13:完璧令嬢と兄
お茶会で正式にライオネル様の婚約者となってから、月日はあっという間に流れた。
婚約者となった私は、王宮での王妃教育まで追加され、毎日勉強漬けの日々を送っている。
いくら婚約者との交流も順調で、勉学にも励んでいる完璧な淑女である私とて、人間だ。当然、勉強ばかりの生活ではストレスも溜まる。
だが、未来の王妃たるもの、人前で取り乱すわけにはいかない。
だから私は、健全な方法でストレスを発散することにした。
例えば、ある日のこと。
忘れもしない。自宅での勉強の合間、わずかな休憩時間に廊下でお兄様と出会ったときのことだ。
すれ違いざまに、いつも通り微笑んで会釈をした。すると、お兄様はなぜか呆れたような顔をした。
「お前って、本当に人形みたいだよな」
「……はい?」
「笑ってても全然楽しそうじゃねぇし。少しくらい年相応に笑えばいいのに」
この私を人形のように美しいと褒めるならまだしも、貶すとは。
敬愛するお兄様に、ため息混じりで好き勝手に言われ続け、私の口元がひくりと引きつった。
ピキリ、と淑女の仮面にひびが入りかける。
確かに、完璧な淑女として隙のない笑みを浮かべることが、すっかり当たり前になっている自覚はある。
兄の言う通り、私くらいの年頃なら、親しい者の前でくらい無邪気に笑ってもいいのだろう。
しかし、私は高貴なる公爵令嬢であり、王太子の婚約者。次期王太子妃であり、将来は王妃としてこの国を支える立場にある。
少しの隙が命取りになることだってあるのだ。
そんな簡単なことも分からないのかと、お兄様に詰め寄りたくなった。
将来、キャンベル公爵家を継ぐ御方がこの認識では、我が家の行く末まで心配になってしまう。
「……お兄様」
あら。思ったより低い声が出てしまいましたわ。
私は兄の言う人形じみた笑顔を崩さないまま、その腕を掴んだ。そして、有無を言わせず庭へと引きずっていく。
「ちょっ、リリィ!? おい、待て!」
もちろん、逃がすつもりはない。
王妃教育で鍛えられた私からすれば、少し身長が高いだけのお兄様など、大した相手ではなかった。
「ちょうどよかったですわ。無邪気で可愛い妹の私と遊んでくださる?」
「……は?」
王妃教育では、万が一に備えて護身術まで叩き込まれる。
その成果を試す相手として、お兄様ほど都合のいい人はいない。
私は習ったばかりの護身術を実践すべく、不意打ちも交えながら、遠慮なく兄を投げ飛ばした。
これまでは大人を想定して練習していたのだ。私より少し背が高い程度のお兄様なら、初めての実践でも投げ飛ばすことくらい造作もない。
「ぐぇっ! 何すんだよ!」
「おーほっほっ! 楽しいですわね!」
その後は、お兄様がいつもご友人方と模擬剣を振り回して遊んでいるように、私も模擬剣を手に取った。
もちろん、遊びだからと手加減するつもりはない。
お兄様が怒りに任せてやり返そうとしても、あっさりと叩きのめす。しまいには鼻血まで出して、地面に転がることになった。
思い切り剣を振るうのは、実に爽快だった。
ああ、身体を動かすとは、こんなにも健康的だったのですね。
私は勉強漬けの毎日を送っているため、朝から晩まで机に向かい、お友達と外で遊んだことなど一度もない。
もちろん、社交は完璧にこなしているので、お友達はたくさんいる。けれど、予定が詰まっている私にできる息抜きといえば、時折お茶会を開くことくらいだった。
その一方で、私が必死に勉強している間、お兄様は部屋の窓の外からご友人たちと能天気に遊ぶ声を響かせていた。
ずっと、憎らし……いえ、羨ましかったのです!
だから今日くらいは、私も遊ばせていただく。
もちろん、全力で。
やがて、コテンパンにされたお兄様は、起き上がる気力すらなくなったらしい。地面に伏したまま動かなくなった。
私はその前に立ち、模擬剣の切っ先を向ける。
「私に言いたいことはなくって?」
「……リーリエは世界一可愛い妹です」
「ふふふ。私は優しいお兄様の妹で幸せですわ」
どうやら、可愛い妹と遊んだおかげで、ようやく思い直してくださったらしい。
ボロボロになりながらも、兄はそう言ってくれた。
私はようやく、心から無邪気な笑顔をお兄様に向けることができた。
もう少し遅かったら、自慢の金髪を毟って差し上げるところでしたわ。どれほど美しいお顔でも、髪がなくなれば台無しですものね。
妹の可愛い笑顔が見られて、さぞ嬉しいことでしょう。
……それなのに、どうして怯えた瞳を向けられているのかしら。
まあ、これからも勉強の合間には、お兄様を追いかけ回して遊んでいただきましょう。
可愛い妹なのですから、それくらい当然ですわよね。
その日以来、お兄様は廊下で私と目が合うと、静かに道を譲るようになった。
実に礼儀正しい兄になったものだ。
仲良し兄妹への第一歩ですわね。




