28:カメラを構える
すっかり暖かくなり、日差しも明るくなってきたある晴れの日。シムヌテイ骨董店の入り口には『CLOSE』の札が掛けられていた。
けれども、店に誰も居ないわけでは無かった。店内では、真利と彼方が棚の上に色々とディスプレイをしている。
「彼方さん、この様な感じで如何ですか?」
「うーん、このドイリーも使って良い?」
「はい、掛けたりするくらいでしたら構いませんよ」
この日は彼方がこの店を借り切って、人形の写真を撮影しに来たのだ。ストームグラスや鉄の水差し、それに古書とロザリオを配置し、中央に石膏で出来た球体関節人形を置く。
その人形は大きく、彼方曰く、身長が六十センチほど有るそうだ。石膏粘土で出来ているだけあって重量がある。さらに、彼方は撮影のための機材をいくつも持ち込んでいるのだ。首から下げた一眼レフカメラに、用途によって使い分けるためのレンズ。それから、ストロボと三脚まである。
これだけの荷物になると、運ぶのは楽では無いだろうと真利は思う。きっと、自分が運んでいたら、途中で挫けるかも知れない。そんな重量物を彼方は小柄な体で軽々と運び、こうやって撮影の準備を細々とやるだけの体力があるのだ。夏場彼方に会った時、真利は彼女の腕を見たことがある。固く引き締まっていて、随分と鍛えている物だと感心したけれども、こうやって体力を見せつけられると納得するほか無い。
「撮影に入りますか?」
「そうだね。真利さん、レフ板頼める?」
「はい、お任せ下さい」
彼方が取り出した折りたたみ式のレフ板を受け取り、白い布が張られた面を棚の上の人形に向ける。ふわふわとした若草色の髪と、蜂蜜色のドラゴンブレスで出来た瞳が、光を受けて艶めいた。
彼方が、真剣な表情でファインダーを覗く。少しずつ三脚の位置を変えながら、シャッターを何度も切る。これがフィルムカメラであったならば、きっといくらフィルムがあっても足りないのだろう。けれども今はデジタルカメラという便利な物がある。その恩恵にあずからない手は無い。
撮影は時折場所を変えて続けられ、陽が落ちた閉店時間まで行われた。
閉店時間が過ぎ、真利と彼方のふたりで撮影に使った物の位置を戻した後、お茶を飲んでいた。
「撮影も気を遣って大変でしょう。少し休んでいって下さいね」
「おう、ありがと。
ところで、今日のお茶はなに?」
不思議そうに濃い琥珀色の水色を見る彼方に、真利は微笑んで答える。
「今日のお茶ですか? 今日は東方美人です。
彼方さんは中国茶がお好きなようなので」
「なるほど、ダージリンっぽいけど何か違うなって思ったら、東方美人か。
なんかありがとね。
結構お客さんの好みって覚えてるの?」
彼方のその問いに、真利は少し考えてから、口を開く。
「そうですね、好みを存じている方に関しては、ある程度。
ですけれど、うちは喫茶店ではありませんから、常に一定の茶葉を置いているわけでは無いですよ。今日東方美人が有ったのは、たまたまです」
「なるほどなー」
納得した様子の彼方が、ひとくちお茶を飲む。その表情は、少し疲れは見えるけれども充実したものの様に感じた。
彼方はまた、個展を開くのだという。近頃は人形を購入してくれる人も増えてきて、着実に人形作家としての道を進んでいる気がすると、彼方は言っていた。だけれども。
「なんかさ、なんだかんだで、カメラの仕事も嫌いじゃ無いんだよね」
「そうなんですね。
何にせよ、嫌な仕事を続けるというのは辛いですし、気に入っているならそれに超したことは無いでしょう」
彼方の言葉に真利がそう返すと、彼女は戸惑うような表情をして言う。
「でも、本当にこのまま人形作家になって、それだけで食べていけるようになって、カメラの仕事辞めるときがきたらって思うと、なんか寂しいんだ。
多分、そんな事にはならないと思うけど」
そんな事にはならないというのは、そこまで人形が売れるようにはならない。と思っているのだろう。
真利は微笑んで、優しく彼方に言う。
「本当に売れるようになっても、そんなに根を詰めてお人形にかかり切りで無くて良いと思いますよ。
彼方さんはお人形とカメラ両方を今やれているんです。お客さんの要望に振り回されず、今のペースを保てば良いんですよ」
それを聞いてか、彼方は少し安心した表情になる。
「そっか。要望が増えたらいっぱい作らなきゃって思ってたけど、そうする必要もないか」
笑ってお茶を飲む彼方のお腹が、小さく鳴った。そう言えば、撮影を始めてから、ふたりとも何も食べていない。その事に気づいた真利が、カップをレジカウンターに置いて立ち上がる。
「少し、つまめる物を持って来ますね。
丁度パイナップルケーキがあるので、切ってきましょうか」
「ほんと? ありがとー」
嬉しそうな彼方の声を背中に受けながら、真利は棚からパイナップルケーキをふたつ出し、一旦バックヤードへと入っていった。




