70:かぼちゃのパイと、お茶と
すっかり涼しくなり過ごしやすくなった頃。この日は快晴で、街中は少し慌ただしかった。
シムヌテイ骨董店では、ハロウィンらしい飾り付けをしようとして今年も失敗していた。
「うーん、なんでハロウィンらしくならないんだろう」
困ったように呟いて、店主の真利が店内を見渡すと、壁には虫ピンでレースのマスクが貼られ、棚の所々に仮面が置かれ、棚の上に乗った鉄の水差しには、持ち手付きのマスケラが刺さっている。いつだったか、林檎にホラー要素が足りないと言われた気がするので、それらしさを出すために、少し販売物のロザリオもアピール出来るような配置にした。
「やっぱり、わかりやすくかぼちゃとかが有った方が良いのかなぁ。でも、あまり生ものは置きたくないし……」
店の中央できょろきょろと見回していると、店の扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
振り返ってそう声を掛けると、入り口に立っていたのはふたりの男性だった。片方はきっちりとしたジャケットを着た華奢な男性で、もう片方は印象的なオペラの髪に、可愛らしいヘアピンを付けた男性だ。
「お久しぶりです」
「真利さん、お久しぶりでーす」
ふたりの挨拶に、真利も返す。
「恵さんも緑さんもお久しぶりです。お元気でしたか?」
そう訊ねると、恵が苦笑いをして言った。
「実は先日少し風邪を引いてしまって。今はもう大丈夫なのですけど」
「ああ、そうなのですね。それだと、体を冷やすと良くないですね。お茶でも如何ですか?」
「はい、ありがたくいただきます」
恵と真利のやりとりを見ていた緑が、真利に持っていた紙箱を差し出して言う。
「そうそう、今日はかぼちゃパイを持ってきたんで、良かったらみんなで食べませんか? 林檎さんも呼んで」
真利はにこりと笑って紙箱を受け取る。
「それじゃあ、みんなでいただきましょうか。倚子を用意して林檎さんを呼んできますので、少々お待ちください」
手に持った紙箱をレジカウンターの上に置き、バックヤードからスツールをふたつ出し、緑と恵に勧める。それから、レジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取り出して広げ、店から出て林檎を呼びに言った。
林檎も揃い、みんなでお茶とかぼちゃパイを味わう。
「うふふ、美味しいかぼちゃパイですね。どこのお店のですか?」
にこにこした林檎がそう訊ねると、緑が答える。
「いや、こいつが焼いたんですよ。なんでも、また仕事でイライラすることが溜まったらしくて、その腹いせに」
「本当にお疲れ様です」
恵の生産的なストレス発散法に感心しながら、林檎はかぼちゃパイを口に運ぶ。ふと、真利が緑に訊ねた。
「そう言えば、緑さんは仕事でイライラすることとかは無いんですか?」
その問いに、緑は困ったように笑って答える。
「有りますけど、家でゲームやったり筋トレしたりしてると、なんとなくどうでも良いかなって気になるんで、あんまり気にしてないんです」
「なるほど、そうなんですね」
どうやら緑はそこまで深刻なことにはなって無さそうだと、真利は安心する。そんな話をして居たら、静かにパイを食べていた恵が、持っているカップに注がれたお茶の香りを聞いて、こう言った。
「ところで、今日のお茶は何ですか? 甘い香りがしますし、紅茶とは少し違う感じがしますし」
その言葉に、林檎も、そう言えば。と言った顔をする。
「そう言えばそうね。バニラのお茶だって言うのはわかったんだけど」
ふたりがそう言うのを聞いて、真利はにこりと笑って返す。
「今日のお茶は、バニラの香りを付けたルイボスティーでございます。
紅茶より少し甘いお茶ですけれど、かぼちゃのパイに合うでしょう?」
「なるほど、ルイボスティーでしたか」
納得した様子の恵が、ひとくちお茶を飲む。緑も、納得した顔をしてお茶を飲んでいた。
そんなふたりに、林檎がくすくすと笑いながら声を掛ける。
「おふたりとも、お仕事が大変みたいですけれど、ここに来て少しは疲れが取れますか?」
すると、恵が少し照れたように答える。
「えっと、そうですね。ここは落ち着きます」
緑も笑って言う。
「ここに来ると、こいつも喜ぶし俺も落ち着くし、助かりますよ」
このふたりは、余程仲が良いのだなと思いながら、真利もくすくすと笑う。
「そうですか。このお店が少しでもお役に立つのなら、それは嬉しいことです」
それを聞いて、少し表情が硬かった恵も、笑顔になった。
こういう些細な時間を提供することが出来るというのも、この店を経営するやりがいだなと、真利は思った。




