04:完璧令嬢とポンコツ王子の好きな色
そして、手紙を出してから一週間が経った頃。
月に一度、恒例となっている婚約者同士の交流のためのお茶会が開かれた。
手紙は王家の検閲を受けることになっているため、そろそろ届いていてもおかしくない頃だ。けれど、私から手紙の話題を出すつもりはなかった。
届いたかどうかを気にしていると思われるのは、少し恥ずかしい。
それに、もしまだ届いていなかったらと思うと、こちらから確認する勇気もなかった。
いつもより落ち着かない気持ちで紅茶を口に運んでいると、向かいに座るライオネル様も、今日はどこか浮ついた様子で何度もこちらを見ている。
何か言いたいことがあるらしい。
けれど、なかなか口を開かない。
私が不思議に思っていると、突然、ライオネル様が大きな声を上げた。
「おい、リリィ!」
「はい、なんでしょう」
最近では、彼の急な大声にも随分と慣れてきた。
いつものように返事をすると、ライオネル様は少しだけ身を乗り出し、どこか緊張した顔で尋ねてきた。
「その……リリィの、好きな色は何だ?」
「……え?」
あまりにも予想外の質問に、思わず間の抜けた声が出てしまった。
いけない。私は王太子殿下の婚約者なのだから、もっと優雅に振る舞わなければ。
気を取り直し、扇子を口元へ添える。
それにしても、好きな色とは。
私は普段、身につけるものの色を自分で決めることはあまりない。
髪や瞳の色との相性、季節、社交の場に相応しいかどうかなどを考え、侍女たちが選んでくれたものを身につけることが多いからだ。
改めて聞かれると、これといって好きな色が思いつかない。
悩んでいると、ライオネル様がじっと私の返事を待っていることに気づいた。
完璧令嬢として、王太子殿下をいつまでも待たせるわけにはいかない。
「そうですわね……青色、かしら」
とりあえず、無難な色を答えた。
青ならば上品だし、私にも似合う。別に深い意味はない。
——決して、ライオネル様の瞳が澄んだ海のような青色だからではない。
本当に、ただの偶然である。
「そうか、青だな! 分かった!」
ライオネル様は途端に嬉しそうな顔をすると、懐から小さな手帳を取り出した。
そして、何やら猛烈な勢いで書き始める。
私は黙ってその様子を眺めた。
好きな色の一つくらい、そのまま覚えておけばいいのではないだろうか。
そもそも、その手帳に何を書いているのか、本人はきちんと読めるのかしら。
そんな疑問を抱きながらも、私は心優しい婚約者なので、彼が満足するまで待ってあげることにした。
「よし!」
ようやく書き終えたらしい。
ライオネル様は満足げに頷くと、手帳を大切そうにしまった。
「……そういうライオネル様は、何色がお好きなんですの?」
私も何となく気になって尋ねてみる。
すると、彼は迷うことなく答えた。
「金色だ! 綺麗だからな!」
「ふぅん、そうですか」
私は何でもない顔で紅茶を口に運んだ。
別に構わない。
私の瞳は昔からルビーのようだと褒められているし、金色が好きだからといって何か問題があるわけでもない。
そう思った、その時だった。
「だって、リリィの髪の色だからな!」
危うく紅茶を噴き出すところだった。
どうにか飲み込んだものの、喉の奥が妙に熱い。
私の髪は、光の当たり方によっては確かに明るい色に見える。
けれど、一般的には茶髪と呼ばれる色だ。
貴族社会では美しいブロンドが好まれるため、公爵令嬢である私が兄のような華やかな金髪ではないことを、陰で話題にされることも少なくなかった。
幼い頃は兄と比べられることも多く、本人から髪の色についてからかわれた時などは、少しくらい髪を毟っても許されるのではないかと思ったものだ。
そんな私の髪を、金色だと言う人がいるとは。
しかも、それがライオネル様なのだから、余計に困ってしまう。
「あの……最近のお茶会では陽の下にいるから金髪にも見えなくはないでしょうけれど、私の髪は茶髪ですのよ」
勘違いしているのなら、念のため訂正しておこう。
私は一房の髪を指先でつまんだ。
公爵令嬢としてきちんと手入れされているため艶はあるけれど、どう見ても金色ではない。
お父様から譲り受けた色なのだから、この色も別に嫌いなわけではない。
ただ、ライオネル様が「そうだったのか」と少し落胆する可能性を考えると、妙に胸がざわついた。
「じゃあ、茶色が好きだ!」
「……え?」
「だって俺は、リリィの色が好きなんだからな!」
今度こそ、盛大に紅茶でむせた。
「リリィ!? 大丈夫か!」
「だ、大丈夫ですわ……!」
「本当か? 医者を呼ぶか!?」
「むせただけですわ!」
「でも顔が真っ赤だぞ!」
「これは……紅茶のせいですわ!」
実際には、むせたことが恥ずかしくて顔が赤くなっているだけだ。
けれど、ライオネル様は本気で心配しているらしい。
椅子から立ち上がりかけ、今にも侍女を呼びそうになっている。
「本当に大丈夫ですから、座ってくださいませ」
「でも……」
「大丈夫ですわ」
何度か念を押すと、ようやくライオネル様は安心したように席へ戻った。
その顔を見ているうちに、私は思わず小さく笑ってしまう。
「何がおかしいんだ?」
「いいえ。ライオネル様は、本当にお優しい方だと思っただけですわ」
「そうか?」
「ええ」
私は紅茶を一口飲み、今度こそむせないようにゆっくりとカップを置いた。
好きな色なんて、今まで深く考えたこともなかった。
けれど、もしこれから先、好きな色を尋ねられたなら。
私はきっと、今日と同じ答えをするのだろう。
青色も、金色も。
そして、私の髪の色も。
あなたが好きだと言ってくれた色なら、きっと今までより少しだけ好きになれる。
そんなことを考えながら、私は向かいで嬉しそうに笑っている婚約者を眺めていた。




