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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2009年
70/75

70:かぼちゃのパイと、お茶と

 すっかり涼しくなり過ごしやすくなった頃。この日は快晴で、街中は少し慌ただしかった。

 シムヌテイ骨董店では、ハロウィンらしい飾り付けをしようとして今年も失敗していた。


「うーん、なんでハロウィンらしくならないんだろう」


 困ったように呟いて、店主の真利が店内を見渡すと、壁には虫ピンでレースのマスクが貼られ、棚の所々に仮面が置かれ、棚の上に乗った鉄の水差しには、持ち手付きのマスケラが刺さっている。いつだったか、林檎にホラー要素が足りないと言われた気がするので、それらしさを出すために、少し販売物のロザリオもアピール出来るような配置にした。


「やっぱり、わかりやすくかぼちゃとかが有った方が良いのかなぁ。でも、あまり生ものは置きたくないし……」


 店の中央できょろきょろと見回していると、店の扉が開く音がした。


「いらっしゃいませ」


 振り返ってそう声を掛けると、入り口に立っていたのはふたりの男性だった。片方はきっちりとしたジャケットを着た華奢な男性で、もう片方は印象的なオペラの髪に、可愛らしいヘアピンを付けた男性だ。


「お久しぶりです」

「真利さん、お久しぶりでーす」


 ふたりの挨拶に、真利も返す。


「恵さんも緑さんもお久しぶりです。お元気でしたか?」


 そう訊ねると、恵が苦笑いをして言った。


「実は先日少し風邪を引いてしまって。今はもう大丈夫なのですけど」

「ああ、そうなのですね。それだと、体を冷やすと良くないですね。お茶でも如何ですか?」

「はい、ありがたくいただきます」


 恵と真利のやりとりを見ていた緑が、真利に持っていた紙箱を差し出して言う。


「そうそう、今日はかぼちゃパイを持ってきたんで、良かったらみんなで食べませんか? 林檎さんも呼んで」


 真利はにこりと笑って紙箱を受け取る。


「それじゃあ、みんなでいただきましょうか。倚子を用意して林檎さんを呼んできますので、少々お待ちください」


 手に持った紙箱をレジカウンターの上に置き、バックヤードからスツールをふたつ出し、緑と恵に勧める。それから、レジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取り出して広げ、店から出て林檎を呼びに言った。


 林檎も揃い、みんなでお茶とかぼちゃパイを味わう。


「うふふ、美味しいかぼちゃパイですね。どこのお店のですか?」


 にこにこした林檎がそう訊ねると、緑が答える。


「いや、こいつが焼いたんですよ。なんでも、また仕事でイライラすることが溜まったらしくて、その腹いせに」

「本当にお疲れ様です」


 恵の生産的なストレス発散法に感心しながら、林檎はかぼちゃパイを口に運ぶ。ふと、真利が緑に訊ねた。


「そう言えば、緑さんは仕事でイライラすることとかは無いんですか?」


 その問いに、緑は困ったように笑って答える。


「有りますけど、家でゲームやったり筋トレしたりしてると、なんとなくどうでも良いかなって気になるんで、あんまり気にしてないんです」

「なるほど、そうなんですね」


 どうやら緑はそこまで深刻なことにはなって無さそうだと、真利は安心する。そんな話をして居たら、静かにパイを食べていた恵が、持っているカップに注がれたお茶の香りを聞いて、こう言った。


「ところで、今日のお茶は何ですか? 甘い香りがしますし、紅茶とは少し違う感じがしますし」


 その言葉に、林檎も、そう言えば。と言った顔をする。


「そう言えばそうね。バニラのお茶だって言うのはわかったんだけど」


 ふたりがそう言うのを聞いて、真利はにこりと笑って返す。


「今日のお茶は、バニラの香りを付けたルイボスティーでございます。

紅茶より少し甘いお茶ですけれど、かぼちゃのパイに合うでしょう?」

「なるほど、ルイボスティーでしたか」


 納得した様子の恵が、ひとくちお茶を飲む。緑も、納得した顔をしてお茶を飲んでいた。

 そんなふたりに、林檎がくすくすと笑いながら声を掛ける。


「おふたりとも、お仕事が大変みたいですけれど、ここに来て少しは疲れが取れますか?」


 すると、恵が少し照れたように答える。


「えっと、そうですね。ここは落ち着きます」


 緑も笑って言う。


「ここに来ると、こいつも喜ぶし俺も落ち着くし、助かりますよ」


 このふたりは、余程仲が良いのだなと思いながら、真利もくすくすと笑う。


「そうですか。このお店が少しでもお役に立つのなら、それは嬉しいことです」


 それを聞いて、少し表情が硬かった恵も、笑顔になった。

 こういう些細な時間を提供することが出来るというのも、この店を経営するやりがいだなと、真利は思った。

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