第二話 ウオッカ・アイスバーグでよろしく(中編)
第二話の前編をお読みいただき、本当にありがとうございます。
どうぞ、中編もよろしくお願いいたします。
21
「「すみませんでしたっ!!!!」」
事務所内全体に響くほどの大きい声で、私とレナちゃんは深く深く頭を下げました。
「いやもう大丈夫だから……それよりオレも悪かったな……。職業柄どうしても敵は多くてね。ついそいつらの襲撃かと思って背後から襲っちまった。すまない、いきなりで怖かったろ?」
「いえいえそんな!」
洗面所で何度か顔を洗い、タオルで拭いながらロイドさんがよく座っていたアンティーク調のチェアに陽平さんはなんて事ない風に言いながら座り、私とレナちゃんにも座るように促されると、私たちは来客用のソファに並んで座りました。
「んじゃまあ、オレたちはお互いに出会い方が悪かったみたいだし、改めて自己紹介と行こうか」
私たちがようやく落ち着いたのを見た陽平さんは、チェアから立ち上がると、私たちとは反対側のソファに座り、居住まいを正してから、
「はじめまして。オレが王城探偵事務所の所長兼調査員兼事務員の王城陽平だ」
そう告げてから右手をまずは私の方に差し出しました。
「み、水無月璃子です……」
「水無月ちゃんね……」
私は詰まりながらも名前を名乗ってから差し出された手を握り、
「で……きみが……?」
その握手が終わると、陽平さんは今度はレナちゃんの方を向いて訊ねます。
「仙導レナと言います」
次にレナちゃんが答えてから握手します。
「仙導ちゃんか……」
ちゃんと憶えるように、そして確認するように私たちの名前を言いながら「よろしくな!」とフランクに笑みを浮かべます。
…………。
以前に何度かロイドさんの口から、陽平さんについてのお話は伺っていました。
曰く、親しみやすく人懐っこい。
曰く、快活にして剛気。
曰く、『まあ俺とは正反対の人だよ』との事。
しかしどうでしょう?
実際に本人を前にして思うのは、ロイドさんと陽平さんはとても良く似ているような気がします。
どこら辺が? と、聞かれれば何と言い表せば良いのか分からないのですが……ただ『何となく』似ているような気がします……。
「で……さっきもちょろっとしか聞いてなかったけど、元々は水無月ちゃんがロイドの『依頼人』で……仙導ちゃんが『探し人』……でよかったのかな?」
「はい……」
「そうです……」
陽平さんの問いに、私たちは素直に答えます。
「そして今はあの子の友だちってわけか……ふ〜ん……アイツがねえ……」
にわかには信じられない、といった様子で陽平さんは顎に手をやりながら天井を見つめます。
そして少し考える素振りを見せてから再び私たちを見ると、
「もし良ければ、その一件の内容を教えてくれないか? なんせついさっき帰国したばかりでね。感覚が色々とボケちまってるんだ。ちょいともう少しみんなの話を聴きたい……。もちろん嫌なら構わないが……どうだ……?」
と、聞かれました。
「私は大丈夫です」
「アタシも問題無いです」
私もレナちゃん快諾すると、陽平さんは嬉しそうに立ち上がり、
「ありがとう。それなら話も長くなるし、飲み物と茶請けがいるな。インスタントだがコーヒーがある。砂糖とミルクは?」
テクテクとキッチンの方に向かいながらこちらに声を掛けます。
「すみません、お願いします」
「アタシも欲しいです」
「あいよ!」
そう元気に返して彼は準備をはじめました。
それから暫くしてです……………………。
「なるほどねえ……オレが居ない間にそんな事があったわけかあ……」
色々と話しました。
私がこの事務所を訪れたところから、ロイドさんとひよりちゃんとの出会い。
レナちゃんが急に居なくなってしまった事を説明したら、ロイドさんに期間限定の依頼として引き受けてもらった経緯。
みんなで協力して調査を始め、難航しながらも少しずつ進んでいった約2週間。
無事とはいかないまでも、何とか見つかったけど病院で意識が中々戻らなかったレナちゃんをひたすら待ち続ける日々。
そこからの奇跡による復活。
そして関わった人たちとの、今日までの約3ヶ月間の楽しく過ごさせてもらった素晴らしい日常を全てお話ししました。
終始ずっと黙って聴いていた陽平さんは、感慨深そうに天井を凝視してから、深呼吸をしてから先ほどの言葉を漏らしたのです。
「で……今日もそんな楽しい催しをしようとここで集合してたところに、何も知らなかったオレが割り込んで邪魔をしちまったってわけか……」
「いえいえ! そんな事は!」
「むしろ勝手に遊び場所っていうか、溜まり場にしちゃってたアタシたちの仕業ですし……」
そんな結論を出した陽平さんに私たちは慌てて訂正しようとしますが、
「いやいや、オレだって自分の都合――身勝手で甥っ子たちにお願いして事務所の管理を任せてたわけだし、それにその間の事務所を好きにしろって言ったのはオレなわけだから、明らかにオレの落ち度だよ」
そこは譲れないとばかりに、強く主張する陽平さんに私たちも強く出れず、その言葉に甘えさせてもらう事にしました。
そこでふと思った事を訊ねます。
「そういえば、ロイドさんからは長期外出中と伺いましたが、どちらに出掛けてたのですか?」
ニューヨークに行ってると前に聞いていましたが、約3ヶ月もずっとそこに滞在していたのかという疑問から来る質問でした。
「ニューヨーク、それからモスクワ、次にシチリア島に行ってパリにロンドン、まあ色々と行って最後に南極かな?」
「南極ですか?!」
南極といえば大陸の98%が厚い氷床で覆われ、世界で最も寒く乾燥した場所です。
どの国の領土にも属さず、定住者もいないはずの大陸のはずですが…………。
一体、どうしてそんなにたくさんの国を訪れて、何故誰も居ないはずの南極というところにもいたのでしょうか?
私もレナちゃんも頭にたくさんの疑問符を浮かべながら色々と尋ねましたが、
「……ハハ、まあ色々とあってね……。おかげでその途中でスマホをオシャカにしちまって、誰とも連絡が取れないし参ったよホント……。是非とも他の話も話してやりたいが『守秘義務』があってね……」
と、乾いた笑みとともに、はぐらかされてしまいました。
「まあオレのことはともかくだ……。そうなると……この様子だとまだロイドたちは来てないのか……?」
私たちの追求を避けるためか、わざとらしく話を変えようとする陽平さん――この辺りはロイドさんに似てるところがあります。
とはいえ、私たちもそこまで問い詰めたいわけではないので、そちらの話題に変える事にしました。
「そうですね……」
「流石にちょっと遅いですね……」
私は素直に同意し、レナちゃんは時刻を確認してから答えます。
陽平さんとそこそこに長話をしたはずですが、いまだにロイドさんたちがこの事務所に来る様子がありません。
普段なら遅れそうになると事前に連絡してくれるのですが、それも今日はまだありませんでした。
珍しいと言いますか、少し心配になります。
それは陽平さんも全く同じ気持ちのようで、
「アイツ、普段は斜に構えてるっていうか、飄々としているように見せて真面目だろ? 事前に何の連絡も寄越さないなんて妙だよなぁ……」
と言いました。
それに私たちも深く頷きます。
律儀である事、誠実である事を隠そうとしている、本人は誤魔化そうとしているところがあるのです。
「…………う〜〜〜ん…………」
陽平さんは暫く考え込み、そこからすぐに事務所の固定電話とデスクの上にあった大きい手帳を取り出すと、まずはロイドさんに電話を掛け、繋がらないと次はひよりちゃん。それでもダメだったので一旦間を置いてからどこかに電話を掛けました。
「……あー姉貴? あぁオレだ陽平。うん……ただいま……悪い、早速だけどロイドはいるか? いない? 帰ってないのか? 泊まり? ひよりも? いつ? 昨日? 誰と? お孫さん? どこの? 知らないって……あー、だけど昨日は話したんだな? ルイスはなんか言ってるか? ……『問題無い』? 問題無いって確かに言ったんだな? ロイドも? 『問題無い』って…………。いや分かった。それならオレの方で探すよ。おん……おん……分かった。じゃあ――」
おそらく相手は一度お会いしたロイドさんのお母さんの日向さん――陽平さんとは姉弟のようです――と、矢継ぎ早に会話を済ませると電話を切りました。
「…………」
そしてまた思考に耽るところで、
「ロイド君に何かあったんですか?」
今度はここまで様子を見守っていたレナちゃんが陽平さんに訊ねます。
彼は渋い顔をしながら、
「『何か』あったかはまだ分からねえが、どうも少し前から、とあるお孫さんを送り迎えするバイトをはじめたらしい……」
そう答えます。
「バイトですか……?」
「あぁ……」
「でもどなたのお孫さんを?」
「……それが分からねえ。姉貴は放任主義だから、詳しく聞かなかったみたいだ……」
「さっき電話で『泊まり』って言ってましたけど、そのお孫さんとロイド君とひよりちゃんがって事ですか?」
「昨日まではそうだって聞いてる……」
「では昨日までは、ロイド君とロイド君のお母さまは連絡を取り合っていたという事ですね……」
「……そうなるな……」
先ほどの電話の内容を改めて確認するように、レナちゃんと陽平さんが会話を続けます。
そうして再確認する中で、彼はふと何か思い至ったように私の方を見つめますと、
「……そういえば確か、さっきの仙導ちゃんの事件の話の中で、ロイドが変や奴らに捕まったって話をしたよな?」
「……は、はい」
「どういう連中だってロイドは言ってた?」
「えっと……暴力団関係の人たちって……」
「ヤクザか……どこのなんて組だったか覚えてる?」
「う〜ん…………」
「藤丸組とか、“鬼目六道會”とか、それか関東菱川組とか言ってなかったかな?」
「……〜〜〜……」
段々と不穏な、重苦しい雰囲気になってきた私は陽平さんの問いに答えたい気持ちがありながらも、もう私自身『終わった事件』という認識があり、その当時の細かい記憶が朧げな事に焦る気持ちがあり、うまく答えられませんでした。
「……ごめんなさい……」
どうしても思い出せず、私は力になれない事に深く謝罪しました。
「いや、むしろごめんな。急に言われて思い出せるわけがないよな……」
陽平さんは申し訳なさそうにする私に、慰めるように声を掛けてくれました。
ここで手詰まりになるのかと思っていたところで、
「…………あれ…………?」
不意にレナちゃんが何か思い出したように声を漏らしました。
「どうした?」
それを見逃さなかった陽平さんがレナちゃんの方を見ます。
「あっ、いや、この件に関係あるか分からないんですが、この事務所でアタシのためのパーティーを開いた話もしたと思うんですけど、その時にロイド君宛てに女の人が1人訪ねて来たんですよね……」
「女の人?」
「はい……凄い美人でした……。右目の下の泣きぼくろが特徴的で……」
「泣きぼくろ……ちょっと待ってくれ……」
そこまで聞いて陽平さんは立ち上がると、デスクの方に向かい、引き出しからファイルを取り出し、目当てのページまで捲ると、それをレナちゃんの目の前に広げて見せて、
「この女か?」
と言いました――私も横から覗いて女の人を見ましたが、確かにレナちゃんの言う通りとても綺麗な方でした。
「そうです! この人です!」
レナちゃんは一目見てすぐに強く頷いて返事をしました。
思ったとおりの反応に満足した陽平さんはまた電話を掛けて――
「――チッ! 出ねえか……」
と、舌打ちをしてから続けて色々なところに電話をし始めました。
そして、ちょうどその時です。
私はふと思い出しました。
この事務所に来る前、入る前の郵便ポストに、差出人不明のはがきが来てた事に。
よくよく考えれば、ここは陽平さんの事務所な訳ですから、この葉書だって陽平さん宛てになるはずです――そこをすっかり忘れていました。
「そういえばこれって……」
「……ん?」
この件に関係があるのか分からないため、おずおずとはがきを手渡します。
最初は訝しげな様子で受け取って、首を傾げながらだった陽平さんでしたが、裏面をめくると――
「――ッ!!」
彼はすぐさま目の色と血相を変えると、酷く慌てた様子でデスクを漁り出します。
「ちょちょちょっ!?」
「よ、陽平さんっ!?」
レナちゃんも私も突然の彼の奇行に驚き声をあげ、彼は彼でデスクから目当ての物を掴むと、そのまま何も言わずに飛び出そうとしているので声を掛けました。
そこで陽平さんも少し落ち着きを取り戻したのか、私たちにはがきの裏面を見せました。
『ダイ・ハードはじめました』
「これ、どういう意味か分かるか?」
「いいえ……」
「さあ……」
陽平さんは訊ねますが、私たちは首を横に振ります。最初見た時も疑問に思いましたが、全く意味がわかりません。
これで何を伝えたいのか?
私たちが首を傾げていると、
「このハガキを出したのはロイドだ……」
陽平さんはハッキリと言います。
「符牒……暗号だよ……。オレとロイドで決めたな……。うまく連絡が取れない時、敵に意図を悟られないように伝える時。緊急用の合図ってやつだ……」
「そ……その意味は……?」
「…………」
私たちが見守る中、陽平さんは最初の方はずっと屈託の無い笑顔だったのに、雲行きが怪しくなると表情を変え、今ではもう非常に険しい表情でゆっくりと告げます。
「『助けてくれ』」
22
八重雲県永遠野市。
県内で最多の人口と最大の都市であり、政令指定都市の一つである。
この市内の中央区にはランドマークとなる高層建築物――超高層ビルがあり、その名を“帝京永遠野中央ビル”――又は愛称として“ジェネシス・タワー”――略称として“G・タワー”とも呼ばれている。
そのビルの上層階にあるフロアにて、藤丸組若頭補佐を務める國塚薫の姿があった。
彼は着信の入った携帯電話を取り出し通話に出る。
「――俺だ……。ああ……あぁ……分かった……」
簡単な応答をしてから通話を切り、メールを一件送信してから胸ポケットにしまうと、何も無い殺風景なフロア内を移動する。
その先には獅子門暁音がおり、本来ならこの超高層ビルから望む窓から見える圧巻なはずの景色を、特に何も思うところが無いという風な無表情で眺めていた。
「金狼たちは第二段階の真っ最中だそうです」
「……そっ……」
「経過は順調。このままの進行速度ですと、おそらく18時頃には『終点』に到着する予定です」
「いいね……」
「……それとハリネズミから報告です。“解明者”が先ほど帰国したそうです。現在は――」
「――事務所だろ。知ってる。私の方にも彼からの着信が入ったよ……無視したけどね……」
「……三浦に連絡して、尾行と監視をさせますが、よろしいですか?」
「うん、それで構わない……」
國塚の報告を事前に知っていたかのように獅子門は答え、そしてそれに特に驚きもせず『次』の許可を取る彼。
「……想定外が発生しています……。このままではいずれ、解明者によって計画に介入されるのも時間の問題かと……妨害しますか……?」
懸念を伝え、対処の許可を求める國塚。
それに対して獅子門は少し考えてから、
「……いや、過度な接触はそれこそ予測不能の不慮の出来事を招きかねない。特に彼には厳禁だ……」
と、窓の方の視線を一切外さずに答える。
「…………」
『ではどうしますか?』と、言外に伝えるような目線で彼は彼女を見つめる。
当の本人はまた少し考えてから言う。
「とりあえず……そっちは尾行と監視だけでいい」
「了解」
「それと、“天使”に追加依頼を手配しろ。“蝙蝠”と“巨人”にも合流を急ぐように連絡を……。これで計画自体は、若干の変更と調整で事足りるはずだ」
「――はい、取り掛かります」
指示を受け、國塚は一礼してからその場を離れる。
「『鬼が出るか蛇が出るか』と思ってはいたが、まさかいきなり鬼札が出るとは……。面白い展開ではあるが、下手を打てば台無しになりかねないね……。さて……どうしようかな……?」
昨日の広場での時のように、独り言を呟く獅子門。
ここでもその呟きは誰に向かうことなく、ただただ床面に落ちるだけであった。
23
「――今はどこに向かっているんですか?」
「さっき言ったろ? 帰国したばかりで色々とボケてるって、何をするにもまずは情報だ。調査を開始する前の情報収集ってやつさ……。今向かってる場所は、そういったことに詳しい事情通のところでね――」
「――『情報屋』さんっていうやつですか!?」
「お、おう……。食い気味でくるね君……」
「『突貫野郎ジェイソン・タンク』で観ましたから!!」
「あっ、なにタンク知ってんの?」
「最新のシーズン22まで字幕と吹替で両方とも視聴済みです!!」
「ヒュウッ! やるねえ、俺も好きだよアレ」
「最高です!!!!!!!!」
「……ところで……元気なのは結構だが……」
「……はい?」
「本当にいいのか? オレに着いてきて?」
「勿論です! ねっ、レナちゃん!!」
「あっ……うん……そうだね……」
途轍もないほどの気迫に満ちた璃子に気圧されながら、ついしどろもどろに答えてしまうアタシ。
先ほど、陽平さんからロイド君たちが何らかの『異常事態』に巻き込まれたことを聞かされ、『君たちは今日は帰りなさい』と言われ事務所を飛び出した彼の後を璃子もすぐに追い掛け出し、小型自動車の〈ビートル〉の後部座席に乗り込んでしまった。
『帰れ』『遊びじゃねえぞ』『危険だ』そう語気を強めて注意されたにも関わらず、璃子は『嫌です』『わかってます』『何とかします』と突っぱねてしまったのだ。
アタシも最初はただの素人にしか過ぎないアタシたちが何の役にも立たない事を強調し、陽平さんのかえって邪魔になる事を伝えて璃子を説得しようとしたのだが、
『私はロイドさんたちのおかげで、レナちゃんを見つける事ができました。その恩返しをするなら今しかありません』
そう言って璃子は車から降りなかった。
…………。
アタシも黙って璃子の隣に座る。
『おいっ!?』
さっきまで一緒になって説得していたアタシが、一転して璃子側になってしまった事に鋭い視線を向ける陽平さん。
『レナちゃん……?』
『……アタシだって同じ気持ちなんで』
『…………知らねえぞ…………』
テコでも動かないと悟ったのか、頭をガリガリと掻きながら陽平さんはそう一言告げてから出発した。
そして現在、アタシたちは移動中である。
「……一応言っとくが、オレはケンカは弱いから守れねえぞ……?」
「催涙スプレーあります!」
「それは頼もしいな……」
「アタシはギターあります」
「……それは武器にしていいもんなのか?」
信号で車が止まるたび、何度かわからない陽平さんからの意志の再確認をされるアタシたち。
しかしもうここまで来たからには、引き返すつもりはない。
「…………まあ、いっか」
とうとう折れた陽平さんは、前を向いて運転に集中しようとして――
「――しかし意外だな」
「えっ?」
「はい?」
バックミラー越しにアタシたちを見つめる。
「いや何というか……2人ともっていうか、特に水無月ちゃんって意外と頑固というか頑強なんだな?」
「そう……何でしょうか……?」
「いやそうだろ。オレのビートルにいの一番に乗り込むし、あんなに声を荒げて強く言われても引かなかったんだから」
「すみません……ちょっと興奮しちゃって……」
「謝らなくていい。そんだけアイツらが大事なんだって知れて良かったよ……」
そう言って陽平さんは完全に意識を運転に集中し、璃子は璃子で自身の大胆な行動と言動の数々に今更色々と顧みてしまったのか、それらに恥じらうように窓の方を向いてしまった。
…………。
最近――より正確に言えば、アタシが目覚めてから以降だが……璃子は少し変わった気がする……。
真面目で元気で前向きだった彼女。
それが今では……真面目でより柔軟に、元気は更に快活に満ち溢れ、前向きだが斜め上を行くような吹っ飛び具合をかましている感じだ。
もちろん、悪い事ではない。
……悪い事ではないのだが……。
これらの小さな変化が今後どのような影響を彼女にもたらすのかを考えると、ほんの少しだけ心配になってしまう。
「よし、着いたぞ……ここだ……」
そう言われて気付けば、目的地に到着したらしい。
陽平さんに促されアタシたちは車から降りる。
ここは空巻市西空巻。ここには〈へべれけ街通り〉という居酒屋やスナックやバーが乱立している呑み屋街がある――そして、アタシが過去に在籍していたBBの支店があったはずの場所だ。
その呑み屋街と対称的な位置に、〈うたかた街通り〉と呼ばれる場所があり、こちらはセクキャバやソープランド……まあつまりは、風俗街となっているのだが……。
その通りのとある一軒のお店の前。
〈禁断の果実〉。
掲げられた看板をネットで調べると、中々に高額設定された高級ランクのソープランドだった。
……………………は?
「最低です。潰します」
「よし璃子やったれ」
「待て待て待て待てっ!!!!!?」
璃子はアタシからパスされたギターを陽平の股間目掛けて素振りし、アタシはこのオッサンを羽交い締めにして拘束し、クズ男は慌ててアタシたちがしようとしている事を制止しようと声を荒げる。
「何を『待て』と? 執行に猶予は無いのですよ?」
「最期の言葉なら聞いてやるよ」
「ほんと待って、ホント待って。ちょっと誤解がある。本当に話を聞いてほしい」
「誤解とは……? 誰が見たって何処からどう見てもエッチなお店じゃ無いですか……」
「しかもネットで見たら、グレードの高い高級店に連れて来やがって、覚悟できてんだろうな?」
「本当に違うから〜。ここにさっき言った事情通のヤツがいるの!」
「……情報屋さんがですか……?」
「こんなところに…………?」
「そんなに疑うなら一緒に行こうぜ!?」
…………。
アタシたちの追求に必死に言葉を紡ぐ陽平。
「「…………」」
アタシと璃子は目で互いに見合わせてから、まあ潰すのは確認してからでも遅くないだろう。と、結論に至り中に入るように促す。
扉を開けて中に入ると、まずは受付のカウンターがあり、そこには黒い制服に身を包んだ。黒服の男性がいた。
「……いらっしゃいませ……ご予約ですか……?」
アタシが以前入院していた時に出会った弁護士と名乗った、強面の男の人と似た雰囲気の人だと思った。
鋭い眼光でアタシたちに睨みを効かせる――その威圧感に璃子とアタシも物怖じしてしまい、半歩下がってしまったが、陽平は特に気にせずもう一歩踏み出して言う。
「飛び入りだ。予約はしてねえ」
「……どのコをご希望ですか?」
「“リンゴ”はいるか……?」
「……今日はいます……」
「なら特別コースのスペシャルタイムで頼む」
「……畏まりました……そちらの待合室でお待ちください……」
淡々とした遣り取りで話が終わり、陽平に促されて待合室で待つ事にした。
内部はそれぞれ間仕切りで仕切られ個室仕様になっており、椅子が設置されていて分煙化はされていないようで灰皿が置かれていた。
お客はアタシたち以外にはおらず、コチラは生まれて初めての風俗店のため、他のお店と比較はできないが綺麗に清掃が行き届いており、清潔感はある気がする。
とはいえ場所が場所なので居心地が悪いのは確かで、アタシと璃子は椅子に座らず立った状態で待機し、反対に陽平はアタシたちから少し距離を置いて落ち着いた状態で椅子に腰掛け、胸ポケットからくしゃくしゃになった箱から煙草――コバルトブルーの地に、『hi-lite』と白文字で印字され、上部には黒線8本が放射状にデザインされている――と、ジッポライターを取り出して火を付けて、久々だと言わんばかりに深く吸い込んでふかし始めた。
……本当にここに事情通――情報屋? はいるのだろうか?
未だ疑惑が晴れない状態のためか、陽平に対して疑念の目を向けざるをえない……。
「お待たせしました」
そこから暫くして、黒服の人に声を掛けられ、アタシたちは指示されるままカーテンで仕切られた階段前まで案内される。
「この向こう側にリンゴはいます……」
そう言ってカーテンが捲られ、奥に上がるよう促される。
「お久しぶりですね。陽平クン」
気品のある、落ち着いた声音――澄んだ声色からは、非常に知的な印象を思い起こさせる。
最初はてっきり、煽情的な衣服に身を包んだそれっぽい女性が出てくるかと思ったが違った。
かと言って、スーツかキッチリとした格好でくるのかと思ったがそれも違っていた。
数段上。見上げた視線の先には――
――ダボダボの蛇の着ぐるみパジャマを着た女性がアタシたちを見下ろしていた。
「「…………………」」
アタシと璃子は呆然とその格好を見つめ、あんぐりと口を開けてしまっていた。
……脳の処理が追いつかない……。
「よお蛇の眼。相変わらずの格好だな。もう少し女っ気のある服を着ろよ……せっかくの美人が台無しだぜ……?」
対して陽平は見慣れた様子で話をし始める。
「私にも選ぶ権利がありますので」
「ハッ、言ってくれんね」
「それよりいつ帰国を?」
「ついさっきだよ。アンタなら知ってんだろ?」
「えぇまぁ、それもそうなんですが、それより後ろの方たちは?」
「甥の友だちだ。てかこれだって紹介は要らないだろ? サッサと奥に上げてくれよ」
「こういうのは遣り取りが大事なんですよ?」
「時間が惜しいんだ……」
「……そのようですね。どうぞこちらへ……」
流れるように2人は会話を続け、蛇の眼さんに促されて上の階に上がり、1番奥の部屋に案内される。
ドアを開けると、そこには風俗店と聞いていた割には立派な――高級店というグレードからか高級志向な内装の部屋だった――整えられたベッドがあり、全面ガラス張りの浴室があり、逆に話には聞いたことがある変な形の椅子やマットは置いてなさそうだ。
「どうぞ適当に腰掛けてください。確か……仙導レナサンと水無月璃子サン……でしたかね? すみません、居心地は悪いかもしれませんが……」
……!?……。
ドキッとしてしまった。
本当に陽平……さんの説明通りに、この人は本物だったんだ……。
まだ何も名乗ってないのに……そこまで言い当てられしまっては信じざるを得ないだろう……。
アタシと璃子は促されるままベッドに2人して座り、陽平さんはそのまま立った状態だった。
「あの……どうしてわざわざこういうところで、情報屋さんをやっていらっしゃるのですか……?」
お店に入ってからアタシと同様にずっと無言だった璃子が先に口を開く――その疑問はアタシも同じく思っていた事だ。
「擬態、カモフラージュというやつです……。少々あっちの世間で名前が知れ渡り過ぎまして、こうやって姿をくらますしかなかったんですよ」
と答えながら、「それからもう一つ」と続ける。
「私は『情報屋』ではありませんよ、お嬢サン。彼から何を聞いたか知れませんが、私はただの『知りたがり』……強いて言うなら『知りたい事だけ知っている人』というやつです――」
「――よく言うぜ、その『知りたい事』を使って荒稼ぎしてたじゃねえか。コイツその金で永遠野にある馬鹿でけえビルにオフィスまで構えてたんだぜ?」
璃子に対して優しく諭す様に話す蛇の眼さん。それを途中で茶化す様に口を挟む陽平さん。
彼女の鋭い視線が彼に向けられる。
「私が苦労して知り得た情報が欲しいと言う人たちから、その労力と価値に見合った価格で提示して、それを承知の上で購入して頂いているだけです」
「それが何だって泡姫になってんのよ?」
「それはご自身でお調べになったらどうです? 貴方は“解き明かす者”なんですから……」
「……それやめろって言っただろ……」
「此方も前に言いましたよね? お互いの領域には入らないって……」
「…………ごめんね…………」
「…………良いよ♪…………」
…………。
気心が知れているのかと思ったけど、どちらかと言うと長い付き合いによる腐れ縁、みたいなものなのだろうか?
2人の関係性がどうにも測りかねるところがある。
「まあとにかくです。改めて本題に入りましょう」
蛇の眼さんは仕切り直すように話を進める。
「ロイドクンの行方で宜しいですかね? 彼はかなり高額になってますよ?」
早速、目的の人物であるロイド君の話に入ってくれた。話が早くて助かる。でも高い? とはどう言う事だろうか?
「今は幾らになってる?」
「50億」
……。
…………?
………………えっ?
「「……………………は?」」
陽平さんが分かっているように自然に聞いて、それをサラッと答えた蛇の眼さん。
アタシと璃子はその額をただ聞いて一瞬黙り、呆然と浮かんだ疑問符の後、心の中で噛み砕いた瞬間、思わず一緒に声を漏らしてしまった。
50億……50億と言ったのか?
アタシが聞く。
「50円ですか?」
「50億です」
璃子も聞く。
「50ジンバブエドルですか?」
「いえ、ですから50億円ですね」
聞き間違いではなかったようだ。
陽平さんは呟く。
「……そんなもんか……」
「「いやいやいやいやいやいやっ!!!!」」
アタシたちは叫ぶ。
「おかしいでしょ!? ロイド君の行方を聞くだけで50億ですよ!?」
「そうですよ!! ロイドさんは普通の男子高校生ですよね? それが何で50億円になるんですか!?」
「ぼったくりでしょコレッ!!」
「足元を見るにしても、限度があるでしょう!!」
アタシたちの猛烈な抗議に全く意にも介さない様子の蛇の眼さん。
彼女は平然と口を開く。
「彼はちょっと特別なんです。色々と付加価値が多いんですよ……。ねえ、陽平クン?」
「…………」
蛇の眼さんの悪戯っ子のような笑みに、いまいち真意を読み取れない視線に黙って見つめ返す陽平さん。
ちょっと特別?
付加価値って何だ?
いやそれよりも、何でこの人は普通に受け止めているのだろうか? 自分の甥の行方が卑劣にも吹っ掛けられているというのに……それとも本当にこの価格が妥当だとでも本気で思っているのだろうか……?
彼はそのまま財布を取り出し、そこそこに詰まっていた万札を全て差し出す。
「……これじゃあ足りませんね?」
「金欠でね……そっちはいい……。それよりこの額に見合った分の聞かれた事を教えてくれ。あとはオレの方で組み立てる」
「……それでしたらどうぞ、何をお聞きになりますか……?」
蛇の眼さんはお金を受け取り、雑に手で先を促す。
「藤丸組若頭・獅子門暁音の居場所は?」
「知っていますが、この額には見合っていません」
「……じゃあ藤丸組と関係のある組があった筈だ。それはどこのどいつだ?」
「外部顧問という役職に就いていて、埼玉の大宮に事務所を構えている、室賀一家という指定外暴力団がいますね」
「そこの親分は?」
「十三代目総長の浅見甚衛という方ですが、彼は既に高齢という理由で半隠居状態。組織自体の実質的な運営は若頭の明智という男に全て任せているそうです」
「……浅見甚衛の家族構成は?」
「10年ほど前に奥方が病死。一人息子がおりますが絶縁状態でした。それも去年に交通事故で亡くなり、今は忘れ形見である孫娘の浅見壱楓さんをお一人で育てているそうです」
「…………」
…………。
2人のやり取りを聞いている傍ら、アタシも考える。
孫娘……。
アタシは先程の璃子と陽平さんが事務所内で交わしていた会話の内容を思い返す。
《「ロイド君に何かあったんですか?」
「『何か』あったかはまだ分からねえが、どうも少し前から、とあるお孫さんを送り迎えするバイトをはじめたらしい……」
「バイトですか……?」
「あぁ……」
「でもどなたのお孫さんを?」
「……それが分からねえ。姉貴は放任主義だから、詳しく聞かなかったみたいだ……」》
つまりロイド君は、このお孫さん=浅見壱楓という子の送り迎えのバイトをしていた? という事になる。
そして何らかのトラブルに巻き込まれてしまった。
でもそうなると――
「――あの〜……」
恐らくはアタシと同じ結論に辿り着いたであろう璃子が、無言状態の蛇の眼さんと陽平さんに向けておずおずと手を挙げて声を掛ける。
「室賀、一家? の浅見甚衛さんって、一昨日のニュースに出てた方ですよね?」
「ニュース……?」
陽平さんの目の色が変わり、璃子の方を見つめる。
「は、はい……! 銃撃されたって……」
「……何だと?」
「本当です。コレです」
ここでアタシも声を掛ける。
スマホで調べたネットニュースの記事を見せると、陽平さんはマジマジと見つめて、内容を素早く確認する。
一通り見終わったのか、蛇の眼さんを睨み付ける陽平さん。
「お前……コレ知ってたのに黙ってやがったな……?」
「聞かれませんでしたので……そもそも、そういった事前の下調べより更なる事前調査は貴方の十八番でしょうに……長旅で腕が鈍りましたか?」
「……良い性格してるよホント……」
「どういたしまして……ところで、先程ので貴方が渡された金額分の情報は提供しましたが……この先はどうされますか?」
「……」
深くため息を吐き、陽平さんは色々なところにあるポケットをまさぐり、小銭やクシャクシャになったお札、果ては外国の紙幣やコインを洗いざらい出し尽くした挙句――
「――ちょうど1万円分だ……」
それを見て蛇の眼さんは鼻で笑う。
「ふざけてます?」
「真剣に決まってんだろうが」
「こんなんじゃ、くだらない噂話程度の話しかお出しできませんよ?」
「じゃあせめて精度の高い噂話を教えてくれよ」
「…………」
蛇の眼さんは呆れた表情でお金を掻き集め、丁寧に数え終えると、手で先を促した。
「この銃撃事件の犯人はニュースだとまだ不明らしいが、裏じゃどうなってる?」
「実行犯は武蔵連合の下部構成員の仕業らしいです」
「武蔵連合……確か数年前にさいたま――大宮の再開発事業でどっかのヤクザと揉めたってのは聞いた覚えがある……。もしかしてそのヤクザが室賀一家か?」
「正解です。流石にその辺りはご存知でしたか……」
「間接的だが関わったことがあってな……。とりあえず今回はその銃撃事件の真相は武蔵連合と室賀一家の抗争って事か?」
「そう単純な話じゃないらしいですよ」
「……どういう事だ……?」
「指示したのは勿論、上の幹部連中ですが……噂では他の組織も一枚噛んでいるそうで……」
「どこのどいつだ?」
「浦和に本部を構えている双魚会だそうです」
「っ!……双魚会……?」
ソウギョカイ? という言葉を聞いて、一瞬だけ驚いた風に声を上げたけど、直ぐに冷静になって繰り返してから聞き返す陽平さん。
「確かなのか?」
「かなり有力な説……と、なっているそうです」
「……確かあそこを今仕切ってるのは……鰐淵だったよな?」
「仰る通り。去年、総裁の魚住双雅が急死し、その総裁代行として会のNo.2として理事長である鯨岡がいましたが、その人も数ヶ月前に覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕されてから起訴され、刑事裁判まで現在も勾留されています。そのため現在、会の実質的な運営は本部長である鰐淵傑が総裁代行と理事長代行を兼任する形で仕切っていますね」
「……鰐淵……」
陽平さんは顎に手をやり、深く考え込む。
アタシと璃子はただ茫然と聞いているだけで、どう考えれば良いのかすらわからない。
少し間が空き、
「おっと、もうこんな時間だ。料金分の噂話もご提供させて頂きましたし、どうされますか?」
特ににべもなく言い放つ蛇の眼さん。
いや、どうされますかって……。
ハッキリ言うが、こんな色々と話を聞かされたところで、何の役にも立っていない。何より、ロイド君たちの現状が分からないままだ。
でもアタシたちだってお金があるわけではないから、これ以上に大した話を聞けるわけでもない。
どうしようかと途方に暮れそうになったところで、
「オーケイ。もう十分だ。あんがとな蛇の眼」
陽平さんはそう言って立ち上がり、蛇の眼さんに軽く挨拶してから足早に部屋を出る。
「えぇっ!?」
「よ、陽平さん!?」
アタシと璃子は慌てて立ち上がり後を追いかけようとする。
「御利用ありがとうございました。健闘を祈ってますよ、陽平クンとお嬢サン方♪」
その後ろ姿を呑気に声を掛けて見送る蛇の眼さんに、軽く一礼をしてからアタシたちはお店を出た。
24
「陽平さんっ!」
「アタシたちを置いて行かないでくださいよっ!」
スタスタと車に乗り込んだ陽平さんに、私とレナちゃんはそれぞれその身勝手な行動に非難の声を上げます。
「あぁ、悪い。単独行動が基本だからついな……」
素直に謝ってくれた陽平さんに、
「で、これからどうするのですか?」
「さっきの聞いても、アタシたちじゃ何も分からなかったんですけど……」
私たちは訊ねます。
「落ち着け。まずはさっき蛇の眼から聞いた話――情報の整理からだ」
そう言って車を発進させ、陽平さんは話を続けます。
「まず一つ目。ロイドは少し前から、どういう経緯かは知らないが、藤丸組経由で室賀一家の総長・浅見甚衛の孫娘である壱楓ちゃんてのを送り迎えするバイトをしていた」
「はい……」
「えぇ……」
私たちは頷きます。
「二つ目。恐らくは一昨日から、ロイドたちはバイト中のトラブル――室賀一家と武蔵連合・双魚会のゴタゴタに巻き込まれちまった。姉貴に昨日連絡して『問題無い』って言ったのも、家族を巻き込まないように、素直に助けを求められなかったってところだろう」
「「…………」」
無言で頷きます。
「最後に三つ目。この二つの情報をまとめると、ロイド・ひより・壱楓ちゃんの3人組は、現在も孤立無援の状況下で身を隠しているか逃げ回っている可能性が高い。ここまでは良いか?」
「「……はい……」」
同時に答えて深く頷きます。
「ただ……一つ良いですか……?」
その直ぐ後にレナちゃんが訊ねます。
「うん?」
「素朴な疑問なんですけど、ロイド君たちはどうして警察に助けを求めないんですか?」
私もそれは思いました。
車が赤信号で一旦止まり、バックミラー越しに陽平さんがレナちゃんを見つめます。
「それは恐らく、双魚会が関係してくるんだよ」
「双魚会がですか?」
「ああ。双魚会と埼玉県警の一部腐った連中は蜜月の関係でね。助けを求めないんじゃなく、求められないんだろう」
「そんな……」
レナちゃんがその事実を聞いて絶句し、私は思わず身を乗り出して強く言います。
「それなら早く探さないと!!」
「そうしたいのは山々なんだが……」
「何を迷う必要があるのですか!?」
いまいち乗り気でない陽平さんに、私は噛み付く勢いで突っかかってしまいました。
「その双魚会について引っ掛かってるところが一つあるんだよ……」
宥めるように陽平さんは言います。
「引っ掛かっているところですか?」
私は少し落ち着いて繰り返します。
「何で双魚会が関わっているのか……そこが引っ掛かってるんだ……」
「そこの何が問題なのですか?」
陽平さんの疑問に理解できず、私は首を傾げます。
「あの……今、ネットのWikiで双魚会の事を調べてみたら、埼玉県の公安委員会から一時期は特定指定暴力団に指定される程に凶悪な暴力団って紹介されてますが……」
レナちゃんもスマホのネットで検索しながら、陽平さんに訊ねます。
「確かに一部の警察関係者と密接な関係ではあると思いますが、近年では暴対法の規制でだいぶ弱体化してきているって書いてあります。陽平さんは、相手として不足しているって言いたいんですか?」
「まあ、それもある」
レナちゃんの指摘に、同意する陽平さん。
「結構前までは、半グレの武蔵連合やレナちゃんがいたBBといった連中のケツモチをするくらい、勢いがヤバイ奴らだったのは確かだ。……だけどそれも最近は、レナちゃんが今言った規制のおかげで、かなりの規模の縮小化を受けてたはずなんだよ……」
「それだって、不思議では無いと思います。場合によっては立場が逆転して、半グレの人たちが暴力団を利用しているところもあるって」
「…………」
「単純に武蔵連合が双魚会を使っているって線は無いんですか?」
「そうですよ」
陽平さんとレナちゃんのやり取りを聞いて、レナちゃんの意見に私も強く同意します。
最初は従えていたけれど、いつの間にか組織が弱体化してしまい、従っていた下部組織に呑み込まれていき、従わせられてしまう。
今回の件に双魚会が関わっているのも、それは武蔵連合に関わらせられているから。
こういう流れではないのかと指摘します。
「――ん?」
そう言って陽平さんはバックミラー越しに私の方を見つめ、少し思案するような顔付きをしたかと思うと、
「あぁ、いや。そうか……これも単独行動の弊害ってやつか……」
妙に納得した表情になってそんな事を洩らしますと、
「オレが言いたいのはそういう事じゃなくて……双魚会は関わらせられたんじゃなくて、絶対に関わらないはずなんだよ……」
そう言い放ったのです。
「「…………えっ?」」
私とレナちゃんは同時に声を上げます。
絶対に関わらない? とはどういう事でしょうか?
話を聞く限りでも、現在の状況的にも関わらないなんて……。
「……どうして断言が出来るのですか?」
「しかもそこまで自信を持ってなんて……」
そう私たちは陽平さんに訊ねます。
また車が赤信号で止まり、彼は今度は振り返って私たちの顔を見ながら告げます。
「双魚会は来月中に、警察に解散届を提出する予定だったんだ」
……。
…………。
………………。
「……………………は?」
しばらくの沈黙。
そしてレナちゃんはただ絶句し、私はただ声にならない一声を洩らすしかありませんでした。
解散届?
解散届というと――
「――暴力団を辞める手続きをしていた、という事ですか?」
先にレナちゃんが訊ねます。
「そうだ」
それに短く陽平さんは答えます。
「どうしてそんな情報を知っているのですか?」
今度は私が訊ねます。
「……」
ちょうど信号が青に変わり、彼は前を向いて運転を再開します。
そうして少ししてから、
「ロイドに聞いたかもしれんが、オレが藤丸組から依頼を受けてBBを潰したのは知ってるな?」
陽平さんは私たち2人に確認するように言います。
「えぇ……」
「はい……」
そう答えて頷く私たち。
「そのBBを調査していく中で、アイツらをケツモチしているヤクザがいたのが分かって、オレはそれが双魚会である事を調べ上げた」
そう言って彼は、
「その双魚会には知り合いがいてな。まあ色々と話をしていった結果。この時期に解散をする事を教えられていたってわけさ」
つらつらと語っていき、
「だからオレは、双魚会がこの件に関わっている事にずっと違和感と疑念を抱いていた……」
そう締めくくりました。
「「…………」」
確かにそういうことならば、彼のその疑問は正しいです。
暴力団を辞めるはずの人たちが、現役の暴力団の方々を銃撃する事件を起こす――又はその手伝いをするなんて……。
矛盾です。
でも……。
でもです――
「――仮にそうだったとして、それが何になりますか?」
私が言いたかった事よりも先に、レナちゃんが鋭い指摘をします。
「そんな事が分かったところで、ロイド君たちの行方に繋がるとは到底思えないです」
何というか、急いでいるのに陽平さんの呑気な? 見当違いというか、又はのんびりとしているところに苛立ちを隠せなくなったであろうレナちゃんの語気が強くなります。
それは私も全く同じ気持ちで、
「そんな事より早くロイドさんたちを探しに行きましょうよ!」
少し声を荒げて彼に伝えました。
「…………なあ…………」
今度はこちらを一瞥する事なく、
「2人にとって1番大事なのは何だ?」
陽平さんは訊ねました。
「「えっ?」」
そう改めて問われ、私たちは目を見合わせてから、「ロイドさんたちを探し出して――」
「――保護する事だと思います……」
私、レナちゃんの順に答えます。
私たちの答えに陽平さんは頷きながら、
「確かに大事だが……それは2番だ……」
ハッキリと告げます。
「オレの1番は、ロイドたちの巻き込まれた厄介事を根本的に解決する事だ……」
「「……」」
「ただ見つけて保護するだけなら簡単だ。だがそれだけじゃ足りない。何も解決しない」
「「…………」」
「ロイドたちが今後もそれ関連に巻き込まれないように完全に潰す必要がある。徹底的にな」
「「………………」」
「渦中の裏で一体全体何が起きているのか……調査して本質を見極める必要があるのさ……」
「「……………………」」
「その為には、双魚会を調べる事が何よりも事態を解決に導くための近道だと、オレは考えている」
そう信じて疑わない、陽平さんの確信的な口調が車内に響き渡ります。
「……それは、何か理由があるんですか……?」
先程のように、陽平さんだけが事前に知っている事柄があるから、そう断言できるのだと思い尋ねましたが――
「――いや。オレの探偵としてのカンさ」
即答でした。
一瞬だけこちらを振り返り、それは呆気に取られるほどの笑みを浮かべて応えたのです。
「どうだ? オレを信じてくれないか?」
そう続け、レナちゃんは呆れかえった感じで彼を見つめていましたが、私は少し違いました。
ロイドさんたちとレナちゃんを探していた時、当時あまり笑わなかった彼が一瞬笑顔になった瞬間がありました。
レナちゃんの正体について口論になって、私が思わず手を上げてしまった次の日、私の覚悟を伝えた日。
本人にとって思わぬ返答に、思わず笑ってしまった時の笑顔。
それと今の瞬間が凄く似ている気がしたからです。
この人なら信用できる気がする。
そう確信した瞬間でした。
「……分かりました……信じます」
「璃子……!?」
私の返答に、レナちゃんは驚いた目つきで見つめ、私の表情が本気である事が伝わったのか、
「……璃子がそう言うなら、アタシもアナタを信じます……」
納得したようにレナちゃんも同意してくれました。
「……あんがとよ……」
私たちの返答に満足したのか、陽平さんは軽く礼を言って前を向きます。
「それで次はどうしますか?」
全員の意思が統一されたところで、次の方針をどうするのか尋ねると、彼は少し考えてから先程とは違って悪そうな笑みを浮かべると、
「……こういう時は……真っ直ぐが1番なのさ……」
そう言いました。
「「???」」
私たちは互いに顔を見合わせ、首を傾げます。
25
「暇だなぁ……」
「暇だねぇ……」
「暇やなぁ……」
「ですねぇ……」
「……だな……」
東京都内の某所。
すでに廃墟と化している大型物流倉庫――に、見えるが実際は内部はキチンと整備されており、空調が完備されているおかげで、比較的快適に過ごせるようになっていた。
その内部の大半は、数台の10トン級でバンボディタイプの大型トラックが駐車されている。
そんなそれ以外には特に何も無い倉庫内の空いた一角には、総勢6名の男性たちがおり、その内の5名は実に気怠げに、退屈そうにボヤいている。
「オイオイ……気ぃ抜きすぎだぞキミたち、まだ仕事中なんだから集中してくれよ……?」
唯一の1名――レミだけは他と違い、緊張感を持った状態を維持し、みんなを嗜めるように叱る。
彼の向ける視線の先には、たくさんのジュラルミンケースが綺麗に並べられている。
「だってよお、もう丸一日以上ここに缶詰だぜ?」
この場所について最も早く警戒を解いて、気を抜けた男――ラファが声を上げる。
「いくらコイツらがあるっていっても、流石にダレるって〜」
「しょうがないだろ? 『次の指示があるまでここで待機』って命令されちゃったんだから――」
「――やって、『外出禁止』はエグいとちゃうんか?」
レミの返答に、今度はラグが口を挟む。
「……出てもいいけど、万が一見つかったら真っ先にお前を見捨てるからな?」
「あっ、大人しくしてま〜す」
「よろしくで〜す」
仕事柄、と言うよりも仕事中だとしても、彼らはこういった軽口の応酬がよく発生していたので、こういった物言いで特に険悪になる事はない。
これもまた、彼らなりの一種の暇つぶしのようなものである。
「トランプあったろ? アレで大富豪でもやる?」
「レミとウリが圧勝するからヤダ」
「……だな……」
「何でだよっ!?」
「マーク縛りが無いならやりたいです……」
「階段が嫌やなぁ」
「8切りが要らねえ」
「いや、8切りはいるだろ」
「イレバは?」
「あれは下の数字の救済措置みたいなもんやろ?」
「じゃあダウトどうよ?」
「……無駄に長え……」
「ポーカー」
「オレがルール分からん」
「オイラも」
「僕もです……」
「インディアンポーカーは?」
「……アレだろ……?」
「純粋に数字が高いヤツが強いヤツだよな?」
「そうそう、人狼ゲームっぽい心理戦っぽいゲームだね」
「あっ、ちょい待って」
「うい」
「行ってら〜」
「じゃあそれにすっか」
「……だな……」
「負けたヤツ罰ゲームにしね?」
「おっ、ウリNice! そうしようぜ!」
「罰ゲームなんする?」
「……腕立て100回……」
「ゼラさんエグすぎて草」
「良いねえ、やったろうじゃん」
各々がぐだぐだと好き勝手に喋り、次の暇つぶしが決まったところで、仕事用の携帯電話から電話を受けて戻って来たレミが口を開く。
「ミカからお待ちかねの次の指示が来たわ」
その言葉に全員の視線がレミに集まる。
「オレとゼラ、ラファとウリはこれから外に出る」
「Whoo!!!」
「yeah!!! 待ってたぜ!!!」
「……分かった……」
レミが告げ、残ったラグとガブを見ると、
「2人はこれから、ここに合流してくる人たちが来るから、その応対を頼む」
「ええで〜」
「ハイです!」
と指示し、2人は了承する。
先程までの腑抜けた緊張感の無さはどこへやら、ピンッと空気が張り詰め、皆が真面目な顔つきになり行動を開始する。
レミはその様子を見て、満足そうに自身も準備を進めた。
26
場所はさいたま市浦和区。
浦和駅西口から常磐公園方面に向かう途中に、5階建てのビルが一棟ある。
そのビルの外観自体は、そこらの何処にでもあるような見た目ではあったが、他の建物とは少し異様な点が幾つかあった。
周囲には建設現場や解体現場においてよく見受けられる、仮設の間仕切りで仕切られており、以前までは掲げられていたであろう看板が取り外され、ガラス戸のドアにあった印字が消されている。
窓ガラス等にもスモーク張りがされ外から中が窺い知れないような状況だ。
それはまるで人目につきたくないような、人の出入りを制限しているような、詮索を受けたくない様な、そんな後ろめたさを感じさせるようなものである。
とはいえ、それも当然ではあるだろう。
何せこのビルは指定暴力団の双魚会総本部として機能しているのだから、これまでの様々な異様さも納得が行くというものだ。
そのビルの最上階である5階。
双魚会のトップである総裁・魚住双雅がいた専用の『総裁室』には亡くなった本人に代わり、総裁代行兼理事長代行兼本部長を務める鰐淵傑がいた。
三十代後半の痩身的な男性。
髪型は側面を刈り上げて上はオールバックにハードワックスでガッチリと固めており、色はシルバーで飾り気のないシンプルなデザインのフレームに薄型レンズの眼鏡を掛け、その細身に合わせてオーダーされたアルマーニのスーツも合わさって、高学歴なエリートサラリーマンか、ともすればまさしくステレオタイプの『インテリヤクザ』といった見た目である。
その眼鏡の奥の瞳は、静かにただ一点の空を見つめ思索に耽ているためか、恐ろしく鋭い眼光となっており、1人しかいない室内を剣呑な雰囲気で包んでいた。
――途端に部屋のドアがノックされる。
鰐淵は思考を中断して入るように声を掛ける。
『失礼します』
そう一言断ってから男が1人室内に入ってきた。
こちらも見た目はごく一般的なサラリーマンの様などこにでもいる様なスーツ姿の男性であり、一般市民と見分けが付かないように擬態されている。
男は早速入ると、まずは壁に飾られた当代の総裁の写真立てに頭を下げてから鰐淵の方を向いて頭を下げてから近づく。
「総裁――」
――男の言葉を即座に手で遮り、
「『総裁』はやめろ。『総裁代行』か『代行』でいい……俺はこの組織のトップになったつもりはない……」
と、是正を求める。
「すみません。代行……」
男もそれを受け即座に言い直す。
「で? 見つかったのか?」
分かればいい、とでも言うようにそれ以上は何もせずに本題に入らせる鰐淵。
男もまたすぐに気持ちを切り替えて彼の疑問に首を横に振る。
「いえ……ウチの動けるヤツ総出で当たらせていますがまだ何も……」
「フッ、だろうな……」
男の言葉に鰐淵は思わず鼻で笑う。
「こっちじゃ見つかるものも見つからねえよ……それより、あっちの方は? どうなってる?」
「すでにご指示通りの手段でコンタクトを取って、探させていますが……そちらもまだ……」
会話の内容的に芳しく無いのは確かである。
事態の発生からそろそろで、約48時間が経過しようとしている。
(もう2日以上が過ぎてるってのに、手掛かりどころか何も分からないだと……?)
鰐淵の想定とは外れた事態に、心中は戸惑いに満ちていた。
「……こんなに初動が遅れたのは何故だと思う?」
その戸惑いの内の一つがつい口から出てしまったように、男に漏らすように尋ねる。
「…………指揮系統がまだ不完全であったのと、やはり組織構造を複雑化し過ぎたのが原因かと…………」
男は冷静に自身の分析結果を伝え、鰐淵もまた同様に同じ分析と回答であった事が判明し、自嘲気味に笑みを浮かべる。
「理想と現実の弊害か…………」
ポツリとそう言って、鰐淵は男を見て指示を出す。
「増員させろ。こっちの通常営業させてる下部にも、あっちの末端の末端にも指令を出せ。ただし、外部には勘付かれないようにしろ」
「……了解です……」
指示を受けた男は、一礼してからすぐさま部屋を出て行った。
その男と入れ替わるように、また別の男が室内に入り、何やら慌てた様子で鰐淵に駆け寄ると、傍まで来て耳打ちする。
「……何っ……?」
伝えられた事実に耳を疑い、男の方を睨み付ける。
男は首を振り、嘘や冗談では無いことを伝え、どうしたら良いかと指示を仰ぐ。
「…………通せ…………」
深く思案し、とはいえ会って話さない事には展開が進まない以上、許可するしかなかった。
「よお鰐淵! 久しぶりだな!!」
それから少しして、ここが何処かを1番理解しているだろうに、それを一切気にする素振りすら見せず、軽快そうな口振りで陽気な声を掛けてきた男――王城陽平だった。
(…………)
「探偵……」
今現在、最も拝みたくない顔を忌々しそうに睨み付ける鰐淵。
「最後に会ったのは、BBが潰れる前以来だよな? 元気……じゃあ無さそうだな……あの時より痩せてないかお前? 頬がこけて目の下にクマができてんぞ。もっと肉喰って寝た方がいい……」
そんな事を好き勝手に喋りながら、相手の了承も得ず身勝手にソファにどっかりと腰を下ろす探偵。
「てめっ――」
――後ろに控えていた配下の男が声を荒げ、彼に詰め寄ろうとするが、それを手で制す鰐淵。そして、
「余計なお世話だ……」
そう吐き捨ててから、特に気にしてなさそうに椅子に座り直すと、
「……それで、何しに来た……?」
鰐淵は訊ねた。
探偵はその質問を鼻で笑いながら答える。
「ハッ! 何しにって、もちろん用があるから来たに決まってんだろ?」
「その用を聞いてんだろうが……」
あくまでも茶化しをやめない彼に、苛立ちを隠せない様子で鰐淵は問い詰める。
「サッサと用件を言え」
「分かったよ。だけどその前に……」
観念したように探偵は胸ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出して――
「――ありゃ? 切らしちまったか……すまねえけど一本貰えねぇか?」
鰐淵と後ろにいる配下を交互に見つめて、オーバーな申し訳なさそうな顔つきで人差し指を立てて物乞む彼に、
「悪いがココは禁煙だ」
と、切り捨てる。
「……あっそ、暴力団も健康志向なのね……」
特に気にする風でもなく、探偵はくしゃくしゃになった箱をグシャリと潰してから、近くにあった屑入れに投げ入れた。
「手伝ってやろうか?」
突然の一言。
「…………何だと?」
唐突な言葉に返せたのはそれだけ、
「困ってんだろ? オレが手助けしてやるって言ってんだよ」
彼の急な申し出に鰐淵も流石に落ち着いてはいられず、顔付きが険しくなり鋭い視線が更に鋭く睨みつける。
(……コイツ……――)
「――どこまで知ってる?」
「まあ正直言ってほんの少しだけ……ただ確実に分かってんのは、アンタらがてんやわんやしてるってのは知ってるぜ……」
「……」
「ただやっぱり情報不足でね。できれば直接アンタから色々と教えてもらえると、こっちも色々と楽なんだが……」
「…………」
「ハッピーエンドやノーマルエンドは無理でも、ビターエンドにはしてやれるかもしれないぜ?」
「………………」
「バッドエンドよりはマシだろ?」
こちらの視線に探偵はヒョイと避けるように軽快な笑みを崩さず答える。
知らないくせに知ってる風を装っているように見えるし、全て分かっているくせに分からない風に装っているように見える。
探ってるのか、ただ揶揄ってるのか。
(…………読めない男だ…………)
裏社会で彼を知らない者はいない。
王城陽平。
探偵。
解き明かす者。
味方にすると面倒で厄介で優秀。敵にするともっと面倒で厄介で引っ掻き回す男。
BBのケツモチをしていた時に、彼らから救援要請を請われ手を貸した際、この男はこんな風にどこ吹く風の如くふらりと乗り込んで来て直接交渉してきた。
『…………何が目的だ?』
『言ったろ? BBの壊滅。それだけだって……アンタはただ何もせず、黙って見ててくれたらそれでいい……』
『……そんな要求を呑めると思うか?』
『呑まなきゃ、アンタだけじゃなく、アンタらの組織が終わるぜ?』
『ハッタリだな……』
『ハッタリじゃねえよ。鬼目がそう言ったんだ』
『……八重雲の……?』
『あぁ、東京の菱川組は寛大だが、あっちは頑固だからなぁ。テメーの縄張りで覚醒剤なんて流されたらブチ切れ案件だろ』
『…………』
『八重雲にも根を張りたかったんだろうが、今回は諦めろ。向こうさんも勝手に入ったのは、気づかなかったこっちの落ち度だから不問にするってよ』
『……どこまで視えてる……?』
『……傷を負うのが分かってて、それが小さくできるなら、傷付く人間が少ないなら最高で完璧だろ?』
『…………』
『そういうお前は? アンタはどこまで視えてる?』
『――――』
初めて会った探偵と最後に交わした会話。
意図的に雰囲気を外した話し方。
タイミングを敢えてズラして尋ね、気付かぬうちに情報を掠め取る話術。
選択肢を狭め、誘導して、有無を言わせぬ交渉術。
あの時も思っていたが……、
(コイツは……危険だ……)
これ以上、踏み込ませてはならない。
「問題無い……。手伝いも手助けも不要だ……お帰りを願おうか……」
手でドアの方に促す鰐淵。
ごねるようなら、配下に指示して無理やり追い出そうと思っていたが――
「――オーライ。そういう事なら……」
アッサリと引いて立ち上がり、
「一応、心変わりしたら連絡くれ」
机の上に自作の名刺を置いていってから、
「邪魔したな」
そう言って探偵は部屋を出――
「あぁ、そうだ。最後にひとつだけ」
――ようとして、振り返る。
「野望は諦めたか?」
その一瞬だけ、真面目な顔つきで、真っ直ぐな眼で鰐淵の目を見据える。
(……コイツは本当に……)
読まない男だ。
「諦めたつもりはない」
彼の眼を真っ直ぐに見つめ返し、答える。
「……そっか。まあ頑張ってくれや。じゃあな!」
そう言って探偵はすぐさま表情を先程までの軽快な笑みに変え、そそくさと出て行った。
「…………」
騒がしいのが消え、沈黙に包まれる一室。
鰐淵は卓上のシガレットケースから一本取り出し、配下の男が咄嗟に火をつけると、それを貰って煙を深く吸い込む。
そうして吐き出された煙は室内を満たし、その空間をどんよりと滲ませる。
27
「悪い! 待たせたなぁ!」
「遅いですよ!?」
「……そろそろ警察に電話しようかと思ってました」
車内に戻った陽平さんは、特に気にする風でもなくアタシたちに声を掛け、璃子もアタシも素直な心情を吐露した。
今から20分ほど前である。
次に到着したのは、何と双魚会の本部ビル。その建物から斜向かいぐらいの位置に駐車すると、彼は『ちょっと行ってくるわ』と言って飛び出そうとしていた。
『えぇええええっ!?』
『いやいやいやいやいやいや』
流石に危険だと止めたが、
『何だよ? 一緒に来るか?』
アタシたちは首を激しく横に振る。
『しょうがねえだろ? こっちの方が手っ取り早いんだから……』
『だからって……』
『そうですよ……』
『30分経っても戻らなかったら、警察を呼んでくれ』
そう言ってから陽平さんは、アタシたちの制止の声を振り切って中に入って行ってしまった。
アタシたちはどうしようかと言って話し合ったが、暴力団の事務所に乗り込む事なんて出来ないし、結局は彼をただ待つ事しか出来ないって事になって、ひたすらにビルを見つめていた。
そうしてようやく彼が出て来たところを目撃し、2人して互いに見つめ合って安堵の息を洩らしたところである。
「それで……どうだったんです……?」
アタシは率直に訊ねる。
こんな危険な真似をしておいて、まさか何も手に入れてないなんて――
「――ダメだった! ガード硬えわアレ!!」
アタシはすかさず運転席のシートを倒し身体を抑え、璃子は黙って催涙スプレーを眼前に構える。
「ちょっと待って待って待って!? 早い早い気が早い!!」
アタシたちはパッと手を離し、次を待ってやる事にする。
「ひぃ……ひぃ……君たちホントいい性格してるよ……ロイドと仲良くなるのも分かる気がするわ……」
そう言って陽平さんは、ダッシュボードからそれを取り出して見せ付ける。
手のひらに収まるくらいのサイズで、小さなシルバーの箱――ライターかと思ったが違う。箱の側面には黒くて細かい網目があって……上部には銀色の突起があって……。
「これは……?」
「盗聴器の受信機だよ」
アタシの問いに彼は答える。
「オレサマ特製の『探偵7つ道具・盗聴器セット』でね。んで、これが送信機の方――」
「――凄く小さいですね!?」
璃子があまりの小ささに驚愕する。
何せコイン電池並みに小さいのだから驚きの声を上げるのは当然だろう。
「無線式の超高性能型。録音も可能。これ1個で数十万円よ、数十万円。これをタバコの箱に入れといてね。それとなく向こうに仕込んどいたのよ……」
得意げな顔つきで自慢する陽平さん。
…………。
「何というか、セコイですね」
「狡猾というか……」
「チミたち……そこは素直に『頭が良い・賢い』って褒めるとこよ……?」
アタシと璃子の感想に苦い顔で返す彼。
「まあいいや……。さてさて、揺さ振りは掛けたし……一体何が聴けるかなっと……」
陽平さんはそう言って気持ちを切り替え、盗聴器の電源を入れ、突起物のアンテナを伸ばし、スピーカーの音量をイジる。
『……〜〜〜……〜〜〜……』
暫しのノイズと無音を繰り返し、それを受けて彼は受信機の微調整をする。タバコの箱の中だからなのか、対象との距離があるからなのか、少しフィルターが覆われたような感じはするが、たちまち鮮明に音を拾うようになってきた。
『今回の件に、あの探偵は関わっているんでしょうか?』
『……どうだろうな……』
『……』
『前と違って、詰め方に精彩さがない。ハッキリ言って雑だ。まるで今から手探りで探ってる……確認しているって感じだ……』
『じゃあさっきのは全部、虚仮威し、ハッタリって事ですか?』
『全くのゼロでは無いだろうな。……何処でここの情報を仕入れてきたんだか……。周囲の口止めはしたんだろ?』
『発覚してからすぐに幾つかの情報筋を使って黙らせはしましたが、完全には難しいかと……』
『…………』
『今すぐ追い掛けて吐かせますか?』
『いやいい。そっちにまで人員を割く余裕はない。それよりもアイツがここに来たのが問題だ』
『……問題、ですか?』
『何を知ってるにしろ。アイツが何かしらを知ってここに出張ってる時点で、誰かが裏で糸を引いてる可能性が高い』
『……はい』
『どうにもきな臭い……イヤな予感がする……』
『…………』
『……襲われたタイミングは、ほぼ同時だったな?』
『はい。埼玉のコイノボリ、八重雲の鮎川、そして東京の岩魚乃でした……』
『……警備に問題は……?』
『通常通りです。ウチに落ち度があったとは思えません。むしろ相手の手際が良過ぎたと言わざるを得ないでしょう……』
『……やはりプロの仕業か?』
『十中八九。そこは確実かと……そのため当初はタタキの仕切り屋連中に当たって問い詰めましたが、全員が全員『そんな自殺行為をする命知らずの同業者は知らない』と……』
『…………』
『まさか“円卓”の仕業でしょうか?』
『いや、あそこならもっと巧くやる……』
『では菱川の方は……?』
『あそこは……黒寄りの白だな……。もっともこっちからいざ話を振ったところで、すっとぼけられるのがオチだ……』
『そうなるとやはり……前回の時と同じで、あの女狐の――』
(――ドアをノックする音)
『……入れ』
『失礼します! 代行。東京都内で妙な連中を見かけたっていう情報が!』
『……それは何処からだ?』
『ハリネズミからの報告です!』
『…………』
『どうしますか?』
『全員。東京に人をやって完全封鎖だ。24時間体制で見張れと通達しろ』
『ハイ!』
『それからここは放棄する。必要最低限の荷物を持ってセーフハウスに移動だ』
『はい、早速……』
(ドタドタと慌ただしくなる音。少ししてドアが開き、人が出て行くと、やがて無音になる)
28
「「「……………………」」」
向こう側の音声が何も聞こえなくなり、その様子を聞いていた私たちも、沈黙に包まれています。
「なるほどなぁ……」
これ以上は何も得るものは無いと判断したのか、陽平さんは盗聴器の電源を切り、顎に手をやりながら呟きます。
「んー……ん〜……?」
それに合わせて私も唸り、首を傾げます。
「あの……私の聴解力が悪かったらごめんなさい……これ、ロイドさんたちの話は出てないですよね……?」
「うん。璃子の言ってる事は正しいよ……。ロイド君たちの話は出てないはず」
私の疑問に、レナちゃんが同意してくれました。
「そうですよね!? という事は――」
「――陽平さんの予想通り。双魚会はロイド君たちの件に関わっていない。という事になるね……」
その事実は、ひとまず朗報という事になるでしょう。
厄介事が少ないのは良いに越した事は無いのですから……ただし――
「――それと同時によく分かんない話も聞こえたけどね……」
レナちゃんの指摘に私も無言で頷きます。
「…………」
そして、自身の予想通りだったというのに、当の本人たる陽平さんは、先程から一向に口を開かずに無言のままでした。
「――話の前半は、陽平さんの話だったよね?」
声を掛けようかと思いましたが、レナちゃんが先に私に疑問を投げ掛けたので、そちらに答える事にします。
「……そうですね。探偵と言ってましたし……」
「事務所に来たのを驚いてたよね」
「それに周囲への口止めはどうしたとか言ってましたね……」
「ホント、『今すぐ追い掛けて』って言われた時はビビったよ」
「来なくて良かったです……」
「ね。でもすぐに意味が分からなくなったな……」
「……陽平さんが来たのが問題だ、とか言ってましたよね?」
「『誰かが裏で糸を引いてる』とかも言ってたね」
私たちの行動に変な裏側なんて無いのに、随分と御大層な、という気がします。
……BBを隅々まで調べ上げた挙句、最終的には組織を壊滅までしたのですから、陽平さんの腕が優秀なのは理解出来ますが、何というか話の規模が大きくなり過ぎているような気がします。
「チッ……踊らされたか……」
「えっ?」
ようやく口を開いたかと思ったら、陽平さんはいきなり舌打ちをして、唐突にボヤきました。
あまりに突然でしたので、私が思わず反応してしまいます。
「あぁ、すまん。また考え事をしちまったな……。まあとにかくだ。今の会話を聞いてまずひとつは、ロイドたちにコイツらは直接関わって無いのが分かる」
そう言って陽平さんは、とりあえずここから一旦離れるぞ。と、車を発進させてこの場から離れはじめました。
「アイツらの話の前半の方は気にしないでいい。オレが急に来たからビビってるだけさ」
「……そうなんですか?」
「そういう感じじゃ無いような……」
驚いているというより、怯えているというより、警戒されているような、疎まれているような、嫌われているような気がしましたけど……。
私たちの無言の突っ込みに、陽平さんは苦笑しながら前を向き続けます。
「続けるぞ? で、問題はその後だ……」
「確か……『襲われた』とか物騒な事を言ってましたよね……?」
私が思わず疑問を提示します。
確かに、ロイド君たちは『襲われ』ました――襲われて巻き込まれているはずです。
でもこの会話だと、彼らが襲われた、という内容になっています。
まるで圧倒的に、一方的に……です……。
まさかロイド君がそんな……事はしないとは言い切れませんが……立場が違う気がします。
「あー、言ってた。埼玉のコイノボリとか八重雲の鮎川とか……あとは何だっけ?」
「東京の岩魚乃……でしたっけ?」
「そうそれ!」
レナちゃんも乗っかってくれて、私が答えます。
「『襲われた』ねえ……」
「……陽平さんはその3つの……場所? か、もしくは誰か? に心当たりはありますか?」
「ん〜…………何となく?」
「一体何なんですか?」
「誰じゃなくて場所だろうなぁ。コイノボリも鮎川も岩魚乃も……」
「じゃあその3つの場所が――」
「――『襲われた』。『警備』をしていたのに……」
「……」
……どうして――
「――襲った連中の話もしてましたよね?」
心中に浮かんだ疑問の前に、今度はレナちゃんが陽平さんに訊ねます。
「ああ、プロの仕業って言ってたな……」
「タタキの仕切り屋を問い詰めたって話してましたけど、そもそもタタキってなんです?」
「強盗の隠語でな。叩き起こす。からタタキなんて言われてる。裏社会には、そういうのを仕切ってる“仕切り屋”ってのがいるのさ」
「……でも彼らでは無さそうな感じでしたね?」
「普段は金持ちの家とか宝石店とかを狙って計画的に襲う連中だからな。ヤクザの金に手を出すのは余程の馬鹿だよ」
「で、円卓がどうとか菱川がどうとか言ってましたよね……」
レナちゃんが呟くのを聞いて一つ思い当たります。
菱川は確か、最初の方で陽平さんが私に心当たりを聞いている時に関東菱川組と言っていたので、それの事のような気はしますが……円卓は分かりません……。
また別の暴力団の事なのでしょうか?
…………どうして――
「――双魚会には襲って来た連中の目星が付かなかった……」
またも浮かんだ疑問に、今度は陽平さんが割り込んできます。
「そして最後に……」
レナちゃんが盗聴器の電源を付けて、録音機能をオンにしますと、
《(――ドアをノックする音)
『……入れ』
『失礼します! 代行。東京都内で妙な連中を見かけたっていう情報が!』
『……それは何処からだ?』
『ハリネズミからの報告です!』
『…………』
『どうしますか?』
『全員。東京に人をやって完全封鎖だ。24時間体制で見張れと通達しろ』
『ハイ!』》
「その襲った連中が東京にいる事を突き止めて、話が終わる……」
「「…………」」
レナちゃんの言葉に私たちは、無言になります。
………………どうして――
「――どうしてこの人たちは、急にそんな話を始めたのでしょうか……?」
私はようやく、大きく膨らんで浮かんだ謎を口に出しました。
分かりません。
意味が分かりません。
陽平さんが目の前に現れただけで、どうしてこんな話になってしまったのか、本当に理解ができません。
これが一体、ロイドさんたちに――
「――そりゃ勿論。関係があるからさ」
こちらの疑問を他所に、陽平さんは呑気にそう答えつつ、運転を続けます。
「? そういえば、何処に向かっているんです?」
ただ適当に走らせているだけなのかと思いきや、彼は明らかに明確な意志を持って進んでいるような感じです。
私の疑問に対して陽平さんは、
「トモダチに会いに行く」
そうこちらを見ずに答えます。
「「……トモダチ?……」」
双魚会本部に向かう前の時と同じように、私たちは互いに顔を見合わせ、また首を傾げることになりました。
29
良いニュースと悪いニュースがある。
良いニュースは、そりゃあもうおったまげるくらいに、どちらかと言えば拍子抜けするくらいに順調だってことだ。
昨日の新荒川大橋での武蔵連合だか双魚会だかの連中の襲撃を退け、そのまま橋を渡り赤羽駅近くのホテルにて一泊し、次の日の午前10時過ぎにチェックアウトをして出発。ほぼ真っ直ぐに南下する形で目的地に向かっていた。
その道中、何度か襲撃を受けた。
敵の人数や規模、それと練度と言えばいいのか、とにかく色々なものが徐々に増していきながら襲われながらも、特に苦もなく返り討ちにはした――壱楓ちゃんじゃなく、真っ向真ん前の真っ先に俺を先に狙ってくれたから、それで守りやすく戦いやすかったってのもある。
とにかく、そっちに関しては言う事なし。という状況だった。
じゃあ悪いニュースは? って言うと、目的地まで半分ぐらいの距離まで進んでいたところで、俺の自転車がお亡くなりになった事だ。
やはり昨日の自転車投げつけはまずかったらしい。
完全にイカれてしまった。
自転車屋を探して修理をする時間も無いし、新しく新車を買おうかとも考えたが、どうも東京都内の歩道は人が多いのに狭いし、車道は車がビュンビュン通ってるから危なっかしい――それと坂道がウザい――自転車でのこれ以上の走行は余計な悪目立ちや移動困難な事を鑑みた結果――自転車たちとはお別れし、徒歩での移動手段に移行することにした。
最初はしんどかったが、目的地まであと少しということを考えれば、多少の無理をしてでもやる価値はあるだろう。
そのおかげで、気付けば目的地の菱川組本部まであと数百メートルというところまで近づく事ができた。
時刻は午後4時過ぎ。
まだ陽も昇っている状態で周囲は明るいが、俺たちは人目を避ける為、あえて路地裏っぽいところを通っているからか少し薄暗い。
しかし初めて東京――港区の赤坂に来たが、凄えなココ……。
「……大きいです……」
壱楓ちゃんが圧倒されたような声を上げる。
「だな……」
同感だ。高層ビルに高層マンション。どれもこれも建物がバカでけえ。首がおかしくなりそうだ。
それに、道路も道路でたかが道路なのにいちいちオシャレというか、デザインが洗練されてて、絵になってる――『映え』がヤバイ。
「歩道も歩くのに気合いがいりそうだぜ……。おいひより。お前も見てみろよ……」
「みふぇるよ……」
ひよりに声を掛けたが、話し方がおかしいので振り向くと、何やら食いながら返事をしていた。
「……何食ってんのお前?」
「あいふ」
「…………」
先程、コンビニで飲み物を買ってる時に、『かいわすれがある……』とか言うから、金だけ渡して好きに買いに行かせたらコレだよ……。
ビニール袋にパンパンに詰まったアイスと、それらが溶け出さないようにロックアイスも一緒にパンパンに入っている。
「……それはガリガリ君か?」
「ふん」
「味は?」
「こーんほたーしゅ」
「コーンポタージュ? 美味いのかソレ?」
よく見たら全部ソレが入ってた。
「あふぁいのと、ひょっはいのがふひぎ……」
「……どっちだよ……」
「……ひる……?」
「要らねえ……」
「ひる?」
俺が拒否をすると、今度は壱楓ちゃんに差し出すひより。
「えっと……お腹壊しちゃうよ……?」
目の前に差し出されたソレを戸惑いながらも正論を告げる壱楓ちゃん。
「らいひょふ。ひよりのおなふぁはやわりゃないから……」
なんか誇らしげに胸張って答えやがってる。
…………。
「えっと……私は大丈夫だよ……」
「それはざんねん……」
苦笑しつつ丁重に断る壱楓ちゃんを尻目に、ひよりはまたもう一つ食い進める。
重苦しい空気は苦手だが、気が抜け過ぎるのも問題だと思うんだが……。
まあ実際、上手く行き過ぎてるってのがある。
さっきも言ったように、今日も何度か襲撃を受けたが、大して苦戦せず、それに被害も無く、難なく進めているんだ。
警戒度も多少は弛むのも仕方ないだろう――だからこそ呑気に周りの景色を眺めていたんだから。
このまま何事もなく――
「――あっ」
「どうした?」
急にひよりが声を上げたので、思わず後ろを振り向くと、
「……あたった」
当たり棒を見せつけてきた。
……………………。
「さいですか」
コイツ……もし腹下したら置いてってやろうか……。
まあおかげで、少しだけ警戒心は取り戻せた。
もう少しこの辺りの散策も楽しみたかったが、今は一刻を争う事態だ。
……とっとと進むとしよう……。
そう思い、俺を先頭に前を向いて歩き続けていたところで――
「――時間通り……」
そいつはいつの間にか現れた。
「……ッ!!」
俺はすぐさま、背後にいた2人を手で静止させ、真後ろにいるように促す。
一切の気配を感じなかった……。
それどころか視線も感じなかった。
「良いアンテナの張り方ですね……だけど、前に向け過ぎかな……」
前方約10メートル先に男が1人。
サイドとバックを刈り上げたツーブロック。長めに伸ばしたトップと後ろ髪を後頭部で結えているスタイルだ。
身長や体格は俺とほぼ同じくらい。
上下は金色のジャージで身を包み、正しく昨日からずっと相手にしている不良スタイルの連中と同じような格好なのだが……。
「悪くは無いですが……手放しで褒められたものでも無い……ん〜、及第点。ぐらいですかね」
どうも違う。
他の連中と違う。
空気が、雰囲気が違う。
コイツは違う。
俺に向けられた殺意が凄まじい。
脳内アラートがずっと鳴り響いている。
危険だ。絶対に目を離すなと告げている。
本当は冷や汗を掻きたいところだが、動揺を悟られたくないため必死にそれを抑え、
「……誰だテメェ?」
張り詰めた空間の最中、最大級に高めた警戒度を目の前の人物に注いだ状態で、俺は乱雑に聞く。
男はこっちの警戒心を弄ぶように軽く笑みを浮かべると、
「初めまして。オレはレミエル」
そう恭しく一礼し、名を名乗る。
そして続ける。
「“SCCサービス”の現場指揮を担当しています」
「……SCC?」
聞き慣れない言葉に思わず繰り返す俺。
「search・chase・capture……依頼人の希望するモノを探し出し見つけ、追いかけて捕まえたら、それを無事に届ける。平たく言うと“運び屋”ってヤツですよ」
「…………」
自身の紹介が終わった事で何か満足したのか、先程まで喉元まで突き付けられていた殺気が嘘みたいに消え、少しだけ冷静になることができた。
……運び屋……。
勿論この場合のモノとは……――
「――聞いても無駄かもしれませんが、一応尋ねます。その娘――浅見壱楓さんの身柄をこちらに引き渡してくれませんか?」
「やなこった……」
「……ですよね〜」
ほらな。壱楓ちゃんだ。
向こうさんはどうも、これまでの襲撃が上手くいかなかったからか、プロフェッショナルを雇ったといったところが妥当か。
…………。
人気の無い、人目に付かないところを選んで進んでいたのが仇になった。
ここじゃ他の通行人に助けを求める事もできないだろう……。
急に難易度が跳ね上がりやがった。
「……う〜〜〜ん、良くないなあ……」
レミエルと名乗った男は、何かボソッと呟いて片手を上げる。
すると奥からもう1人の男がやって来た。
俺より一回り大柄で、小太り体型。
何が楽しいのかニヤニヤと笑みを浮かべて俺を見つめている。
「彼はウリエル。先ずは彼からで、お手並み拝見としましょう」
レミエルに紹介され、ウリエルは首を回し、軽くジャンプやステップを踏むなどをして、準備を整えはじめる。
「…………ひより、壱楓ちゃん。ちょっと後ろに下がってろ……」
「……うん」
「分かりました!」
「それからひより」
「うん?」
「それ寄越せ」
「……はい」
俺は前を向きつつ2人に声を掛け、ひよりからそれを左手で受け取り、自身の身体を壁にして隠しつつ一歩踏み出す。
「ウリ」
「あいよ?」
「難易度は普通でいいよ」
「……アイアイ!」
向こうも完全に準備が整い、ウリエルも歩き出す。
お互いにゆっくりと一歩、また一歩と近づき、打撃の有効範囲の間合いに入る。
「「…………」」
俺は表情を変えず、ウリエルはニヤケ面を変えないまま睨み合う。
「ヘイ、ボーイ。いつ始める?」
「……もう始まってんだろ? とっとと掛かってこいよ」
「良いねえ……そういうの好きだぜ……」
「……」
「じゃあ、遠慮なくッ!!!」
少し引いてからの右ストレート。
分かりやすく顔を狙っていたので、直前で首を左に動かして躱し、鳩尾を狙う。
「――ウホッ!!」
良いのが入った筈だが、ウリエルは気にせずにお返しと俺の腹を左拳で叩き込む。
「――ッ!!」
咄嗟に半歩後ろに下がろうとしたが、当たってしまい2歩分も下がる。
「――!!!!」
それを見逃さないウリエルが前進する。
狙いは変わらず俺の顔面。
次は左ストレートだったので、さっきの要領で良く見て避け――
「――ッッ!!」
引っ掛け。
こっちは囮で、本命はほぼ同時に放たれた右からの横っ腹。
「……」
クソ痛えがその痛みを堪え、また後ろに下がりそうになるのを我慢する。
「ヒューッ!!」
「――ッッッ!!」
追撃しようとしたウリエルに、今度は俺の右ストレートをヤツの左頬辺りにくれてやった。
「――ベェッ!?」
殴り抜けるようにぶち込んだら、そこそこに効いたらしい。変な声を上げて向こうも何歩か後ろに後ずさる。
「良いじゃん良いじゃん、動き良いじゃんボーイ!」
実に楽しそうにウリエルは笑みを崩さない。
「…………そりゃどうも…………」
対する俺は表情を崩さないように答え、左手に隠して持ち続けたそれを強く握り締める。
……このデカブツ……いつぞやの化物――G並みにタフだな――身長や体格は圧倒的にアイツの方が馬鹿でかいが……。
理由は簡単に考察できる。
まず技術面が段違い――俺と同程度くらいってところか……――引っ掛けが妙に巧くて妙に苛立つ。
それでいて腹に蓄えてる脂肪が緩衝になって、こっちの様々な打撃を吸収しているから、有効打が通りにくい。
まあ纏めると、『小細工が巧い、動けるデブ』ってところだ。
……やり辛い事この上ないな……。
とはいえ、これ以上時間を掛けてる暇はない……。
――次で決めるか……。
攻略法ならある――
即断即決。
速攻勝負――
「――ッ!? 速っ?!」
一気に距離を詰めて来た俺に、ウリエルは身構えるが僅かに反応が遅れているため間に合わない。
――速度は俺の方が上。
繰り出すのは簡単な蹴り技の一つ。
身体を正面に向けたまま、右脚の曲げ伸ばしの反動に体重を乗せるだけ。
――狙うのは胴体への中段攻撃。
通称、ヤクザキック。又はケンカキック。
「――おうふっ!! ……残念でした♪」
今度も良いところに入ったが、案の定そこまで喰らってない。
ガッチリと掴まれ――向こうの反撃が――
――だが、これでいい。
「――ヒョッ!?」
地面に残った左脚を勢いよく跳躍させ、顔の右側面から蹴り抜ける。
腹はともかく、顔は脂肪を蓄えられんだろ。
「おっ、おっ? おっ!? おっ?!」
思ったとおり、効いてくれたようだ。
ヤツは掴んでいた手を離して少しよろめき――その一瞬の隙を俺は見逃さない。
ずっと隠し持っていたロックアイスがパンパンに詰まったビニール袋をヤツの顔面にお見舞いする。
「――ッウボァッ!!!!!!!!!」
盛大な悲鳴を上げ、遂に膝をつく。
余裕そうな笑みではないが、闘志は死んでないようで、ギラギラとした目が俺を睨む。
「……まだ倒れねえのか……もう眠ってろ……」
ホントにタフだな……。
もう一発、見舞おうとしたところで――
――レミエルの視線が突き刺さる――
「――ッ!!!?」
攻撃は止められない。
そのままブン殴り、ウリエルをぶっ倒した瞬間。
最初の時とは比にならない程の、高度で深度で濃度のある純粋な殺気と殺意。
――来る。
――今から来る。
――殺しに来る。
防御は間に合わない。身の毛がよだち、脳内の警戒アラートが再度鳴り響く。
本能が告げる。
――逃げろ――いや、逃がせ――
「ひよりッ!! 壱楓ちゃんッ!! 走れッ!!」
――無意識の――突発的な――叫び――
「後から追い掛ける!!!!!!」
「――えっ?」
「わかった――」
唐突な俺の怒号に壱楓ちゃんは一瞬だけ呆然として、声音に必死さを察したひよりが即座に行動を開始する。
ひよりは壱楓ちゃんの手を取り、走り出す。
呑気に意識を割いて2人を見送るなんて自殺行為は到底できない。
ウリエルが本当にノックアウトされたか確認する余裕も無い。
俺は今できる防御の構えを取り、攻撃を――
………………………。
――来ない?
「…………う〜〜〜ん…………」
レミエルはその場から悠然と動かなかった。
先程まで鋭く向けられていた殺気が、殺意の視線が感じられない。
完全に消え去っている。
…………?
「来ないのか? せっかくの好機を逃したぜ?」
何が何やらだが、来ないならそれでいい。
再び警戒心を緩め、挑発気味に軽口を叩いてやる。
「落第点……だな……」
「……あっ……?」
ずっと俯いて唸っていたかと思ったら、急にそんな事を言ってきやがった。
「……コチラが殺意を消したら警戒を緩める……良くない。……ウリとの戦闘は、粗削りだが申し分無し。だけど最後は……コチラの本気の殺気と殺意に、本能的に察知して即行動。これが1番拙い……。こういった場面に慣れてないにしても、だ。……総合的に判断して……落第点――ガッツリ赤点だな……」
ブツブツと御託を並べて、なんか言ってやがるがまるで意味が分からん。
「……おいコラ。掛かって来ねえのか?」
俺も遂に苛立ちを隠せず言い放つ。
「…………」
向こうも俺の声がとうとう耳に届いたのか、黙って顔を上げるとこちらを見つめ――目が合うと、笑みを浮かべ、
「――ゲームはしますか?」
また意味のわからない事を聞いてきやがった……。
「…………はぁっ?」
「ゲームですよ。テレビゲームで遊んだ事は? まさか一度も無いなんて事は無いでしょう?」
……。
意図は読めんが、とにかく乗ってみるか……。
「……嗜む程度には……」
「ですよね。どんなジャンルが好きです?」
「……RPG……」
「ああ、良いですよねえRPG! コツコツと育てても良いし、RTAみたいにサッサと進んでボスに挑んでもいい。完璧にコンプリートしてもいいし、別にそんなの気にせずクリアしてもいい。……自由だ……」
「…………」
「まあオレは、ゲームなら全般が大好きですけどね。休みの日は日がな一日中、暇な時も基本的に、隙間さえあればゲームばっかりしてます」
「………………」
「最近はそこで寝てるウリや、他の仲間たちと一緒にFPS系にハマってるんですよ。やった事ってあります? もし無いなら是非お試しを……上手く相手を完封して、完全に完璧に勝てた時なんか最高で――」
「――何が言いてえ?」
もう付き合えないとばかりに、俺は突き放すように告げる。
「RPGで遊んでたって言ってましたよね?」
対するレミエルは特に気にせず、微笑みを崩さない。
「そのゲーム中には絶対にミッション、クエストとかあるじゃないですか……」
「……それが?」
「オレは必ずそれを受ける前に、依頼内容を確認して、勝利条件――達成方法を考えてから挑むんです」
「だから一体――」
「――それと同時に、敗北条件――絶対にやっちゃいけない事を考えます」
「……………………」
俺は間抜けだが、底抜けじゃねえ。
そこまで言われりゃ流石に気付く。
強がっていた表情が崩れる――
「――アナタの勝利は……敗北はなんですか……?」
「――ッ!?!!!!」
レミエルに背を向けるのも構わず、走り出す。
バカが!!
馬鹿がッ!!!
大馬鹿野郎がッ!!!!!!!!
内心タカを括ってた。
さっきまで順調に守れていたから油断していた。
無意識に刷り込まれてしまっていたんだろう。
これまでの敵は全員、真っ先に俺に襲い掛かっていたんだから、コイツらも俺を倒してから壱楓ちゃんを狙うだろうと思い込んでた。
んなわきゃあるかっ!!!!
壱楓ちゃん狙いなんだから、俺を狙う必要はねえだろうがよ!!!!!!
――だが、気付いたところでもう遅い。
「――ひよりッッッ!!!!!!!!」
約20メートル先。
グレーのハイエース。
後部座席側のドアが開かれており、男が1人で壱楓ちゃんとひよりを促しているのか、2人はちょうど乗り込んでいるところだった。
俺の怒鳴り声にひよりが振り返る。
スローモーション気味に、声は当然聞こえないが、口をパクパクと動かす。
『ろ』『い』『ど』
読唇術の心得はないが、たった三文字なら読める。
聴こえる。
俺の名を呼んで――ドアが閉められる。
瞬間――疾り出す。
しかし――しかしだ。
俺はマーベルコミックのクイックシルバーでも、DCコミックのフラッシュでもない――スーパヒーローのような超能力や特殊能力、異能力なんて隠してないし、急に覚醒するなんてことは無い。
ただの人間の脚力による速度――音速も光速も越えられない男の速さなんてたかが知れてる。
車は発進し、どんどんと距離が離されて行く。
あっという間に角を曲がり、姿が見えなくなる。
「――ダアッ!!!!」
苛立ちに叫び、すぐさまに気持ちを切り替えて踵を返す。
こうなりゃノックアウトしたデブ――ウリエルを捕まえて尋問する。
腕か脚を折れば、連れてかれた場所を直ぐにゲロる筈だ!!
いやはや、救いようがない馬鹿ってのは、まさに今の俺の事を言うのだろうさ。
――何もかも遅い。
先程まで殴り合っていた場所には最早、誰も居なくなっていた。
まるで元から何も無かったみたいに――
「…………ッ!!!! クソがぁッ!!!!!!」
怒りに身を任せ、ビルの壁を思いっ切りぶん殴る。
当たり前だが、微塵もびくともしない。
反対に大理石の壁面は俺の血が飛び散っている。
この拳の痛みより、まんまとヤツらに出し抜かれたことより、ひよりたちを攫われた事に心が締め付けられる。
何なら、そっちの痛みの方が万倍も痛え。
「…………ッ…………」
心底どうしようもない、底抜けの間抜けが1人、そこに佇んでいた。
30
――あっという間のことでした。
今日はホテルを出たところから、目的地の近くに来るまでに何度か怖い人たちに襲われて、それをお兄ちゃんが倒してくれて、それも後少しで終われるというところでした。
その後少しというところで、また怖い人たちに襲われて、お兄ちゃんが前に出て大きい男の人と戦っている時です。
『ひよりッ!! 壱楓ちゃんッ!! 走れッ!!』
わたしの見ている限りでは、お兄ちゃんが勝っているような気がしていました。
現に大きい男の人が倒れるのを見ていました。
でもお兄ちゃんは急にそんなことを叫び出したのです。
『後から追い掛ける!!!!!!』
早くこの場から離れるように叫びました。
『――えっ?』
わたしには意味が分かりませんでした。
一体、どうしてそんな事を言い出したのか……。
状況的には、これまでと変わらないような気がしていたのに……。
『わかった――』
でも、ひよりちゃんだけは違いました。
ボーッとしていたわたしの手を取って、走り出したのです。
『……ここはきけん……』
走り出す瞬間、ひよりちゃんはそう呟きました。
わたしの手を引いて必死に歩いて来た道を戻る形で、どんどん走ります。
…………。
何があったのかは分かりません。
分かりませんが……お兄ちゃんが突然叫んで、ひよりちゃんが黙って従うほどなのですから、それだけの事が起きたのは確かなのでしょう。
それならば…………。
わたしもようやく考えるよりも、この場から離れてお兄ちゃんの邪魔にならないようにしなければと思って自分の意思で動こうとした時でした――
――わたしたちの目の前に、大きい車が止まりました。
位置的には、後部座席側のドアが目の前にある形となります。
わたしたちは急に現れたそれに硬直してしまっていると……。
そのドアが開かれると、中から男の人が出て来ました――さっきまでお兄ちゃんが戦っていた人たちと似たような格好をしていました。少し違うのは、サングラスをしていたくらいでしょうか……。
『……乗れ……』
有無を言わせない。威圧的な声音。
『……乱暴にしたくない……』
ぎこちないながらも、中の方にと手で促してきます――……これでも一応、抑えてくれているということでしょうか……。
素直に従うべきか迷っていると――
『――だいじょうぶ……』
ひよりちゃんがわたしの手を握りしめて言います。
『いまはいうとおりに』
『……うん……』
不安はありましたが、もしも暴れてひよりちゃんに何かあったら絶対に嫌でしたので、わたしが最初に車に乗り込み、続いてひよりちゃん、最後にサングラスの人が乗り込もうとして――
『――ひよりッッッ!!!!!!!!』
声が聞こえ、中から外を覗くと、お兄ちゃんが追い掛けて来ていました。
『……ラファ、出せ……』
『アイヨ〜』
ドアが閉められ、車は急発進します。
お兄ちゃんが必死に走っていますが、追い付くのは難しく、どんどんと距離を離されてしまい、とうとう曲がったところで姿が見えなくなってしまいました。
…………。
守ってくれていたお兄ちゃんはもういない。
守ってくれるひとがいない。
――どうなるの……?
改めて絶望的な状況に置かれてしまった事を意識した瞬間――あまりに恐ろしくて泣きそうで、怖くて叫び出しそうになってしまいました。
しかし騒げばどうなるかわかりません。
ただ黙って下に俯いて震えていると――
『だいじょうぶだよ……いちかちゃん……』
ひよりちゃんが力強くわたしの手を握っています。
『ろいどはぜったいにきてくれる』
わたしの目を見つめて言い切ります。
最初の大きなホテルのベッドで一緒に眠った時と同じように、琥珀色の瞳がわたしを見据えています。
……どうして……。
…………いったいどうして…………。
――そこまで言い切れるのでしょうか?
わたしにはどうしても理解できませんでした……。
31
ひよりたちを乗せたハイエースは、現場から距離を取るように離れつつ、適当にその辺を走らせながら、暫くして事前にレミに指示された合流地点に一時的に車を停めると――
「――時間通りだなラファ。ナイス」
すでに待機していたレミとウリが乗り込み、レミは運転手を務めていたラファに労いの言葉を掛ける。
「アザース。2人もお疲れちゃん……ッ!?」
バックミラー越しに乗り込んだ2人を見て、ラファは思わず吹き出して、ウリの方を振り返った。
「ウリ!? お前ボコボコじゃん?! ちょっ、やられたんかオマエ!!」
「……ええ、まあハイ……オイラやられてしまいましたよ〜……」
揶揄われたウリ当人は、不満げに唇を尖らせ、いじけるように言う。
その様がまた面白かったのかラファが爆笑する。
「ハァッ!! ダッサ!!」
「……雑魚が……」
ラファが続けて弄り、ゼラが厳しめに言い放つ。
「いやいやチミたち!? ちょいちょい言い過ぎデショッ!?」
2人のあまりな言い様に、ウリが抗議する。
「言っときますけど……レミに言われて本気が出せなかっただけですからね!?」
必死の声を荒げるが――
「――嘘コケ。お前直ぐに本気出したろ?」
現場を見ていたレミに一蹴されてしまった。
「……って、言われてますがウリさん?」
車を発進させながら、再びバックミラー越しにウリを見つめるラファ。
「…………まあまあまあまあまあまあまあまあ、まあね…………」
指摘されたウリは即座に否定せず、バツが悪そうな顔をすると、
「最終的に本気は出しましたけどもね……」
観念したように白状した。
「……本気出してんじゃねーか……」
ゼラの突っ込みに、ラファが耐え切れずにまた噴き出して激しく笑う。
「いーやでもね。アレは本気にもなりますよ〜」
笑われながらも、ウリは感慨深くなりながら誰にともなく呟く。
「…………そんななん?」
その呟きに反応したのは、レミだった。
彼の疑問にウリは笑みで応える。
「……まぁでも、ウリが本気出すとか、そうそうねぇもんな……」
そのやり取りを見ていたゼラが、妙に納得したように言う。
「ダショッ?!」
それを受けてウリが調子良く声を上げる。
「……最高に楽しかったわ〜」
彼の満足そうにひとりごちる姿に、他の全員が羨ましそうに見つめる。
「ふ〜〜〜ん……そんなかあ……」
「良いなぁ……次はアテクシもやってみてえわ……」
「……なっ……」
しばしの静寂。
「ン気持ち良かったぁ〜〜〜」
「――……ドMかテメーは……」
「――ッブハッ!!!!!!!!!」
「――キッッッッッッモ!!!!!!!」
車内が大爆笑に包まれ、和気藹々となる。
ひと通り笑い合い、ようやく落ち着いて来たところで――
「――でさっ。この娘たちどうするん?」
仕切り直すように、ラファが声を掛ける。
全員の視線が、拉致した壱楓とひよりに移る。
運転席と助手席以外、座席を排除された車内。
違反ギリギリのスモークフィルムが貼られており、外部から内部を確認する術はなく、露呈されるのは難しく――反対に簡単に助けを呼べるような状況ではない。
主要目標である浅見壱楓はすっかり怯え切っており、次点目標である王城ひよりは彼女とは正反対に落ち着き払い、こちら側の様子を冷静に観察しているという感じであった。
「依頼人からは、アジトに連れて来てアレと一緒に入れて行動しろってさ」
「マジで? アレと?」
「らしい……」
「少し可哀想じゃね?」
「しょうがねぇだろ? 向こうからのそういう指示なんだから……」
「……まあ、そうだけどね〜」
「まあとは言え、ラグとガブにはもうメールしてるけど、多少は整えてもらうよ」
「……あーね……」
レミとラファの会話に、壱楓はより一層恐怖の表情で顔を歪ませるが、ひよりは黙って見つめている。
(へぇ……怯えないんだ……)
絶望して諦めているわけでは無い。
かといって現実が見えていないわけでも無い。
しっかりと状況を把握しつつも、希望を捨てていないという表情だ。
いくら何でも肝が座りすぎている。
レミは素直に感心しながらも、その娘の覚悟に対して若干の憐れみを感じてしまう。
(……どういう生き方をしてきたんだか……)
とはいえ、仕事は仕事。
この業界は厳しく、冷たく、残酷な世界だ。
下手に手心を加えれば、自分たちがどうなるかわからない。
レミは事前に用意していた物を目の前に差し出す。
――それはペットボトルと錠剤。
「…………それは?」
ひよりの方が訊ねる。
「ただの水と睡眠薬――飲めば大体、30分から1時間くらいで強烈な眠気に襲われる。その眠気に出来れば抵抗せずに、そのまま眠っていてほしい。オレらの計画の邪魔をされると困るからね。これは『お願い』じゃなくて『命令』だから、絶対に飲んでもらう事になるわけだけど……あまり無理矢理には飲ませたくないんだ……」
淡々とレミは答えて、最後に微笑むと、
「協力してくれるかな?」
こともなげに言った。
「「…………」」
2人は差し出されたそれをしばらく見つめ、どうしようかと逡巡する。
無理もない。
襲ってきて、その上攫ってきた人間の言葉を信じろというのが難しい話だ。
しかし呑気に待ってやる時間も無い。
手荒になってしまうが飲ませるしかないか――
――そう思っていた矢先、ひよりの方が先に手を伸ばした。
「ひ、ひよりちゃん!?」
「だいじょうぶ……」
彼女は薬を口に含み、ペットボトルの水を飲んで流し込む。
流石にその思い切りの良さと行動力は、色々な修羅場を巡ってきた者たちからしても、内心驚愕させた。
「……ふくさようは?」
その上でここまで言える彼女の胆力を認めざるを得ないだろう。
「……起きても眠気やふらつきが残るくらいのものだね……後遺症、というほどの深刻なものにはならないはずだ……」
レミはただの小さな女の子ではなく、1人の人間として敬意をもって伝える。
その様子を見ていた壱楓の方も意を決して薬を受け取り、しっかりと飲んでくれた。
「ありがとう」
2人がきちんと薬を飲んだことを確認し、レミは礼を言ってからラファに目線で合図する――ラファは一瞬だけ戸惑った表情になるが、素直に従う――これから睡眠薬の効能が効くまでは、適当に車を走らせる形となる。
本当はそのまま戻るつもりだったが、この王城ひよりという娘は、どうにも油断ならないところがありそうだ。
何か……。
そう何か……。
何かをしてきそうで――
(――恐ろしいのか?)
これは半ば予感。いやプロフェッショナルとしてのレミの直感であった。
(……何をビビってるんだか……)
レミはそう判断した自身に少し呆れながら、目の前の娘たちや仲間たちにも悟られないように、自嘲気味な笑みを浮かべた。
32
「お前か……獅子門の言ってた小僧は……」
どっしりとした腹の底から響いているような重低音の声音。
甚衛さんと同い年だと聞いちゃいたが、見た目は一回り若く見える――それが本人の生まれ付きからか、それとも未だ大組織の頂点に君臨しているからこその気迫で「老い」を退けているのか……。
体格も年齢の割にガッチリとしており、恐らくは常日頃から鍛えている習慣があるのだろう。その体格に合うようにピッチリとしたチャコールグレーのスーツを着こなしている。
綺麗に剃髪された頭。
厳格な顔つきと甚衛さんに負けず劣らずな鋭く威圧感のある眼光。
事前にWikipediaやらネットで情報を検索していたが、この威厳や風格さは直接会わなきゃ理解できないだろう。
関東ヤクザの代表格。
その総本山の大首領。
関東菱川組の五代目組長・忍野鬨哉。
「……はい……」
まさしく半端ないという感じだ。
とはいえ、今の俺にそんな事で怯んでいるわけにはいかなかった。
あれから――ひよりたちが拉致られてから、しばらく呆然として、とはいえ直ぐに気持ちを入れ替えてこの本部に駆け込んだ。
門番をしていた人に甚衛さんの名前と獅子門の名前を出した途端、この応接間まで何ら障害なくスムーズに通された。
つまりこれは、獅子門が事前に話を通してくれていたという事だろう――だからこそ、向こうは俺を見てはじめに『獅子門の言ってた小僧は』と、言っていたのだから。
こうして受け入れてくれたという事は、少なくとも敵では無いはずだ。
ならまだ手はある。
ひよりたちを救う手立てが残っている筈だ――上手くことが運べば、味方になってくれるかもしれない。
「忍野さ――」
「――まあ待て。本題に入りたいだろうが、一つ確認させろ……」
早速話を切り出そうとした俺を、忍野さんは手で制して口を開く。
「お前……名前を王城ロイドって言うんだったな?」
「……はい……」
「まさか王城陽平の息子かなんかか?」
ッ?!
思わぬ指摘に、できれば落ち着いた感じでいきたかったが、流石に動揺を隠せない表情を浮かべ、忍野さんの顔を見てしまった。
「…………知ってるんですか?」
「どうなんだ……?」
いいから答えろと言わんばかりに睨まれる。
「……もしも王城探偵事務所の陽平と聞いてるなら、その人は俺の叔父です……」
「フンッ、そういう事か……。アイツが身を固めるなんざ、そんな甲斐性のある男とは思えなかったが……」
「……叔父とはどういう関係なんです?」
「どうも何も、個人的に何度か仕事を頼んだだけだ」
「…………」
まさかのタイミングで叔父の名前が聞けるとは思わなかった――意外な繋がりではあったが、この際は好都合かもしれない――この要素が少しでも、この後の本題の手助けになると嬉しいんだが……。
…………そういえば…………。
昨日、さいたま新都心郵便局で予備策兼保険として事務所宛てに出した速達は無事に届いたのだろうか?
タイミングよく叔父がそれを見てくれて、俺たちの足取りを追って来ていて、颯爽とこの場に駆けつけてくれたりなんか……何て都合の良い事なんて起きる訳ねえよなぁ……。
かなり慎重に行動していたつもりだし、それこそ形跡なんて残すつもりも無かったし、幾ら叔父でも手掛かりゼロの状態の人間を追いかけるなんて不可能だろう――
「――遮って悪かったな――話せ」
「いえ……」
もう満足したのか、忍野さんはもう始めて構わないとばかりに先を促す。
……。
…………。
………………。
「……実は……〜〜〜」
俺は説明を開始する。
どこから何を話したら良いのかが分からなかったので、ほぼ全部を話すことにした。
元々の経緯。
俺が獅子門から引き受けた送迎の依頼。
そこから始まった壱楓ちゃんの誘拐未遂と、甚衛さんの銃撃事件。
事件の黒幕として暗躍しているであろう武蔵連合と双魚会の話。
そいつらが関与したであろうここまでの多数の襲撃。
後少しというところで、この近くで起こしてしまった、俺の不手際によるひよりたちの連れ去りの件。
極力正確に、詳細に、正直に話した。
包み隠さずに誠実さを、敬意を表して話したつもりだ。
そして最後には、その上で困っている事を伝えて、助けてくれるように頼んだ。
ひよりたちを救いたい事を訴えた。
一通り話し終えて忍野さんを見ると、目を瞑り腕を組んだ状態で聴き入っていたようで、そこから少ししてその目を開くと、
「なるほど……話は分かった……」
そう言ってから、
「お前が助けを必要としている事も理解した」
そう続け、
「だが、手は貸さない」
……。
…………。
………………。
「……………………は?」
思わぬ返答に、思わず間抜けな声を漏らす俺。
どういう事だ?
何が起きてる?
何で断られた?
「お前に手は貸さねえって言ったんだよ」
反応の鈍い俺に忍野さんは冷たく畳み掛けてくる。
どうする?
どうしたらいい?
いやそれよりも――
「――どういう事ですか……?」
まずは相手の話を聞かなきゃはじまらない。
俺は努めて冷静に聞き返す。
「どういう事って……そもそも何で、俺らがお前を助けなきゃいけないんだ?」
……?
…………だってそれは、
「甚衛さんと貴方はご学友って話では?」
「そりゃ昔の話だ。ただ同じ学校の同級生で、一緒にツルんで馬鹿やってたってだけだよ。この世界に入ってからは個人的な付き合いもないし、何なら兄弟の契り――盃だって交わしちゃいねえんだからよ」
………………。
「だったら何で今回の件。獅子門からの話を受けたんですか? 義理とか筋とか無えとか言うなら、最初から断りゃよかったじゃないですか?」
「『仕事』だから引き受けたんだよ」
「……仕事……?」
「獅子門からな。『礼』は弾むから、甚衛の孫娘と連れの2人ががここに訪ねてくるから匿ってくれってな」
「……ッ……」
話の流れがようやく読めてきた。
「ところがだ……実際にやって来たのは、連れの片割れだけ……。聞いてた話と違う――」
とはいえ……、
「これがだ。甚衛の孫娘がウチに来て、『お前らを助けてくれ』ならまだ分かる。獅子門の依頼の本命はその子だからな。ウチからしたらその子はお客人。『客』の頼みなら動く義理も筋もあるが――」
とはいえこの流れは非常に良くない。
「ただのオマケで付いて来たお前の頼み事を――」
極めて拙い状況だ。
「――聞いてやる義理と筋合いがどこにあるんだよ?」
俺は――間違えた。
判断を――間違えた。
選択を――間違えた。
「それとな……」
忍野さんの眼光が鋭く俺を見据える。
「その眼……」
「……眼?」
「その人を見透かすような眼だ。計算づくめの眼。そっくりだよ……。アイツの甥ってのが良く分かる。気にいらねえ……」
…………。
どうやら叔父の要素も、マイナスに働いてるらしい。
「嘘や誤魔化し無く正直に話したのは良いが、そこを勘定に入れて喋ってるのが丸分かりなんだよ――」
「――大事なモンを奪われて焦ったか?」
多分その通りだ。
無意識に逸った。
無意識に舐めていた。
無意識に油断していた。
前の一件で獅子門に一矢報いたからか、気の合う甚衛さんと話したからか。
他の連中も同じようなものだと思い込んだ。
極道相手に状況をコントロール出来ると踏んでいた。
逆だ――この人に俺が値踏みされて、値打ちが無えと値付けされた――全てを見破られた。
俺の反応――行動――言動が全て裏目に出た形だ。
「もう話が終わったなら、とっとと出てけ」
そう言い放って忍野さんは立ち上がり、部屋を後にしようとする。
だがまだだ――
「――待ってください」
計算外な事態は発生したが……断られる事は予想外じゃない……。
俺も立ち上がり、財布の中からソレを取り出してすかさず目の前に差し出す――スマホは置いて来ちまったが、財布は持って来れたので、肌身離さず持ち歩いて来れたおかげだ。
「……これは何だ……?」
渡したのはUSBメモリー。
「忍野さんは、BBって半グレの売春組織をご存知ですか? この辺りでも好き放題にしてましたよね?」
「……まあな。だが少し前に獅子門のところの藤丸組が潰したと聞いたぞ」
「ええ、その際にウチの叔父もその件に関わってたんですよ」
「…………で?」
「これはそのBBが管理していた『顧客リスト』のデータが入ってます。その中には警察組織の幹部や政治家、官僚の名前とかが載っています」
「………………」
「貴方ならこの価値が分かりますよね?」
万が一の場合に備えて常日頃から隠し持っていた秘策――切り札――俺の最終兵器。
以前、獅子門からBBに関する全データを預かった際に、使えそうなデータを無断でコピーしていたものである。
これは分の悪い非常に危険な『賭け』だ……。
万が一があればタダでは済まない。
だがこれしかない――率直な『救い』が求められないなら、取引によって『助け』を捻り出すしかないからだ。
俺個人の値段が安価なら、他で値段を釣り上げる。
「……どこでこれを?」
「ちょっとした縁でこのデータを預かる機会がありまして、その際にコピーを取りました……」
「コピー? 大本はどうした?」
「勿論、預かり物だったので、獅子門に返しました」
「……あの女にこのコピーの存在は?」
「――知りません。貴方が漏らさなければ、今後もこのままの筈です」
「そりゃマズイんじゃねえのか?」
「覚悟してます」
「……………………」
俺に対する目つきが変わる。
改めて査定をし直そうとしている。
俺も最後のチャンスを逃すつもりは無い。
「これまでの非礼を詫びます。貴方の指摘通り、俺は舐めてました。焦っていました。打算で動いてました」
鋭い眼光から目を逸らさない。
「でもそれは……どんな手段を使ってもアイツらを助けたいからです……」
これだけは嘘偽り無い真実の言葉だ。
これだけは否定させない。
「これを渡すんで……助けてください」
俺は深く頭を下げる。
「お願いします」
心の底からの気持ちではある。
だが、この間にも俺は駄目だった時を必死に考えている。次の手を考える。
これは俺の性分だ。
打算で動かずにはいられない。
こればかりはどうにもならない。
だけど当たり前だ。
俺が諦めるわけにはいかないんだから。
……。
…………。
………………。
「……………………」
長い長い沈黙。
もしかしたらまた底を見破られているのではと不安になるが――
――だがどうだろう?
俺に対する視線が、少しだけ和らいだ様な――
「――性根は気に入らねえ。だが、その後に引かない根性は気に入った……」
その言葉に顔を上げて見ると、
「……そこもアイツにそっくりだ……」
険しい顔つきながらも、ほんの少しだけ笑っているかいない様な微妙な表情でそう言い放った。
「…………ありがとうございますっ…………」
俺はまた頭を深く下げる。
「――但し、あくまでも連れ去られた場所を探してそこに連れて行くだけだ。そこから助け出す方法はお前自身でどうにかしろ」
「……充分です」
「少し待ってろ……」
そう言って忍野さんは部屋を出る。
……………………。
俺は深く息を吐いて、緊張で強張った身体をほぐすように少しだけ脱力する。
「……待ってろよ……」
独り言を呟き、それから上手く見つかった場合の模擬想定と、見つからなかった場合のシミュレーションの思考をはじめる。
33
東京都豊島区東池袋。
池袋駅から徒歩5分圏内に、アニメイト池袋本店があり、その斜向かいくらいの位置に、豊島区立中池袋公園がある――そこと隣接して、としま区民センターや東京建物Brillia HALLが立地されており、このエリアをHareza池袋と名称されている。
このエリア内では、通行人が途絶える事なく往来しており、時刻は夕方頃だというのに、非常に活気に満ちていると言える。
そんな公園内のベンチに、次々と横切っていく人々を流し目でただ眺めている人物が1人座っていた。
一見すると、どこにでもいる仕事終わりのサラリーマン。と言ったところだろうか。
今日はよほど骨の折れる案件だったのか、非常に疲れ切った表情で、ただただ呆然としているとも見て取れる。
何とも哀愁漂う姿に、思わず『お疲れ様です』と声を掛けたくなるような光景であるが――
「――よお學! 悪いな突然!!」
空気の読めない呑気な声掛け。
それを受けて學と呼ばれた男――サラリーマンの彼は声掛けされた方向を見る。
声を掛けてきた男――まず間違いなく王城陽平であった。
「やっぱり陽ちゃんか……」
「何だよその溜息は、友だちに対する反応にしちゃ失礼じゃねーか?」
「友だちなら普通、知らない番号のDMから一方的に呼び出したりしないと思うんだけど……」
「しょうがねえだろ。オレのスマホが壊れちまったんだから。いちいち細かい事を気にすんなよ」
ズバズバとそう言ってズカズカと彼の隣にドカッと遠慮無しに座る陽平。
「…………ハァッ…………」
その返答と行動。コチラの抗議にもめげないのは分かっていたので、静かにまた深いため息を吐く。
より正確に言えば、彼が疲れ切った表情をしていたのは、これまでが辛かったからではない。彼にとってはこれから大変疲れる事になると知っていたからだった。
「てか、その後ろの子たちは誰?」
陽平の方を向いた時に、その後ろに控えていた人物たちの姿が目に入り指摘する。
何とも見目麗しい2人組が、戸惑った様子でこちらを伺っている。
いつもなら陽平1人で会いに来る流れだというのに、珍しく連れがいるなんてと彼は内心少しだけ驚いていた。
「……パパ活?」
「バッキャロ」
「じゃあ誰よ。言っとくけど、部外者はNGよ?」
こればかりは看過できないと、キツめに確認する。
「安心しろって、オレの案件の関係者だよ」
「み、水無月璃子ですっ」
「……仙導レナです……」
陽平に促され、2人はそれぞれ名を名乗る。
「あの……陽平さん。この方は一体?」
その内の1人――水無月璃子と名乗った方が陽平に彼についてを尋ねる――どうも、この2人は訳も分からずにここに連れて来られたらしい。
「――コイツは高校の同級生で友人の風見鶏學――」
璃子の疑問に陽平はサラリと説明を始めると、
「――又の名をハリネズミ」
彼こと風見鶏學のもうひとつの名を何気なしに流れるように明かした。
「ハリネズミ? ……って、さっきの盗聴の会話で出てきた言葉ですよね? この人がハリネズミなんですか?」
次に反応したのは、仙導レナと名乗った方であった――何だか『盗聴』とか物騒な単語が聞こえた気がするが、風見鶏は気にしない事にした。
「あぁ、いわゆる“監視業者”ってやつでな。依頼人から指定された人物を、何時いかなる時も監視するのがお仕事でね」
レナの疑問に陽平が答えて続ける。
「張り込んで、寝ずに、見続けるから、“張り寝ず見”ってな。まあ正確にはコイツという個人じゃなくて、複数人の集団としての呼び名さ。監視手段は色々で、監視カメラをハッキングしての最先端技術な方法から、地道に尾行して人海戦術を使ってのローテクな方法まで――」
「――困るよ陽ちゃん」
解説していた陽平に対し、口を挟む風見鶏。
「あまりウチの内情をベラベラ喋られたら……社内規則に則って、みんな始末しなきゃならなくなるよ……?」
これ以上は……と、言わんばかりに風見鶏は陽平を嗜めるように諌める。
突然の剣呑な雰囲気に呑まれ、璃子とレナは思わず後退る――
「――悪い悪い。それよりひとつ聞きたい事があるんだがよ」
そんな雰囲気にも呑まれる事なく、陽平は悪びれずに謝りながらも、気楽な感じを崩さずに話を続ける。
「「「…………」」」
その軽快な姿勢には、陽平を除いた3人とも流石に『えぇ……』という困惑顔で見つめるしかできなかった。
とはいえ璃子とレナと違い、2人よりは関係性が長い風見鶏はすぐに切り替えると、
「……いいよ……何が聞きたいの?」
と、早く話を終わらせるためにも先を促した。
「流石はオレの友だち。話が早くて助かるよ――」
「――いいから早く話してよ……」
「……確か學のところって、『人探し』もやってたよな?」
「……まあね。監視と違うから手間賃や報酬が倍額だけど……てか、そんなの陽ちゃんも知って――」
「――双魚会からなに頼まれた?」
「――――」
手早く終わらせたかったので、素早く話して終わらせようとして口を開いた風見鶏だったが、その開口したままの状態で黙ってしまった。
「誰を見つけろって言われた?」
彼の反応を見逃さなかった陽平はすかさずに訊ねる。
「……………………」
対して風見鶏は口を閉じて何度目かの深い溜め息を吐く。
「學クン? もしも――」
「――ホントに勘弁してよ陽ちゃん……」
そう吐き捨てるように言ってから、陽平の目を見つめる風見鶏。
「それはマジでダメ。マジで無理。マジでヤバイ」
「何だよ、また社内規則か? それともコンプライアンス違反がどうのってか?」
「それもそうだけど、裏社会の“掟”的にも完全にアウト! ウチ自体が潰されちゃうって!」
「學……お前はいつから円卓派になったんだよ――」
「――兎にも角にもダメなものはダメ! 無理なものは無理!!」
風見鶏の全力の拒絶に対し、陽平も怯まない。
「頼むよ……困ってるんだ……」
「……気の毒だと思うけど……。それはそれ、これはこれ。どうすることもできないよ……」
「……ひでぇよ學……オレたち友だちだろ?」
「知ってる? 友情って儚いんだよ」
「…………」
押してもダメ。引いてもダメ。テコでも動く様子の無い風見鶏に流石の陽平も項垂れてしまう。
「………………」
「俺にも愛する妻と子どもたちがいるからさ。分かってよ陽ちゃん。他の事なら力になれるから――」
「――じゃあ、コレを學のカミさんに見しても良いよな……?」
「コレ……?」
今のうちにと立ち去ろうとしたところで、陽平が何処からともなく差し出した一枚の写真を見やる。
そこには――風見鶏が写っていた。
それ自体は別にどうでも良い。
彼にとって問題なのは、彼と一緒に写っている人物とその撮影されたであろう場所が大問題だった。
若い女性(勿論、彼の奥方ではない)と腕を組んでラブホテルに、今まさに入って行こうとしている場面を見事に収めた奇跡の一枚である。
「…………えぅ…………?」
変な声が漏れる風見鶏。
「えっ、あっ、え、あ、はっ? えっと、えっ? あ? はあ? ふっ、ふ? ふぇっ? ふぇっ? うえっ?」
言葉にならない言葉を発しながら、ゆっくりと項垂れていた陽平の方を見つめる。
「オレさ……だいぶ前にお前のカミさんに内緒で頼まれたんだよ。うちの旦那が怪しいって、浮気してるかもって。最初オレはまさかって、鼻で笑って否定したんだ。アイツは――學はそんな事をする奴じゃねえって。愛する奥さんと可愛い子どもたちがいるのに有り得ねえってな。でもあんまりヒステリックに言うもんだからさ。わかったわかった、無実を証明する為にって引き受けたんだ。……まさかこんな残念な結果になるとは思わなかったけどな……――」
落ち込みながらも淡々と、落ち着きながらも渋々と、だけど確実に相手に意図を理解出来るように、させるように早々と語り出す陽平。
「――オレ……どうしようか迷ったんだ……。依頼を、仕事を全うする『探偵』として果たすべきか。その信念を曲げて、友とその家族を守る為に『友情』を果たすべきか。……めちゃくちゃ迷って……めちゃくちゃ考えて……オレは自分の評価や地位よりも『友情』を選んだんだ。でもそれは間違ってたんだな……。オレと學は友だちじゃないんだもんな。もう友だちじゃないなら、これ全部カミさんに正直に話しても良いよな? オレも『探偵』として責務を果たしても良いんだもんな――」
陽平は顔を上げ――表情も物言いも、わざとらしくもの悲しそうにしながらも、その眼だけは何も感情がこもっておらず、冷酷に告げる。
「――友情って儚いな……」
そこから風見鶏學が告白するのに躊躇は無かった。
34
監視業者・ハリネズミ。
裏社会でその名を聞けば知らぬ者などいない、とされている程である――知名度もそうだがその腕前も確かであり、『高く付くが見張りをさせるならハリネズミ』、『見張りを見張るならハリネズミにさせろ』と、そのスジの大御所たちからお墨付きを頂戴している。
個人ではなく集団として活動しており、総勢は約100名。明確な階級は無いが、厳格な役割分担が存在しており、ハリネズミの1人である風見鶏學はその役割の中でも特殊な『探し見る』に割り当てられている。
普通に依頼するだけでも高額に設定されている、通常の監視業務である『観察・記録・監督』から外れ、更に倍額に設定されているが、依頼人から指定された対象を必ず探し出して見つける『探見係』は、外側からは重宝される、内側からは特殊な存在であった。
そんな探見係である風見鶏に依頼が入ったのは昨日の事。
依頼人は双魚会の鰐淵傑。
依頼内容は『双魚会の『金庫』を襲った馬鹿を見つけろ』というものだった。
暴対法が施行され、暴力団に対する銀行口座への凍結や解約や開設拒否などから、特に一時期、特定指定暴力団に指定された双魚会には、合法・非合法問わず集められ所有していた現金資産を預金・保管する場所が無かった。
その為、自らが関係・関連するフロント企業として活動していた3つの会社に金庫代わりとして現金資産を分割して預けていたのだ。
埼玉のコイノボリ総合商社。
八重雲の鮎川興業。
東京の岩魚乃カンパニー。
その3箇所が一昨日の昼過ぎ頃に、ほぼ同時刻に襲われた。
被害額は総額で100億以上。
これは双魚会が所有する総資産の70%以上であり、現金資産としては90%以上が強奪された事になる。
その手口は巧妙で、手掛かりはほぼ無し。
そんな状態で幾ら裏社会に顔が効く双魚会としても、外聞を気にしながら下手人を探し出す程の力は残っていなかった為、今回の依頼に至ったという経緯である。
そして風見鶏はその高難易度な依頼を、僅か1日でこの東京都内にその強奪者たちが移動していた事を突き止め、双魚会に報告したという事であった――
35
「――……という訳です……」
そう言って、今度は風見鶏さんが項垂れながら全てを白状した。
陽平さんが友だちに会うと言って、言われるがまま東京の池袋まで来て、監視業者とかいう聞いた事もない業種の方にお会いして、黙って会話を聞いていたら、何か陽平さんが彼を脅して喋らせていた。
……まあ、浮気には同情しないが……この脅迫は少しだけ気の毒と思ってしまった。
「なるほどな……。よし、大体分かった。ありがとな學! もう帰って良いぞ。ほい写真! コピーとかそういう事はしてないから安心しろ! この記憶はオレが責任を持って墓場まで持って行ってやる」
「あぁ……うん……」
「それと友だちとして警告するけど、浮気し過ぎお前。この娘以外で何人も関係持ち過ぎだ」
「…………」
「節制しろ節制。家庭持ちなんだから家族を悲しませるなよ?」
「………………」
「また何かあったらよろしくな!!」
「…………ハイ…………」
生気のない顔で写真を受け取り、更に追い打ちをかけられ虚ろな表情で立ち上がると、風見鶏さんはトボトボとこの場から離れて行ってしまった。
「……良いんですかアレ?」
思わずアタシは陽平さんに聞く。
何かこのまま駅のホームから電車に飛び込みそうな雰囲気なんだけど……。
「良いの良いの! アイツにはキツイお灸が必要なんだよ」
対して彼は特に気にもしない様子で言い放つ。
「死んでも治らない悪癖ってヤツだな。どうせ次の日には忘れて若い子の尻を追い掛けるヤツなのさ」
……。
まあ、だったら良いのか。
コチラとしては、とにかく次の手掛かりが手に入ったのだから、そっちに注力すべきではあるだろう。
とはいえ、事態は更に混迷を極めた気がする。
ロイド君たちを狙っている連中の黒幕だと思っていた暴力団が実は黒幕ではなくて、別の何者かに襲われて総額100億という金を奪われており、双魚会の人たちはその金を必死になって探していて、その行方がこの東京都内にあるという。
……。
…………。
………………。
いやいや、一体全体何が起きてる?
もう何が何だか分からなすぎる。
アタシの脳の容量超過し過ぎて、外気温と合わせて熱暴走を起こしてしまいそうだ。
「……………………」
璃子なんてさっきからずっと黙って考え事をしているばっかりである。
「……〜〜〜だから鰐淵はただ単に巻き込まれたわけで……〜〜〜じゃなくて標的だったのか? やっぱり裏で糸引いてるのはあの女……〜〜〜……説明はつくが動機がよく分からん……ロイドを巻き込んで〜〜〜いや、ロイドじゃあ無いのか? いやでも〜〜〜……」
対して陽平さんはまた独り言を呟いてるし。
アタシにはどうしたらいいか分からずに見守っていると――
「――悪いレナちゃん。またスマホ借りていいかな?」
唐突にそうお願いされた。
「あぁ……はい……」
アタシは特に抵抗なく手渡す――元々、風見鶏さんに会う前に呼び出したいからと貸していたからだ。
スマホを操作して連絡を取り始める。
「? てか誰に掛けているんです?」
答える代わりにすぐさま電話が繋がり、スピーカーモードに切り替えると――
『――少し早くないですか、陽平クン?』
その声は聞き覚えがある。
何せついさっきまで直接会って当人と話をしていたのだから、
「蛇の眼。双魚会の金庫を襲った連中は今何処にいる?」
挨拶も無く、単刀直入に本題に入る陽平さん。
『流石。そこまでは突き止めましたか』
「あんま舐めんなよ?」
『……では真相の方は……?』
「憶測の域は出てねえがな。大筋は掴めた」
『素晴らしいじゃないですか。最後まで自身で動かれては如何です?』
「……嫌な予感がする。モタモタしてるヒマはねえ。オレの矜持は捨てる」
『……本当に、そういう勘の良さは羨ましいです……』
それに特に気にもせず話を進める蛇の眼さん。
「いいからとっとと教えてくれって」
『別にそれは構いませんが……対価は? さっき全部出して金欠なんでしょう?』
「……ツケ――」
『――ツケませんよ?』
「…………チッ」
『切りますよ?』
「チョッ待てよ」
この2人の会話は突発で雑。一方的に敵対するでも親密でもなく、互いに気にならない距離感で話している感じだ。
何の障害も無く、水に流れるみたいに、テンポ良く話が進む。
「情報の買い取りもやってるよな?」
『私の知らない事であれば喜んで――』
「――“レオ”に会った」
『……何時? 何処で?』
「ひと月前のロンドン」
『その後の行方は……?』
「パナマに寄って、その次にワシントンに行くって言ってたよ」
『何をしに?』
「知らね。ただ妙に円卓も“コミュニティ”も落ち着きがないらしい。あそこ辺りの動向にも気を配っといた方がいいかも知れんぜ?」
『…………』
……風見鶏さんとの会話の内容より、もっと理解ができない会話の応酬が発生している……。
「あの、リオンって誰ですか……?」
流石に置いてきぼりが過ぎるので、陽平さんに聞いてみるが、
『それは聞かない方が身の為ですよ、お嬢さん』
何とまさかの蛇の眼さんの方から追求を止められてしまった。
そして陽平さんも同じく答える気はないようで、
「気にすんな。今回の件とは関係無いから」
と、言われてしまった。
……まあ、少し気になる程度だったし、ともかくこれでロイド君たちの情報が何か手に入るならそれで構わないが……。
『……うん、裏が取れました。事実のようですね。その情報を買い取りましょう……』
どうやら無事に売買成立したらしい。
『しかし貴方もヒトが悪い。そんな情報をお持ちならさっきお話しすれば良かったのに……ロイドクンの行方はともかく、他の情報なら快く提供出来たかも知れませんのに……』
揶揄うように蛇の眼さんは指摘する――これにはアタシも少しだけ同じ事を思ってしまった。
「……カードゲームで勝つコツを教えようか? 切り札は最後まで取っておくもんなんだよ……」
『……それならば、カードの切り方が重要では?』
「うるせえ。いいからサッサと教えろって!!」
痛い所を突かれたのか、声を荒げる陽平さん。
『やれやれ、現在地は〜〜〜』
彼からの雑な催促に特に気にもせず住所を伝える蛇の眼さん。
「よし、分かった……。最後にもう一つ頼みたい。双魚会に何か動きがあったら教えてくれ」
『まあ、その程度であればいいでしょう……』
「じゃあよろしく――」
――そこで通話を切り、スマホをアタシに返す。
「話は聞いてたな? 次に移動するぞ」
「はい――」
「――あの〜…………」
動き出そうとしていた陽平さんに、ずっと黙っていた璃子が口を開く。
「……璃子……?」
その様子に異変を感じたアタシが先に声を掛け、
「どうした璃子ちゃん?」
遅れて陽平さんも反応する。
アタシたちに見つめられた璃子は、何やら言おうか言わまいか、と迷っているようだった。
「……なあ、璃子ちゃん……」
「は、はい……」
そんな彼女の迷いを察した陽平さんが、今度は先に声を掛ける。
「オレたちはロイドたちを助けようっていう仲間なんだ。何か気になることや、気付いたことがあるなら、それがどんなに小さくて大した事がない事かもしれないものだとしても、遠慮なく言ってほしいし、教えてくれると助かる」
先程までの軽薄そうで軽快な態度から、一変してすごく真面目な表情と口調で語り掛ける。
「一緒にアイツらを助けようぜ」
彼はそう言って真剣な顔つきで手を差し出す。
「……分かりました……」
その態度に感化されたのか、璃子も迷う気持ちを捨てて伝えたかった事を言うために口を開く、
「先程お会いした風見鶏さんという方は、監視業者のハリネズミと呼ばれる、その道のプロという方なのですよね?」
「ああ」
「で、特にあの方は探して見つけるのが得意な方ですよね?」
「そうだな」
「でしたら、あの方にロイドさんを探して欲しいと頼めば良かったのでは?」
……。
…………。
………………。
「「「……………………」」」
非常に真剣な顔つきの陽平さんが、アタシたちを交互に見つめ、そのままゆっくりと背中を向けて、大きく深呼吸をしてから――
「――…………D'oh…………!!!!!!!!」
公園内に大絶叫が響き渡った。
36
「……着いたぞ……」
車が停車し、助手席にいた男から声を掛けられ、俺はすぐに車を降りる。
夕陽もだいぶ沈み、薄暗くなりはじめた時刻。風が少し強いのと、その風に乗って海が近いからか微かに磯の香りがする。
「……此処は?」
「ハッ、東京は初めてか? お台場だよ……」
「お台場って事は、フジテレビのテレビ局があるあそこですか?」
「正解だ……と言ってもそのビルはココからじゃ見えないがな」
助手席にいた男も一緒に車を降りて、こちらの質問に答える。
忍野さんと面会をしてから1時間もしないうちに、俺はこの人たちに着いて来いと声を掛けられ、車に乗って此処まで来ていた。
お台場――港区台場・品川区東八潮・江東区青海からなる埋立地――東京港埋立第13号地――の北部の商業地を指すエリアである。
そして、此処に連れて来られたって事は……、
「ひよりたちは此処にいるんですか?」
俺の疑問に男はある一方を指差しながら、
「ああ。此処からもう少し歩いた角に、廃棄された物流倉庫がある。そこにいるはずだ」
そう答えた。
「どうやって此処が?」
「お前が覚えてたハイエースのナンバーを調べて追跡したら、そこの倉庫に駐車してるのを発見した」
「……そこから誰か移動した形跡は?」
「我々が発見してから何人か倉庫内に入って行くのは確認されたが、出て行ったヤツはいないそうだ」
「……情報、信用して良いんですよね?」
「菱川組の情報網は確かだ。……それにオレらの組長は約束を守られる方だ。口を慎め……」
「失礼しました……」
「それと伝言だ。『もしも上手くいってまた本部まで来られたら、その時はちゃんと受け入れてやる』との事だ」
「……ありがとうございます……」
俺は素直に礼を言うと、男は車に乗り込んでから出発してその場を即座に離れた。
「…………」
俺はすぐに指差された方に歩き出す。
数分程歩いてお目当ての廃倉庫を見つけた。
……デカいな……。
想像していたよりかなり大きい規模の倉庫みたいだ。外見は時間の経過で劣化しているのか、かなり薄汚れており、見た目的な怪しさとしては十分だろう。
…………!
敷地内を見回していると、ひよりたちが乗せられたグレーのハイエースを見つけ、周囲を警戒しながらそこに近づく。
濃いスモークが貼られているせいで、いまいちよく見えないが、気配的に車内は誰もいないようだ。
幸運にも鍵が掛かってなかったので、車内に入り何か武器になりそうなものを物色する事にする。
素早く見回り、特に目ぼしい物も無かったので、仕方なく倉庫内に行こうとしたところで、殺風景な後部座席エリアの方のソレが目に入った。
それはただの小さな木の棒。
だがそれは間違いなく、ひよりが食っていたガリガリくんの当たり棒であった。
「…………待ってろよ…………」
内心、本当に此処にひよりたちがいるのかと半信半疑だった部分が確信に変わり、俺は強く決心して当たり棒を胸ポケットにしまう。
車から降りた俺は警戒をしつつ、倉庫の外周をよく観察してから、敵に察知されにくそうな通用口と思われる扉を発見した――扉と言ったが、不用心にも開け放たれており(俺としちゃ好都合だが)、侵入は容易そうだ。
いよいよ内部に入り、奥へと進む。
建物の外観に反して、内部の内装は普通というか、とても綺麗に整っていた。
照明も問題無く点灯しているし、空調設備も通常稼働しているようだ。
なのに、監視カメラや防犯カメラといった存在は無く、違和感というか気持ち悪さを感じながらも廊下を前進し続ける。
更に奥に進むと、やがて両開き式のスイングドアを見つけた。
ドアに小窓があったので、そこから中を覗く。
……どうも内部はかなり大きな空間になっているようだ――おそらく此処が、この大倉庫におけるメインエリアと言ったところだろうか……。
俺は極力、物音を立てないように慎重にドアを開けてから内部に侵入する。
…………。
何でここにトラックがあるんだ?
全部で4台の馬鹿でかいトラックが駐車されている――まあそもそも物流倉庫なのだから、トラックがあるのは当たり前っちゃ当たり前な話なのだが――だけどここの倉庫はもう使われていないはずだから、そもそもトラックがあるのがおかしいし――更に追記するとトラックの荷台部分には、聞いた事がない社名やらロゴマークが印字されている。
そしてこのデカいトラックのせいで、全体を見通すのは難しく、俺の姿を隠してくれるのには好都合なんだが、反対に敵の位置を窺い知る事が出来ないのが痛手だ。
周囲を警戒しつつ周りを見ていると、その車両たちから少し離れたところに変なガラクタ? のような物が置かれた場所を見つけた。
此処に来るまで整えられた内部だっただけに、妙な違和感を覚えた俺はそこに近づく。
様々な工具やら木材やら鉄材、開封されて中身の無い段ボール――その空き箱たち自体には冷蔵庫とか発電機とか折り畳み式のベッドとか印字されており、中身はそれが入ってたのか? と、予想される――更には色んな種類のネジや釘に、あとは……青空の風景があしらった粘着式のシートかこりゃ……?
形跡的に最近というかついさっきまで使われていたような状態だ。
よほど急いでたのか、それらの道具や資材が乱雑に捨て置かれているって感じがする。
…………何だってこんな物が?
よく分からないが、そこそこ大きいスパナを見つけたので、2本拝借するとしよう。
……しかしどうもこっち方面には、ひよりたちは居なさそうだ。
となるとまたトラックの方に戻って、反対側を見るしかなさそうである。
俺はトラックとトラックの間――側面側との僅かな車間を静かにゆっくりと進んで行く。
そんな中でふと一つの疑問が浮かぶ。
……もしかして、ここが奴らの根城って訳じゃないのか……?
てっきりこの倉庫が奴らの本拠地。そしてあのハイエースが奴らの移動手段かと思ってた。
だが実際は、この倉庫内の警備はざるだ――カメラも無ければ見張りもいない。
お次にあのハイエースに鍵は掛かってなかった――するとこの整備されたトラックが奴らの次の足として機能する訳だが……。
それらから推測するに、ここもあのハイエースももう用無しって事になる。
ここから更に移動しようとしてる?
もしもそうなら、あまりモタモタとひよりたちを探してる時間は無い――いや――まだこの倉庫内のどこにいるのか分からない以上、無闇矢鱈と動き回るわけにもいかない。
だったら……このトラックのタイヤの空気でも抜くか……?
幸い、工具はさっきの所に探せばありそうだから、上手くいけば奴らの妨害ができそうだ。
ならそうと決まれば早速――
――ん?
戻ろうとしたところで、俺は一瞬立ち止まる。
…………?
見ているのは、計4台のトラックの内の1台。
そのタイヤ部分。
小さな違和感。
一見すると他のトラックと変わり映えしないが、何だかコイツだけ妙に引っかかる……。
――何だ? 何が気になってる?
自分自身でも解消できない疑念に、普通なら状況的には急がなきゃならないはずなのに、俺はじっくりと観察する。
……。
…………?
………………これは――
「――だから〜〜〜……で、〜〜〜……他に〜〜〜」
!!
まだ確認できてなかった方向から、微かに話し声が聞こえた。
「〜〜〜……〜〜〜」
俺は咄嗟にしゃがんで耳を澄ませ、より正確に何処から聞こえたのかを確認する。
「……〜〜〜……」
こっちか……?
聞こえた声の方に向かって進む。
「〜〜〜〜〜〜……」
「……〜〜〜〜〜〜」
それから複数の声。
「〜〜〜〜〜〜」
……複数の男の声と……それから女の声か……?
会話の内容は詳しく聞き取れないが、会話の流れを推測するに、ワイワイガヤガヤ好き勝手に話してるというよりも、男たちが各自何かを聞いてそれに女が答えているって感じだ。
そしてそう……その女の声……。
何処かで聞き覚えのある声な気がする。
何処でだ?
何か引っ掛かる声をしてる。
誰だかは思い出せない……そう……思い出せないんだが、何故か苛つくというかムカつくという気持ちが沸々と湧き上がってくる。
ゆっくりと声のする方に近づき、トラックたちの間を抜けると、目の前には病院とかで見かけるような移動式の間仕切りが複数枚で連なって広がっていた。
どうも声はその向こう側から聞こえるようだ。
俺は慎重にその間仕切りと距離を取りながら、回り込むように――声のする方とは反対の方に――移動する。
そして、その連なった間仕切りの端の部分に着いたところで、一旦呼吸を整える。
恐らくは、この向こう側にひよりたちを攫った連中のほとんどがいるはずだ――いや、見張りも配置してないんだから確実に全員いる。
流石にコイツらを一気に纏めて相手取る程、俺はそこまで勇ましくは無い。
とりあえず覗き見での様子見と、どんな会話をしてるんだかの盗み聞きをしての状況把握が先決だろう。
すぅ……はぁ……すう……はあ……。
気取られないように、されどしっかりと深呼吸をする。
頼むから誰も気付かないでくれよ……。
そう祈りながら意を決して少しずつ覗き込んでいく。
見ると、まずは思っていた通り、男たちがパイプ椅子に座って前を――俺から背を向ける形で座っており――向きながら女の話を聞いていて、適宜質問をしているという感じだ。
女は女で質問に答えながら、ホワイトボードに貼られた……何だありゃ? 地図か? あまり顔を出せないのでよく見えない……地図というか……いや地図なんだが、地図じゃないっていうか……。
そっちに意識を割きながらも、最後に女の方にも視線を移して――
――あぁ……なるほどね……。
どおりで聞き覚えのある声だと思った。
イライラもするし、ムカムカもするわけだ。
忘れるはずが無い……されど覚えていたくは無かった声だ……。
できれば完全に忘れてしまいたかった。
だが、その容姿は忘れられないだろう。
前回の時と同じ、頭の右半分が紫色、反対の左半分が黄緑色に染められた奇抜な髪色を持ったツインテール。
服装は前回と違うが、赤ワインよりも濃い紅色のシャツに、ピンクとブルー色のゼブラ模様のダボっとしたズボンというアバンギャルドな格好で、長時間見続けたら目が破裂しそうだ。
前回の因縁の1つ。
仙導事件の元凶の1人。
その女――チョミ!!!!!!!!」
37
――しくじった……。
感情が昂って、つい思わず身を乗り出して声に出しちまった。
「ウェイ? ……あり……ひょっとしてロイロイ?」
チョミを含めた全員が俺の方に視線を向ける。
そしてその中には、
「えっ? ロイロイ? なにチョミさん。この子と知り合いなん?」
さっきは随分と世話になった、SCCサービスとか名乗ってたレミエルもおり、少し驚いた風にチョミに声を掛ける。
てか、よく見ると俺が殴り倒したウリエルもいるし、全部で総勢7、8人くらいがこの場にいやがる……改めて飛び出したのは大失敗だったと後悔しまくる。
「ん〜〜〜、知り合いってゆうか〜。あーしらはそんな薄っぺらい関係ぢゃないってゆうか〜? そうだな〜〜〜、なんてゆうか〜……そう……好敵手? お互いを高め合うRivalみたいなってゆうか? ナルトに対するサスケみたいな? 坂田銀時に対する高杉晋助みたいな? 黒崎一護に対する石田雨竜みたいな?」
「……チョミさんがジャンプ派で、色々と実年齢が察せられそうなのは分かったよ……。でも2人はそんな感じなんだ」
「しょゆこと〜、ねっ? ロイロ――ちょウェイッ!!??」
クソ、避けやがった。
てかまたしくじったわ。
ムカついて腹立ったから、無意識で隠し持ってたスパナを1本を顔面目掛けてぶん投げてたわ。
とはいえその投げられたスパナは、ホワイトボードにぶち当たって後ろの方に派手に倒れただけだった。
「っぶねえ!! なに晒しとんぢゃこのクソガキャァアッ!!!!!!!!!」
「喧しいわこのクソアバズレがぁッ!!!!」
「アバズッ!? ピチピチの幼気な乙女に向かってなんて事言うんぢゃッ!!!!」
「誰がピチピチじゃ!! テメェはただの痛い気なババアだろうがッ!!!!」
「ババアぢゃねえッ!!!!!!」
「クソババアだわ!!!!!!」
「もう勘弁ならねえ!! 覚悟しろコラッ!!」
「そりゃこっちの台詞だわ!! ここで会ったが100年目じゃコラッ!!!!」
ダメだこりゃ。
この女を目の前にすると、前回逃げ切れられた事を思い出してどうしても頭に血が昇っちまって声を荒げちまう。
「Wow……凄いなコレ」
「めっちゃ互いに罵るじゃんコレ」
「……容赦無えな……」
「てか、『ここで会ったが何年目』とか初めて聞いたで」
「なっ! まじウケる」
「てかこの会話自体がもうなんか完全に典型なパターンで草生える」
「……これは笑うわ……」
「というか女性にスパナをぶん投げるとか容赦なさ過ぎではないです?」
「それな」
そんな俺たちのやり取りを、レミエルたちは遠巻きに眺めながら、勝手に盛り上がって茶化したり、好き勝手にぺちゃくちゃとお喋りして面白がっていた。
そういった連中の冷めた視線もあって、俺もようやく冷静さを取り戻して、改めてチョミを睨み付ける。
「……何でテメェがここに居る?」
「そりゃこっちのセリフ……何でロイロイがここに居るのさ?」
……とぼけてる?
いや……俺がここに居るのは想定外なのか……?
「……ひよりたちは何処だ?」
「ひより……? あ〜……ロイロイの妹ちゃんのひよりんの事?」
「それ以外に居るか?」
「ん〜? でも『ひよりたち』ってのは……?」
「……壱楓ちゃんだよ。そっちがお前らの本命だろうが……」
…………。
会話が噛み合ってない気がする。
「イチカチャン? ……レミたん?」
相変わらず首を傾げているチョミはレミエルに視線を向ける。
「……依頼人から追加の依頼が来てね……『パッケージ』以外に『それ』も一緒に届ける事になった……」
淡々と報告するレミエル。
「……あーしは何も聞いてないにょん?」
「ちょっとした予定の変更だから、チョミさんに伝える必要は無いとの判断だってさ……」
「なるへそ……だからさっきまであーしが合流してからもゴチャゴチャ何かやってたわけね……」
前回と同じ流れのように、チョミの方では段々と理解と納得がいってるみたいだ。宙を見上げてから目を細める。
「…………ふ〜〜〜ん…………」
やがて楽しそうに笑みを浮かべた。
「おいこらチョミ」
俺は苛立ちを抑えながらも、我慢できずにちょっと語気を荒げて言う。
「正直に言え。お前が黒幕なのか?」
俺の質問にチョミは笑みを崩さないまま、
「半分正解」
と、答える。
嘘は言ってなさそうだが、今なんて答えた?
…………半分正解…………?
「次だ。お前は武蔵連合の人間なのか?」
まあいい。
とにかく色々と聞きたいのが多過ぎるんだ。
ここで質問攻めにしとかねえと……。
「そっちも半分正解……」
……また半分か……。
「どういう意味だ?」
「『だった』……今は武蔵連合を抜けてるニャン」
「…………」
BBの時と同じ感じか。
組織内でまた何かあって、コイツが一抜けをかましたって事だろうが……。
「何を企んでる?」
話を整理しようにも、頭ん中がごちゃごちゃとこんがらがって碌に働いてくれない――ひよりたちの安否を気にし過ぎて、酷く焦ってるってのも要因だろう。
「あ〜〜〜、ロイロイ」
そう言ってチョミは自身のスマホを一瞥してから、
「久しぶりに会えて色々と話したいのはあーしも何だけどさ……」
わざとらしく残念そうな表情を浮かべ、
「悪いけどお仕事中でね。もう行かなきゃなんだよね〜〜〜」
話はここまでと、腕でバッテンマークを作って見せる。
「……このまま全員行かせると思ってんのか?」
「前は行かせてくれたですしお寿司……」
……。
俺は近くにあったパイプ椅子を素早くチョミに向かってぶん投げる――
「――良くないなあ……」
それを見越していたのか、いつの間にかレミエルが横から入って来て、その投げられたパイプ椅子を見事に蹴り捨てた。
「オレらの存在を忘れちゃいましたか?」
チョミの前にさっきまで傍観者ヅラしていた連中がずらずらと立ちはだかる。
「……死にたくねえなら退け……」
「良いんですか? こっちは壱楓さんたち――人質がいるんですけど?」
「ここは見張りもカメラも無かった。て事は、ひよりたちを見張ってる奴もいねえって事だろ? ここに全員がいるなら全員をブッ殺して探し出せば良いだけだ」
「……ふむ、そういう頭はまだ働くんですね……」
少しだけ感心したように、レミエルは頷く。
「……………………」
俺としてはもう話す事はないので、さっさと始めようとしたところで――
「――ウェイウェイ! ちょい待ち〜〜〜」
未だ逃げてなかったチョミが声を上げる。
「盛り上がってるところ悪いけど、ホントに今は時間が無いので〜」
「ゴリッチョ〜〜〜、Showtime」
……。
…………。
………………。
「……………………は?」
レミエルたちの人壁から、巨人は現れた――より正確に言うなら、どうも最初からソイツはいたらしい――全く気付かなかった。いや多分、俺は無意識に見ないフリをしていたんだろう。
あまりにも苦い思い出だったから……。
思い出したくも無い人物第二号。
俺のPTSD。
鍛えに鍛え抜かれ、筋肉に筋肉を着たような強靭な肉体。
筋肉の神様の申し子。
「…………G…………」
ゴリアテ。
再び化物と相見えるなんざ、誰が思うよ?
※後編に続く。
本作品『第二話 ウオッカ・アイスバーグでよろしく』は、次回の後編で終となります。
どうか最後までお楽しみください。




