74:思いの丈を
蝋梅が咲き始める様になった頃。日差しは少し明るくなってきたけれども、街を満たす空気はまだまだ冷たかった。
その日、シムヌテイ骨董店では、だるまストーブを点けては居るけれども、ポットでお茶を淹れていた。普通にストレートティーを飲むのであれば、だるまストーブに掛ける必要がないのだ。
今日のお茶は、甘酸っぱいアプリコットの香りがついたお茶。ホットワインを作っても良かったのだけれど、今日はそれではいけないような気がしたのだ。
真利はいつもの椅子に座り、ぼんやりと木更と理恵のことを思い浮かべる。以前、理恵は思い人が居ると言っていたけれども、上手く行っているのだろうか。その話を、真利はずっと聞いていなかった。
それにしても、と思う。
「バレンタインだからと言って、あのふたりが来るのを期待するなんて、ちょっと恥ずかしいですねぇ」
小声でそう呟いて、くすくすと笑う。友チョコや義理チョコといえども、仲の良い人からそうやって好意の証を受け取れるのは、嬉しい物なのだ。
思い浮かぶのは、毎年理恵から受け取る、美味しいチョコレート。勿論木更から貰う物も美味しいけれど、何故だか理恵から貰う物は、一際美味しく感じるのだ。木更が渡してくるチョコレートはコンビニで買った物だから、明らかに値が張りそうな理恵のチョコレートと比べるのはどうかとも思うけれど、なんとなく、理恵のチョコレートが美味しい理由は他にもある気がした。
「……でも、なんでなんでしょうねぇ」
他に理由がある気はする。けれどもその理由はわからなかった。
アプリコットのお茶を味わいながら店内を眺めていたら、少し勢いを付けて入り口の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けると、入り口に立っているのは、ピーコートにマフラーを巻いた理恵だった。
「いらしてくださると、思っていましたよ」
真利がにこりと笑ってそう言うと、理恵もにっこりと笑って、店の中に入ってきた。
「真利さん、もしかして、バレンタインチョコ期待してました?」
そう言う理恵に、真利はレジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取りだし、広げて勧める。それから、少し照れたように返した。
「そうですね。実はと言うと、期待していました。好意の証をいただけるのは、ありがたいですし、嬉しいですから」
真利がそう言うと、椅子に座った理恵が鞄の中から可愛らしくラッピングされた箱を取り出して、真利に差し出した。
「あの、真利さん。これ、受け取って貰えますか?」
「おや、今年は随分と可愛らしい物を。
ありがたくいただきます」
真利がくすりと笑って箱を受け取ると、理恵がぐっと口を閉じた後、顔を真っ赤にして口を開いた。
「あの、私、ずっと前から真利さんの事が好きで、その」
それを聞いて、真利は驚く。
「えっ? あの、それは、あの」
「真利さんからすれば、私なんてまだまだ子どもだと思うんです。でも、私は」
「あのっ、あのっ、ちょっと待って下さい」
理恵が一生懸命に言葉を投げかけてくればくるほど、真利の中に戸惑いが生まれる。今まで自分は、理恵をそう言った目で見たことは無い。そう思ったけれども、その思いに疑念が浮かぶ。本当は、自分は理恵のことをどう思っていたのだろう。顔を真っ赤にして俯いている理恵を見て、真利も自分の顔がだんだんと熱くなってくるのを感じた。何を言えば良いのかがわからなくて、しばらくふたりで黙り込んで。そうして、先に口を開いたのは、真利だった。
「あの、差し出がましいかも知れませんが、それはもしかして、その、僕とお付き合いしたいという、そう言う事でしょうか……」
最後の方は消えてしまいそうなほど、声が小さくなっていた。しかし、理恵はきちんと聞き取れたようで、何度も、何度も頷く。それを見て、真利はどうしたら良いのかがわからなくなった。良く回らない頭で考えて、何とか理恵に言えたのは、この言葉だった。
「……ごめんなさい。今すぐには答えが出せません。
お恥ずかしながら、今、その、すごくのぼせてしまっていて、冷静に判断が出来ないのです。
ですから、お願いです。答えを出すまで、一ヶ月僕に時間をください」
震える声で何とかそう言うと、理恵も納得した様だ。
なんとなく、理恵と顔を合わせるのが恥ずかしい。けれども、折角ここまで来て、想いを伝えてくれたのだ。このまま返すのも失礼だろう。
「あの、少し落ち着くのに、お茶を一杯如何ですか?」
いつもと違って動揺が見て取れる声でそう言う真利に、理恵が答える。
「はい、いただきます」
心なしか理恵の声も震えていて、けれどもカップに注いだお茶の香りは、先程よりも芳しく感じた。




