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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2006年
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26/75

26:雪の降る日に

 蝋梅がちらほら咲き始めた頃のこと。この日は薄暗く、空からはさらさらと粉雪が降ってきていた。

 こんな日にはお客さんが来ない。と言いたいところだけれども、案外人が入ったりする物だ。

 店の中央に置かれただるまストーブの上には鍋が乗せられていて、真利がおたまでかき回す度に、シナモンと、ジンジャーと、オレンジ、それにワインの香りが広がった。

 ホットワインを、おたまでチャイナボーンのカップに注ぐ。深い赤は、まるで宝石のようだった。


「こんな色の宝石があったね。

……なんといったっけ。鉄礬柘榴石、だったかな?」


 林檎から教わったことを思い出しながら、ホットワインを味わう。甘くスパイシーで、深い味わいだ。

 だるまストーブとホットワインで暖まっていると、店の入り口が開いた。


「いらっしゃいませ」


 真利がレジカウンターにカップを置いて挨拶をすると、入ってきたのは柔らかい桃色の髪を編んで、肩から垂らしている女性だった。

外は余程寒いのだろう、踝まである緑のロングコートにケープを着け、首には黒いモヘアのマフラーを巻いている。

 その女性に、真利は見覚えが有った。


「お久しぶりでございます。

先日の額縁は、役に立っておりますか?」


 彼女は以前、この店で自分が描いた絵を入れると言って、額縁を買っていた。その時の額縁は、丁度鍋の中で暖まっているワインの様なボルドーだった。

 彼女は真利の言葉を聞いて、ふわりと笑う。


「はい。あの額縁に丁度いい絵がありました。

素敵な額縁に入れると、絵も引き立つ物ですね」

「そうですね。額縁は、絵を引き立てるための物ですから」


 照れたように笑う彼女に、こう訊ねる。


「ところで、外は寒かったでしょう。ホットワインを一杯如何ですか?」


 すると彼女は、何かを言いかけた後、両手を擦り合わせて答えた。


「そうですね、冷えてしまったみたいなので、暖かい物をいただけると助かります。

一杯、よろしいですか?」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 真利は倚子から立ち上がり、レジカウンターの裏にある棚からカップを選ぶ。彼女には、どのカップが合うだろう。少し考えて、以前会った時の話を少し思い出す。真利はグリフィンの絵が描かれたカップを選んだ。

 カップをだるまストーブの元まで持っていき、ホットワインを注ぐ。それを、棚の上に置かれたノベルティカードを見ている彼女に差し出した。


「お待たせいたしました。どうぞ。

よろしければ、ストーブの前にお掛けになりますか?」


 冷えて白くなっている彼女の手を見て、また訊ねる。彼女は差し出されたカップを両手で持ちながら答えた。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただいて良いですか?

足の先まで、冷えてしまって」

「かしこまりました。ただいま倚子をお持ちします」


 真利はまたレジカウンターの裏に回り、木製の折りたたみ椅子を出す。それをだるまストーブの前に広げて、彼女に勧めた。


「どうぞ、お掛け下さい」

「はい、ありがとうございます」


 ロングコートの裾を押さえながら、彼女が椅子に座る。マフラーに乗っていた雪が、じわりと溶けた。

 真利と彼女、ストーブを挟んで向かい合わせに座り、暫く黙ってホットワインを飲んでいた。

 ふと、彼女が口を開いた。


「お会いしてまだ二回目なのに、親切にしてくださってありがとうございます」


 その言葉に、真利はにこりと笑う。


「何回目でも、お客様はお客様ですから。

それに、こうやってお話しさせていただくのも楽しいですし」

「そうですか」


 暖まったのか、彼女の頬がじんわりと染まっていく。彼女はひとくち、ワインを飲んでから真利に言った。


「よろしければ、お名前を伺っても良いですか?」


 彼女のその言葉からは、何故だか寂しさが感じられた。真利は持っているカップを両手で包んで答える。


「僕は真利と申します。

よろしければ、あなたのお名前もお聞かせ願えますか?」


 彼女ははにかんで答える。


「私は、聖史と言います」

「聖史さんですか。

聖史さん、以後お見知りおきを」


 真利がそう言うと、聖史は口元を引き締めて、こう言った。


「これからもここに伺いたいのですが、これから忙しくなりそうで、今後来られるかどうか……」

「そうなのですか、あまり、無理はなさらないでくださいね」


 聖史は確か、軍に所属していると言っていた。部署が変わるのか、それとも重要なポストに就くのか。それはわからなかったけれども、名を聞く前に会えなくならずに良かったと、せめてそう思う。

 窓の外では、まだ雪が降り続いている。真利はもう少し、この暖かい時間を過ごしていたかった。

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