゴンの肉?」
「おいしいのかな?」
ぬいぐるみたちもさすがにドラゴンの肉は調理したことがないようだ。
「俺食べたーい」
ルイよりも先に答えたのはネロ。
「うん。だからネロくんの好きな前足の肉は予約済みにしてある」
「さすがリオン兄! タリアとは違うぜ」
「そこで僕を引き合いに出すな! それに僕だってドラゴンの一匹や二匹ぐらいひょひょいと狩れちゃうんだから」
「「知ってるー」」
興味なさげに声を揃えて答えたネロとリオン。
国家魔法使いたちの反応を見るにドラゴンの丸焼きは珍しくもなく、ドラゴン討伐はもはや日常なのだろう。
こんな彼らだが、国トップの魔法使い5人のうちの3人なのだ。実力は言わずもがな、ある程度の好き勝手は許されてしまう。今回のような広場でのドラゴンの丸焼きも、ね。
「……って、違う! 僕はルイルイを海に誘いに来たんだよ。どう?」
だからこその水着着用だったようだ。
「海行こうよ!」
「バーベキューしよう?」
ルイは自分に伸ばされる手を交互に見ると、申し訳なさそうに眉毛を下げて断りを入れる。
「ごめんなさい、二人とも。今日はなんだかお客さんが来る予感がするんです」
――カラン、カラン
タイミングを見計らったように開いた扉。
入ってきたのは一人の女性。だが、その瞳には闇が巣食っていた。
「……ここは、どこかしら?」
戸惑いを隠せない様子で入ってくる女性に、小さな魔法使いルイは花が綻ぶように微笑む。
「ようこそ。“忘れ物探偵事務所”『記憶のアトリエ』へ」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
国家魔法使いは愉快で、やっぱりどこか変わっていますね。
滲んだ手紙、引き続きどうぞ。




