09:完璧令嬢の手作り弁当
次の日の朝。
私はいつもより一時間ほど早く起きた。
元々早起きな生活をしているため、まだ外は薄暗く、窓の向こうでは朝日がようやく空を淡く染め始めたところだった。
身支度を整えた私は、そのまま我が家の厨房へ向かう。もちろん、料理人たちには事前に話を通してある。
「おはようございます、リーリエ様」
「あら、おはよう。忙しい時間にお邪魔してごめんなさいね。気にせず料理を続けてちょうだい」
「いえ。何かございましたら、いつでもお申し付けください」
厨房では、料理人たちが朝食の準備に追われていた。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂い、鍋からは温かなスープの湯気が立ち上っている。私は彼らの邪魔にならないよう、厨房の端を使わせてもらうことにした。
我が家には食材を保管するための冷蔵庫がいくつかある。朝食用に用意されたものへ手をつけないよう気をつけながら、私は新鮮な食材を一つずつ眺めていった。
何を作るかは、昨夜のうちに決めている。
今日作るのはサンドイッチだ。
私は花嫁修業として料理も一通り覚えている、完璧令嬢である。簡単な料理なら、レシピを見なくても作れる程度の腕前はある。
以前、使用人たちへ料理を振る舞ったこともあった。
笑顔で「美味しいです」と言ってもらえたので、お世辞も多少は含まれていたでしょうけれど、それなりに美味しく作れていたはずだ。
まずは卵を茹でている間に、レタスを水で洗って水気を切る。
茹で上がった卵は細かく刻み、マヨネーズと合わせて、塩をほんの少し加える。黄身の鮮やかな色と白身の食感が残る、まろやかな卵サラダになった。
次に、パンへ薄くバターを塗る。
その上にシャキッとしたレタスを敷き、しっとりとしたローストビーフを重ねる。薄く切られた肉は柔らかな赤みを残しており、噛めば肉の旨味が口いっぱいに広がりそうだ。
その上へ卵サラダをたっぷりとのせ、さらにチーズを一枚。
最後にもう一枚のパンを重ね、軽く押さえてから包丁を入れる。
綺麗に二つへ切り分けると、白いパンの間から緑のレタス、赤みの残ったローストビーフ、黄色い卵、淡い色のチーズが覗いた。彩りも悪くない。
「……まあ。思ったより綺麗にできましたわね」
切り口を眺めながら、私は満足げに頷いた。
これなら、ライオネル様も食べてくださるかもしれない。
婚約者の健康を気遣うのは、王太子妃として当然の務めなのだから。
「そうだわ」
私は料理人たちへ振り返った。
「これから昼食は自分で作るから、もう作らなくて大丈夫よ。その代わり、毎朝ここへ来るからよろしく頼むわね」
「そ、そんな……! リーリエ様のお口に合わなかったのでしょうか?」
「違うわ。料理人の腕を疑っているわけではないの。これからは自分で作りたいだけよ」
案の定、料理人たちは大いに動揺した。
私は彼らを宥めながら、完成したサンドイッチを丁寧に包んでいく。
これから毎朝少し早起きをすることになるけれど、それくらいなら問題ない。むしろ、ライオネル様がきちんと食事を取ってくださるようになるのなら、多少の手間など惜しくはなかった。
もちろん、これも王太子妃としての務めである。
そういうことにしておく。
サンドイッチを持って厨房を出ると、料理人たちが丹精込めて作った朝食が並ぶ食堂へ向かった。
両親と兄は、すでに席についていた。
穏やかに朝の挨拶を交わし、使用人に椅子を引いてもらって席につく。
すると兄が、私の顔を見ながらニヤリと笑った。
「なんだリーリエ。厨房で味見でもしてきたのか?」
「あら。私はお兄様のような食いしん坊ではなくってよ」
「誰が食いしん坊だ」
悪戯っぽいお兄様の言葉に、私は優雅な笑みを返す。
するとお母様が、何かを察したような微笑みを浮かべた。
「そうね。今日リーリエは、王太子殿下のために早起きしたのでしょう?」
「お母様、誤解ですわ……」
「あら。だって昨日から何だか楽しそうだったもの」
「私は昨日、レシピ本を読んでいただけですわ」
あくまで情報収集をしていただけである。私が楽しそうだなんて、お母様の見間違いに違いない。
そう思っていればお父様が口を開く。
「それを楽しそうと言うのではないか?」
「別に、楽しんでいたわけではありませんもの」
「隠さなくてもいい。婚約者同士、仲がいいのはいいことじゃないか」
「別に隠しているわけでは……」
「これは王太子殿下も幸せ者だな。今から結婚式が楽しみだよ」
「お父様、聞いてくださいまし!」
私が抗議すると、お父様は楽しそうに笑いながらパンを一口大にちぎり、口へ運んだ。
どうやら、これ以上からかうつもりはないらしい。
少しむっとしていると、父がパンの籠をこちらへ寄せてくれた。
「ほら、リーリエも食べなさい」
「……ありがとうございます」
せっかくの厚意は無駄にしたくない。私は子供ではないのでここでいらないところ突っぱねることはしたくなかった。
そう思って籠へ手を伸ばした、その瞬間だった。
私がパンを掴むより先に、兄の手が伸びてきた。そしてそのまま口へと運ぶ。やっぱり食いしん坊ではないかと睨みつけてしまう。
「ほらほら、拗ねてないでたくさん食べたらどうだ」
「もう、お兄様!」
「リーリエのことだから、明日はもっと張り切って三時間くらい早起きするんじゃないか?」
「失礼ですわ!」
兄は呆れたような、それでいて楽しそうな顔で笑っている。母も父も、それにつられるように笑った。
まったく、人をからかって。
何気ない会話を交わしながら食卓を囲んでいると、自然と肩の力が抜けていく。
それでも、こうして家族と囲む朝食の時間は嫌いではなかった。




