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第6話

「王子!」

手を繋いで、ひたすら外を目指して走っていたルーセルとアンは、聞きなれた声に足を止めた。

「アレン!」

こちらへ向かってくるのは、黒髪の魔法使い。

彼はルーセル達を認めると、ほっとした笑顔を浮かべたが、すぐにそれは険しい表情に変わった。

「リアは!?」

「まだ奥に、魔物が…!!」

アレンはひとつ頷いた。

「俺が行きます。王子はアンを連れて城へ戻ってください。…出来ますよね?」

ルーセルは大きく頷いた。

これであの魔法使いは大丈夫だ。そう思ってほっとした。アレンがいてくれるなら、大丈夫だ。

彼と別れ、2人は再び暗い森の中を駆けていく。

「出口だ…」

明るい月明かりの下へ出てくると、思わずその場に膝をついた。

全力疾走をしてきたせいで、お互いすぐには口が聞けなかった。

荒い息の中、ルーセルは隣に座り込むアンへと視線をやる。

そして固まった。

「ど、どうしたんだよ、アン…」

アンはぽろぽろと泣いていたのだ。

「え?あれ…?」

本人だって驚いている。ルーセルにはどうして泣いているのかますますわからない。

でも、どこかほっとしてもいた。

アンは自分の前で泣いたことも、弱音を吐いたこともなかったから。

彼はぎこちなくアンの傍に膝をついて、その肩をぎゅっと抱きしめた。

ようやく、心の底からほっとできた。

アンは生きてる。ちゃんとここで泣いてる。

やがてアンが、ぽつりと呟いた。

「ごめんなさい…」

「いいよ」

本当は全然よくなかった。

どうして自分じゃなくフォロンに助けを求めたのか。どうして自分には何も言ってくれなかったのか。

皆本当に心配してたんだと、アンにわからせてやりたかった。

それは優しさだけじゃなくて、頼りにされなかった悔しさとか、どこか凶暴な気持ちから。

でも、もういい。

「ごめん。ごめんなさい…」

「いいってば」

もう、どこにも行かないでくれれば。

ちゃんと自分に弱音を吐いて、こうやって傍にいてくれるなら。

言えない代わりにルーセルは、アンを抱く腕に力を込めた。




「リア!」

自分を呼ぶ声にリアは驚いて振り向いた。

「アレン…!?」

木々の影から、所々に葉っぱをくっつけたアレンが現れた。ひどく慌てているようだ。

リアの頭から血が引いた。どうしよう。こんなに早く彼が来るとは思わなかった。言い訳すら思いつかない。

「す、すみません!あのこれは…」

「…お前なぁ…」

がくーっとその場に膝をつくアレンに、慌ててリアは腕を貸す。

「だ、大丈夫ですか!…あの、ほんとすみません。でも…なんでわかったんですか?」

申し訳ない気持ちと同じくらい、リアは彼に動向を気付かれてしまったことが悔しくて仕方なかった。

絶対出し抜いてやれると思っていたのに。

「お前な…。俺が本当にあのままお前を放っておくと思ったのか?」

「……」

リアはぽかんと口を開けた。

「…え?……え?え?」

それはどういうことだ?

「国王を説得してたら、来るのが遅くなっちまった」

「国王??」

リアは頭がついていかない。

「彼は本当は、アンを助けたがってたんだ。自分の娘のようなものだからな。でも、臣下の手前ああ言うしかなくて。だけどあの後、自分が助けに行くって聞かなくて、ずっと説得してたんだ」

「………」

昼間とは別人のようにしゃべりまくる彼に、リアはぽかんとしてしまう。

「それよりも、魔族はどうしたんだ?」

突然真剣な顔になったアレンに、リアははっとした。

「…い、行きました」

「行った?」

「どっかに行きました」

「はぁ!?」

今度こそ本当に、間の抜けた声をアレンは上げる。

「…ああ、そっか。まあいいや。皆無事みたいだし」

あっさりとアレンはその事実を受け止められるようだった。リアの方を向いて照れくさそうに笑って見せた。

「今日はごめん。でも…助かった。ありがとう、王子を守ってくれて」

「…わ、私の方こそ、すみませんでした。誤解して…」

「誤解?」

「…アンのことなんて、どうでもいいと思ってるんだと、誤解してました…」

「…誤解じゃないな、それは」

「?」

訝りの視線を向けると、彼はふっと笑みを浮かべた。

「俺にとって1番の優先事項は、この国を守ることだから。…そりゃあアンのことを助けたいとは思ったけど、いざとなったら犠牲になってもしょうがないと思ってた」

「……どうしてですか」

アンが助かって、もう大丈夫だと思ったからだろうか。昼間のような激しい怒りは沸いてこない。けれど、素直には受け入れがたかった。

彼のことを見直したばかりだったのに。

「それが仕事だから」 

「……」

迷いなんかない、真っ直ぐな口調だった。リアは反論しようとして、でも彼に敵わない気がして何も言えない。

「綺麗だな」

アレンに倣って、リアも泉を見渡す。

暗い森も、うっそうと茂った木も、今はもうあまり不気味には見えなかった。

ああ、彼にも綺麗に見えるんだ。

悲しいような嬉しいような、自分でもわからない気持ちでリアは笑う。

きっとフォロンもここを綺麗だと思ったんだろう。






その日も、ルーセルは不機嫌だった。

今日もアンは城にいなかった。折角の休憩時間にも、もう彼の所に来なくなった。

「アレン!」

城に来ていたらしいアレンを廊下に見つけて、声をかける。

「王子、どうしたんですか?」

その声はどこか楽しそうだ。そりゃそうだ、ルーセルが不機嫌な理由を、この男は知ってるに違いないのだから。

「またアンが研究所に行ってる」

「ああ、知ってます。おいしいパイを持ってきてくれました」

アンは最近お菓子作りにこっていた。まあ、それはいいとしよう。ただ、その理由が、リアの所に行く時に何か持って行こうと思って、と始めたものだからおもしろくない。

「何ですか王子、女性相手にやきもちですか?」

負けじとルーセルもやり返す。

「アレンこそ、恋人がずっと年下の女の子の相手ばっかりしてていいの?」

「!ちがっ…!」

「ああ、ごめん。まだ違うんだっけ」

まだ、の所を特に強調して言ってやる。

がく、とアレンの動きが止まった。

「な、何言ってるんですか…ははは……」

動揺してる。

ルーセルはほくそ笑んだが、全然満足できなかった。

アレンをいじめたって、そこにアンがいないという事実は変わらないのだから。

「ルーセル!」

とそこへ、明るいアンの声が割り込んできて、彼は驚いて振り返った。

「アン?」

なんでここに?

アレンがしのび笑いをもらしながら去って行く。

「よかった。あのね、やっとおいしいパイが焼けるようになったんです!リアさんてば、お菓子好きなだけあってうるさいの!はい」

アンは持っていたバスケットを、ルーセルの目の前に差し出した。

何がはい、なのか、ルーセルにはまだよくわからない。

「食べて。自信作だから!」

「…え?」

頭の中で事実を組み立てて、ようやく意味がわかった。

頭にかーっと血が昇るのが自分でもわかる。有難いことにアンは気付かなかったみたいだけど。

「……もしかして、嫌い?」

「…ちがう…」

たとえ嫌いでも不味くても、ルーセルはおいしいと言うだろう。

もっとも、それは本当においしかった訳なのだが。


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