10:完璧令嬢とポンコツ王子のお昼ご飯
そうして和やかな朝食を終え、今日も王宮へと通い、午前の王妃教育に励む。
いつもより早起きをしたせいか、少し眠くて欠伸を我慢するのが大変だった。しかし、もし欠伸などしようものなら、先生から雷が落ちることは間違いない。
私はいつもの完璧な淑女らしい微笑みを浮かべ、眠気など微塵も感じさせることなく、無事に午前の授業を終えることができた。
そして、ようやく訪れた昼休憩。
私は待っていましたとばかりに、ライオネル様のところへ向かった。
朝一番に、彼の昼食は用意しなくていいと使用人へ伝えてある。きっとまだ何も食べていないことだろう。
「ごきげんよう、ライオネル様。一緒に昼食を食べましょう」
「……リリィ?」
「お隣、失礼しますわ」
ライオネル様は目を丸くしたまま固まっている。
私はその隙に隣へ腰を下ろし、持ってきた籠を膝の上へ置いた。
蓋を開けると、中には朝から作ったサンドイッチが並んでいる。
白いパンの間には、しゃきしゃきのレタス、厚切りのローストビーフ、ふんわりとした卵、そしてとろりと柔らかなチーズ。
切り口から色鮮やかな具材が覗き、我ながらなかなか綺麗に仕上がっていた。
「私が作りましたのよ、このサンドイッチ」
「……え、公爵令嬢のリリィが作ったのか?」
「完璧令嬢である私に、できないことなどありませんわ」
「すごいな……!」
素直に感心するライオネル様に、私は満足げに微笑んだ。
「ふふ、ありがとうございます。では、いただきますわ」
彼に美しい笑顔を向けて、サンドイッチを口にする。
いつものお茶会では、ライオネル様が私より先にお菓子を食べ尽くしてしまうのだ。今日は、その仕返しである。
私は優雅に見えるよう、小さく一口だけ齧った。
柔らかなパンのあとに、レタスの瑞々しい歯触りが心地よく広がる。厚切りのローストビーフからは肉の旨味がじゅわりと滲み、卵のまろやかさとチーズのコクが重なって、最後にソースの塩気が全体を引き締めていた。
「……美味しい」
思わず目を細める。
朝早く起きて作った甲斐があったと思える味だった。
もう一口食べようとしたところで、隣から視線を感じた。
見れば、ライオネル様がじっとサンドイッチを見つめている。
やがて、その手がそっと籠へ伸びた。
まるで恐る恐るご飯を食べる野良猫のような仕草だ。
こういうとき、声をかけると逃げてしまうもの。
私は何も言わず、横目で見守ることにした。
ライオネル様は一つ手に取ると、具材をじっと眺めた。
レタスが見えているせいか、少しだけ眉を寄せる。
それから覚悟を決めるように目を閉じ、思い切って口へ運んだ。
しばらく咀嚼してから、ごくりと飲み込む。
「……美味しい!」
本人も意外だったらしく、目をぱちぱちと瞬かせた。
そして、もう一口。今度は迷いがない。
気づけば夢中になって食べていた。
私はその様子を眺めながら、心の中で頷く。
やはり食わず嫌いはよろしくありませんわね。
ライオネル様は優雅さなど気にする様子もなく、大きな口で頬張っていく。今度は何だかリスみたいだ。
あっという間に一つを食べ終えると、当然のようにもう一つへ手を伸ばした。
私は何も言わず、彼が取りやすいよう籠を少し近づけてあげる。
その間に私も自分の分をゆっくり食べ終えた。
すると、二つ目を食べていたライオネル様の手がふと止まる。
彼は籠の中の最後の一個を見てから、私の顔をちらりと窺った。
「どうしましたの?」
「……リリィの分、残しておいたほうがいいか?」
珍しく、気を遣っているらしい。
そんなに食べたいのかと、私は少しだけ嬉しくなって微笑んだ。
「私、もうお腹いっぱいですの。あとはライオネル様が食べてくださる?」
普段少食な私には、一切れで十分だった。
それに、これ以上食べたら午後のドレスが苦しくなってしまう。
「……そうか! じゃあ俺が全部食べてやる!」
途端に嬉しそうな顔をしたライオネル様は、残りのサンドイッチへ手を伸ばした。
その食べっぷりは、相変わらず豪快だった。
あまりにも勢いよく食べるものだから、ソースが口の端につき、パンくずまで頬に残っている。
「ここについてますわ」
紙ナプキンを手に取り、そっと口元を拭ってあげる。
するとライオネル様は、きょとんとした顔で私を見つめた。
少しだけ、やりすぎたかもしれない。
不敬だと怒られるかと思ったけれど、彼は何も言わず、大人しくしている。
「また頬についてますわ。じっとしていてくださいまし」
「へへ、ありがとう」
拭ってあげると、ライオネル様は嬉しそうに笑った。
ところが、その直後にはまた口元が汚れている。
「もう……またですわ」
「ごめん」
「謝らなくても結構ですけれど、もう少し綺麗に食べてくださいな」
「頑張る!」
そう言ったそばから、またパンくずを落とす。
私はため息をつきながら、それでも紙ナプキンを手に取った。
そうしているうちに、籠の中はすっかり空になっていた。
「リリィは凄いな。とても美味しかった……!」
満足そうに笑うライオネル様を見て、私まで少し嬉しくなる。
「それはようございました。明日からは一緒に食べましょうね」
「……え? 今日だけじゃないのか?」
「ええ。また明日もここへ来てくださいまし」
そう告げると、ライオネル様は驚いたようにぽかんとした。
それから、花が咲くような満面の笑みを浮かべる。
「本当か!?」
「ええ」
「明日もリリィのサンドイッチが食べられるのか?」
「ちゃんと全部食べてくださるのでしたら、ですわ」
「分かった! 絶対食べる!」
よほど私の料理が気に入ったらしい。
私は少しだけ得意げな気持ちになった。
朝早く起きた甲斐があった、というものですわね。
「リリィ、眠いのか?」
不意にそう言われ、私は瞬きをした。
「……えっ。いえ、そんなことはありませんけれど。どうして?」
「ずっとリリィのこと見てるからかな。なんか、いつもより眠たそうだなって思って」
確かに今日は早起きをしたうえ、昼食を終えたばかりだ。
穏やかな日差しも手伝って、先ほどから眠気がじわじわと襲ってきている。
私の変化に気づくなんて、本当にいつも私を見ているのだろう。
この完璧な微笑みで先生にさえ悟られなかったというのに。少しばかり悔しい。
「眠るか!? 俺の膝なら貸すぞ」
「……いいえ、大丈夫ですわ」
一瞬だけ心が揺らいだ。けれど、私は完璧な淑女。
王宮の誰が通るか分からない場所で、寝顔を晒すわけにはいかない。
それに、彼の膝を借りて眠るだなんて想像しただけで恥ずかし……いえ、はしたない。
「あらいけない。午後の授業に遅れてしまうわ。では、ごきげんよう」
「明日も楽しみだ!」
彼に華麗なカーテシーをして、軽くなった籠を片手にその場を後にする。
決して照れて逃げたのではない。
午後の授業に遅れないためである。
それからというもの、王妃教育のある日はライオネル様と昼食を一緒に取ることが習慣となった。
別に、彼のためではない。毎朝わざわざ睡眠時間を削って早起きし、昼食を作る手間が増えて面倒極まりない。
彼の苦手な野菜を肉で巻いたり、肉の中へ隠したりと試行錯誤するのも、なかなか大変だ。
最近では書庫でいろいろなレシピ本を探し、料理人たちに教えを乞う日々まで送っている。
そうして私は今日も、明日は何を作ろうかと献立を考えていた。
私はいつもより二時間早く起きる。前日のうちに仕込んでおいた食材を手に取りながら、私は小さく息を吐いた。
私は完璧主義なのだ。
決して婚約者であるライオネル様のためではないと言い聞かせながら、欠伸をこらえ料理に取り掛かるのだった。




