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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2010年
73/75

73:ふたりで語って

 年が明けてしばらくした頃。まだ外の空気は冷たく、身を切るようだった。

 シムヌテイ骨董店の店先で、店主の真利がテラコッタの器に水仙の花を入れていた。水が張られたテラコッタの器、その中で水仙がふわりと揺れる。水仙の香りは芳しく、それが逆に寒々しく感じられた。水仙の花を全て浮かべ終わる頃には、水に触れていた手が冷え切っていた。

 温かい店内に戻り、水仙の花を入れていたボウルと、レジカウンターの上に置かれていた水仙の茎をバックヤードへと持っていき、処理をする。温水でボウルを洗いラックに入れた後、しっかりと手を拭いて店内へと戻る。温水を使ったせいか少し手が引き攣れる感じがしたので、レジカウンターの引き出しに入っている青くて丸い缶を取りだし、蓋を開けて中の白いクリームを指に取る。それを、手のひらと甲、指の隅々まで塗り込んだ。

 一段落付いたところで、レジカウンターの裏にある棚に目をやった。そう言えば、マドレーヌを買ってきてあったと、それを手に取る。


「ふふっ、偶には、林檎さんの所にお邪魔しましょうか」


 そう言って微笑み、マドレーヌが入った箱を取り出す。そのまま店の入り口へと向かい、シムヌテイ骨董店から出て行った。


 隣のとわ骨董店で、真利と林檎のふたりでお茶を飲む。蜂蜜味のマドレーヌには、林檎が淹れてくれた渋いお茶が良く合った。


「林檎さん、今日のお香は何にしますか?」

「そうねぇ、伽羅も良いけれど、今日はコパルにしましょうか」


 林檎が持っていた磁器のカップと、膝に置いていたマドレーヌの乗ったお皿をレジカウンターに置き、香炉の準備をする。灰の中の炭に火をくべ、灰を被せる。その上に雲母で出来た薄い板を乗せ、更にその上に少し透明感のある黄色い欠片を乗せた。その欠片は細い煙を上げると共に、甘く気怠い芳香を放った。

 香を焚いた林檎がまた磁器のカップを手に取り、口を付ける。その表情は、どことなく寂しそうに見えた。


「なにか、ありましたか?」


 真利がそう訊ねると、林檎は寂しそうに笑って言う。


「あのさ、そろそろ木更さんと理恵さんも、高校卒業じゃない。それで、これから大学も通うし、人形教室も通うって言ってたから、なんて言うんだろ」


 一旦言葉を切り、息を吸って言葉を続けた。


「これから、あまり会えないのかなって」


 それを聞いて、真利の表情も少し翳った。


「そうですね。目標があるのは喜ばしいことですけれど、もしもう会えなくなったらと思うと、寂しいですね」


 木更と理恵は、中学校に入る前から、この店に通ってくれていた。長年通ってくれる常連が来なくなるかも知れない。と言うのが寂しいというのは勿論有るけれども、成長を見守ってきたふたりと縁が切れるかもしれないと言うのも、寂しかった。


「あのふたり、これからも来てくれるかしら」


 ぽつりと言う林檎に、真利は微笑んで言う。


「これからどうするかを決めるのはあのふたりですけれど、僕は、まだあのふたりに会いたいですね」

「いつまで?」

「いつまで、ですか?

そうですね、あのふたりが結婚して、子どもとまでは行かなくとも、お相手を見せてくれるまでは、見守りたいです」

「そうね、任せられる人を紹介されるまでは。って、思うわね」


 少ししんみりしてきた空気の中、林檎が懐からスマートフォンを取り出した。


「あんま湿っぽくなっちゃってもあれだし、少し気分転換に、なにか曲かけようか」


 そう言ってにこりとする林檎に、真利も笑みを返す。


「そうですね。なにかお勧めの曲はありますか?」

「いろいろあるけど、まあランダムでかけようか」


 そう言って林檎がまず掛けた曲は、ピアノが伴奏の合唱曲。人間の一生を一週間に当てはめ、明るく歌い上げた曲だ。まるで踊り出してしまいそうなその曲調に、真利も気持ちも上向いてくる。


「マザーグースですか」

「うん。最近マザーグースの合唱CD買ってさ、気に入ったからこれに入れてるの」


 一曲終わると、次は落ち着いた雰囲気の曲になる。明るくは無いけれど、きれいな旋律。

 暫しの間真利と林檎は音楽とおしゃべりに没頭して、お茶を愉しんだ。

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