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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2006年
27/75

27:蜂蜜は期待を乗せて

 まだ寒いけれども、吹く風が温んできた頃。この日はすっきりしない曇天で、薄暗かった。

 だるまストーブを出しては有るけれど、特に中で火は焚かずに、かわりに暖房を点けている。

 次の休業日にはストーブをしまうか。真利はそんな事を考えながら、ティーポットに茶葉を入れる。今日のお茶は、蜂蜜の甘い香りがする紅茶だ。

 給湯ポットからティーポットにお湯を注ぎ、蓋をする。それからレジカウンターの上に乗せ、暫く茶葉を蒸らす。

 真利がお茶を淹れるとき、蒸らし時間を計ると言う事はあまりしない。お客さんに出すときもそうなのだが、ティーポットにお湯を注いで、ティーカップの準備をして居る間にそれなりに時間が経ってしまうのだ。時間を計るための砂時計は、この店にもある。けれどもそれは商品で、商品を使って時間を計るというのはいかがな物かと思っている。

 暫しの間、いつもの赤い倚子の上でぼうっとする。何とも無しに店内を見渡し、それからお茶をいつものカップに注いだ。

 甘い香りのお茶は水色が強く、もしかしたら渋く出てしまったかも知れない。そっと熱いお茶を口に含むと、甘い香りとは裏腹に、渋みが舌の上でざらついた。

 こういう渋いお茶も好きだけれど。そう思いながらお茶を楽しんでいると、店の扉が開いた。


「こんちわー」


 そう言いながら入って来たのは、襟元にフェイクファーの付いたダウンコートを着ている男性。オペラの髪に着けているヘアピンには、落雁のような質感の、小花のカボッションが飾りで付いている。


「いらっしゃいませ、緑さん。

お久しぶりですね、今日はおひとりですか?」

「そうなんですよ。普段割とひとりでフラフラしてること多くて」

「そうなんですね」


 ふと、緑が持っている紙袋が目に入った。紺色の地に、唐草模様の入ったシールが貼られていて、真利はそれに見覚えが有る。


「林檎さんの所に行かれたのですね」


 真利が微笑んでそう言うと、緑が嬉しそうに答える。


「そうなんですよ。ちょっと買い物して、あと色々お話もさせて貰って。

それで、折角来たんだし、真利さんの所も寄ろうかなって」

「ふふっ、ありがとうございます。

もしお時間よろしいようでしたら、お茶を一杯如何ですか? 先程淹れたばかりなんです」

「良いんですか? それじゃあいただきます」


 緑の言葉に、真利はレジカウンターの裏に有る棚でカップを選ぶ。少し棚の前で手を迷わせて、グリフィンが描かれたカップを出し、その中に紅茶を注ぐ。それから、折りたたみ式の木の倚子を出してカンターの前に広げた。


「お待たせ致しました。どうぞ、お掛けください」


 そう声を掛けると、緑は軽い足取りで倚子に近寄り、腰掛ける。


「ありがとうございます。

なんか、甘い香りのお茶ですね」

「蜂蜜の香りを付けた紅茶でございます。

あ、でも、渋く出してしまったのですが、お砂糖はご入り用ですか?」

「えっと、有ると嬉しいです」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 緑にカップを渡し、棚から角砂糖を取り出す。その角砂糖は、四角い砂糖の上に、薔薇の花が色つきの砂糖で模られている、小振りな物だった。

 それを三個ほど、同じく棚から出したココットに入れ、緑に渡す。


「どうぞ」

「へー、こんなかわいい角砂糖があるんですね」

「そうですね。見掛けたときに少しずつ、こう言った物を買うようにしています」


 金色のメッキがまだらになったティースプーンも緑に手渡すと、早速彼は角砂糖をふたつ、紅茶に入れてかき混ぜている。

 真利もいつもの椅子に座り、お茶を飲む。ふと、緑に訊ねた。


「林檎さんとは、どんなお話をしてきたのですか?」


 緑は少し困ったように笑って答える。


「今、うちの博物館で解析して居る青銅器の話です。

その青銅器、どうやら林檎さんの店から引き取った物だったみたいで、林檎さんも驚いてましたよ」

「えっ? もしかして、あの青銅器のマスクですか?」

「そうです。すごく珍しい物なので、うちの青銅器研究班も手を焼いてるみたいです」


 まさかここで、だいぶ前に見た青銅器の話が出てくるとは思っていなかったので、真利も驚いた。


「どういう物かがわかったら、面白いでしょうね」


 真利がにこりと笑ってそう言うと、緑も楽しみだと言った様子で答える。


「そうですね。俺は畑違いなんで研究には加わってないんですけど、結果が楽しみですね」


 東洋骨董のことは真利にはよくわからないけれど、もし新しい発見があったら。そう思うとわくわくする気持ちも湧いてくる。暫し真利と緑のふたりで青銅器の話をして、お茶を楽しんだのだった。

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