07:食いしん坊なポンコツ王子のお茶会
まだ暑さの残る秋口のお茶会の日。
これまでにも数え切れないほどライオネル様とお茶会を重ねてきた私は、手にした扇子をゆっくりと揺らしながら、そよ風を浴びていた。
本来ならば、これは少しばかりマナー違反である。
王妃教育を施してくださっている夫人に見つかれば、きっと厳しく注意されることだろう。
けれど、目の前には私以上に重大なマナー違反を繰り返している人物がいるのだから、これくらいは大目に見てもらっても構わないはずだ。
私はいつものように紅茶にもお菓子にも手をつけず、片手を膝に置いたまま、向かいに座るライオネル様を眺めていた。
今日のお茶会に用意されているのは、ふんわりと焼き上げたスポンジに淡いクリームを重ねたショートケーキ。
艶やかな果物を宝石のように飾ったタルト。
それから一口サイズの焼き菓子が何種類か。
紅茶からは、花を思わせる華やかな香りが漂っている。
どれも王家のお茶会に相応しい、見た目にも美しいものばかりだ。
けれど、そんな優雅な光景を台無しにしている人物が一人。ライオネル様である。
彼は今日も元気よくケーキを頬張り、口の端にクリームをつけたまま紅茶を飲み干している。何度注意しても、この食べ方だけは一向に直る気配がない。
そして、お茶会が始まると決まって同じことを言うのだ。
「俺が全部先に食べるんだから、俺がいいって言うまでリリィは食べるなよ!」
王族であるライオネル様にそう命じられてしまえば、誇り高き公爵令嬢とはいえ、逆らうわけにもいかない。
よくもまあ、毎回同じ台詞が出てくるものだ。
もっとも、私は普段から甘いものを控えている。
完璧な体型と美しい肌を保つためには、節制も大切なのだから、目の前で「待て」をされたところで、それほど腹が立つわけではない。
それよりも、こうしてライオネル様が食べ終わるまでの時間を、どう過ごすかというほうが問題だった。
結局、私は自然と目の前の彼を眺めることになる。
少し悩んで選んだタルトを、ライオネル様は大きな口で頬張った。さくりとした生地に、甘酸っぱい果物と滑らかなクリームが重なった、見るからに美味しそうな一品である。
けれど、ライオネル様は味わっているのかどうかも分からない勢いで食べ進め、口元についたクリームを気にする様子もなく紅茶で流し込んでいく。決して上品とは言えない。
それでも、初めの頃は呆れたり戸惑ったりしていた私も、今ではすっかり慣れてしまった。
彼がどれから食べるのかを眺めたり、次のお菓子を選ぶのに真剣に悩む様子を観察したりしていれば、時間もそれなりに潰れるものだ。
そうしているうちに、目の前のお菓子をすべて平らげたライオネル様が、満足そうに胸を張った。
「よし! もう食べてもいいぞ!」
「ありがとうございます。では、いただきますわね」
ようやく私も紅茶へ口をつける。
ほどよく冷めた紅茶は飲みやすく、花の香りがふわりと鼻へ抜けていった。
せっかくだから甘いものも一ついただこうと焼き菓子へ手を伸ばすと、すぐに向かいから視線を感じる。
「……何ですの?」
「リリィが食べるところ、見てる」
そう言って、ライオネル様は頬杖をつきながら私を見つめている。
以前なら、こんなに真っ直ぐ見つめられれば、私はすぐに注意していただろう。
けれど今は、その優しい視線が不思議と嫌ではなかった。
むしろ、その視線がなくなると少し物足りないような気さえする。
そんな自分の気持ちを認めたくなくて、私は焼き菓子を口へ運んだ。
「そのお菓子は甘さがちょうど良くて、リリィも好きだと思う!」
「ライオネル様がそうおっしゃるのなら、いただきますわ」
一口食べると、ほろりと崩れる生地から、ほんのりとしたバターの香りが広がった。甘さも控えめで、確かに私の好みに合っている。
「……美味しいですわ」
「だろ?」
ライオネル様は嬉しそうに笑った。
「リリィが好きそうだと思ったんだ」
「……私、そんなに好みを話していましたかしら?」
「話してないぞ」
「では、どうして分かりましたの?」
「なんとなく!」
あまりにも簡単に答えられて、私は思わず瞬きをした。
なんとなく。それだけで分かるものなのだろうか。
少し悔しい気もするけれど、考えてみれば私も、いつの間にか彼の好みをよく知るようになっている。
好きなものも、苦手なものも、機嫌がいいときの表情も、少し寂しそうにしているときの癖も。
こうして相手のことを知っていくのも、婚約者同士なら当然なのかもしれない。
そう考えていると、またライオネル様の視線を感じた。
「リリィはケーキを食べているところも可愛いな!」
「……ありがとうございます。でも、見すぎですわよ」
ただ見つめられるだけならまだしも、こうして真っ直ぐ褒められると落ち着いて食べられない。
「だって、リリィのこと好きだからな!」
あまりにも迷いなく言われてしまい、私は返す言葉を失った。
「そういうことを、平然と口にするのはおやめなさいな」
「本当のことだからいいだろ?」
「そういう問題ではありませんわ」
私は視線を逸らした。
けれど、ライオネル様はそんな私を追いかけるように、少しだけ身を乗り出す。
「リリィ。顔、赤いぞ」
「……暑いだけですわ」
「さっきから扇子使ってるのに?」
まったく、余計なところばかりよく見ていますわね。
私は誤魔化すように紅茶へ口をつけた。
そんな私を見て、ライオネル様は不思議そうに首を傾げている。どうやら、本人にはまったく自覚がないらしい。
それでも、彼とこうして他愛のない会話を交わしながら過ごす時間は、いつの間にか私にとって当たり前のものになっていた。
優雅な紅茶に、美しいケーキ。
そして、それらを台無しにするほどの食べっぷりを見せる、食いしん坊なポンコツ王太子。
私はそんな彼を眺めながら、思わず小さく笑った。
本当に、食いしん坊ですこと。
最初の頃は、こんな時間を何度も過ごすことになるとは思っていなかった。
けれど今では、彼と向かい合って紅茶を飲み、他愛のない話をすることが、私にとって穏やかな日常になりつつある。
私はもう一度ケーキへ手を伸ばした。
今日もまた、私たちはこうして、穏やかで平和なお茶会を楽しんでいる。




