06:完璧令嬢とポンコツ王子の文通
よく見ると、便箋には青い花が描かれている。私が好きだと答えた色だ。
そして手紙の端には、小さな文字で、
『あおいろ、すきだったよな!』
と書かれていた。
私は思わず目を瞬いた。どうやらちゃんと覚えていたらしい。
そう思うと、さっきまで呆れていた気持ちが少しずつ薄れていった。
便箋の隅には、さらに小さな絵まで描かれている。どうやら青い花らしい。
「この花、ずいぶん個性的ですわね」
「殿下がお描きになったのでしょうか」
「おそらく」
私は青い花の絵をじっと眺めた。
決して上手とは言えないけれど、私の好きな色を使って、私のために描いたものなのだろう。
そう考えると、不思議と笑みがこぼれた。
ただし、香水は別である。
香水を瓶ごとぶちまけたのかと思うほど、香りが強い。私は鼻を押さえながら、便箋を少し遠ざけた。
「これは、何を考えてこの量をつけたのかしら」
「殿下なりに、お嬢様へ良い香りを届けたかったのでは?」
「届けすぎよ」
私は即答した。
便箋から三歩ほど離れていても、まだ香る。
「これでは手紙というより、香水の広告ですわ」
アビーが肩を震わせている。
「笑うところではありませんわよ」
「ふふ、申し訳ありません」
「全く申し訳なさそうではありませんわね」
王太子殿下からの手紙でなければ、迷わず暖炉へ放り込んでいるところである。
しかし、相手は王族だ。それに、こちらから手紙を送った以上、返事を書かなければならない。
「アビー、これはライオネル様が書いたと思う?」
「お嬢様、さすがに王太子殿下に失礼です。それに、代筆ならもっと綺麗な字になるかと」
「貴方に言われたくないのだけれど」
私はため息を吐いた。毎回手紙が届く度に解読をしなければいけないのか。
「これからの文通が不安だわ」
「そこは愛の力で頑張ってください」
「黙らっしゃい」
何が愛の力よ。
私は投げ出したくなる気持ちを抑えながら、もう一度手紙を眺めた。これが王太子から婚約者へ送られた手紙だというのだから、頭が痛くなってくる。
それでも、青い花の便箋を見つめているうちに、私は小さく息を吐いた。
「……仕方のない方ですわね」
そう呟きながら、私は手紙を丁寧に折りたたみ、机の鍵付きの引き出しへしまった。もちろん、鍵もきちんとかける。
王家から届いた重要な書類なのだから、きちんと保管しておく必要がある。それに、ライオネル様からの手紙を入れるための箱も、いずれ用意しておいたほうがいいだろう。
婚約者だからというわけではない。
王家から届いた手紙なのだから、他の手紙とは区別して保管する必要があるだけだ。
「ライオネル様に返事を書くわ。用意してちょうだい」
「かしこまりました」
私が指示を出すと、アビーはすぐに便箋や封筒を用意してくれた。私はその中から、金色のラインが引かれた少し豪華な便箋を選ぶ。
別に、ライオネル様の好きな色だから選んだわけではない。たまたま一番上にあっただけである。
そして私は、普段よりも文字を大きく書き、読みやすい字になるよう心を配りながら文章を考え始めた。
内容も、できる限り簡潔にする。不敬にならない範囲で難しい言葉や複雑な表現は避け、何度か読み返して、誤解の生じない文章になるよう整えていく。
かなり不服ではあるが、手紙というものは相手に内容が伝わらなければ意味がないのだから仕方がない。
こんな書き方の本など存在しないというのに、私はなんて優しい婚約者なのだろう。
そうして今回も、私は貴重な自由時間をかなり費やすことになった。
ようやく手紙を書き終えた頃には、すっかり夜も更けていた。
翌日、わずかな休憩時間に廊下へ出ると、そこへいつもののように偶然通りかかったらしいライオネル様が姿を見せた。
「リリィ!」
「まあ、ライオネル様。お渡ししたいものがありますの」
私が手紙を差し出すと、ライオネル様は嬉しそうに受け取った。
「これ、昨日の手紙の返事か?」
「ええ。そうですわ」
「ありがとう、リリィ!」
そして、その手紙を宝物のように胸へ抱きしめる。
「その前に一つ、お願いがありますわ」
「何だ?」
「手紙に香水をつけるときは、もう少し控えめになさってくださいませ」
「控えめ?」
「ええ。昨日のお手紙は、封筒を開けた瞬間に部屋中へ香りが広がるほどでしたもの」
「分かった! 次は気をつける!」
「必ずですわよ。次も同じ香り方をしていたら、受け取りを拒否しますから」
「そんな!」
大げさに驚くライオネル様を見て、私は思わず笑ってしまった。
それから私たちは、数日に一度、直接手紙を渡し合うようになった。
ライオネル様は手紙を書くのが遅い。私が返事を書いた翌日のこともあれば、数日経ってからようやく渡されることもある。
そんな日々を過ごしているうちに、いつの間にか鍵付きの引き出しは手紙でいっぱいになっていた。
さすがに新しい保管場所が必要になり、私はアビーを呼び出す。
「至急、新しい箱を用意してちょうだい」
「恋文用ですね」
「違うわ」
「では、何用です?」
「王家からの手紙を保管する、ただの箱よ」
「一箱では足りませんでしたね」
「いいから早く用意しなさい」
楽しそうに笑うアビーから、私はそっと目を逸らした。
机の引き出しの中には、ライオネル様から届いた手紙が何通も並んでいる。
どれも字は酷いし、内容も酷い。授業で眠かったという話まである。香水の量も、最初は酷かった。
けれど、一通として捨てることはできなかった。
王家からの重要な手紙だから。
婚約者から届いたものだから。
そうやっていくつもの理由を並べながら、私は新しい箱が届く日を心待ちにしていた。
そこへまた一通、ライオネル様からの手紙が加わるのだと思うと、なぜだか少しだけ嬉しくなった。




