第二話 ウオッカ・アイスバーグでよろしく(後編)
こちらの作品は、『第二話 ウオッカ・アイスバーグでよろしく』の後編となっております。
ぜひ、最後までお楽しみください。
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「…………ッ〜〜〜…………!!!!!!!!」
凄えなあ……。
前にも思ったが、人じゃなくてまるで獣、いや化物か。地響きみたいな唸り声を上げやがる。
「何でコイツが此処に居る?」
そう言って俺はチョミを睨み付ける。
「そりゃモロチン、あーしの手伝いのため」
それに対してこともなげに言い放つチョミ。
「まあ、こういう風に使うつもりは無かったけどね〜」
そして最後にそう言ってチョミは面白そうに笑みを浮かべる。
「まあまあ、いいぢゃん。ゴリッチョもロイロイに借りを返したかったんだってさ。リベンジマッチに付き合ってあげなよ?」
「……マジでふざけんなよクソが……」
俺は吐き捨てるようにそう呟いて、Gに向き直る。
対してGは真っ直ぐにこっちを見据えている。
微動だにせず、1秒たりとも目を離さないようにしている感じだ。
「……………………ッ………………ッ…………ッ……」
呼吸の間隔が少しずつ速くなってる――エンジンを掛けて温めてるってところか――こっちが構えるよりも先に始めようって腹づもりだろう。
そうはさせるか。
俺は隠し持ってたもう一本のスパナをGの顔面に投げ付ける。
真っ直ぐに向かっていくそれを、Gは怯む事なく平然と片腕を上げて受け切る。
それで良い。
それが狙いだ。
俺はその間に一気に距離を縮め、奴の足元まで潜り込んでいた。
「!!?」
Gも流石にこの行動は予見出来なかったらしい――咄嗟に後ろに下がろうとするが――だが遅え。
前回の喧嘩で、コイツの癖は分かってる。
大振りの直線。
体格に頼った闘い方。
基本は「待ち」の姿勢からの反攻――その反攻の一撃が致命的である事。
ならやる事は速攻だ――俊敏性では俺の方が一枚上手だ。
潜り込めたら狙うは前回と同じ箇所。
――金的。
あばよ――
俺の拳が奴の股間に――
…………はあ…………?
――入った、はずだ。
それは見事に、思わず目を逸らしたくなる程に、綺麗な一撃をお見舞いしてやったはずだ。
手応えがないわけじゃ無い。
急所を保護する防具――いわゆる、ファールカップやセーフティカップと呼ばれるような物を装着している感触は無く、きちんと人体を捉えているはずなんだ。
なのに、殴った感想は……、
鉄アレイでも入ってんのかコレ?
「――ああ、しょうだ」
唐突にチョミの、
「ゴリッチョってね。ロイロイは知らんと思うけど、プロ意識ものすごく高くてさ。仕事で失敗した時は、その原因はキチンと克服してから次に臨む仕事人の鑑なんだにょん」
聞きたくもない横槍が入る。
…………マジかよ…………。
「そこって鍛えられんのかよ?」
思わず漏らしたその一言の後、
「――ッ!!!!!!!!」
Gの咆哮。
そして馬鹿デケェ右拳が俺の顔面を捉え、そのまま地面に叩き付けられる。
「――ッッッグブッッッ!?!?!?!?」
衝撃。
激痛。
また衝撃。
視界が歪み、脳みそが揺れて、
意識が――――――――
39
……。
…………。
………………。
……………………何か。
声が聞こえます………………。
それは最初は微かに…………。
徐々に少しずつ……。
そして――
「――いちかちゃん……」
はっきりとその声が耳に入った時、わたしは目を覚ましました。
「…………ひよりちゃん?」
「うん、おきれる?」
わたしはまだ頭の中がボーッとしながらも、ひよりちゃんに言われて起き上がります――どうやらわたしたちはベッド? みたいな物で眠っていたようです。
「……ここは?」
「わからない……ひよりもさっき、おきたところ……」
思わず聞いてしまいましたが、わからないのは当然だと思います。
当たり前です。
しょうがないです。
だってちょっと前まで、連れ去られた車の中で出された薬を飲んで、そこから少しして眠いのが抑えられなくて寝てしまって、起きたら知らない、知らない……これは部屋? でしょうか?
細長い部屋。
窓が無いので外も見えません。
そして時計とかも無いので、今が何時なのかもわかりません。
でもその代わりなのかわかりませんが、明かりは点いていて、涼しい風が出ているエアコン? みたいな箱は設置してあるし、小さな冷蔵庫もあるし、壁と天井には青空みたいなシール? シートみたいな物が貼られており、閉じ込められているのですが、変な気持ち悪さは今のところありません。
さっきの車の中よりは居心地の悪さが少ないのは、とりあえず、ひとまず良かったです。
「あの人たちもいないね……」
「……うん、そうみたい」
何度か周囲を見回して、わたしたちを攫った人たちが居ないのもわかりました。
……。
「この中なら好きにしていいのかな?」
「だとおもう」
おそらくは、わたしたちを閉じこめておく用のお部屋なのだと思います。
ダメなら手足を縛ったりして、動くのを制限したりすると思うので……。
とはいえ、それ以外は何もわかりません。
「…………」
わからないのが怖くて、怖いから動いてもいいのにわたしはベッドから降りられなくて、ただ震えるしかできないのに…………。
「だいじょうぶ? これおみず。いちかちゃんも、のんだほうがいい」
震えているわたしを心配してひよりちゃんは声を掛けてくれて、冷蔵庫から飲み物や食べ物を持ってきてくれました。
「……大丈夫かな? さっきみたいに薬とか入れられたりとか……」
「たぶんだいじょうぶだとおもう」
「何でそう思うの……?」
「これにさいくをされてるようなかんじはしない。したとしてもがいはないとおもう。それになにかするなら、さっきひよりたちがねむってるときにするとおもう」
「…………」
「あれからどれくらいじかんがたったのかわからないから、なにかくちにいれないと……」
怖くて警戒して迷っているわたしの疑問を、ひよりちゃんは落ち着いて説明してくれます。
さっきの車の中でも自分から薬を受け取って飲んだ時のように、この冷蔵庫に仕舞われていた飲み物を開けて先に口を付ける思い切りのよさに、わたしは嬉しさと感心さ半分、恐ろしさ半分の気持ちで飲み物を受け取ります。
「…………ふぅ…………」
恐る恐る飲み物を口に含み、感覚的に害が無さそうな気がしたので飲み込むと、身体全体が潤ったのを感じて――そこでようやく喉が乾いていたのを自覚して、わたしはあっという間に飲み干すと、ゆっくりとひと息つきました。
「……ん……」
それを見てひよりちゃんは、冷蔵庫から一緒に取り出していた食料――パンとかおにぎりを差し出します。
「ありがとう……」
今度は迷わずに受け取って、それらを食べはじめます。
……………………。
不思議なものです。
飲んで、食べて、お腹が膨れると、沈んだ気持ちが少しだけ落ち着いた気がします。
そして落ち着くと、
「ねえ、ひよりちゃん」
「ん?」
「あれ、何かなあ?」
さっきまで気にならなかった、気にしてなかった物が目に付くようになります。
細長い部屋の一方――わたしたちがいるベッドや冷蔵庫や色々な物がある位置――から真反対側、何も無い空間のその隅にケースが幾つか置いてあります。
わたしたちからあえて距離を取るように置かれたそれが、目に入ります。
「…………」
「あれは――」
「――みてみよっか」
「えっ!? 大丈夫なの!?」
「みるだけならだいじょうぶでしょ」
ひよりちゃんは堂々と、わたしはおずおずと一歩後ろから付いていく感じで、そのまとめられたケースに近づきます。
銀色の四角いケースには鍵は掛かってなくて、開けてみると――
「――これって……お金……だよね……?」
中身はたくさんのお札のお金が詰まっていました。
一万円札が百枚、いや千枚、いやいやもっともっとたくさんが詰まっています。
「そうだね……」
「これ全部、お金ってこと!?」
「うん、そうみたい」
そんなケースがここにはいくつもあります。
「「…………」」
これは、わかります。
わたしでもわかります。
見ちゃいけない、見てはいけない、悪いお金だとわかります。
「戻ろう、ひよりちゃん……」
わたしはすぐにケースを閉めて、元の位置に戻してからひよりちゃんの手を引いてベッドの方に引っ張ります。
せっかく落ち着いた気持ちも、どこかに行ってしまって、慌ててベッドまで戻りました。
「……もうやだ……やだよう……」
膝を抱えて、顔を伏せます。
もう意味がわかりません。わけがわかりません。
わかりたくありません。
もう限界でした。
嫌で、怖くて、震えて、
「お家に帰りたい……お祖父様……!」
本当は大声を出して泣きたいけど、あの人たちがそれを聞いて何かしてくるかもと思ったらそれもできなくて……!!
ただ静かに涙を流すしかありません。
それなのに……、
「だいじょうぶ」
顔を上げると、ひよりちゃんはわたしの頭を撫でながら、しっかりと目を見て、
「ろいどがきてくれるから」
落ち着いた声でそう言います。
「ッ!!!!」
その自信満々な言い方に、わたしは思わず撫でられた手を払い除けた。
「いちかちゃん?」
「…………何言ってるの…………?」
わたしは涙目でひよりちゃんを睨みつける。
「来るわけないじゃん。見てたよね!? 車に乗せられて連れてかれた時、ロイドお兄ちゃんは追いつけなかったじゃん!! さっきまで眠ってる間も来てないじゃん!! ここにいても来てないじゃん!! そもそもここにいることをお兄ちゃんは知らないじゃん!! 来れるわけないじゃん!!!!」
一度上げた声は止まらない。
荒げた声は止まれない。
どうしてそこまで落ち着いていられるのかわからなかった、お兄ちゃんを信じていられるのかわからなかった。
「ここからどうやって来れると思ってるの? どうやって助けてもらえると思ってるの?」
そこまで呑気に信じられることに腹が立つ。
「……何かあるなら教えてよ!!!!!!!!」
わたしの投げつけた、突きつけた疑問に、ひよりちゃんは特に表情を変えず、私の目をまっすぐに見つめる。
「…………やくそくしたから…………」
「…………え?」
「ろいどとやくそくしたの。いつでもどこでも、ひよりをまもるって、ぜったいにまもるって。そのかわりに、おれをしんじろってやくそくしたの」
「…………」
「だからくる……ろいどはぜったいにくる。かならずくる……」
だから揺るがない。
わたしの意見にも、絶望的なこの状況にも。
彼女は信じてるから――
「――だから、いちかちゃんもしんじて――」
――お兄ちゃんが来ることを。
……。
…………。
………………。
「「……………………」」
ひよりちゃんのように、
完全に納得はできない。
完璧に理解はできない。
そこまで信じることはできない。
だけど……だけど……、
少なくとも、連れ去られる前までは確かにお兄ちゃんはわたしを守ってくれていた。
守ってくれたのだ。
そして、そんなお兄ちゃんをひよりちゃんは信じていた――信じている。
ならば――
「……そこまでお兄ちゃんを信じられないけど……ひよりちゃんがお兄ちゃんを信じていることを信じるよ……」
――ひよりちゃんを信じる。
信じて待つ。
ひよりちゃんが信じるお兄ちゃんが来ることを、信じて待つしかない。
お兄ちゃんが来てくれることを、ただ待つことしかできない。
「……ありがとう」
その答えで十分だとばかりに、ひよりちゃんは少しだけ微笑む。
「……さっきはごめんね……」
「いいよ」
払った手のこと、声を荒げたことを謝り、わたしはひよりちゃんに抱きついて横になりました。
彼女はそれを受け入れて、優しく頭を撫でてくれます。
わたしはその心地に落ち着きを取り戻して、少し疲れたので目をゆっくりと閉じます。
次に目を開けた時、お兄ちゃんが来てくれることを信じて。
40
――――――。
――――。
――。
……。
…………。
………………。
「……………………ぅぐっ」
頭の中で、電源のスイッチが入ったような、システムが再起動してるような感じがする。
少しずつ、少しずつ意識が覚醒して、重い瞼をゆっくりと開けていく。
どうやら、仰向けにオネンネしていたらしい。
天井の照明が薄っすら開けた眼の中に飛び込んできて、再び閉じそうになり、手を顔にやって煌々とした明かりを遮る。
そこで自身が拘束されていない事に気づき――気付いたところで――メインシステムが完全に覚醒し切ったところで――ある考えが脳裏をよぎる――あの娘はどうした?
「――ッひよりっ!?!!!!!!」
大声と共にガバッとした勢いで上体を起こす。
景色に見覚えはある。
ここは廃棄された物流倉庫内。
さっきまでGにぶん殴られたところ――間仕切りで仕切られたパイプ椅子があったところだ――
「……………………」
――あれからどれくらい経ったんだ?
意識が目覚めたとはいえ、殴られた痛みのせいか、それとも起き抜けの鈍さのせいか、頭の中はゴチャゴチャとしていて上手く働いてくれない。
とにかく……次の手掛かりを探さなきゃ……。
立ち上がって、情報収集に切り替えようとしたところで――
「――おっ、ようやく起きたかよ――」
――その声は――
「――叔父さん?」
俺がオネンネする前には、チョミたちを覗き見していたところと同じ位置から、叔父さんこと王城陽平が顔を覗かせて声を掛けた。
「……どうしてここに……?」
いや、その質問は愚問か。
これはつまり――
「――あぁ、メッセージは無事に受け取ったぜ。まぁ、ここに駆け付けるまで、ちょっと手こずっちまったがな」
胸ポケットから俺が速達で出した手紙を取り出す叔父。
…………このタイミングかよ…………。
タイミングが悪過ぎる。
今来たところで――
――いや……落ち着け……。
とにかく何でも良いから情報が欲しい。
「ここにいた連中は?」
「オレらがちょうど30分前にここに到着して、中に入った時には誰もいなかった。お前さんを除いてな」
「……トラックは?」
「それも無え。ほとんど『もぬけの殻』ってヤツさ。残ってたのはここの椅子と間仕切り。あと向こうに、真新しいガラクタがいくつか転がってた程度だな」
「…………今は何時だ?」
「ん〜、午後9時過ぎってところだな」
………………。
2時間以上も時間を無駄にしてたのか。
「どうやら状況は……あんま良くなさそうだな……」
俺の顔色を見て色々と察した叔父は、近くにあったパイプ椅子にドッカリと座り、タバコに火をつける。
深く吸い込み、肺に溜め込んだ紫煙を天井に向かって全て吐き出し、俺の方を見つめる。
「……で? 何があった?」
「…………」
「ん、ロイド…………?」
叔父の疑問に答えぬまま、俺は黙って背を向けて歩き出そうとする。
「おいっ? おいおいおいおい! 何黙って行こうとしてんだよっ!?」
俺の突拍子もない行動に、叔父は動かないながらも、語気を強めた声で引き留める。
その言葉に一瞬立ち止まり、
「……ひよりたちが攫われた……」
俺は簡潔に事実を述べる。
「ひよりちゃんたちが? どういう事だ?」
「説明は後だ。今は時間が無い……」
「馬鹿。先ずは説明が先だろうがよ――」
「――だからその時間が無えって言ってんだろうがよッ!!!!!!!!」
元々、ここに来るまでに怒りがあった。
ひよりたちが攫われてしまった自身への不甲斐無さや、それなのに何も出来ないでいる己の無力感に苛々していた。
それでようやく居場所を見つけて、後少しってところで最後の最後で無様を晒したのが決定的になったんだろう。
気持ちが徐々にヒートアップしてしまい、仕舞いには完全に頭に血が昇った状態で叔父を怒鳴ってしまっていた。
――だから気付かなかった。
《「オレらがちょうど30分前にここに到着して」》
叔父以外にも誰かがいる事を――
「――ロイドさんッ!!」
「ロイド君……」
叔父とは違う方向からの声を聞いて、俺はそちらを振り向いて――心底驚いた。
「璃子さんと……レナさん?」
俺の目の前には2人――水無月璃子と仙導レナがこれ以上先に進ませないようにと、進路を完全に塞いでいる。
最初は停止――……。
次に驚き――何で。
最後は疑問――何で?
そして気付けば、思った事をそのまま口に出していた。
「何で2人がここに……?」
そう呟いてから、俺は叔父の方を向く。
「まあ、ちょっとした成り行きってヤツさ。だけど、元々の原因はお前さんが約束をすっぽかしたからだぜ?」
それを叔父は淡々と答える。
…………。
約束……約束……?
そう言われ少し考えて、思い出そうとして、そしてすぐに思い出した。
「そうか……。今日はクソ映画鑑賞会だったか――」
「――Z級映画鑑賞会ですよっ!!」
「あぁ、そうだったな。とにかく悪い。すっかり忘れてた……」
遊ぶ約束をすっぽかした事と、流れとはいえ今回の厄介事に巻き込んだ事を謝り、頭を下げようとしたところで――
「――今更、そんな事はどうでもいいです! それよりも、ひよりちゃんたちが攫われたってどういう事ですか!?」
「アタシたちにも教えて欲しい……」
2人に詰め寄られ、俺は一瞬たじろぐが、
「悪いが本当に説明してる暇は無いんだよ。それに……」
無関係な2人をこれ以上――
「――巻き込むワケにはいかないとか言わないでよ……」
「もう巻き込まれてますし、そもそも私たちから首を突っ込んだんです」
「それに、ロイド君には借りを返したいしね」
「……あの時の恩返しをしたいんです……」
真ん前にいた2人を避けて進もうとしたが、当の2人はそう言いながら、なおも俺の前に回り込んでくる。
…………。
多少乱暴だが、押し退けて飛び出そうかと思い始めていたところで、
「ロイド、行くのは良いけどよ。じゃあどうすんだ?」
叔父は天井を見つめ、タバコを燻らせながら俺に問いかける。
「ひよりちゃんたちがどこにいるのか、お前は知ってんのかよ?」
「……知らねえ……」
「それなら手掛かりとかあるのか?」
「……無えけど、これから探す……」
「んで? 仮に見つけたとしてだ。どうやって助けるんだよ?」
「……それもこれから考える……」
「話になんねえな」
心底呆れたようにそういって、叔父はため息をつく。
……………………。
そんなのは自分でも分かってる。
今ひよりたちが何処にいるのかも知らない。
次の手掛かりも無い。
たとえ探し出したとして、助け出す為の手段が無いから、何も出来ない。
何もかも絶望的だ。
どうしようもない。
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
思考がうまく纏まらない。
段々とモヤが掛かり始める。
頭の中が真っ黒に染まっていく。
俺は叔父の方を向いて、
「じゃあ……どうしたら良いんだよ……?」
力無い言葉で訊ねると、
「ンなもん、決まってんだろ」
叔父は何を言ってんだってツラで、
「頼るんだよ。オレたちを」
そう言い放つ。
「簡単な事だろ? オレがロイドを頼るみたいに、お前さんもオレたちに頼るんだよ。助けを求めるんだよ」
「……だけど……」
「何だ? 自分の責任? 自分のせいで巻き込みたくないって? アホか! オレは当然。この2人は勿論そんな事、覚悟決めて此処に来てんだよ!!」
「…………」
「ロイド、そのクソ真面目なのは結構だがな。真面目が過ぎるんだよ、お前は……。少しは周りを信用して頼れ……頼ってやれ……頼ってみろよ……」
最初の方は叱るように、そして最後の方には優しく諭すように。叔父は声を掛ける。
「……………………」
………………。
…………。
……。
深呼吸。
慌てずゆっくりと深く吸い込んで、焦らずゆっくりと大きく吐き出す。
それを何度も何度も繰り返して、
「……叔父さん。璃子さん。レナさん……」
それぞれの顔を見つめながら、
「頼む。助けてくれ」
頭を下げ、助けを求めた。
「「「…………」」」
答えを直接聞かずとも、みんなの表情を見れば応えが分かる。
その瞬間、俺の頭と心の中でずっと伸し掛かっていた、大きく重いものが軽くなったような気がした。
「――うしっ! さ〜てさてと、改めて仕切り直しといこうか! なあ、ロイド?」
俺の暗い表情がようやく晴れたのを見て、叔父はパンッと手を叩いて全員と目を合わせる。
「はいっ!!」「はい!」「おう」
俺たちもそれに合わせて返事をする。
「んじゃまずは……ロイド、お前さんからだ。今までの事を全部話せ。その後はオレたちが話して、要点をまとめるとしようや」
「……分かった。まずは――」
――叔父に促され、俺は今日までの流れを全て話し始める。
41
――この物語は、ある1人の男の話だ。
ソイツの名は、鰐淵傑。
せっかく頭の良い大学に入ったってのに、何だってか卒業後の進路として選んじまったのは、政治や経済のようなお堅い世界じゃなく、切った張ったの世界っていう、イカれた就職をした野郎の物語だ。
ヤツはその世界に足を踏み入れてすぐに頭角を現して、若くして双魚会のNo.3である本部長という座を手に入れた。
この調子ならあと数年以内で、組織の頂点である総裁にまで登り詰めるんじゃないかって言われるほどにな……。
だが、鰐淵には興味が無かった。
出世に興味が無いとか、上昇志向が無いって意味じゃ無えぞ?
そうじゃなくて、足りないって意味さ。
鰐淵には野心があった。
鰐淵にはもっと大きな野望があった。
双魚会の頂点なんていう、たかが一組織の長なんていう小さな椅子に収まる気は、これっぽっちも無かったのさ。
ヤツの野望はただ一つ。
――この国の裏社会を牛耳る事。
それがアイツの最終目的だ。
……冗談だろって?
いや、本気さ。
本気で真剣で真面目に鰐淵は、裏社会の頂点に立つ事を夢見てきた。
その為の前準備として、通過点として、アイツは双魚会のNo.3になったんだよ。
だが……ここで一つ問題があった……。
その問題ってのが、何と悲しきかな、暴力団には未来が無いって事だった。
ヤツはいつだったか、オレにこう言ったのさ。
『極道は終わる。
そう遠くないうちに、年を経るごとに、暴対法の締め付けが更に強化され、これ以上に罰則や監視が厳しくなれば動く事すらままならない。
動けなくなる。
そうなれば、諸外国の犯罪組織たちに侵入され、いずれ支配されるだろう。
だからこその改革だ。
全く新しい組織化。組織構造が必要になる。
これまでの家父長制を模した序列的・擬似的血縁関係の「極道」ではなく、秘密結社的な性格を帯びた「シチリアマフィア」や「三合会」のような特色を模した組織でも無く、もっと機密性・完全性・可用性を重視された不透明な組織がな。
構成員を持たない犯罪組織。
「個」を維持し、常にではなく必要に応じて「群」となす。
匿名性と流動性を特長とした新興の犯罪グループを作り、それを用いて国内の裏社会の覇権を握る』
ってな。
そこからの鰐淵の決断と行動は素早かった。
早速、準備を開始した。
まずは新しい犯罪グループを運営する為の資金集め。
これは、三代目武蔵連合やオレらが潰したBBといった半グレ連中を抱き込んで、ソイツらを使って稼ぎに稼がせた。
荒稼ぎしたその額は100億以上。
さて、資金調達が上手くいったら、お次は人材確保だ。
もはやヤクザとか半グレとか関係なく、自分にとって有用な・優秀な人間をあらゆる手段を用いてリクルートした。
組織の規模はともかくとして、人材の資質としての話なら、関東菱川組にも引けを取らないほどにな。
そうして着々と「金と人」を集め終わったら、最後にする事は一つ。
何だと思う?
……おっ、正解。そう「時」。時間さ。
その時を待つ。
ただひたすらに待ち続ける。
最高の機会が訪れるのを待った。
――そして……とうとう、その時間が来た……。
いよいよ計画は最終段階。
――自身が所属する双魚会の解散。
その為の準備は万全だ。
まずは総裁を謀殺し、そして組織No.2の男を罠に嵌めて警察に逮捕させ、組織の全権力を掌握した。
解散する前には、自分が誘い込んでいた人材たちを敢えて組抜けや破門扱いにして、どんどん新しい犯罪グループに送り込み。解散する双魚会自体を「もぬけの殻」にしようとしていたのさ。
元暴5年条項。
暴力団の構成員は、ヤクザを辞めても5年間は現役の暴力団員として見られちまうルールがある――厳しく監視されるルールがある。
だが、そのルールを逆手に取ることにした。
つまりは5年を耐えれば、堅気に、人間になれるって事だ。
真人間にな。
それはつまりだ。自身が着々と準備していた新しい犯罪グループの門出を同時に意味する。
最高の再出発だろう。
これをもって計画完了。
計画の「完成」だ。
そんな計画の大詰め。いざ解散しようってところで、一難去ってまた一難。最大の邪魔が入った。大問題が発生した。
――今回の黒幕であるソイツは「時」を置かずして、対処を開始したんだ。
――「金」が奪われた。
100億以上の金が全て強奪された。
目的は勿論、100億の金も魅力的だろうが、どちらかと言うと鰐淵の野望――新しい犯罪グループの躍進を阻止する事だろう。
まあ、当たり前だな。
当然の帰結だ。
現役の暴力団である者たちには、半グレよりも脅威的だったろう。
また別の新しい犯罪グループの台頭なんて、許せる訳がない。
だからこそ、そのSCCサービスだったか? を雇って100億を奪ったんだろうさ。
金の在処を教えたのは……この倉庫でロイドが会ったっていうチョミだろうな――何たってBBの頃に、オレに接触してきた時も思ったが、アイツはそういう組織の内情に深く潜り込むのが上手かった。
――そして「金」と同時に「人」を奪う事にした。
以前に諍いが起きていた室賀一家と武蔵連合の因縁を利用する事にしたのさ。
室賀一家の総長・浅見甚衛を武蔵連合の仕業だと見せ掛ける銃撃事件を起こし、更にはその孫娘を誘拐させようとした。
結果……銃撃事件は成功。一方の誘拐事件は、ロイドのおかげで未遂に終わった……。
とはいえ逮捕要件としちゃ十二分に揃ってる。
武蔵連合からやがては芋蔓式に、双魚会に繋がるようになってるんだろう。
おそらくは、あと数時間もしないうちに、新しい犯罪グループに潜ませていた構成員や、鰐淵自身は警察に捕まるだろう。
そうなりゃ全て終わりだ。
一網打尽。
双魚会の自主的な解散と、警察の強制捜査からによっての解散させられるのじゃ、意味合いがまったく変わってくる。
入念に準備していた犯罪グループは壊滅。野望への第一歩の前に阻まれる。
アイツの「大いなる野望」の何もかもが潰える。
いや……もう潰えた……か……。
…………。
そろそろ分かってきたみたいだな?
その通り、今回の黒幕はあの女だ。
藤丸組若頭・獅子門暁音。
全てあの女の仕業さ……。
42
……………………。
ほぼ無意識に、反射的に口から出たのは、
「…………クソッタレ…………」
だった。
俺の今までの流れ――そもそもの始まり。壱楓ちゃんの送り迎えの依頼を受けてから、この一連の騒動の発端である誘拐未遂。そこから数々の襲撃を受けて、とうとうひよりたちを連れ去られ、ようやくここに来たのに反撃を受けてまんまとオネンネするまでの経緯を全て話し、次に叔父たちが俺からの手紙を受け取ってから、ここに至るまでの経緯を全て教えてもらい、叔父はしばらく考え込んでそれから一言、
「……オーケイ、大体分かった……」
と呟いてから、叔父はさっきの『物語』――今回の一連の流れを推理し、大まかな真実――『真相』と『黒幕』を語った。
…………。
「じゃあ何か……あの始まりの誘拐未遂も……これまでうまく追い払ってた数々の襲撃も……そんでひよりたちが攫われたのも……全部が全部、獅子門が仕組んでたってことか?」
「……まぁ、そういう事だな」
俺の呟きに、叔父が同意する。
「何だってそんな事――」
「――さもありなん、ってな。アイツはそういう『演出』が得意で大好きだからさ」
「……」
「心当たりはあるだろ?」
「嫌ってほどね…………」
あの獅子門暁音。
電話口じゃ平気で嘯きやがって……。
やっぱり裏で糸引いてるじゃねえか!
今の話を聞いて、純粋な怒りが沸々と湧き上がってきてしまい、我慢できず思わず近くにあった椅子を蹴飛ばす。
「ろ、ロイドさん……!」
「……悪い……」
「いえ……」
璃子さんから心配そうな声を掛けられ、思わず取り乱した事を謝る。
とはいえ、どうしようもない怒りの小さな発散ができたからか、幾分か冷静さを取り戻す事ができた。
「叔父さん……」
「ん?」
「今の物語で納得はできたが……一つだけ分かんねー事がある」
「……何だ?」
そう。
正味なハナシ、ほとんどは納得できた。
だが残りの一つ――どうしても納得できない部分。たった一つだけの疑問が残っている。
「今の話――甚衛さんの銃撃事件も、壱楓ちゃんの誘拐事件も、要はその鰐淵――武蔵連合に罪を被せて、ひいては双魚会に繋げてから、鰐淵が準備していた新たな犯罪グループを崩壊させるのが目的、ってのが主題だよな?」
「……あぁ……」
「だったら何で、俺らがいる時にやったんだよ。話がややこしくなるだろうが……」
現に最初の誘拐は失敗してしまった。
万が一、甚衛さんへの銃撃が失敗していたら、そもそも罪を被る事ができないんだから、何でこのタイミングで? という話だ。
「まぁ、間が悪かったんだろ。ロイドのにとっても、獅子門にとっても、この時に動く必要があった。どうしてなのかは、正直なところわからんがな」
……。
偶々、偶然にも俺らを巻き込まざるを得なかった。
…………。
本当にそうか?
………………。
いや、ココはもう今更考えても、いちいち気にしても仕方ないか。
「……話を続けても良いか?」
「良くねえけど、まあ良いよ。続けてくれ……」
叔父の問いに渋々答え、先を促す。
「よし。じゃあさっきのオレの話を踏まえて、『次』の段階の話だ」
そう言って叔父は俺たちを見回す。
「暴力団同士の抗争に見せかけた構成員への銃撃事件。100億円という史上類を見ない超高額強盗事件。未成年者略取という誘拐事件。これら3つの事件を経て、獅子門は現金100億と児童2人の身柄を抑えていて、ついさっきまではこの廃棄された物流倉庫に集まっていた。……ここまでは分かるな?」
頷く一同。
「それ以外には、獅子門の指示を受けて行動していたチョミやG、そしてSCCサービスの連中や、馬鹿でかいトラックがあった。が、それらが全部消えてる。これらが意味するのは? 璃子ちゃん?」
「あっ、えっと……何処かに移動している……ですか?」
突然話を振られ、戸惑いながらも答える璃子さん。
「正解だ。じゃあ次だ。それなら『何処』に向かった? レナちゃん?」
「……黒幕である獅子門さんのところ……?」
今度はレナさんの方に向かう。彼女は真剣な表情で答える。
「その通り。『獅子門のところ』だ。だが、それは不可能だ――」
「――鰐淵さんのグループの人たちが、この東京都内の出入りを監視してるから、ですよね?」
察した璃子さんが叔父に指摘し、
「おっ、鋭いな。その通り、オレらが盗聴して鰐淵らの話を聞いてたように、東京から抜け出すのは難しいだろう」
それが嬉しかったのか、ニヤリと笑って返す。
「そうなると……別の隠れ処に移動した、とか?」
「でもレナちゃん。『此処』以外にそんな隠れ処なんて用意というか準備できるのかな?」
「う〜ん……」
確かに璃子さんの言う通り、そこまで用意周到にできた計画とは言えないはずだ。
次の隠れ処があるとは思えない。
そうなると、あのトラックで移動し続けているという事になるが――
「――ロイド、殴られて気絶する前に何を見た?」
叔父の聞き方は、それは記憶を呼び起こすように訊ねている感じだった。
「……確か……そのホワイトボードに『何か』が貼られてた」
「そりゃ何だった?」
「地図っぽいやつだった。だけど地図じゃない……」
そうアレは……何だったか……。
「地図っぽいですか?」
「でも地図じゃないんだよね?」
俺のとっ散らかった言葉に、璃子さんもレナさんも必死に考えてくれるが、いかんせん不明瞭な説明なので、要領を得なさ過ぎて2人は同時に首を傾げる。
「電車の路線図……じゃないもんね……。トラックで移動してるんだから――」
「――あっ! 東京都内の交通網とかじゃないです? それを使って海から船。もしくは空港に行って飛行機で移動とか!!」
「いやいや、海路も空路も鰐淵の手の者が抑えてるはずだ。アイツがわざわざそこを見逃す筈がねえだろうしな……」
即座に2人が色々と案を出してくれるが、叔父が否定して補足する。
それに――
「――俺が見たのは、そんな細かそうなやつじゃない気がする。もっとこう……雑っていうか……」
「単純?」
「そう……単純……単純で……単純だから……」
そこまで言って俺は喋るのをやめて、少し考える事に集中する。
思考の海に飛び込み、深く深く潜り込む。
俺は叔父みたいに突飛な、奇抜な推理力なんてものはない。急に答えが上から降ってくる事はない。
ひたすらに実直だ。
目の前にある事実を受け止め、それらを情報・経験・知識を基に分析する。脳内で観察し、記憶し、推論し、判断し、想像を行う。
満遍なくそれらを使って、増やしたり、消したりして残っていった事実が、新たな可能性を導くと信じているからだ。
100億とひよりたちは一緒だ――それらはトラックで移動している――移動し続けている――
――止まらずに移動する方法は?
……………………あぁ……………………。
腑に落ちた結論が出てくる。
結論が自然と、
「…………首都高…………」
口に出ていた。
「首都高、ですか?」
最初に反応したのは璃子さん。
「アタシたちが此処にくるまでに使ってたあの首都高速道路の事?」
次はレナさん。
「……ハハッ!! なるほどな……確かに……!!」
たった一言を聞いただけで、俺と同じ結論に自力で辿り着いた叔父はすでに納得した顔つきになっていた。
「えっ? ロイド君、どういう事?」
「実はな。首都高ってやろうと思えば、ずっとぐるぐると何回、何十、何百周も廻り続ける事ができるんだよ」
いまだに理解できないレナさんに、叔父が代わりに答える。
「えっ!?」
「本当ですかっ!?」
その話に2人は、ほぼ同時に驚きの声を上げる。
「あぁ、これなら鰐淵たちの監視網に引っ掛かる事も無い。後は――」
「――警察が動いてヤツらを捕まえて、監視の目が緩くなったところで、悠々と東京から抜け出すって寸法だろ?」
「ハッ、流石は叔父さん。分かってんじゃん」
「知ってるか? オレはお前の叔父だぜ?」
俺の言葉に、叔父がすかさず合いの手を入れ、笑って答えると、最高のキメ顔で返された。
「でも……それが分かったとして、どうやって見つけるんです?」
移動し続けてるんですよ? と、不安そうに訊ねてくる璃子さん。それを叔父が、
「問題ねえ。ハリネズミに探させりゃ良いんだよ。首都高には監視カメラがしこたまあるからな。ハッキングさせて見つけりゃいい」
「でも陽平さん。車のナンバーは?」
今度はレナさんが投げ掛けるが、
「そっちも問題無い。俺が覚えてる。何なら、ひよりたちが乗ってるトラックの見当も付いてる」
俺がフォローする。
「「えっ!!?」」
「ヒューッ!!!! やるねえッ!!!!」
「知ってる。俺は叔父さんの甥だからね」
柄にも無く、全員に向かってキメ顔を披露する。
「じゃあ後は……」
「うん、後は――」
「――どうやってそのトラックたちを止めるか……だな」
「…………」
そう。
ここからが問題だ。
どうやってそのひよりたちを乗せたトラックをとっ捕まえるか?
これだけが、どうしても思い浮かばなかった。
手段が無きゃ、どうにもならない。
ここでモタモタしてたら、助けられるもんも、助けられなくなる。
「「「……………………」」」
ここに来て、俺も璃子さんもレナさんも、完全に黙り込んでしまった。
……。
…………。
………………。
……………………ダメだ。
再び思考を重ねても、これっぽっちも良い案が出て来ねえ。
叔父に諭されてから、変な焦りはもう無いが、とはいえ時間との勝負だ。
――
――――
――――――ふと、
――――――――叔父の方を見ると、
凄く悪い顔をしていた。
ニヤァとか、ニチャァとかじゃなく、何というかクトゥグワァッ!! みたいな感じの怖い笑みを浮かべている。
「うわぁっ……」
思わず声に出す程には不気味だった。
「えぇ……???」
「うぇ〜……」
俺の漏らした声に反応し、俺が向いてる方を見て、璃子さんもレナさんも叔父のツラを確認すると、俺と同様に各々が戸惑った表情で声を上げていた。
「――あん? どした?」
ここでようやく、叔父も俺たちの反応に気がついて正気に戻ったようで、こちらを向く。
「いや……どうしたって……今叔父さんスゲ〜ツラしてたぜ……?」
「あっ? 何? もしかして顔に出てた?」
「ガッツリバッチリと」
「あぁ、悪い悪い。すげー良い事思い付いてよ」
「良い事? 悪い事の間違いじゃねぇか?」
「バカ! お前も今から話す事聞いたら、オレと同じ顔になるぜ!」
「……まあ言うだけ言うてみ……」
さて、
この後に語り出した、叔父の『良い事』とは、俺にとっては正しく、確かに『良い事』であったと言っておこう。
断言しよう。
俺好みの作戦だ。
何せその時の俺の表情は、叔父以上に顔に出ていたようで、
「ひえっ」
「ヤバッ」
と、それを見た他2人に言わせたほどであった。
43
SCCサービスの現場指揮担当。
レミエル。
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「「……………………」」
彼は気にしない。
気にならない。
出発してから数時間が経過している。
その内のほとんどの時間が、互いに言葉を交わさない無言の間であったとしても、気にする事はない。
「オレ、テレビゲームの他にも、ソシャゲもやってるんですよ。ソシャゲって分かります? ソーシャルゲーム、の略称なんですけど……」
「……」
「その中でも結構人気なヤツを遊んでるんですけど、ガチャ……あぁ、好きなキャラクターが出たら、お金を払ってパチンコみたいな感じの確率で当てなきゃいけないんですけど、これが中々運が無いのか当たらないんですよね〜」
「…………」
「最低でもそのキャラ1人を当てるのに、大体6万くらい必要なんですけど、オレってどうしても欲しいキャラがいると、完凸の完全体にしたくなっちゃうから、平気で20万くらい使っちゃう時があるんですよ」
「………………」
「この前のガチャなんか、全然キャラが出なさ過ぎて、30万も請求が来た時はマジでビビり散らかしたんですよ〜。Gはどうです? ソシャゲとかって……」
「……………………」
「…………興味無いですよね〜〜〜…………」
彼は興味がない。
長い長い沈黙の合間に、こうして時々、レミエルの方から適当な話を振っているが、反応が返ってきてもいいし、別に返ってこなくてもいいとも思っている。
ただの暇潰しに過ぎないのだから。
彼の――Gの方針は理解している。
彼は仕事中、決して話さない。
言葉を交わさない。
口が不自由なわけではない。
ただ、依頼遂行中における過分な言動は不要だと考えているだけだ。
それがGにおける、一種のプロフェッショナリズムだと思っている。
だからレミエルは――彼は何も思わない。
Gの主義を批判はしないが、こちらの主義を変えるつもりも、合わせるつもりもない。馴れ合わない。
喋らない時に喋らず、それに飽きたら話したい事を勝手に話し掛けるだけだ。
それに反応があろうがなかろうがどうでもいい。
「「……」」
――
「「…………」」
――――
「「………………」」
――――――
「「……………………」」
――――――――
レミエルたちSCCサービスのメンバー6人と、チョミとGの2人、合わせて8名をそれぞれ2人一組となり、4台のトラックに強奪した100億をそれぞれ4等分――約25億ずつに分け、更に危機管理を兼ねて、敢えて別々に首都高で走らせてからもう――時刻を確認すると――
「――おや、もう深夜2時を過ぎましたね……」
依頼人の当初の計画では、そろそろ向こうの封鎖網が緩む手筈――警察の御用になっている頃だろう――急な計画変更が無ければ、の話だが……。
「あの子たちも静かみたいですし」
「…………」
レミエルがそう言いながら、車内に搭載した液晶パネルからの映像を確認し、運転手を担当していたGも一瞬横目で視線を移す。
自身が連れて来ていた壱楓とひよりは、トラックの荷台に軟禁し、その中で彼女たちは短い睡眠と覚醒を繰り返している――現在は覚醒して、ベッドの方で互いに身を寄せ合い何やら会話を交わしているようだ。
最初の方は、ひよりの方が内部を色々と動き回っていたようだが、出られる可能性が無いことを自覚してからは、随分と大人しくなった。
当初は彼女に対して過剰に警戒していたレミエルも、今はただの思い過ごしかと、気持ちも落ち着いて警戒を少し緩めている。
そんな時に――
「――おっ?」
「…………?」
「……とうとう来ましたね……」
「…………」
連絡が来た。
『解放を確認。各自、最終目的地を目指せ』
どうやら上手くいったらしい。
いよいよ計画の最終段階の峠を越える。
何十、何百回と堪能した――堪能させられた、車内からの変わり映えしない景色から、ようやく抜け出せる。
「さて、んン〜〜〜……どこから出ましょうかね?」
強張った身体をほぐすように伸びをして、改めて渡されていた首都高路線図を確認するレミエル。
ここから最短で目的地に向かうとするならば――
――――唐突な急ブレーキ――――
「!? おぉっとぉ……ちょっとG???」
首都高。
首都高速道路。
そんな高速道路上での急ブレーキ。
これがどんなに危険で愚かな行為か。
彼が知らない筈は無いだろうに…………。
幸い、後続車が一切ないのが救いであった。
流石に非難するように声を上げて横を向くと、
「…………」
Gは前を見つめ、そして指さしていた。
――――
話さないのだから、本当の意味で理解してはいないが、視線から大体の意図を察する事はできる。
「マエ…………???」
促され、レミエルも前を向く。
道路上は当然、灯りがあるので深夜の時間帯とはいえ、視界は問題ない。
「…………あれは…………」
数十メートル先、
車両が一台、大胆にも横向きに、しかも堂々と駐車している。
レミエル自身は、さして『車』に対する嗜好や教養は無い。
だが、SCCサービスのメンバーの中で、車好きが1人いる。そのメンバー――ゼラキエルは以前、金が貯まったらこの車が欲しいと言っていて、ゲームのチャット内で画像を見せてくれた事があった。
フォルクスワーゲン・タイプ1。
その形状からの通称が確か――
「――〈ビートル〉?」
その車両の近くには、2人の人間が佇んでいる。
「……」
「これはこれは……異常事態、ですかね……」
「…………」
「後ろは……無理そうですね……」
後退を指示しようとしたが、いつの間にか背後には複数台の車両が完全に塞いでいた。
「「……………………」」
ピッタリと張り付いており、抜け出すのは難しそうだ。
――――
「……まあ、前に進むしか無いですよねえ……」
「……ッ……」
互いに見合わせ、そしてレミエルからの言葉に、Gは軽く頷き、停止していたトラックをゆっくりと前進させ、前方のビートルまで近づく。
そして近付いていくうちに気付く。駐車していたビートルとトラックの間――地面には万が一の強行突破を想定していたのか、アメリカの警察組織が暴走や逃走していた車両を、効果的に、確実に、そして安全に停止させる為の『スティンガースパイク』と呼ばれるシステムが配備されていた。
「……」
「徹底してますね……」
そして、そのシステムのちょうど手前あたりで再び停車する。
相手とはまだ20メートル程もまだ離れており、レミエルは車内からビートルの近くで佇んでいた2人を観察する。
一方は知らないが、もう一方は分かる。
「へぇ……ここまで来れたんだ……」
つい驚嘆が――本音が漏れてしまう。
金髪の青年――王城ロイドがいた。
こちらに出し抜かれて幼女たちを連れ去られた時も、駆けつけた癖に物流倉庫でGに殴られた時も、最早大した期待をしていなかったが、どうやったのか分からないがこうして見つけて、ここまでやって来れた事には、素直に驚かざるを得ないだろう。
「…………」
「いや〜、降りるしかないでしょ?」
「…………」
「だって、せっかく来てくれたんです。このまま無理矢理突破なんて、野暮ですよ。ちゃんと相手してあげなきゃ失礼でしょ?」
「…………」
「どうぞご自由に、オレはオレで勝手にさせてもらいます」
「…………」
諦めたように、Gはため息を一つ吐き、レミエルと一緒にトラックから降りる。
レミエルは――彼は気にしない。
興味が無い。
何も思わない。
だが、無感情では無い。無関心では無い。
彼は『退屈』を嫌う。
決まった『想定内』を好まない。
自分の想定しない動きをするモノが好きだ。
だからゲームが好きで、楽しいと思っている。
だからこそ、この運び屋の裏稼業が好きで、楽しいと思っているのだ。
他人が勝手に動いて、『想定外』を生み出すのが楽しいと思い、心の底から愉しみにしている。
だから、王城ロイドに――
――期待する。
久々の高揚感ある愉悦を切望する。
(頼むよロイドくん?)
レミエルの無邪気な笑顔に対し、ロイドも不敵な笑みで返す。
44
停車し、やがてトラックから男たちが降りて来る。
間違いない。
見間違えるはずがない。
Gとレミエルだ。
「……連絡が来た。他の3台のトラックは確保できたとよ。SCCサービスの連中たちとチョミは拘束済み。荷台にあった金も抑えたそうだ」
俺が2人を見据えている横で、叔父が他の方の状況を報告する。
「……ひよりたちは……?」
「居なかったそうだ。オレたちの本命はお前の予想通り、あのトラックの荷台だろうな」
「…………分かった」
あの状況下で焦っていたとはいえ、観察していた甲斐もあったというものだ。予想が的中した事に内心安堵する。
「ロイド」
「ん?」
Gとレミエルゆっくりとこちらに近づいてくる間、叔父が更に声を掛ける。
「ひとつ聞いてもいいか?」
「何?」
「どうして、あのトラックにひよりたちがいると分かった?」
……。
叔父が気になるのも無理はない。
トラック4台のうちのいずれか1台に、ひよりたちが監禁されている。
それがどこにいるかなんて、どうやって見当を付けたのか。知りたがるのも当然だろう。
「別に確信があったわけじゃないけどね」
まずはそう前置きする。
「アイツらは奪い取った大量の現金を運送するのに、トラックをその手段にしていた。そして、それとは別にひよりたちも。で、あの物流倉庫に入った時、工具やら空き箱やらが放置されたガラクタ置き場があっただろ? そこに冷蔵庫や発電機やベッドのダンボール。それから壁の内装材? みたいなシートの切れ端みたいなのを見つけた。ひよりたちがトラックの荷台の中に監禁されているとして、アイツらはその内装を快適とは言わないでも、最低限は過ごせるように改造したんじゃないか? そう思った。よっぽど焦ってて急ピッチで仕上げたからなのか知らないが、片側に荷重が偏っちまったんだろうな。俺があのトラックを観察していた時に、あの1台だけ荷台が――サスペンションの部分が微妙に傾いていたのに気付いたのさ」
それは本当に微妙な変化だ。
小さな違和感。
下手すれば見過ごしそうなものだが、どうにも気になって頭から離れなかった――Gに強烈な一撃をもらって、意識を失っても覚えていた程に。
「……なるほどね。大した観察眼だな……。……オレの跡を継いでみるか?」
「それは遠慮しとく……」
「そいつは残念だな……」
俺の推論に感服したのか、不気味なくらい偉く褒めてきて後釜をすすめてくる叔父に、俺はスマートに断ってから、
「それはそうと、俺からも一つ聞いていい?」
と、前置きする。
「……何だ?」
「どうやってあの人――忍野さんを動かしたの?」
「…………」
――――物流倉庫にて、叔父は言った。
『トラックを止める手段が、人手が足りないなら、増やしゃいいのさ――』
――関東菱川組の本部に行くぞ。
叔父はそう言って、俺たちは菱川組本部に舞い戻った。
――最初の方は、それを聞いて俺は良い案だと思った。獅子門率いる藤丸組は論外。浅見さんの室賀一家は未だ動けず。警察には頼ろうにも、これまでの状況説明やら何やらで、動く前にモタモタされたら、そもそも救出に間に合わないだろうから不可能。消去法の果てに頼れるのは、確かに菱川組をおいて他に無いだろう。
――だが、そもそもどうやって協力を取り付ける?
叔父は『オレに全て任せろ』なんて宣っていたが、俺だけはそう容易く信じられなかった。
あの人が力を貸してくれるなんて、到底思えない。
心配していたら案の定、本部に着いた途端。当初は叔父の顔を見て忍野さんは開口一番――
『――足先からと手先からなら……お前どっちがいい?』
と、謎の脅しから開幕したのだから。
璃子さんもレナさんもヤクザの事務所どころか、まさかそれ以上の規模である本部に行くなんて思わなかったんだろう。
完全に閉口して怯え、縮こまってしまっていた。
俺もどうしたらいいか頭の中で考えていると、
『まあまあ、一旦落ち着いてくれよ組長さん。ちょっとここじゃ何だから奥で話しましょうや』
そう言って、2人だけで奥の部屋へと引っ込んでいった。
それから少し――しばらくもしない内に――2人は一緒に戻って来ると――
『――オッケー! 話はついた!!』
そう満面の笑みでにこやかに報告する叔父さんと、
『…………そういう事だ。貝木、人を集めろ…………』
俺との面談の時だってそこまでならなかった程の仏頂面で、自分の子分たちに指示を出す忍野さんがいた。
…………一体、何を話したんだ…………?
そこからは不気味なくらいに計画が始まって、そして進んでいった。
まずは、首都高をぐるぐる周回していたトラックを叔父の話の中で出てきたハリネズミ――監視屋の風見鶏という人を脅し――快く協力をしていただいてすぐに目星を付ける事ができた。
目星が付けば、次は準備だ。
車の交通量が少なくなる深夜の時間帯までトラックたちを見張り続け、タイミングを見計らって首都高を封鎖し、そして奇襲する。
俺たちは本命だと睨んだトラックを、その他は菱川組の組員たちを動員してとっ捕まえるって寸法だ。
そうして着々と準備が完了し、最後はその『時』を待つ。
そしてその『時』は来た――――
「……別に大した事はしてねーよ。至極真っ当な交渉をしただけだよ」
「……真っ当な交渉? あの人、ここに来る少し前まで一緒にいたけど、めっちゃ叔父さんを殺してやるってツラしてたのに?」
「あぁ……金の分け前でちょっと揉めてな」
…………。
「そんなんしてたのかよ……」
「あっ! もちろん、ひよりちゃんたちの確保は最優先だぜ? だがな。ああいう時は変に下手に出るより、ちょっと強気に欲を掻いた方が交渉が纏まる時があるのさ」
「…………じゃあ幾らで手を打ったのよ?」
「25パーセント」
「…………は? 25億かよっ!?」
だいぶ欲張ったな!!
ていうか、
「本当に何を言ったんだよ……」
「汚い駆け引きってヤツさ。今度教えてやろうか?」
「……そっちなら是非知りたいね」
「喜んで…………」
「――gg。グッドゲーム」
「…………」
気付けば、レミエルたち2人は俺たちとの距離を、すでにスティンガースパイクを越え、3メートル以内にまで縮めていた。
レミエルは感心したように祝いの言葉とまばらな拍手を送り、Gはいつものダンマリで俺たちをじっと見つめている。
「お見事。アナタたちの勝利です。おめでとうございます」
「「…………」」
「ここに出張ってる時点で、あらかた目星は付いてるんでしょうが、ご明察。あの荷台にお姫様たちはいますよ」
「「…………」」
「ご心配されるような事はしていません。まぁ、たった今急ブレーキを掛けたので、それに驚いてもしかしたら少し怯えているかもですが……」
「「…………」」
聞かれてもないのにペラペラと話し続けるレミエルに、俺たちは冷ややかな目線を送るが、当人は気にも留めない。何なら少し嬉しそうに、
「しかし素晴らしい。あの状態からここまで巻き返すなんて……どう見ても無理ゲー、クソゲー展開なのに投げ出さないとは――」
「――うるせえ! テメェらの負けだ。どうする? 降参するか?」
このままだと止まらなくなりそうだったので、流石にイラっときたので一喝入れて黙らせる。
「いや……いや。まさかそんな……」
ようやく我に返ったようだが、レミエルは笑みを崩すことなく、こちらを見渡し大仰に両手を広げる。
「こちらも仕事ですから、投げ出すわけにはいかないんでね。抵抗させてもらいますよ」
そう言ってアイツは手のひらを上にして、指先を立ててからクイックイッ、と『掛かって来い』という典型的な挑発するポーズをとった。
……こっちは交渉の余地なし、か……。
まあ、する気もねえけど。
「さて、んじゃどうするロイド?」
対して叔父も挑発を受けてか、手足をプラプラと振ったり、首を回したりして戦闘に備えている。
「叔父さん……」
「おう?」
「Gは任せてもいい?」
「任された!」
「「「「……………………」」」」
それぞれが互いに、決して邪魔にならない距離を取り始める。
まさか、首都高で喧嘩をするなんて思っても――いや、誰だって思わないはずだ。
「「「「――――ッッッ!!!!」」」」
特に決まった合図もなく、何故だか分からないが、何だか奇妙に噛み合うようなタイミングで、喧嘩の火蓋が切られた――――
45
――――
……ちっ、やりづらいな……。
レミエルとしばらく打ち合ってから、まず思ったのがそれだった。
俺がこれまで相手にしてきた連中の大体の場合は、格闘技関係を学んでいる、いないに関わらず、決まって2つの構えをする。
1つ目はオーソドックス。
右利きのやつが、左手・左足を前、右手・右足を後ろにする構えなのだが、基本は左ジャブで距離を測り、そんで右ストレートで強いパンチを打つ、という最もポピュラーで安定したスタイルだ。
2つ目はサウスポー。
これは左利きのやつが、右手・右足を前、左手・左足を後ろにする構えで、右手でガードをして左ストレートで強いパンチを打つという、まあ単純にいえば、オーソドックスの正反対の構えと思ってくれれば良い――より正確に言うと、単純な正反対というわけではないし、右利きでもサウスポーの構えをするやつはいるし、何だったら格闘技のスタイルなんて色々と、それこそ千差万別にあるのだが、ここではその話は一旦置いておく事にする。
とにかく、大体はこの2つに振り分けができていたのだ。
――だが、レミエルは違った。
その大まかな2つに振り分けられない構えをしていた。
恐らくコイツは右利きのはずだ。そしてその右の利き手・利き足を前方に置き、半身に構えている――最初は右利きのサウスポースタイルかと思ったがそれも違う。
そのあまり見覚えの無い構えに珍しくも――初手を取られてしまったのは反省だ。
「――――ッ!!?」
ジャブで距離を測らず、最短・最速の右ストレートを開幕直後かまされた時は内心少し驚いた。
――スピードは俺と同等か――
こちらが構えるよりも速く、繰り出された右パンチを思わず半歩引きながら避けるが、それと同時に左パンチが顔面に向かって繰り出され、俺も右手で弾いて――ってまた左かよっ!!
――ヤツの左脚が、俺のガラ空きである右脇腹に目掛けて蹴り出されていた――流石にこれを喰らうのは拙いので、落ち着いてバックステップで後方に3歩分下がるが――相手もそれを見越して即座に左足を下ろしてそれを軸にして跳躍、右回転からの右脚による蹴り技が、またも顔面を狙ってきたので両腕でガードをする。
向こうも瞬時の判断で切り替えただろうに、その蹴りは強烈で、防ぎはしたが勢いは殺せずに、想定外の距離まで押し出されてしまった。
「――へぇ……この初っ端を見切りますか……」
「…………」
軽やかなステップを踏みながら、レミエルは楽しそうに言う。
身体を揺らし、前後の足を入れ替え、振り子のようなリズムを刻み、まるで一見すると踊っているようにも見える。
「ウリの時もそうでしたけど、良い眼を持ってますね。反応速度も悪くない――」
「――もう終わりか?」
「まさか! こんなのただの序の口。ただのチュートリアル。これからがお楽しみでしょう?」
「……ならさっさと――」
「――もちろん、いきますよッ!!!!」
そう叫んだと思ったら――テンポ良く踏んだステップのまま、急速に歩幅を縮めるレミエル。
今回は左ジャブ――ではなく、左強パンチ。
俺も相手の体勢を崩す事を意識してその手を掴もうと――まさかの見せかけ、即座に左手が引かれ、先程よりも素早い右パンチが左脇腹を捉える。
「――ッヅ!」
まんまと引っ掛かり、痛みに顔を歪める間もなく、次が来る。
引っ込んでいた左パンチが俺の右頬を打ち――流石にこれ以上はと俺も左パンチを繰り出していたが、ヤツもそれを右の掌で防ぎ――ならばと左脚を蹴り出そうとして――上げ掛けた左腿辺りをヤツの右足で塞がれ、左パンチが俺の右脇腹に入れられ――そこを皮切りに猛攻に見舞われる。
顔に。
胸に。
腹に。
見事に空いた箇所を蜂のように刺すように殴られ、こっちは殴り返したいのに、それを蝶のように舞われて避けられる。
気付けば、中央分離帯にあるコンクリートで作られた壁面まで追い詰められていた。
――――クソが!! 速えんだよッ!!!!
相手の――レミエルの攻撃が速すぎる。
眼が良くたって、反射神経が良くたって、それにも限度がある。
せっかく攻撃を一つ防いでも、三つも四つも次々にに繰り出されたら流石に防ぎ切れない。
もちろん身体も、それこそ脳みそだって分かってるんだが、反応よりも速く攻撃されちゃ敵わないって話だ。
それでいて、こっちの攻撃は通じない。
というより、出させてくれない。
俺の繰り出す拳が、脚が、断ち切られる。
お陰でこっちは今のところ、マトモな一撃も入らないまま、ボコスカ一方的に殴られている状態だ。
――……ちっ、やりづらいな……――
「ここまでやられて、まだ立てますか……相当強靭ですね……」
「……そういうテメーは、気持ち悪い闘い方するな」
「ふふっ、初めてですか? こういう手強い相手は?」
「…………言ってろ。それ、空手でもボクシングでもねえな?」
「えぇ、ヒントでも要ります?」
「………………」
柔術や古武術、合気道や躰道……じゃねえな。国内のもんじゃない。
かと言って西洋武術の類いでもない――一部その片鱗――サバットとかキックボクシングみたいな動きを感じるが……。
恐らく基本は、中国武術の功夫。
とはいえ俺が知ってる少林拳や八極拳、太極拳や蟷螂拳などの北派じゃなくて、南派武術の方。
そこで該当するモノといえば…………
「――詠春拳か?」
「惜しい。ジークンドーです」
ジークンドー?
……ジークンドー……。
…………。
あぁ、截拳道か。
ブルース・リー。
中国武術家にして俳優。
その男が開発した武術にして哲学。
それが截拳道。
詠春拳やブルース・リー式の功夫を基本にして、他にもフェンシング、ボクシング、キックボクシング、サバット、それに柔道、空手道、合気道、レスリングなどなど、様々な武道・武術・格闘技を参考にしたものだ。
「ブルース・リーはオレの心の師です」
「あんな芸当は、てっきり映画の中だけだと思ってたよ」
「まあ、ほんの少しだけ弄ってはいますがね」
…………。
確か截拳道は、相手の拳(攻撃)を截(断つ、防ぐ、遮る)道(方法)を基礎的な考えとして相手(敵)を倒す武術だったはずだ。
その理念・思想に則るなら――
「――おや? まだ続けますか?」
「当たり前だ。まだメインの第一ラウンドだろ?」
俺はレミエルの攻撃を受けて、いつの間にか切れていた口内に溜まっていた血を吐き出し、
「来いよ。第二ラウンドだ…………!!」
今度はこっちが手のひらを上にし、指先を立ててからクイッと挑発する。
「――――はは、やっぱり君は最高ですね……!!」
ノリに乗ったレミエルはまたもステップを踏みながら、軽やかに襲い掛かる。
46
王城陽平は自身を「喧嘩が弱い」と卑下するが、そんな事はない。
決して弱くはない……とはいえ強くもないが……。
彼は職業柄、荒事に巻き込まれやすい。
そのため自衛・護身術の類いは一応それなりに習得はしており、甥のロイドほどではないが、そこそこの修羅場・鉄火場を潜り抜けてきているため、場数は踏んでいると断言できる――
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「……………………よぉG! 久しぶりだな? 前に会った時より、またデカくなったんじゃないか?」
「…………ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
向こうのロイドたちが始まって間もなく、激しくやり合っているというのに、こちらの方では無言の睨み合いから、こうして呑気にもお喋りから始めているのは、ある種陽平なりの「戦法」のひとつである。
「前にあったのはそう……あれだ! 半年前! 市松会と揉めた時だ! 大阪でお前を見た時はマジでビビったぜ」
「…………」
「あれなんだな。お前、ホント仕事選ばねーよな。いやまあ、最低最悪の一線を越えるような真似はしてねえから、別にいいけどよ……」
「…………」
「母ちゃんと妹さんたちは元気か?」
「…………」
Gは直立不動。
対して陽平はゆっくりと芝居じみた仕草をしながら、ゆったりと喋りながら近付く。
「そういえば、今回のお中元はアイスを送ってみたがどうだった? 今年の夏も真っ昼間からクソ暑いのに、こんな真夜中でも暑さが変わんねーんだから、やっぱり冷たいのが良いよな?」
「…………」
すでに間合いは必殺の域にまで達し、あとは互いの出方次第となるところで陽平は顔を上げてGと目を合わせ、対してGはその目線を一切外さない。
「「…………………………」」
――Gは油断しない――
陽平という男をよく知っているからだ――それは公私にかかわらず、だ。
自ら動かないのはそのためでもある。
彼は自身が最も厄介――面倒な相手であるからだ。
こうして目線を一瞬でも外さないのは、その刹那の瞬間を狙って陽平が悪さをするのを警戒しているからである。
だから目を離さない、離せない。
こうして必殺の間合いになったとしても、無闇矢鱈と動けない。
とはいえ、単純な実戦的な実力――純粋な腕力としての話ならば、Gの方が圧倒的に強い。
たとえ何か小細工を弄したとしても、落ち着いて対処すれば良い。
だから待つ。
陽平から始めるのを待っている。
そして、動いたが最後――
――一瞬で片をつける。
そう考えて相手の出方を待って――
「――あぁ、そうだ――」
――来る。
そう思い、また口を開いた彼の動きを注視し、彼の一挙手一投足を見逃さないように警戒をする。
陽平はゆっくりと手を上げて――
「――アレ、大丈夫か?」
ゆっくりと上げた手は、Gの真後ろの方を指差す。
――Gは油断しない。
陽平という男をよく知っているからだ――その上で自覚している。
いくら注視しようと、いくら警戒しようと、彼はその猜疑心を見抜き、巧みに利用し、裏を掻く。
あり得ない選択をさせる。
ババ抜きのババを引かせる。
そう仕向ける。誘導させる。
――Gは、陽平に敵わない――
Gはまたも騙されて、後ろを振り向く。
背後には、何にも無いというのに…………。
――陽平はそこから速く反応する――
ポケットに隠し持っていた金属製の武器――拳にはめて打撃力を強化して使用するその武器の名前はナックルダスター――又の名を、メリケンサックやメリケン、ブラスナックルといった名称で呼ばれているそれを――狙う。
「もらったァッ!!!!!!」
狙うは一点。
それはいつぞや、ロイドが決め手として放った一撃と同じ箇所。
股間。
金的。
睾丸。
金玉。
GのGOLDに――――殴打。
殴打殴打。
殴打殴打殴打殴打。
殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打。
殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打打打打打打打打打ダダダダダダダダッッッオウダァァァッッッ!!!!!!!!」
百……とまではいかないでも、相当数の拳の連打を叩き込む。
――陽平はGを知っている。
なんといっても、プライベートでは彼の家族ぐるみと深い親交がある程だ。
そしてその親交があったとしても、こうして仕事上で敵対する事があれば、公私を切り分けて考える事ができるのがGという男であるとよく分かっている。
だから気にせず殴る。
それはそれ、これはこれだからだ。
――Gが強いのは知っている。
自分が真っ向から立ち向かっても、決して歯など立たない事は百も承知だ。
その事実は地球が100周したって変わらない。ひっくり返っても変わらない。
だから騙して不意打ちをする。
必ず引っ掛かると自信があったからだ。
――事前にロイドから話は聞いていた。
あの物流倉庫にて、Gと対峙した際、急所のはずの金的を狙ったが効果がなかった事を。
だがしかし……流石にこれだけの連続攻撃を繰り出せば、これだけ殴り続ければ堪えるはずだ。
悶絶し、昏倒するはずだと…………。
――陽平はGを知っていたが、彼のまだ全てを分かってはいなかった。
「……………………」
「…………あれぇ…………??????」
まるで少し余所見をしている間に、いきなり羽虫がぶつかって来た、みたいな感じでGは平然としたまま正面に向き直し、陽平を睨みつける。
「…………ちょっといくら何でも人間離れし過ぎ――ゥッ!!」
さり気なく距離を取り直そうとするがもう遅い。
ガッツリと首を掴まれ、軽々と持ち上げられる。
「……ッヅァ〜〜〜……!!!!」
地に足がついておらず、Gの掴まれたところだけで浮いている状態のため、徐々に首を絞められて息苦しそうな表情を浮かべ、拘束を解こうと必死に抵抗してもがくが、無論力量が違い過ぎるため何も効果が無い。
「ギ〜〜〜……ぉ、おでやわらがに〜〜〜……!!」
「…………〜〜〜…………」
せめて絞り出した言葉がそれかと、Gは呆れたように少し唸り、そして――
「――ッ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
雄叫びと共に、陽平をそのまま側壁の方に思い切りぶん投げた。
「――ッ!! どわぁああッーーー!!!?」
それに対し陽平も、投げ飛ばされたと同時に絶叫を上げ、
「ギャアッ!!!!」
と、側壁に叩き付けられた衝撃から悲鳴を上げ、地面に突っ伏された。
47
――――
「ギャアッ!!!!」
何やら視界の端で、大の大人が1人、凄い勢いで投げ飛ばされていたのを捉えたような気がするが、レミエルは気にしない。
(いや、それよりも……)
そんな事はどうでもいい。
そんな事よりも、
(…………やりづらいなぁ)
内心、そう思いながら闘っていた。
無論、それを表情にはおくびにも出さないし、相手にも決して悟らせるようなヘマもしない――現に相手は気付いていない。
――つい先程までは良かった。
自身の手の内――截拳道だと明かしたが、それを聞かされたところで、即時の対処などできうるはずが無く、彼は防戦一方。どころか苦戦を強いられていた。
反応速度は自身より良いためか、致命的な一撃はすんでのところで避けてはいるが、それでも他に入れられた攻撃のダメージが蓄積しているようで、その速度にも翳りが見えはじめていた。
――その筈だった。
「――……ッ!」
「――――シッ!!」
(…………ここもか)
右ストレートの強パンチ、に見せかけた引っ掛けからの左を入れようとしていたが、そこを防がれ、反撃をもらった。
そしてその反撃を起点として、向こうからの猛攻が来たので冷静になって捌く。が――
「――ッ?!」
大体は捌けたが、最後の最後で腹に一撃をもらってしまった。
(……………………)
レミエルには近接格闘において、ある一つの必勝法もとい持論を持っている。
その持論とは、相手の構えや闘い方を観察し、そこから更に相手の性格や心理を分析し、自身が独自に定義した部類に分類し、それらを踏まえた対応・対処をすることによって勝利を得るというものだ。
――例えば同じメンバー内のウリエル。
彼は自身の強靭な肉体を駆使し、ボクシングスタイルで真っ向からぶつかるような人間の場合。
ああいった手合いは、真正面から受けて立ったように見せて多少殴り合い、視覚外・意識外から不意の一撃を喰らわせてやると、そこを起点として崩す事ができる。
とはいえ例外はある。
――続くGの場合がそれに該当する。
あれもまたウリエルと似た強靭な肉体を駆使して、相手と真正面から向かうような人間であるわけだが、アレは違う。
身体的の極地。
規格外。
人間ではなく化物。
化物には不意の攻撃などものともしない。
そもそも闘わない。
出会ったら逃げる事が先決だ。
逃げるが勝ち、というやつである。
――そこへ行くとロイドの場合は、実に御しやすい。
いわゆる直感型。
自身に備わった本能や勘を使い、思考するよりも身体が反射的に反応して闘うタイプ。
独学で学んだような滅茶苦茶な構え、我流に近い独特なリズムによる攻撃。
時に激しく、時に静かに。
ノリと勢い。
それだけだ。
己が感覚を駆使して動く人間は、そこを理解してしまえば、論理的に闘えば、どうとでもできる。
相手の攻撃のタイミングをわざとずらし、リズムを乱して反撃する。
理詰めで追い詰める――
――そう……先程まではそうだった……。
レミエルの攻撃の速さにされるがままだったのが、段々と、徐々に対応するようになってきた――どころか、こちらの速度を上回るように動いている。
ロイドのリズムを乱すはずが、逆にこちらのリズムを流され、予期しないタイミングで攻撃を受けてしまっている。
反撃しようにも、その全てを防がれている。
これではまるで――
(――オレの闘い方に合わせている?)
普通ならばあり得ない話だ。
某少年漫画曰く「友情・努力・勝利」の要素よろしく、この短時間で急成長して相手を逆に圧倒する事など、現実的にはあり得るはずがない。
だが、現に目の前で起きているこの現象をどう説明するというのだろうか…………。
……しかし思えば、違和感はあった……。
最初に、とても理に適った構えではないと観察した時、とはいえどこか、どこがとは言えないが、なんだかその構えに筋が通ったものであったのを感じてはいた。
変なタイミングで攻撃を仕掛けてきた時も、様々な格闘技の要素を付け焼き刃的な感覚で身につけているが故の、ただの我流であると分析した際、妙にそうであると、そういうものであると誘導された様な気がしていた。
(まんまと振り回された、という事かな……)
レミエルはここに来て、ロイドの闘い方や動き方を思い返し、再度分析する。
格闘技の知識は多少なりとも心得はある。動き方は独特かと思っていたが、実際は敢えてそう動いていた。そしてその闘い方は決して我流ではなく、堅実に学んでいたものだとするならば…………。
だが――
(――読めない……)
自身が定義できていたはずの、部類に分類する事ができない。
…………どうしても掴めない…………。
「……どうした? 急に動きが鈍くなってんぜ?」
悟らせないようにしていたが、いつの間にかほんの少しだけ動揺していた感情が、表面に漏れ出てしまっていたらしい。
ロイドが軽薄な笑みを浮かべて挑発する。
(…………)
「……面白い闘い方をしますね……」
「メンドクセーだろ?」
「ええ、まぁ……。否定はしません」
「へっ」
「功夫ではないですね? 少しだけ混じっているような気はしますが……」
「あぁ、色々と混ぜこぜって聞いたな。詳しくは知らん」
「……ちなみに、答えを伺っても……?」
「……“叢雲流新武術”……」
「…………残念ながら聞き覚えがないですね…………」
「だろうな。ウチの近所にあった小さな道場でよ。宣伝は特にしてないそうだ」
「…………」
手の内を明かさない為に、隠すためにあえてふざけた答え方をしているわけでは無さそうだ。
本当の事を話してはいるようだが、自身のデータベース上には、叢雲流新武術という名の存在は該当はしていない。
聞いたところで、分からなければ対応も対処もどうにもならない。
だが――
(――良いねえ……)
肌がひりつき、身体が震え、高揚感に浸る。
「どうする? まだやるか?」
首をぽきりと鳴らし、不敵な笑みを浮かべるロイドに、
「勿論……第三ラウンドと行きましょう……」
貼りつけたような、装うような、隠すような笑みではなく、本気の笑顔を見せるレミエルは答える。
「OK…………」
「………………」
互いに仕切り直すように、再び少し距離を取り、ステップを踏む。
(『予想外』だ…………)
この裏社会――この業界において、様々な相手と対峙してきたが、格下相手では退屈だった。かと言って格上――圧倒的な相手はそもそも闘わないので、つまらなかった。
ここに来てようやく、自身と同格――同等に近い相手との闘争は、中々にない機会であるため、そんな展開に心躍らないわけがない。
レミエルは満足する。
彼が期待を裏切らなかったことに歓喜する。
最高の高揚感。
最高の愉悦。
最高の『想定外』。
(……『合格』だ……)
とはいえ満足はしたが、勝ちを譲る気はない。
勝負事に手加減は言語道断――今更手を抜ける程の余裕も無いが……。
実力は五分。
拮抗状態。
ならば結局のところ、そんな場合はどちらかが最後までその場に立っていればいい。
48
それからは、おそらく3分も経っていない。
互いに繰り出した拳や蹴りが、当たっては防がれ、防がれは当たって、引っ掛けたり、不意打ちしたり、そう繰り返していくうちに、段々と終わりが見えてくる。
真っ直ぐ鋭く速く、相手の芯を捉えていたはずの拳の速さは徐々に落ち、乱雑に空を切るようになってきた。
軽やかにステップを踏み、鞭のようにしなり、相手に斬り込むような蹴り技の応酬は無くなり、最早満足に脚を上げる事もできず、重く怠そうにふらつく事しかできない。
意識も思考も纏まらない。
ただお互いに目の前にいる人間を、無意識で殴っているような状態だ。
殴ったら少し後ろに引かれて、こっちが息を整えている間に、今度は殴られてちょっと吹っ飛ぶ。
その繰り返し、繰り返し、繰り返し、だ。
――クソが、まだ倒れねえのかよ……。
さっきのどこかのタイミングの殴り合いで、いつの間にか瞼の上を切ったようで、血が出てきて右目を塞がれてしまい、そのせいでよく見えねえ。
だが、まだ相手が立っているのは見える、分かっている。
「…………――――」
――お前も強靭だな……。
さっきから、口を動かしてんだが、声が出てこねえ。
「……〜〜〜〜……」
それは向こうも同じようで、何か口元がパクパクしてるのは分かるが何も聞こえない。
流石にそろそろ、しんどくなってきた……。
最初の方で色々と翻弄されたせいで、少し攻撃をもらい過ぎた。
蓄積した損傷が尾を引いてる……。
このままじゃ、いずれ持久力負けで俺が先にぶっ倒れちまう。
せめて、
せめてあと一撃…………。
ブチかます事ができればいいんだが……。
そんな都合の良い隙なんて簡単に――――
49
「…………〜〜〜…………」
Gは観察する。
地面に突っ伏したまま、一向に動かない陽平を見据える。
側壁に叩きつけはしたが、これでノックアウトされる程、彼はヤワではない。
おそらく不用意に近づいたところで、何かを仕掛けてくるはずだ――いつだったか、陽平がそうやって誘い出して上手く嵌められた事があったし、何だったら少し前、王城ロイドとの時にもそうやって迂闊にも近付いてしまい、まんまと裏を掻かれた事を思い出す――それで言うなら、この2人は似た者親子ならぬ、似た者叔父甥、と言ったところか。
そのため、こうして数メートルも距離を取り、様子を伺っているわけだが、
「…………………………」
勿論、向こうから動く事は一切なく、微動だにせずにうつ伏せた体勢のままだ。
(…………)
だが、動かないなら都合が良い。
そのまま無視をすればいいのだから。
一瞬だけ、レミエルとロイドの方に意識を向ける。
あちらは相当激しくやり合ったらしい。
いよいよ佳境に入る、といったところだろうか。
自身の心情としては、決着のついていない真剣な勝負の間に割って入るのは忍びないが、あくまでもこれは仕事。
そちらの信条としては、レミエルに加勢してカタをつけ、一刻も早くこの場から離脱する事が先決だ。
そう思い、意識を完全に切り替えたところで――
「――ッ!! 馬ーーー鹿ッ!!!!」
「――ッ!!!?」
また引っ掛かってしまった。
――陽平は瞬時に立ち上がる――
Gがそこまで考えているところまで読み切っていた。
近付かず、距離を取る事も。
いずれ自身を無視し、ロイドたちに意識を向ける事も。
だからこそ、それがまたとない機会である事も。
再びGがこちらを向き、構える前にそれを懐から2丁取り出す。
それはまるで拳銃によく似たような形状だった。
トリガーが引かれ、棘状の電極が生えた小さな投げ矢のような2つの射出体が発射され、目標――Gの身体――1つは右脇腹あたりに、もう1つは左胸の位置の肌に突き刺さる。
射出体と本体の間には絶縁された細い銅線で繋がっており、本体から射出体の電極に凄まじい電流が流れていく。
それの名はテーザー銃。
アメリカ合衆国内の法執行機関が制圧対象に対して用いる低致死性武器。
の、色々とかなり無茶な改造を施した特別製。
本来ならば最大5万ボルトの威力で、射出体の当たった部位に対して局所的な激痛と筋肉麻痺を引き起こして制圧するための物だが、威力はその数倍
通常でも使い方によらず、標的に重傷を負わせたり、死亡させたりする危険性をはらんでおり、日本国内ではそもそも銃刀法違反に該当するため、民間人の所持や購入は禁止されているシロモノだ。
そんな大変危険なものを、Gに対して遠慮なく、満遍なく浴びせている陽平。
「フハハハハハハハッ!!!!!! どうだG!!!!!? お前でもこれは流石に堪んねーだろ!!!!!!」
勝利を確信し、大笑いしながら叫ぶ。
何とも可笑しな話である。
攫われた幼い少女たちを助けに来た側の人間が、到底してはいけないような下卑た笑みを浮かべているのだから……。
だが、とにかくこれで不意打ちを見事に喰らわせる事はできた。
あとはGがこのまま倒れてくれれば――
「ゲヒヒッ!!!! 前の大阪の時に喰らった時よりヤバいだろッッッ!!!?」
――そう…………、
陽平は自身で喋っている時に気付く。
気付いてしまった。
以前にも電流を喰らわせていた事を…………。
普通の人間ならば、これで決着がついていただろう。
最悪の場合、死に至らしめて、人殺しになっていたかもしれない。
そう、普通の人間ならば。
――Gは人間ではない、化物である。
「……ッ〜〜……〜ッ〜……〜〜ッ……ッッッ〜〜〜〜!!!!!!!!」
決して無傷なわけではない。
損傷がゼロなわけではない。
ただ、耐えている。
流された電流で筋肉が硬直し、麻痺しそうになりながらも、それ以上の内包された筋力で抗っている。
一歩、また一歩。
やろうと思えばその銅線を引きちぎれそうなのに、それをせずに見せ付けるように陽平に近づく。
一歩、また一歩。
「…………………………嘘だろオイ…………………………」
一歩、また一歩。
陽平はあまりの光景に釘付けになり、逃げ出す事すら忘れて、その場に立ち尽くす。
「………………………………………………………」
化物は遂に陽平の目の前まで迫り、持っていたテーザー銃をゆっくりと握り潰す。
粉々になったテーザー銃が地面に転がり、陽平はその様子を見届けてから顔を見上げ、化物とゆっくり目を合わせる。
「…………………………ゴメンネ…………………………」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!」
大気が震え、空間が歪む。
化物は、おそらくは今日一番の、凄まじい咆哮を上げながら、ゆっくりと拳を振り上げた――――
50
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「「……………………」」
「……………………………そ、壮絶ですね――」
「――う、うん…………………………」
目の前で繰り広げられている暴力の暴風雨に、ただ息を呑み、純粋に凄いやら怖いやらの複雑な感情――畏怖の念を抱いたであろう璃子の漏れ出た言葉に、アタシも即答する。
ここは〈ビートル〉の車内――の後部座席。
そこで身を乗り出して、食い入るようにそんな凄絶な光景を見つめているアタシたち2人。
少し前、関東菱川組とかいう暴力団の本部にて、陽平さんが怪しい交渉をした結果、ひよりちゃんたちを救出するための手筈を整え終え、いざ出発というところで、
『おっと、君たちは流石にお留守番だ』
『これ以上は危険だ。それに……こっから先は見ない方がいい……』
と、陽平さんやロイド君たちにつれない事を言われたが、正直な話、こんなところでの留守番は逆に怖いし、とてもじゃないが落ち着けるわけがないし、それに……最後までキチンと見届けたいという思いがあり、アタシと璃子は当然その申し出を断固拒否。
その勢いに気圧されたロイド君たちは、結局、この車の中で大人しくしてくれるなら、という条件で連れて来てくれたというわけだ。
…………とはいえ、これほどとは思わなかった。
すでに覚悟を決めて、この場に臨んだとはいえ、予想外・想定外の修羅場が形成されている。
特にロイド君とその相手。
この両者の激闘は凄まじいものだ。
目で追うだけで精一杯――いや、それを捉えたところで、格闘技の知識が無い。そういった経験がないアタシには、今、2人が何をしているのかサッパリわからない、というのが心情だ――更に言えば、どっちが有利で不利なのかの見当すらつかないのが本音である。
最初の方は、陽平さんとロイド君の両方を交互に見ていたが、気付けば、ロイド君の方を一方的に見続けていた。
終わりなき闘争。
互いに一歩もひかず、拳や蹴りを、一切止めることはない。
永遠に続くかと思われていたが…………、
だが、それも――
「……終わりそうですね……」
「……そう、みたいだね……」
――いよいよ決着のときが来ようとしていた。
素人目でもわかるほどに、両者共に疲弊し、身体中ボロボロになり、足元すらおぼつかず。
今はただ、お互いに睨み合い、静止するのみ。
恐らくは、『次』で決着がつこうとしている。
そんなところで――
「あっ…………」
璃子の声でアタシは我に返り、一瞬彼女の方を見て、そして彼女が見ていた方向に視線を移す。
――巨人が少しずつ、陽平さんに近づいている。
最初の方、陽平さんたちはロイド君たちとは違い、すぐさまに殴り合いをはじめたりはせず、何やら会話を交わしていた。というより、陽平さんが一方的に巨人に話しかけ続けていた、という方が正しいのかもしれないが……。
それもあって、アタシたちは特に変化が無かった陽平さんたちではなく、ロイド君たちの方を見続けていたのだが――
「…………あれってもしかしてピンチ?」
「……………………」
陽平さんの手には、ちょっと遠くてよく見えないが何かを握っており、それを巨人に向けて使っているようだが――アレはたぶん、璃子とアメドラや洋画でよく見る……そう、向こうの警察官が使っている電流が流れるヤツだ。
そんなアレを使っているのに巨人は倒れる事なく、一歩、また一歩と陽平さんに近づいている。
最初は凶悪そうな笑顔を浮かべて大笑いをしていた陽平さんも、ゆっくりとはいえ確実に近づいて来る巨人を見て、笑顔が固まり、それが少しずつ崩れ、段々と顔を青ざめているのが見える。
そして気づけば――
――巨人は陽平さんの目の前に立っている。
陽平さんは完全に動揺しているのか、すっかりと立ちすくんでしまっている。
このままでは――
「――陽平さんが……」
「――ッ!!」
「――えっ? ちょ、璃子!?」
後部座席にいたはずの璃子は、あっという間に運転席に移動し、挿しっぱなしになっていた車の鍵でエンジンを掛ける。
噴かし、唸り、車内が震動する。
「は? え? り、璃子? 何してんの?」
「このままだと陽平さんがやられちゃいますっ!!」
「いやそうだけど……で、でも――」
「――大丈夫です!! パパの運転を見た事があるので動かし方はわかります!!」
「――いやいや、そうじゃなくて――」
「――行きまーーーーーーーーーーーーーーーーすッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「――いや行くってぇええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!?!?!?!?」
初っ端から最大出力!!!!!!!!
ビートルは飛び出し、蛇行しながら、それでも真っ直ぐに巨人に向かう。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!』
車内にいて、かつ激しいエンジン音が響いているというのに、耳に鋭く届く巨人の咆哮。
アタシが最後に見えたのは、拳を振り上げ、今まさに陽平さんに振りおろそうとした瞬間――
――轟音を上げて近づくビートルに気づいた巨人が、振り向いて――
――この時、目が合ったような気がして――
――車の前方バンパーからぶつかり――
――お次にボンネット――
――フロントガラスにもぶつかってヒビが入り――
――そこから彼方へと吹っ飛んでしまった――
それはほんの数秒の出来事だった――――
51
…………実際のところ…………。
この勝負は、レミエルが勝っていた。
いや、勝てる状況であった。
ロイドの分析通り、彼からの攻撃を受け過ぎていたためだ。
その為、耐久戦に持ち込むのは論外であった。
だからこそ、『次』の一手が勝敗を分けるカギになる事は明白であったが、レミエルもまたそれを自覚し、自身こそそれを上手く捌いて、その上でロイドに一矢を見舞えるという自信があった。
体力面ではほぼ互角。
だが、それだけだ。
技術面でも、経験面でも、レミエルが少し優れている。
しかし、その少しが命取りになる事は、この業界では常識だ。
無情ではあるが、どう足掻いても、ロイドに軍配が上がる確率は低い。
――もしも……
――もしも……である……。
――もしも、レミエルがロイドに劣っているところがあるとすれば、挙げるとすれば――
それは精神面であろうか――
――――Gが車に撥ねられても動じない程――――
「――――!?!!」
レミエルは裏社会の業者だ。
それも上の上。優秀な部類に属する程の、裏稼業に勤める人間。
一流の仕事人。
プロフェッショナル。
唯一短所を述べるなら、プロとしてはあってはならない事態。『想定外・予想外』を好むという嗜好……いや悪癖がある事だろう。
だからこそ、この事態を楽しんでしまった。
――――余所見をしてしまった。
「――――!!!!」
全ての意識を、レミエルに集中していたロイドは、その隙を決して見逃さなかった。
――ロイドが一歩、踏み出す――
――レミエルもすぐさま気付き反応する――
油断したつもりはない。
侮ったつもりもない。
ただ単に、アンテナを広げ過ぎた。
レミエルは認識している。
この世界では、余計な茶々が入る事を知っている。
だからレミエルは、常に周囲を警戒するのを自身の習性として行ってきた。
それはロイドの特技程ではないが、しかし劣らないものである。
だからこそ悪癖と妙な合わさりを起こし、
こうなってしまったのだろう。
――ロイドの動きに合わせて、蹴りを繰り出そうとして――視界から消える――否――ロイドは更に下に潜り込み――低い姿勢から回転させ――レミエルの顔目掛けて蹴りを放つ――
それは躰道の独特な蹴り技のひとつ。
卍蹴りと呼ばれる技。
ロイドの蹴りは、レミエルの顎先に見事に決まる。
彼は脳震盪を起こし、膝からゆっくりと崩れ落ち、ゆったりと沈んでいく――――
「………………………………………………」
倒れ伏したレミエルを、ロイドは静かに見下ろす。
――体力面では互角。
――技術面や経験面ならレミエル。
――精神面ならロイド。
――この要素に、あと一つ『何か』を加えるなら。
――勝敗を分けた要素を挙げるなら、
――それは多分『運』だろう。
――レミエルは運が無かった。
――ただ、それだけだった。
52
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「「……………………」」
「「…………………………」」
あれから、少し寝ては起きて、少し起きては寝て、喉が乾けば水を飲んで、お腹が空けばご飯を食べて、
「……ひよりちゃん……」
「うん…………?」
「今って、何時かな?」
「……たぶん、まよなかくらいじゃないかな?」
「そっか…………」
「うん…………」
急に怖くて嫌な気持ちになれば、色々とお話をして気を紛らわせていましたが、今はもう自分でも一体何の話をしているのか、よくわかっていません。
気づけば――
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「「……………………」」
「「…………………………」」
――こうして、互いに何も喋らない状態が続くようになりました。
少しずつ、限界が近づいているような気がします。
ただし、それは当たり前の話です。
いくら寝るところがあっても、食べて飲む物があっても、この異常な事態が、わたしたちの心を蝕んでいるのですから…………。
「……………………」
わたしよりもしっかりとしていたひよりちゃんも、さすがに落ち着きを保てなくなってきたのか、怖さや疲れや不安などの色々な感情が、顔に出てきてしまっているほどです。
でも……わたしたちでは、どうにもできません……。
そんな時でした――――
「――っ!?!!」
「――きゃっ!?」
――――急ブレーキが掛かったのは
ここが、トラックの荷台の中だと気づいたのは少し前、一緒に載せられていたお金を見つけた後のこと、ひよりちゃんが言いました。
『…………車の中?』
『…………うん』
壁に貼られた青空の景色が映ったシートをちょっとだけ剥がして、鉄? みたいな壁面があらわになった部分を、ひよりちゃんは軽く突きながら、
『とらっくのにもつをいれるようなところに、ひよりたちはいるみたい……』
そう付け加えます。
『じゃあ……もしかして……』
それに対して、わたしも気づいた事を話します。
『さっきから、なんか少し揺れているような気がしてるのも…………』
『うん……いどうしてるから……だろうね』
『…………そうなると、一体どこに向かってるんだろう?』
『…………う〜〜〜ん、わかんないけど、でも――』
琥珀色の瞳がわたしを捉えます。
『――つぎにここから、ひよりたちがおりることがあるとすれば……――』
『――とらっくがながくとまったとき、だろうね……』
――――
「……いちかちゃん、だいじょうぶ?」
「……う、うん……。ひよりちゃんは?」
「ひよりもだいじょうぶ……」
予想よりも激しいブレーキによって、わたしたちは体勢を崩してしまい倒れてしまいましたが、幸いにもベッドの上にいたおかげで、大した怪我をすることはありませんでした。
いえ、今はそれよりも――
「――目的地に着いたのかな?」
「……それにしては、ずいぶんらんぼうだったけどね……」
「……そ、そうだね……」
トラックが止まったということは、ここから降りられる、という可能性があります。
それはつまり――
「いちかちゃん、こっち……」
「う、うん……!!」
――抜け出すチャンス、その可能性が出てきたということです。
わたしたちは事前の打ち合わせ通り、あらかじめ決めていた場所に移動します。
そこは、お金が入ったたくさんのケースを、高く高く積み上げた山の裏――
――作戦はこうです――
彼らは、この荷台の扉を開けるでしょう。
その時、このケースの山にわたしたちは全力で体当たりをして、扉の外側に崩し落とすのです。
誰かにでも当たってくれれば、そっちに注目を。もしくは当たらなくても、ケースの留め具は全て外しているので、落ちた衝撃でお金がばら撒かれれば、そっちに注目をしてくれるはずです。
お金は大事です。
わたしたちよりも大事なはずです。
その間に逃げ出せれば――
――扉の方で、何やら物音がします。
「――ッ!!」
「しぃ〜〜〜…………」
声が出そうになるのを、ひよりちゃんに抑えられ、必死に気配を殺して静かにします。
ガチャガチャ!
ガタンガタン!
扉を開錠しようと、色々とやっているのが聞こえます。
「「…………………………」」
つい先ほどまでは、時間が経つごとに感覚が鈍くなり、怖いや悲しいといった感情すら感じにくくなっていたというのに。
今は、ここから逃げ出せるかも、助かるかもしれない、そういう希望の気持ちでいっぱいでした――それとは別に、本当にうまくいくのか? という不安やドキドキという気持ちもあります。
そんな複雑な感情がごちゃ混ぜになりながら、わたしたちは乱れそうな呼吸を整えて待ちます。
そして――
「「――せーーーのっ!!!!!!」」
……女の人の声……?
確か……わたしたちを連れ去った人たちは全員男の人だったはず……?
いえ、さすがに聞き間違いかもしれません。
――とにかく、扉が開きました。
ケースの山の裏に隠れてしまっているため、外の景色がどうなっているのかの状況は掴めませんが、たくさんの空気が荷台の中に流れ込んできて、その空気が肌に触れると、本能的に外が屋外なんだろう、というのは感じ取れました。
「――よっこい……しょっと!」
今度は男の人の声――ただし、わたしたちを連れ去った人たちより、何だか声音から『老い』? みたいなのを感じるような気が……。
まあとにかく、1人の男が荷台に入ります。
「さてさて……お姫様たちは……っと???」
そう言いながら、もう一歩進んだところで――
「――!!!!!!!!」
「――えいっ!!!!!!!!」
ひよりちゃんの合図でわたしたちは、ケースに全身全霊の体当たりを仕掛けます。
「――――えっ?」
ケースの向こう側で、男の人の漏れるような一言が耳に入って――――
「――――だあぁああああああああああああああああッッッ!!!!!!?!?!?!?!?!?!?」
――――男の人の大絶叫が響き渡ります。
「いちかちゃん」
「うん!!」
作戦成功です。
わたしたちは手を取り、すぐさま扉の方に駆け出して――
一緒に持っていた布団やらを外に投げ出します――
そして、そのままそれをクッション代わりにして飛び込み――
少しだけ衝撃で身体が痛みますが、そんな事を気にする暇もなく――
立ち上がって――
「――あ〜あ、だから少し待てって言ったのに……」
――その声は…………。
聞き覚えのある、それでいてとても長い間聞けなかった声は――
「――よお……大丈夫か……?」
ロイドお兄ちゃんがいました――――
最後に会った時より、着ている服はボロボロに汚れていて、それ以上に身体も顔も傷だらけで血だらけで、とてもとても痛そうなのに…………
お兄ちゃんは笑って立っていました…………
来てくれました。
本当に、来てくれたのです。
「「…………………………」」
あまりの展開に、わたしもひよりちゃんも理解が追いついてません。
「何だよ? 驚き過ぎて声も出ねーか? まぁ、無理もねえわな――」
「――ロイドさん! 陽平さん今ので伸びちゃってます!!」
「…………えっ、マジで?」
「いや無理もないでしょ……。あんなのが目の前で崩れてきたら……あーあー、お金がこんなに散らばっちゃって……」
「あー、いいよいいよほっといて。後で菱川組の人たちに回収してもらうから」
「でも……凄いですね。こんなにお金が……」
「そうだけど、それより、ひよりちゃんもよくコレを武器というか、脱出の道具にしようとしたね……」
「当たり前だ。ウチのひよりを舐めんなよ。こいつがただで捕まるようなタマじゃねえのよ」
「…………何でロイドくんが偉そうなのよ…………」
呆然としていたわたしたちをよそに、お兄ちゃんと他の女の人たちはお話をしています――そして、そんな皆さんの様子から、この人たちはお兄ちゃんの味方であることが判断できました。
そこでようやく――
――助かった。
自分たちが絶対に安全なのだとわかりました。
安心しても良いとわかると、強張っていた身体が楽になるのと同時に、疲れとかもどっと押し寄せてきます。
どこかその辺で座り込んでしまおうかと思っていたところで――
「――ひよりちゃん?」
いつの間にか、ひよりちゃんがロイドお兄ちゃんの目の前まで近づいていました。
「…………ひより…………?」
「…………………………」
静かに。
落ち着いていて。
そして真っ直ぐに。
ひよりちゃんの眼は、ロイドお兄ちゃんを見つめています――
「――しゃがんで……」
「……あ?」
「しゃがんで……」
「いや、あの……俺結構身体中痛くてよ。その……しゃがむのは少し辛――」
「――しゃがんで――」
「……おん……」
有無を言わさないひよりちゃんの雰囲気に、お兄ちゃんは渋々といった様子で従います。
苦痛に顔を少し歪めながらも、ちゃんと屈んだお兄ちゃんに――
――べちん
と、ひよりちゃんは頬を叩きます。
「――ッ!! 痛え……口の中も切れてんだから……おいっ――」
――お兄ちゃんが非難の声を上げるより早く――
――ゆっくりと抱きついて、
「…………おそい…………」
そう言って、ひよりちゃんはぎゅうっ!! と、強く強く強く……とても力強く抱き締めました。
「…………悪い、待たせた…………」
「…………ん〜ん、ありがとう…………」
その力強い抱擁に、お兄ちゃんは優しく、ただ優しく抱き締め返していました。
53
八重雲県空巻市の町外れ。
ここには、中規模程度の廃工場がある。
元々、自動車部品工場として稼働していたが、その工場を経営していた社長が経営難と借金苦を理由に自死し、長期間放置される事となった。
周囲数百メートル以内には民家も無く、夜になれば完全に誰も寄り付かず、人目に付きにくい場所であるため、それを都合良しと考えた藤丸組が、その廃工場を丸ごと買い取った経緯だ。
それ以降、此処は怪しげな取引や交渉、いつだったか金髪の青年を拉致し尋問したところとして、存分に有効活用された場所となっている。
そんな照明が全て点灯されながらも、未だ薄暗い廃工場内でたった1人――
――獅子門暁音は佇んでいた。
「……………………」
自身の補佐たる國塚や、それどころか若中――子分も伴わず、ただ静かに目の前にある虚空を、その開かない細い眼で黙って見つめている。
(……………………)
時刻は午前4時過ぎ。
真夏という時期もあり、すでに空が白み始め、日が登ろうとしていた。
幾ら人目に付きにくいとは言っても、これから複数台の大型トラックが、こんな廃工場にやって来れば、流石に不審な目で見られる事になるだろうが、獅子門は特に焦る事なく平然としている――
――と、待っている間に到着したようだ――
――トラック独特のエンジン音が微かに聞こえ、少しずつその音がこちらに近づいている影響で、徐々に大きくなっている。
(来たか……が……)
開け放たれた廃工場の入り口から、トラックが一台だけ入って来ると、佇んだ獅子門の位置から数メートルほどの位置で停まる。
(…………)
やがて、エンジンが切られ完全に停止する。
そして助手席側のドアが開かれ、1人降りて来た。
彼が此処に来るのは、これで3度目になる。
「よお……獅子門……」
金髪の青年――王城ロイドが不敵な笑みを浮かべてそう言った。
54
「――やあ。君だったか」
俺のツラを見ても、特に動揺する事なく軽い感じで手を上げて返す獅子門。
……相変わらず、苛つく笑顔だ……。
「驚かねーんだな?」
「うん?」
「いや……『何でここに?』とか、言わねーんだなと思ってよ……」
「…………」
「まさか、これも計画の内ってか?」
「いやいや、ちゃんとしっかりと驚いてるし、こんな事は計画外だよ。顔に出難いんだ私は」
…………。
……………………。
相変わらず、そこも読めない女だ。
「ところで、君が助手席から降りたという事は、運転席にいるのはどなたかな?」
「――オレだよ!」
そう言って、叔父はひょっこりと顔を出し、そのまま降りて獅子門の前に出る。
「……陽平か。そうか、君は確か大型免許を持ってたっけ」
「あぁ、持っててよかったよ」
「そのようだね」
「……へっ! そうだ。他にも後ろにいるから連れて来るわ。ちょっと軽く2人で話してろや……」
そう言って叔父は俺の肩をポンと叩き、荷台の方に向かって行く。
……。
…………。
………………。
「「……………………」」
いや、軽く話してろって言われてもなぁ…………。
これから話す内容を考えると――
「――今度、デートでもしないかい?」
「…………………………は?」
いきなりの獅子門からの言葉に、流石に俺も呆気に取られて、思わず間抜けな声を漏らすしかなかった。
「デートだよ、デート。……しないかい?」
対して獅子門は、特に気にもせずに誘ってくる。
…………。
「お前……この状況わかってんのか……?」
「それはそれ、これはこれ、だよ」
「…………」
「で? どうかな?」
「…………考えとく…………」
「――はは、断らないんだ――」
「――美人の誘いを断る馬鹿はいねえだろ」
「へぇ……そう思ってくれてたんだ……」
「最初に会った時に言わなかったっけ?」
「…………あぁ…………なるほど」
「……………………」
「…………どうもありがとう」
「どういたしまして…………」
「――うい〜! お待たせ〜!」
そんな、こんな雰囲気的によく分からない誘いの答えを保留にしたところで、叔父が降ろした人たちを伴って来る。
「んじゃまあ、早速話の本題に入る前にだ。お互いに初めましての人もいるだろうし。グダグダとするのも面倒だから、オレが進行役として務めさせてもらうわ」
叔父は大仰に手を広げ、そう言ってから自身を指差す。
そして、そのまま獅子門の方に手を差し出すと――
「――Ladies and Gentlemen! 紹介しよう。ここにいるクソ女が、藤丸組若頭の獅子門暁音だ!」
「どうも――獅子門暁音です……」
ご紹介にあずかりました、とばかりに獅子門は叔父のノリに乗っかって、薄く笑みを浮かべた状態で軽く一礼する。
対して他の面々は、そんなノリに怪訝そうにしながら、微妙な感じで礼を返す。
「さて、オレとロイドは見知ってるから省くとして、まずはウチの可愛い可愛いお姫様からといこうか。王城ひよりだ」
「…………よぉ」
「やぁ、ひよりちゃん。いつかのパーティーで少しお会いした時以来ですね」
ひよりが手を挙げるのを、手で振って返す獅子門に、俺はハイ終わりとばかりに、すぐにひよりを後ろに隠すようにする。
「そしてお次は、ただの一般人にして部外者にして、善良なる最高の協力者たち。水無月璃子ちゃんと仙導レナちゃんだ」
「え、えっと、どうも初めまして、です……」
「ええ、初めまして璃子さん」
「あ、えっと、はい。その……し、失礼します!」
事前に説明していたとはいえ、やはり本物のヤクザを目の前にして緊張したのか、先ほどまでGにぶちかました勢いは何処へやら、最後までテンパった状態でそそくさと挨拶を切り上げた――まあ、無理もないだろう。
続いて――
「――どもっす。レナです……」
「はい、初めましてレナさん」
「…………あの」
「……はい?」
「ロイド君からは本当の事を聞いてたので、事情はもう知ってるんですが……」
「…………?」
「彼は必要無いって言ってましたけど、アタシ的には何かスッキリしないんで……一応、言っときます……」
「…………」
「ありがとうございました。事故の入院費とか色々と裏でやってくれて助かりました……」
「…………礼は結構ですよ。彼とはそういう契約――お約束でしたので…………」
「でも……アタシ的には凄く助かったんで……」
「そういう事でしたら……ご丁寧にどうも……」
そう言って獅子門が軽く頭を下げ、対してレナさんは深く礼をしてから璃子さんと一緒に後ろに下がった。
「では最後に、今回のこの馬鹿みたいな大騒動における最大の被害者。……浅見壱楓ちゃんだ……」
「……………………」
「……………………」
ひよりとは反対の位置。
俺の後ろから隠れるようにして、壱楓ちゃんは不安げに獅子門を見つめる。
今回の事件の張本人。
全ての黒幕。
元凶を前にして、なんと言えばいいのか分からないってところか…………。
「とりあえずバーカって言ってやれ」
「――ッ!?」
俺の何気ない提案に、驚いた表情で顔を見上げる壱楓ちゃん。
「…………………………」
それから再び獅子門の方を見つめ、
「…………だ、大嫌いです…………」
そう言い放って、ゆっくりと下がっていった。
そして、その言葉を受けた当の本人は、
「…………ごめんね…………」
上がっていた口角を、ほんの少しだけ下げてそう言った。
「……よっしゃ、そしたらようやく本題に入るわけだが……さあて、どうやるか――」
「――叔父さん……」
「……ん?」
「俺に良い案がある」
「ほう? どんな?」
俺は獅子門を見つめ――この時にはまたいつもの微笑みに戻していた。
「これから俺が質問して、アンタが素直に答える。質問の意図や意味が理解できなかった場合にのみ、そっちからの質問を許可する。それ以外――質問に素直に答えない、茶化す、誤魔化す、嘘を吐いた場合には相応の罰を与える」
「……………………」
「どうだ?」
「……良いよ。それで構わない」
いつかの意趣返しに、彼女は特に気にする事もなく承諾する。
良いよ……か……。
…………………………。
俺は獅子門にゆっくりと近づく。
そして、彼女の目の前に立つと、質問を開始した。
「まず一つ目。今回の一連の流れ。この大騒動を起こした真犯人はお前か? 獅子門……」
「――あぁ、そうだよ」
……即答。特に否定も言い訳もなく、か……。
「じゃあ二つ目。目的は何だ?」
「おいおい、君たちの事だ。もう分かってるんだろう? わざわざ聞く必要も――」
――俺がレミエルを殴った速度よりも疾く――
――速く鋭い右の平手打ち――
――それは、獅子門の左頬を強く引っ叩いた――
「――ッ!!」
「「「ッッッ!!!?」」」
後ろにいた面々――特に壱楓ちゃんや璃子さん、レナさんたちの仰天したような視線が向けられ、
「…………」
「Wow…………」
対して、ひよりは特に気にせず、叔父は驚きの声を上げてはいるが、その表情は『だろうな』といった感じで気にも留めてなかった。
「……………………」
当の本人たる獅子門は、唐突な平手打ちに一瞬だけ体勢を崩しそうにはなったが持ち直し、張られた頬に手を当てることもなく、何なら微笑みだまま何事も無かったかのように、ただ黙って俺の目を見つめる。
「…………素直に答えなかったら、罰を与えるって言ったろ?」
無論、それだけじゃない。
ひよりと壱楓ちゃんを、こんなクソふざけた、クソどうでもいい、クソみたいな事に巻き込んだ事に対する報復も兼ねていた。
正直に言って、滅茶苦茶トサカに来ていた。
何か適当なことを少しでもほざいたら……いや、何だったら何もほざかなかったとしても、適当な理由を吹っ掛けてでも、絶対に一発は必ず引っ叩く、そう決めていたのだ。
「いいから、さっさと目的を話せ。お前の口から直接な……」
「…………」
獅子門の細目が少し開かれ、いつか見たドス黒い眼が俺の姿を映す。
そして――
「――双魚会。というよりも、鰐淵傑が支配していた双魚会と武蔵連合の壊滅……。ひいては鰐淵が密かに準備をしていた新たな犯罪グループの壊滅だよ。それと、その犯罪グループの資金源となるはずだった100億の強奪もだね」
素直に話し出した。
「……三つ目だ。何で今だ? 何故、俺たちを巻き込んだ?」
「巻き込んだんじゃない。巻き込まざるを得なかった。私の想定よりも鰐淵の動きが早かった。だから、今しかなかった。巻き込まれたのは、君たちの間が悪かっただけだ」
「……じゃあ何か? 甚衛さんの銃撃は元々の計画通りで、壱楓ちゃんへの誘拐は突発的な犯行だってのか?」
「その通り」
「…………」
「君の叔父さんは、私を深謀遠慮で用意周到な狡猾な人物であると評しているようだが、そんな事はない。そこまで見抜ける様な才は無いよ。確かにそれなりに計画し、準備し、行動はしていたけどね……」
「……だったらこんな余計な事をせずに、最初から目的を正直に話して、俺たちを保護するべきだったんじゃねえのか?」
「さっき言ったろ? 鰐淵の動きが想定より早かったと……。それは100億の強奪でも同じだった。当初の計画では、奪った金を一度東京に集めてから悠々と此処に運ぶ予定だったのが、早々に封鎖され出入りができなくなった」
「…………」
「これはつまり、我々からの干渉も迂闊にはできない事を意味する。君たちへの過度な接触は、こちらの計画が露呈する危険性があった」
「だから――」
「――そうだから、茶番をしてもらった」
曰く、最初のホテルでベラベラと喋っていた真実と偽りの織り交ぜた内容。
曰く、SCCサービスと出会うまでの数々の襲撃。
曰く、その襲撃を退けた上で、菱川組の本部に辿り着ければ、俺たちのお膳立てされた冒険はそれで終了――のはずだったのが――
――獅子門はゆっくりと指差す。
「そこの陽平のせいでね」
「えっ、オレかよ?」
いきなり指差され、呆然と自身を指差す叔父。
「……彼が急に現れたせいで、せっかくの修正しかけた計画がまたおかしくなってしまった。それどころか、このまま滅茶苦茶に荒れに荒らされて、計画自体が全て台無しになる可能性もあった――」
「――だから本当に攫った」
「あぁ。ほんの少しだけ時間を稼げれば良かった。君たち――特に陽平の目を逸らせる事ができれば、後は警察を動かして鰐淵たちを捕まえさせ。100億とお嬢さんたちを纏めてこの手に収め。娘たちは私が上手い事『保護』してやった事にするつもりだったのに……」
獅子門は俺と叔父を交互に見て、
「まさか……全て掻っ攫われるとは……」
短く溜息をついた。
……………………。
「あの……ひとつだけ良いっすか?」
そこでレナさんが一人手を挙げて、そのまま獅子門に質問する。
「えっと……アナタとその運び屋のSCC? サービス? とかの人たちの立場というか役目はわかったんですけど……チョミさんは何だったんです?」
確かに、そこは俺も地味に気になってはいた。
叔父の推理の中でも、チョミはBBから武蔵連合にいて、100億の金の在処を獅子門に漏らしたみたいな話を披露していたが……。
そもそも、何でチョミが武蔵連合にいるのかも――BBと武蔵連合が双魚会にケツモチされていた関係があったのは知っていたとはいえだ――100億の在処を知ってるのかも、どうして獅子門と手を組んでるのかも……。
聞いた最初の方は、なんか流れで『そういう事か』って納得してたけど、後々になって『何でアイツがいるんだ?』になっていた。
危うくウッカリと忘れるところだったが、レナさんのナイスアシストのおかげで、獅子門自身から話を聞けそうだ……。
「簡単さ。彼女は今回計画の協力者にして、共犯者にして、影の立役者であった。という話だよ」
「へぇ〜、なるほど。で、つまり?」
俺の雑な次への促しに、獅子門は特に気にせず、
「そもそもの話は、君がBBの残党としてのチョミの報告を受けた後だ」
話を続ける。
「私はチョミの存在を認知し、その行方を追っていた。その結果、彼女は武蔵連合に籍を置いていたのが分かった」
「更に深く調査すると、何と籍を置いているどころか、その武蔵連合の中枢……それどころか鰐淵――新たな犯罪グループの懐近くにも潜り込んでいたのさ」
「その真の目的が100億であったのを見抜いた。だが残念な事に、彼女にはその大金を奪う為の手段が無かった。だから私は彼女に接触し手を組んだ」
…………。
だからチョミがいた訳か。
…………いやいや、アイツすげーな。
世渡り上手過ぎんだろ。
あんな馬鹿みたいな格好してるってのに…………。
「で……………………もう良いのかな?」
どうやら、俺が少し考え込んでた間の沈黙の時間を、もう質問タイムは終わったと判断したのか。
獅子門は切り上げようとしていた。
「「「「「「……………………」」」」」」
俺たち一同は互いに顔を見合わせる。
聞きたい事は?
無い?
そっちは?
無い? 本当?
無いのね?
うん? あっ、無い? 無いな?
叔父さんは? あんの? どっちだよ? 無い? 無いんだろ?
……………………分かった。
目線と身振り手振りの結果、
「――――終わりだ」
俺が代表して答える。
「…………OK。じゃあ私はお先に失礼を――」
「――待てよ……」
なんか普通に帰ろうとして踵を返した獅子門の肩を掴む。
「……何かな?」
「お前は帰さねーよ」
図太過ぎるわ。
何で帰れると思ってんだよ。
「BBの時みたいに君なりのケリを着けるって話かい?」
掴まれた肩を振り払う事なく、少し振り返って黒い瞳で俺を見る。
「……ハッ! ……分かってんじゃねーか?」
対して俺は不敵に笑う。
「好きだねえ」
「五月蝿え」
「で、君自身が?」
「いや…………」
「じゃあ警察かな? それとも、菱川組に頼むのかい?」
「いやいや、そっちでもねえ」
「じゃあ――」
「――俺だよ…………」
誰だ? と問おうとする獅子門の声を遮り、男の声が被さる。
俺よりも――近くに引っ付いてるひよりや壱楓ちゃんよりも――叔父や璃子さんやレナさんよりも――後方からゆっくりともう一人現れた。
元々、この廃工場に到着するのはもう少し早い時間の予定だった――それが遅れたのは、少し寄り道をしていたから。
此処に向かう途中、俺たちはようやく意識の目覚めたその人と合流し、全ての事情を話した結果、本人の強い希望でここに連れて来て、裏で全てを聞いてもらっていたのだ。
俺たちと同じ被害者。
巻き込まれた側の人間。
獅子門にケジメをつけさせる資格を持つ人物。
誰であろう、浅見甚衛である。
55
「浅見総長…………!」
流石の獅子門も、この人がここに現れるとは思わなかったようで、一瞬だけ微笑を崩し、驚いた表情を浮かべる。
「何だ獅子門ォ……その顔は……? まるで幽霊でも見たような面しやがって……」
それに対する甚衛さんは、まだ完治はしていないためか、漆黒の黒檀で造られた曲がり杖を使ってゆっくりと歩き、俺の隣に並んで立つ。
「いえ……手術自体は成功したと伺ってはいましたので……ただ、意識は未だ戻っていないと聞いていましたからてっきり――」
「――おぉよ。だからついさっき、ようやく起きたところさ……」
「…………ご無事で何よりです…………」
「ハッ! よく言うぜッ!」
…………。
ピリピリとした緊張感のある空気が、空間を張り詰めさせていく。
「お前さん、今回は裏で随分と動き回ってたそうだな?」
眼光が鋭くなり、獅子門を真っ直ぐ見つめる甚衛さん――
「――ウチの壱楓も世話になったと聞いたしな……」
そう言いながら、甚衛さんは後ろから付いてきていた壱楓ちゃんの頭を優しく撫でている――撫でられた当の壱楓ちゃんは、元気そうな祖父の姿が見られて安心したようで、とても嬉しそうだ。
ここに来る前、俺たちがレミエルたちとの喧嘩を終え、ひよりたちを救出してすぐの話――とっ捕まえたレミエルたちから、獅子門との合流場所を聞き出した俺たちは、そのままそのトラックで乗り込もうとしていたところだった。
そんな折、甚衛さんの意識が戻ったと菱川組の人たちから報告を受けた際、誰よりも壱楓ちゃんが会いたいと、いの一番に声を上げたので、俺たちはまず甚衛さんの入院している病院に向かう事にしたのだ。
深夜のお見舞いだというのに、菱川組――忍野さんの事前の計らいか、すでに色々と手配されていたらしく、普通に病院の玄関から入ることができ、普通に病室にも向かうことができた。
病室内ではまだ起きたてだったのか、天井と睨めっこしていた甚衛さんがおり、壱楓ちゃんが姿を現した瞬間にベッドから勢いよく起き上がり、壱楓ちゃんを強く抱きしめた――ここで壱楓ちゃんも限界とばかりにわんわんと泣き、抱擁し返して再会を喜び合う。
少しして落ち着いたところで、甚衛さんからこれまでに何があったのか? と問われ、俺が時系列順に簡潔に真相を語りながら、それと同時に叔父がその補足や説明や解説を挟みながら、今の状況や事情を話していったのだ。
『…………………………俺も連れてけ』
全てを語り終え、何も言わずに黙って聞いていた甚衛さんが最初に出た一言がこれだった。
いやまだ安静にしてなくちゃと諫めようとも思ったが、目があまりにマジになり過ぎていたので、置いて行く訳にもいかず――本当は病院で壱楓ちゃんや璃子さんやレナさんを一旦預けて、残った俺たちだけで獅子門に決着をつけようと思っていたんだが、それも御破算になってしまったという訳だ。
「総長殿にはこの度……多大なるご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ございませんでした……」
俺は少しだけ驚いた。
初めて見たからだ。
この女がこんなに深々と頭を下げたのは――その態度と言葉にどれだけの本心が籠もっているのかは、全く判断はつかないが……。
「……………………フンッ」
それは甚衛さんも感じ取ったようで、特に気にする風でもなく鼻で笑い――
「――んで、どうする?」
と、俺に目を向ける。
「本当に俺に任せていいのか?」
獅子門の始末をよ――といった目線だ。
「……はい。貴方ならその筋合いがありますから……」
俺は素直に頷く。
「それを言うなら、お前さんもだろう?」
「俺たちはただ巻き込まれただけです」
「…………筋としちゃ、十分だと思うが…………?」
「100億を横から掻っ攫うっていうので、十分に鼻は明かせましたし。それに――」
「――それに?」
…………………………。
俺は再度、獅子門の少し開かれたドス黒い眼を見つめながら、
「…………流石に疲れました。子どもはもう寝る時間なんで…………」
肩を竦めてそう言った。
「……お前さんの満足のいく結末じゃないかも知れんぞ?」
甚衛さんからの、念押しの目線。
「……それでも良いのか……?」
「ならせめて、しっかりと叱ってやってください」
俺はそれを軽く笑って答える。
「……………………分かった」
その答えにようやく納得してくれたようで、甚衛さんは引き受けたとばかりに頷いた。
「とはいえ、本当になあなあで済ませられてもアレなんで……」
そう言いながら、俺は叔父と目を合わせ、
「ウチの叔父を見届け人として、この場に立ち会ってもらいます」
合図を受けた叔父が、
「そういう事で…………」
と、俺の代わりに前に出た。
「ん? だがそうすっと、お前さんらはどうやって帰るんだ?」
「それは――」
「――ロイドさーん! タクシー来ましたぁ!」
甚衛さんからの素直な問いに、ちょうど璃子さんが代わりに答えてくれた。
「…………これで先に帰ってます」
「…………手が早えな――」
「――言ったでしょ。もう疲れたって」
そう言いながら、俺はもう話は終わりだとばかりに、ひよりたちを伴って出口の方に向かいはじめ、
「ほんじゃまあ、おやすみなさい。そして、お疲れ様でした……」
一度振り向いて、軽く礼をしてからその場を後にした。
56
「さて! 始める前に二つだけ!」
ロイドたちが先に撤収をしてからしばらくして――残った大人たち3人がただ黙って互いに睨み合ってから数分後。
最初に口火を切ったのは陽平だった。
「まず一つ目。オレは別にアンタたちがどういうけりをつけようが、一切口を挟まないから好きにしてくれ――」
「――おいおい、探偵よ。そいつは、見届け人としてどうなんだ……?」
口火を切っておいて、開口一番がそれではと流石の甚衛も咎めるように言う。
「そうは言いますがね、浅見総長殿――」
そんな批判に対して陽平は特に気にする事なく、
「――オレがどうこう言ったところで、こっちの方に忖度してくれるんで?」
平然とそう返した。
「…………」
そんな甚衛もまた、陽平の指摘に反論できなかった。
「オレも職業柄っていうか、仕事柄っていうか、そっちの世界を何度か見させてもらってますけど、こういう時の解決法って、基本は金でしょ?」
「…………」
「今日日、指の一本や二本なんてケジメはしないって聞きましたよ――」
「――分かってるなら、何で残った?」
そこまで通じていて何故? と、甚衛は訝しむ。
「――そりゃ勿論、二つ目が言いたいからです」
そう言って陽平は、ずっと黙っていた獅子門の方を見る。
「……………………」
対して彼女は、特に動揺もせず笑みを浮かべ、平然と彼を見返しているが――
「――お前、適当こいたろ?」
その一言が、一瞬だけ彼女の眉をピクリと動かした。
「…………探偵、そりゃどういう事だ?」
突如として変な事を言い出した陽平の言葉に、甚衛が獅子門に代わって問いただす。
「……適当だと……?」
「あー、失礼。少し訂正します。やった事、起きた事は全てそのまんまですが。その動機、目的は違う。そこが適当です」
「…………?」
陽平は改めて言い直すが、それを聞いても甚衛は理解できないとばかりに首を傾げる。
「……待て待て。お前さんらがさっき言ってたんじゃねえか。今回の獅子門の目的は、鰐淵傑と新たな犯罪グループ、その前身たる双魚会と武蔵連合の壊滅。それと、100億の強奪だって――」
「――そっちはあくまでも副目的です。主目的じゃない。本当の目的は別だ」
「本当の……目的……?」
傾げたままの甚衛は、流れで獅子門の方を睨むが、
「…………」
彼女の微笑は崩れない。
「――ここに来る途中――」
そんな彼女を無視して、陽平は話を続ける。
「――オレはロイドとずっと話してた――」
「――今回の一連の流れに不審な……そう、いくつか妙な流れがあるって――」
「――途中参加のオレはほんの少しの違和感だったが、渦中にいたロイドはそこそこの違和感があった――」
「――オレたちはその違和感から話して、いくつかの妙な流れを推理して、ある一つの仮定に結び付けた――」
「――その仮定の裏付けとして、もしも、獅子門が全てを認めて、誤魔化す事なくグループの壊滅だ大金の強奪だと、不気味なくらい正直に話したら、オレたちの仮定は確信に変わるってな――」
「――そして、確信した」
獅子門は全てを認めて、正直に話した。
それこそが、真の目的を隠す為の擬態だと――
「――ロイドを試してたんだろ?」
「……………………………………………………」
依然として何も語らない獅子門が、ゆっくりと目を開き、大きく開いた漆黒の眼が陽平を真っ直ぐに捉える。
甚衛が訊ねる。
「……試してたって……テストしてたってのか……?」
その問いに陽平が頷く。
「ええ、その通り。ロイドの思考や行動を観察し、採点していた」
その為に、甚衛を銃撃した――
その為に、壱楓を誘拐しようとした――
その為に、100億を強奪した――
その為に、犯罪グループを壊滅させた――
――全ては、ロイドを試すという目的を隠す為の囮兼擬態として。
「――そうじゃなきゃ、今回の計画は緻密過ぎるくせに、変なところでギリギリの綱渡り過ぎる――」
「――何で誘拐と銃撃を同時にやった? 片方っていうか、銃撃だけで良いだろう。壱楓ちゃんたちを巻き込む必要はなかったはずだ――」
「――何で100億を上手く奪っておいて、ちんたら東京に篭ってた? わざわざ一箇所に集まった? 集まる必要はねえだろ。とっとと遠くに逃げてりゃそれで終いだ――」
「――これじゃまるで、ロイドたちの動きに合わせて行動してたみたいじゃねえか?」
最初から、ロイドたちを盛り込んだ計画だった――
「――そうだとしてだ」
横から甚衛が口を挟む。
「肝心の動機は何だ?」
当然の疑問に、陽平はバツが悪そうな顔になると、
「いや〜〜〜、そこが分からない」
なんて返す。
「ハァッ?」
流石にそう返されるとは思わなかったのか、その答えに思わず呆れた表情になる甚衛。
「……いや本当は、今ここで、このやり取りの最中で聞けたらよかったんですがね……」
頬を掻きながら陽平は獅子門を睨むも、
「……………………」
「見てくださいよ。さっきまでベラベラな舌が引っ込んじまったみたいで…………」
お手上げとばかりに首を振る。
「…………そこまで分かってんなら、何でロイドと一緒になって問い詰めなかった?」
「『絶対に口を割らないだろうから、時間の無駄だ』だそうです」
「…………」
「アイツ……そこら辺は見切りが早いというか、割り切りがキッチリしてるっていうか……。敢えて詰めないタイプなんですよ」
「まぁ……アイツはそうだろうな……」
「――だが、オレは違う」
そう言うと、
「敢えて言うし、敢えてそうするし――」
一歩、また一歩と、
「こうやって反応を窺うし、引っ掻き回すし――」
物言わぬ獅子門の元に近づく、
「――だから忠告してやるよ」
目の前に立ち塞がる壁の如く、獅子門を見下ろす陽平。
「どうしてロイドたちを試してんのか知らねーし、仮に教えてもらったところで知ったこっちゃねーし、何だったらこれっぽっちも興味無え…………」
「……………………」
「だが駄目だ」
「……………………」
「これ以上は駄目だ。調子に乗り過ぎだ」
「……………………」
「もうロイドたちに金輪際関わんな」
「……………………」
「――それとも全部、滅茶苦茶にしてやろうか?」
いつもの、飄々とした物言いではない。
底知れぬ敵意や害意、悪意や殺意を複雑に織り交ぜられた口調で、生半可な注意や警告ではなく、初っ端からの最終通告。
そんな発言を受けてもなお彼女は――
「……………………………………………………」
――その場面において。
――肯定せず、否定せず。
――言い訳せず、誤魔化さず、茶化さず。
――何ら動揺することもなく。
――ついぞ言の葉が紡がれる事は無かった……。
ただ、『何か』に満足したように、真意の知れない作り笑いだけを浮かべていた。
57
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「「「「……………………………………………………」」」」
「ふふん、どうでしたか皆さん?」
先程まで映画鑑賞をしていたために薄暗かった事務所内。そこに照明が点灯し、室内が光に包まれる。
「あぁ〜……うん……。えっと〜……うん……」
璃子さんから突然に感想を求められ、俺は照明の光の眩さに目をくらませながらも、必死に何か言おうとするんだが…………。
「…………あぁああああ〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
「――ロイドさん?」
「――ん? あっ、あ、えっと悪い……悪い……。あぁ……ごめん、バグってた。てか、意識無くなってたわ…………」
「…………大丈夫ですか?」
大丈夫な訳あるかい――
「……もう終わったん……だよな?」
――と出そうになるのをグッと堪える。
「はい! 終わりましたよ!」
「……次は何観るんだっけ……?」
「『メタルマン』ですね!!」
「……………………………………………………ハァ」
「それとも先に『ショーシャンクの空に』を観ましょうか?」
「情緒が壊れるわ」
あれから――廃工場での一件から約1週間後。
俺たちは連日の騒動で摩耗し切ったゆっくりと身体と精神を労り、じっくりと休養を取ってから、かねてより予定されていたクソ映画鑑賞会を叔父の事務所で行った。
参加メンバーは俺、ひより、レナさんと、この会の発案者にして主催者の璃子さん。そして、ひよりが誘った壱楓ちゃんの計5人である。
最初は良かった。
ウキウキでワクワクのハイテンションな璃子さんを筆頭に、何か悟ったような絶妙な表情をしているレナさん、何かよく分からないが映画を観れるならと純粋に楽しみにしている壱楓ちゃんと、おそらくその壱楓ちゃんと同じ気持ちではあるのだが相変わらずの顔に出ていないひより、そして、わざわざクソ映画なんて観ようとも思った事なんて生まれてから一度も無いが若干の興味がある俺。
この場にいる全員が、何かしらの期待をしていた。
それは言える。断言できる。
だが――いざ始まって、そして終わると――
――屍人が4人、産まれ落ちた。
…………何を言ってるのか分からない?
安心しろ、俺も自分で自分が何言ってるのか分かってねえから。
「えっと……何だっけコレ……? 『プレデターvsネイビーシールズ』だっけ?」
「そうです!」
「……………………」
「どうでしたか?」
求められた俺の感想は…………うん、凄かった。
本当に凄かった。
凄く悪い意味で。
あ、ダメだこれ――
「いや、本当に生まれて初めてクソ映画を観たんだけど、何だこれふざけんなよ。最初は真面目な気持ちで観ようと思ってたけど、途中から真剣に観てるのが馬鹿らしくなって、最終的には心が虚無になったわ。そもそも、はじめのオープニングから怪しいというかチープ感がなんか滲み出てたし、何だったら最後までチープ臭が抜けきらなかったし。序盤のネイビーシールズの軍事基地がしょぼ過ぎて基地感が無いっていうか。主人公? の部隊も何か精鋭って設定なのに何か全然パッとしないし、隊長っぽい人以外の奴らのキャラが目立たないくせにごちゃごちゃし過ぎて誰が誰か分からないし。先行していた別チームを正体不明の敵に襲われて消息不明になっていたから、救出するために主人公部隊が独断で助けに行くってところまでは分かったけど、その別チームが最後に向かった位置にある謎の研究所? までを向かうところが無駄に尺が長いくせに、グダグダし過ぎて全然頭に入らなかったし。てか、その向かう道中の描写が雑過ぎて、パッとしない主人公部隊のモタモタした足取りで、ダラダラとキャンプしたりして、そこで急に隊長と一部部下たちとの謎にシリアスな生い立ちとか過去の確執とか語り合い始めたけど、こっちは急にそんな話をぶち込まれても、感情移入とかできるわけがないし、そもそも部下たちの顔も覚えてないから、テメーは誰だよ状態だし。てか、絶対100パーセントあの前振りというか一連の流れは要らなかっただろ。で、結局ようやく研究所に着いたかと思ったら、暗過ぎて何も見えないし、ようやくちゃちいプレデターもどきが出てきたと思ったら、どんどんどんどんバカスカ何の思い入れのない部下たちが雑に殺されていくし、何かスゲー巻きで話が進んでるなと思ったら、気づいたら隊長とモブ部下の兵士1人しか残らなくなって、隊長が俺が足止めするからお前は逃げろとか、超カッコいいこと言って本当にプレデターもどきとガチでボコボコにしてたからコレ行けんじゃね? とか思ってたら何か死んでたし。最後の最後でモブ兵士がプレデターに追い詰められたと思ったら、急にモブがベラベラとお前はここに迷い込んだだけなんだよな? とか言い出して、急に相手に寄り添った話をしたと思ったら、プレデターに見逃されて研究所から脱出して何か急にそのまま終わってエンドロールが流れたし!!」
――出てくる、出てくる。自分でもビックリするくらい言葉が口からっていうか、脳味噌から出てくる。
出てるっていうか、吐き出してる感じだ。
よっぽど苦痛だったのかも知れない。
ただ映画を観てイライラする気持ちになったのは初めてだ。
まあ、ここまで垂れ流したけど、改めて何が言いたいかというと――
「――不快になる映画ってあるんだなぁ……」
と、しみじみ思いました。
「フフ、お気に召したようですね」
えっ、何で嬉しそうなのこの子?
怖いんだけど……。
ってか――
「ひより? 無事か?」
――俺がこんなメンタルなんだから、コイツはどうなのか不安になり、左隣に座っているひよりに声を掛けると、
「縺ィ縺ヲ繧り?蜻ウ豺ア縺?b縺ョ縺ァ縺ッ縺ゅ▲縺溘?縺ゅk遞ョ縲√す繝・繝シ繝ォ縺ェ譏?判縺ィ縺励※隕ウ繧後?縲√→縺ヲ繧る擇逋ス縺??繝ヲ繝九?繧ッ縺ェ菴懷刀縺?→諤昴≧縲?」
あ、ヤバイヤバイヤバイ。
俺以上にバグって文字化けしてるじゃねえか。
ん? 待てよ、ひよりでこれって事は……、
「…………トラックに閉じ込められてた方が良かった…………」
ひよりの左隣にいた壱楓ちゃんは、しっかりと心的外傷になっていた。
「……………………」
そんでレナさんは遠い目をしてるし。
……………………。
どうすんだよこれ、大惨事じゃねえかおい。
事務所内には、満面の笑みを浮かべる璃子さんをよそに、それ以外の俺たちが苦悶の表情などを浮かべ地獄と化していた時――
「うぃーーーっす。ただいまぁ……。って、ハハッ、何かスゲー事になってんな……大丈夫か……?」
――この事務所の主人、叔父が入ってくる。
『映画? おん、オレも外出てるし、今日は暇だから好きに使って良いぜ』
そう言って快く場所を提供してくれた叔父が、実に幸運なタイミングで帰宅してきたようだ。
「あっ! お帰りなさい陽平さん。ちょうど良かったです! これから『メタルマン』か『ショーシャンクの空に』を鑑賞するんですが、いかがです?」
たった1人ノリノリな璃子さんが普段は見せないテンションで誘うが、
「いや遠慮しとくよ。またこれから外出るし、こういうのは若い者同士で楽しんでくれや」
危機を察知したのか、それとも純粋にそうだったからか、普通に断りを入れると、
「悪いが、ちょいロイドを借りるぜ」
そう言って俺と目を合わせ、屋上へと促す。
「……? 分かった。璃子さん、ちょっと待っててくれ。すぐ戻るわ」
「はぁ〜い!」
俺は言われるまま、叔父の後に続いた。
58
「ほらよ」
屋上に上がって早々、叔父から封筒を手渡される。
えらく分厚く、ズッシリと重みがあるようだ。
「…………? 何コレ?」
急に差し出されたので、そのまま素で尋ねたが、
「獅子門からだよ。頼み事の成功報酬分プラス、迷惑料等も込み込みだそうだ」
返ってきた答えで、全てを察し中身を確認する。
「……100億を横取りされたってのに、随分と気前が良いんだね……」
ザッと見積もっても、最初に提示された100万の倍はありそうだ。
「ああいう連中は『見栄』と『面子』を大事にするからな……」
「……俺の落ち度で2人を攫われたのに……?」
「最後の最後で取り返して、浅見総長に送り届けたんだ。上出来も上出来。遠慮なく貰っとけ、金に善悪は無えんだからよ」
「…………」
それもそうか…………。
俺はそのまま分厚い封筒を胸ポケットに仕舞い込むと、
「で?」
「ん?」
「どうだった?」
約1週間前――俺らがいなくなった後の廃工場でのやり取りを訊ねる。
「ああ……ドンピシャだ……」
軽く頷き、タバコを咥え始める叔父。
「試されてた。ありゃお前を使って何か企んでるな――」
「――何かは聞けた?」
「いやあ無理だった。ダンマリだ。話す気は毛頭無いらしい……」
「……そうか……」
やはりか……。
想定していた答えに、俺は特に何も動じなかった。
「だが一応、釘は刺しといた」
そう言って叔父はタバコに火をつけ、深く吸い込み、
「オレも目を光らせとくが……ロイド、お前も警戒しとけよ?」
と、紫煙を吐き出しながらそう言って、
「ああいう連中はあの手この手で、それこそ予想外なタイミングで絡んできやがるからな」
なんて、少し心配そうな表情を浮かべながら注意を促す。
「…………ああ、気をつけるよ」
そんな、叔父の警告を素直に受け取りながら、俺は少し考える。
まんまと出し抜かれて、ひよりたちを攫われてしまった時、
《「落第点……だな……」
「……コチラが殺意を消したら警戒を緩める……良くない。……ウリとの戦闘は、粗削りだが申し分無し。だけど最後は……コチラの本気の殺気と殺意に、本能的に察知して即行動。これが1番拙い……。こういった場面に慣れてないにしても、だ。……総合的に判断して……落第点――ガッツリ赤点だな……」》
レミエルがブツブツ言ってた内容だ。
あれがその試し――テストの採点の一環なんだとしたら、俺は確実に不合格なはずだが……。
…………。
………………。
……………………。
あの廃工場での獅子門の目。
あの目の奥に宿った感情は、好意的な視線が含まれていた。
どう見ても、期待されてるって感じがする。
そうだとして、一体全体。俺に何をさせたいんだ?
……………………………………………………。
まあいい。
考えたって分からない。だからって、聞き出すためにまたアイツには会いたくない。
それでもしも、考えて分かったところで、問い詰めて無理やり吐かせたところで、どうせロクでもない事なのは断定できるだろう。
それならこっちから関わるより、放置して無視してた方が断然良いはずだ。
何時ともわからぬ面倒ごとに悩むより、これから確実にはじまるクソ映画の鑑賞に憂鬱する事にしよう。
そっちの方がいくらか有意義なんだから。
いやごめん、やっぱ辛えわ。誰か助けてくれ。
59
計画番号・EⅦ-第零陸玖號計画。
計画名『試演』に関する最終報告。
――先ずは第二目標に関する結果報告から記す。
一つ目。
双魚会と三代目武蔵連合。及びその2つの犯罪組織から構成された新興犯罪グループの壊滅に関して。
これは埼玉県警による、双魚会総裁代行兼理事長代行兼本部長、及び双魚会直参の二次団体顎斗会会長、鰐淵傑氏を逮捕。
また、三代目武蔵連合の中核を担っていた幹部勢も同じく逮捕を確認。
これをもって、第二目標の一つ目は達成されたと判断する。
二つ目。
同氏が密かに蓄え隠し持っていた、新興犯罪グループの資金源となる100億の強奪に関して。
此方は当初は強奪に成功していたが、運搬中の妨害により、最終的にその大半を五代目関東菱川組に奪取される。
しかし、此方については、該当組織との関係性を考慮すると、特に問題無しと判断。
脅威度は低いものと進言する。
とは言え、二つ目は不達成と判断。
これに伴い、第二目標は五割方完遂したと報告する。
――次に第一目標に関する結果報告を記す。
先に結論から申し上げると、一部不測の事態は発生したが、それを差し引いても、完璧に達成――十全に完遂されたと報告する。
この報告書では、本計画『試演』における、今回第一目標に設定――配役された『主役』たちの批評、及び所感をここに記す。
先ずは主役の一人、“金狼”――王城ロイド。
初接触時の第一印象としては、『自身を達観している青年と認識している早熟した少年』といったイメージである。
砕いた言葉で言い表すならば――
――肯定的に捉えるなら、『大人っぽい青少年』であり、
――否定的に捉えるなら、『遅れてやってきた厨二病』である。
そしてその本性は傲慢と虚飾に捉えられるが、敢えてそう見せている節がある。
わざと隙を見せて、それを逆手に相手を翻弄するのが得意のようだ。
自信過剰ではあるが、そうなるだけの一定以上の能力は確かにあると言える。
だからこそ、此方の『試演』の目的を看破された、という証左に他ならないと断言できる。
厄介で油断はならない。が、制御は可能。
敵役で配役された者たちもほぼ同意見であり、
――“天使”――レミエル。
最終評価『合格』。
――“巨人”――G。
最終評価『合格』。
――“蝙蝠”――チョミ。
最終評価『アリよりのモハメド・アリ』。
との事。
これらを総合的に評価すると、彼は『有用』であると判断する。
次に主役のもう一人、“白銀姫”――王城ひより。
初接触時の第一印象としては、『諦観し過ぎている子ども』というイメージである。
彼女のこれまでに関する資料は事前に目を通してはいたが、そういった経緯があるとはいえ、あの年齢の子の平均的な精神面と比較すると、些か成熟し過ぎているというのが率直な感想である。
一部報告では、今回ヒロインに設定された“楓の方”――浅見壱楓と共に拐取した際、瞬時に状況把握を行い、己の立場を理解し、此方の要請に対して従順にしながらも、その内面は諦観する事なく抗い続けていたとの事。
この事からも、不安視されていた精神面については申し分無いと進言する。
此方も三者同様に、
――“天使”。
最終評価『合格』。
――“巨人”。
最終評価『合格』。
――“蝙蝠”。
最終評価『スーパーウルトラバッチグー』。
此方も総合的な評価を下すと、彼女は『有用』であると判断する。
以上の事から、両者共に次計画――
――プロジェクト名『大団円』。
――その最終段階。
――計画番号・EⅦ-第零漆零號計画。
――計画名『公演』。
――に、引き続き『主役』として『適正』であると進言する。
――追記。
『試演』の途中で飛び入り参加となった、“解明者”――王城陽平に関して。
彼は非常に脅威的な存在であると断言する。
計画における不確定要素という意味も当然あるが、それよりも彼自身の“解き明かす者”としての性質や能力などが極めて危険であると判断する。
今回の計画――“金狼”が『試演』の目的を看破したように、彼もまた目的以上に、更にその先の意図を見破っている節がある。
これは『公演』において、彼の性質上、敵対される可能性が高確率である――此方から敢えて接触し、計画への参画を促すのも推奨はしない。
そうなれば、『大団円』事態の目標達成が危ぶまれる可能性を示唆する。
以上の事から、計画の最終段階を実行する前に、排除が望ましいと強く提言する。
報告者――獅子門暁音。
第二話 ウオッカ・アイスバーグでよろしく 終
これにて、『王城ロイドのハードでボイルドな事件簿』の『第二話 ウオッカ・アイスバーグでよろしく』は終となります。
この後の予定としましては、小話として『第閑話』のショート作品。
また次に、『第三話』の方を掲載させて一旦、『王城ロイド』を主人公としたシリーズは『完結』とさせていただこうと思っております。
遅筆が故、お待たせしてしまうかもしれませんが、よろしければ最後まで、どうかお楽しみくだされば幸いです。




