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出会い

はじめまして。鮎川アトリ(あゆかわ あとり)と申します。


この作品の主要登場人物名には、とあるプロ野球チームの往年の選手名を使っております。探してみて下さいね!(20代以下の方には、なかなか難しいかも知れませんが……。)

一 出会い

 「ねえ、あのメンズの制服(ふく)、見たこと無くない?」

 「そうかなぁ?北高あたりなんじゃね?」

 「ぜんっぜん、違うっつーの!」

 隣で紗枝とリカが、駅向かいから少し離れたビルの、ちょうど突き出た支柱にもたれ掛りながら、腕組みをして立っている、学ラン姿の男のことで騒ぎ始めた。これはいつもの……彼女達と会うと必ず起こる、見慣れた光景なのだが。

 間も無く午後六時になろうとする時間帯の今、駅前には学生服姿の中高生より、ビジネスマンやOLが多く行き交い始めていた為、真っ黒な学ランを着て、微動だにせず立っている男の姿は、少々異彩を放っている様に見えた。それはゴールデンウィークを終え、間もなく初夏を迎える今の季節、というのも関係があるだろう。昼間なら半袖でも大丈夫な気候だというのに……確かに夕方になれば、やや肌寒く感じる日もあるが……それでも、長袖ならシャツ一枚で十分快適に過ごせる季節になっていたからだ。

 「マユはどう思う?」

 「さぁ……。」

 マユ、こと神村真弓は、チラッとその男の方を見たものの、すぐにビジネスマンが行き交う駅前に目を向けて、曖昧な返事しか返さなかった。衣替え、まだなのかな……位の考えは頭を過ぎったが、ただそれだけだった。

 「あんたさ、まだユージのこと、忘れらんないわけ?いい加減、新しい出会いを探しなよ!」

 紗枝はおせっかいだけど、いつも友達の世話を焼く、『姉』的な存在だ。彼女こそ、独りぼっちの真弓を、孤独の淵から救い出してくれた恩人だった。

 「それはないって!だってマユがユージのことふったんじゃん!だよね?マユ!」

 間髪入れずにリカが口を挟む。

 彼女の言うことはいつも正しい……と真弓は思う。何事にもハッキリ言うから誤解され易いが、本当は友達思いの優しい子だということを、真弓は知っていた。

 ただ一つ問題があるとすれば、彼女たちは世間一般からすれば、いわゆる『不良』と呼ばれる子達であることなのだが。

 「うん……。」

 また真弓は、ボンヤリと答えた……というのも、ユージというのは、紗枝の中学時代の友人で、二か月前に紹介されたのだが、真弓自身があまり乗り気で無かった為、相手にそのことを正直に伝え、交際などには到らなかった相手のことだったからだ。

 実際、その男には「真面目女、ブス!」などと、散々なじられて、しばらく落ち込んだのも事実だったが、そのことと真弓が憂鬱なのは、全く関係が無かった。

 それでも紗枝は、真弓に元気がない理由が、彼氏が出来ないことが原因だと思い込んでいるらしく、

 「あたいがユージなんか紹介しちゃったから、悪かったんだよね……。だからさ、あいつなんかより、良い男を探してあげるって。」

 「それで、あの学ラン男ってわけ?」

 やはり、リカがするどく突っ込む。

 「だって、あたいのダチの中に、マユと釣り合うようなヤツ、いないし……。」

 珍しく紗枝が顔を曇らせ、口ごもる。

 「それ、言えてる!ウケる~!」

 「リカ、あんたちょっとひどくね?」

 リカの揶揄に紗枝が怒る。二人のやり取りを見ながら、真弓は微笑んだ。

 彼女たちはいつも自分の感情に正直で、透明感に溢れている……と真弓は思う。彼女が通っている高校のクラスメイト達の、表面上何を考えているのかわからない……でも、いざ裏に回ると態度が一変する不透明さとは大違いだ……そんなことを考え、この二人と一緒にいるだけで、心が晴れていく気がした。

 「それならリカ、あんたがマユに男探してやってよ!」

 「あたしがアイツに声掛けろってか?」

 「だって、一番手っ取り早い方法じゃね?それにアイツ、まあまあ良い男じゃん。」

 「ま、マユの為なら、一肌脱ぐけどさ。」

 真弓が物思いに耽っている間に、すっかり二人の間では、その制服姿の男をナンパすることで、一致しているらしかった。

 確かにその男の見た目は悪くなかった。それどころか、恐らくイケメンの部類に入るだろう。上背も結構あるし、整った顔立ちをしている。ただその視線は、駅前のどこかに向けられていて、目の前の通行人……自分たちも含めて……を見てはいなかった。腕組みをしたまま身じろぎ一つせず、その大きな瞳に似合わない鋭い目つきで、時々目だけをぎょろりと動かすものの、ずっと同じ方向を凝視している。

 目の前を通り過ぎる何人かが、異様な気配を漂わせているその男に気付き、振り返ったりはするものの、皆足早に立ち去って行くだけで、確かに誰かと待ち合わせている……という様子では無かった。真弓はその只ならぬ雰囲気に、

 「でも、あの人ちょっと……」

 そう言いかけたが、紗枝やリカにとっては、さして気にならない程度のものだったらしい。真弓が制止する前に、既に動いていた。そして……、

 「俺に近づかん方がええ。ケガするで、ねーちゃんら。」

 男の発した言葉に、全員が呆気にとられた。その端正な顔立ちからは想像もつかない、まるでお笑い芸人の様な間の抜けた口調で、不穏な言葉を口にしたからだ。

 そして、ゆっくり立ち去って行った。

 しばらく思考停止した様子のリカだったが、すかさず、

 「こっちからお断りよ、あんたみたいなヤロウ!」

 立ち去っていく男の背中に向かってそう言い放ち、踵を返すと、紗枝に突進して来た。

 「あんた、ダチも悪けりゃ見る目も悪いんだね!」

 唾を飛ばさん勢いで捲し立てるリカに、たじろぎつつも、

 「そんな言い方、ないじゃん!要するに、マトモな男を探しゃあ良いんだろ!」

 紗枝は開き直った様に、そう言い返した。

 それでも二人は、まだお互いに何やら文句を言い合いながら、来た方向とは逆に歩き出す。そして紗枝は、その場に立ち竦んだままの真弓に向かって、申し訳なさそうな様子で口を開いた。

 「ごめんよ、マユ。嫌な思いさせちゃったね……。」

 「さ、早く、次行くよ、次!」

 未だ呆然としている真弓の背中を、リカが押した。その時、我に返った真弓は、男が立ち去って行った方向を見つめて、

 「ごめん、私、用を思い出した!続きはまた今度ね!」

 微笑みながら、そう二人に告げると、

 「ええっ!?ホントに?残念……。」

 目的を達成出来なかった紗枝は、ガッカリした様子だった。

 「わかった。今度は絶対、良さそうなヤロウ、見つけてやるよ。」

 リカはそう言って、親指を立てた右手を真弓に向ける。

 「うん。紗枝、リカ、ありがとう!」

 真弓は「じゃあね!」と言いながら、二人に手を振り、彼女たちの姿が見えなくなったところで、男が立ち去った方向へ踵を返した。

 あの男のことが、ひどく気になった。リカが声を掛けたとき、それまで鋭い目つきだったのが、一瞬驚いた様に見開き、その後、ものすごく寂しそうな表情をしたからだった。真弓はその男に、自分と同じ孤独を見た様な気がして、とっさに後をつけてみよう、そう思ったのだ。

 男は、真弓の追跡を知ってか知らずか、相変わらずゆっくりとした足取りで、次第に人通りの少ない、薄闇に包まれ始めた路地へと入って行く。

 さすがに真弓も、これ以上追いかけて行って、もし見咎められたら……と思うと、少し怖くなって来た。男は、さらに次の曲がり角の先へ進み、姿が見えなくなったところで、真弓は追跡を諦め、元来た道へと引き返し始めた。

 その時、路地の奥から

 「パンッ!パンッ!」

 と、乾いた音が響く。

 (何だろう……?)

 真弓は突然、聞いたことの無い音がしたことに驚き、思わずその場に立ち止まっていると、先程の男が路地の向こうから、後ろを振り返った状態のまま、こちらに戻って来るのが見えた。

 見つかると、厄介な事になる……!そう思った真弓は、とっさに物陰に隠れた。

 男の足音がだんだんこちらに近づいてくる。やがて間近で轟音が響いた。

 真弓は弾かれた様に、その音のした方を見ると、男が彼女のすぐ目の前にまで来ており、伸ばした右腕を路地の奥に向けて立っている。更に薄闇の中目を凝らすと、右手に黒く光る物体を持っており、その物体の先端からは、白い煙がたなびいているのが見えた。

 (銃だ!この人、銃を持ってる!!しかも今、銃撃の真最中だ!)

 真弓は、とんでもない場面に出くわしてしまったことに、パニックに陥ると共に、男を追跡したことをひどく後悔した。

 その時、こちらを振り返った男と目が合う。彼の瞳には、明らかに驚きの色が浮かんだ。

 (殺される!)

 真弓は、あまりの恐ろしさに声も立てられず、男に顔を向けたまま、しゃがみこんでしまった。すると、男は銃を慣れた手つきで、学生服の下に付けていたホルスターに仕舞いながら、

 「怖い思いをさして悪かったなぁ。もう終わったさかい、大丈夫や。」

 妙に間の抜けた口調で真弓に話し掛け、微笑んだ。

 「でも、あんたかて悪いんやで。知らん人について行ったらアカンって、お母ちゃんに教わらんかったんか?」

 やはり追跡はバレていたらしい。だが、男の眼は怒っていなかった。極度の緊張から解放された真弓は、何故か自分でも思ってもみないことを口にしていた。

 「お母さん、小さい頃に死んだから……。」

 真弓の言葉に、男は一瞬複雑な表情を見せたが、

 「せやったん……そら、悪いこと言うたわ。堪忍な。」

 そう言って、本当に心から申し訳ないと思っているかの様な、神妙な顔つきをすると、また口を開き、

 「せやせや、人のせいにしたらアカンな。俺が、もっとあんたらに気い付けとかなアカンかってん。それに、向こうがまさかあんなすぐに仕掛けてくるとは思うてへんかった、俺の油断が招いたこっちゃ。ホンマ、ねえちゃんには悪いことしたわ……。堪忍な、この通りや。」

 何やらブツブツ言っていたかと思うと、いきなり真弓に向かって頭を下げた。突然の事に、彼女は面食らい、

 「そんな!私だって悪かったんだから、お願いだから顔を……」

 と、立ち上がりながら言いかけた時、男が怪我をしている事に気付いた。

 「ねえ、それ……?」

 「ああ、これ?さっきドンパチやった時、相手さんの弾が当たってしもうて……。」

 真弓の指差す自分の右腕に目をやり、男は気まずそうに答えた。

 「……大丈夫なの?」

 彼女がそう尋ねると、

 「かすりキズやから、問題ないわ。まぁ、後で熱くらい出るかも知れへんけどな。」

 そう言う男の顔は、心なしか血の気が引いている様に見えた。

 「病院で診てもらわないと……。」

 「これくらい、自分で手当て出来るから大丈夫や。家、すぐそこやし。」

 そう言いながら、男は持っていたハンカチを腕に巻きつけ、止血を始めた。

 「じゃあ私、手伝う。」

 真弓はとっさにそう言った。言ってから、自分でも大胆なことを言ったかな……と思ったが、男は全く気にする風もなく、

「ホンマ?助かるわ……。」

 見た目よりは出血があったのか、若干辛そうな様子でそう言った。

 それから、男が案内する通り、程無くしてあるアパートの前に着いた。家が近いと言ったのは本当だったらしい。しかし、足を踏み入れると、ほとんど生活感がない部屋だった。本当にここに住んでいるのだろうか……?真弓が訝しんでいると、

 「いわゆるセーフハウスってやつや。幾つかあって、ここもそのうちの一つやねん。応急手当出来る道具位は揃ってるさかい。」

 男は話しながらも、一旦止血をしていたハンカチを解くと、すばやく上着を脱ぎ、右上腕付近が血に染まったシャツを脱いで、傷口を消毒し始める。

 先程の状況から、ある程度の予想はついていたが、やはり……男の両肩から背にかけて、刺青が入っていた。

 真弓の動きが止まったのに気付いたのか、

 「ゴメンな、イヤなモン見せてしもうて。これは人様に見せる様なモンちゃうよなぁ。特にねえちゃんみたいな子に……」

 そこまで言いかけた男の言葉を、真弓は遮り、

 「ねえ、私のことをどうして『ねえちゃん』って呼ぶの?私、あなたより年下だと思うんだけど。」

 そう言われて、男はポカンとした。それから合点がいったという様に、ポンッと手を叩き、

 「そうか、道理で……。大阪で『ねえちゃん』ゆうたら『カノジョ』って意味なんやけど、東京(こっち)やと『年上のお姉さん』やと思われるわけやな……。」

 男はバツが悪そうにそう言い、

 「ええと、じゃあカノジョ、名前は?それにトシは?」

 「真弓、十六よ。」

 さすがにフルネームは言わなかった。だが、男は全く気に掛けない様子で、

 「十六!九つも年下かぁ……。俺は二十五歳の、川藤武士ちゅうモンや。ブシと書いてタケシって読むねん。」

 「二十五歳のオジサンが、どうして学ランなんか着ているの?」

 真弓に痛いところをつかれ、彼は苦笑いした。

 「真弓ちゃん、『オジサン』って、ちょっとそれヒドイなぁ。でも十六の子から見たら、二十五なんておじさんなんやろうな~。これでも一応、知り合いの『オジサン』連中からは、まだまだ学生でいけるって言われてんねんけど……。」

 などと、自嘲気味なことを言いながらも、包帯の先を「チョイ、押さえといて。」と真弓に渡し、器用に傷口に巻いていく。

 「利き腕が使えないと不便じゃない?」

 ふと思ったことを真弓が尋ねると、

 「大丈夫や。俺、左利きやから。」

 確かに、まったく苦労することなく、左手で包帯を巻き終えた。

 「でも……。」

 真弓は、今は武士の体から外されている、ホルスターの方に視線を向けた。

 「右手で持ってなかった?」

 武士は少し驚いた様子で、

 「真弓ちゃん、よう見てるなぁ。せやねん、それ、利き手で持つのが何か嫌で……気が付いた時には反対の手で持ってたな……。」

 そう言って、初めて彼を見かけた時に見せた、あの寂しそうな表情をした。

 それから真弓は、言われた通りのクローゼットから新しいシャツを取り出して渡すと、武士は礼を言いながら、

 「ゴメン、一時間くらい横になるわ。俺、途中で起こされると何仕出かすかわからへんから、適当に帰ってくれたらええで。」

 やはり熱が出て来たのだろう、気怠い様子でソファに寝転んだ。

 「ホンマ、今日は色々済まんかったなぁ。お詫びは必ず、近々するから……。」

 呟く様に言うと、早くも寝息を立て始める。

 真弓はまじまじと武士の寝顔を見つめ、

 (初めは怖いヒトなんだと思っていたけど……何だろう、不思議なヒト。)

 自分でも驚く程、武士に親近感を持っていた。得体の知れない、ヤクザ者なのに。先程の銃撃で、もしかしたら誰かを殺したのかも知れない……そう思うのに、何故かこの男がもう怖くなかった。

 (熱があるのなら、目が覚めた時に何か飲みたいかな?)

 真弓はふとそう思い、小さなキッチンの片隅に置かれていた、小型の冷蔵庫の中身を確認したが、生憎ミネラルウォーターしか入っていなかった。

 確か近くにコンビニがあった……それに何か食べるものも欲しいかも?と思い立ち、一度ここを出ることにした。

 買い物を済ませて部屋に戻ると、武士はまだ眠っている様子だった。

 買ってきたものを先に冷蔵庫に仕舞い、

 (もしかしたら熱が上がって来ているの?冷凍庫に氷があれば使えるかな?)

 などと考えながら、眠っている武士の額に手を置こうとした……その時、ものすごい力で両手首を掴まれソファの上に倒され、気が付くと、鬼の様な形相をした武士が、彼女に馬乗りになっていた。

 「!?」

 あまりにも突然の出来事に、真弓は身を竦めていた……その時、

 「うわあああ!ご、ゴメン!真弓ちゃんやったんか!ホンマすまん、堪忍してや!」

 正気に戻ったらしい武士が、慌てふためいた様子で、彼女から飛びのいた。

 「あぁ、またやってしもうた……。」

 などと言いながら、頭を抱えている。

 先程とは打って変わって、涙目になりながら、情けない表情をする彼を見て、真弓思わず噴き出した。

 「スポーツドリンクを買ってきたけれど、飲む?」

 すると、武士は目を輝かせ、

 「おおきに!真弓ちゃんはホンマ、ええ子やなぁ!」

 と、本当に嬉しそうに、真弓の頭を撫でた。

 人に頭を撫でられるのって、何年振りだろう?何だかこそばゆい様な、不思議な気持ちがした。

 それから、真弓が買ってきた食料品を二人で食べながら、色々話をした。

 真弓の時は、押し倒しただけで済んだが、二年前に付き合っていた彼女には、あろうことか銃をつきつけてしまい、警察に通報されそうになったこと……モデルガンだと言って何とか誤魔化し平謝りしたので、通報は免れたものの、その後、もちろんフラれたことや、武士の父と母は幼い頃に離婚し、武士自身も真弓同様に父子家庭だったが、彼が今の真弓と同い年の時、父が借金を返さないまま亡くなった為、もう他に家庭を持って暮らしている母のところにまで、借金取りが押し掛けたが、その際、亡くなった父のことも、そして武士のことも、とうの昔に別れた人達なので、煮るなり焼くなり好きにしたら良い……と言っていたと、借金取りに告げられ、文字通り借金のカタとして、ヤクザに売られたこと、その後、ヒットマンとして教育され、今は主に自分の所属する組織の幹部らのボディガードをしていること……などを。

 「『ヒットマンとしての教育』言うても、射撃訓練なんかをさせられるんや無うて、何や我慢大会みたいなことばっかり、やらされてたんやけどな。」

 武士はそう言いながら、悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。

 「我慢大会?何、それ?」

 真弓の訝しむ様な問い掛けに、彼は苦笑しながら、

 「そうやなぁ、めっちゃ狭い部屋に水だけで二、三日、閉じ込められるとか、何日もロクに寝かせて貰えへんとか……まぁ、そんな感じや。」

 「それって結構キツイね。」

 真弓の同情に、武士は「せやろ?」と頷きながら、

 「でも、一番キツかったんは……中途やと何やから、高校は卒業させたる、言うて、大阪からこっちの高校に転入さして貰えたんやけど、俺が逃げようとしたさかいに、無理やり彫りモンされてしもうたこと……かな?」

 「彫りモン?」

 「刺青のことや。」

 真弓の問い掛けに、すかさずそう答えた。真弓は顔を顰めながら、

 「そんなに……痛いものなの?」

 彼女の疑問に、武士は笑いながら、

 「もちろん痛かったけど、そうや無うて……高校を退学になってしもうたのが、ね。彫りモンされてからも、しばらく通ってたから、なるべく見られへん様にしてたつもりやったけど、たまたま……修学旅行の時とちゃうかなぁ?誰かに見られてて、先生にチクられて、呼び出し食らって……。」

 さらに武士は、おどけた口調で続ける。

 「生徒指導の東ちゅう先生に、『川藤君、君がタトゥーしているというのは本当かね?学校の規則で禁止されているのは、もちろん知っているはずだと思うが。今すぐそれを見せなさい!』って言われてな。俺の担任はもちろん、他のクラスの担任とか、先生ら皆が居てる前で見せモンみたいに服脱がなアカン羽目になってん。なかなかかわいそうやろ?」

 真弓は頷いた。

 「でも先生らかて、まさか俺が刺青してるとは思うてへんかったんやろ?皆急にビビッた顔したから、それはちょっと(おも)()かったなぁ。」

 などと、穏やかでないことを言いながらも、武士は懐かしそうに眼を細めた。

 「ま、俺はそんなこんなでマトモに高校行かれへんかったから、真弓ちゃんの友達……ええと?」

 「リカ?」

 「そうそう、その子に声掛けられた時、何や高校生に戻れたみたいで、嬉しいて……。」

 「それで、『近付くな!』って?」

 真弓が茶々を入れる。

 「それ、言わんといてぇな!あれでも、口元がニヤつきそうになるの、必死で堪えてたんやで!」

 武士が困った様に情けない顔をする。それを見て、真弓は笑った。この人、まるで百面相をしているみたいに、表情がコロコロ変わるんだ……と思いながら。

 「でもその時、一人毛色の違う子が混ざってるな、思うて……。そんでその子が、まさか俺の後をつけてくるとは、夢にも思わんかったけどな。」

 武士は、真弓の方を見てニヤリとする。彼女は、思い返すと恥ずかしくなり、話をそらせた。

 「毛色が違うって、どういう意味?」

 武士は意外そうな顔をして、

 「だってその制服、かなりええとこの私立のやろ?友達二人は都立の制服やったけど。」

 ちゃんと見ていたんだ……真弓は思った。

 「実は半年前、あの二人に私、カツアゲされたんだ……。」

 「ふうん。」

 「その時、『私、お金ならいっぱいあるから、いくらでもあげる。その代わり、友達になってくれない?』って言ったの。そうしたら、ドン引きされちゃって。」

 「へえ~、面白(おもろ)いな!それで?」

 「でも……そうそう、今の、たけし……さん?みたいに、その時紗枝とリカ、私のことを面白いと思ってくれたみたい。それからは、お金とかそんなことは関係なく、普通に友達として付き合ってくれる様になったの。私、今通っている高校の子達は、何ていうか……皆、大抵大きな企業の社長令嬢とかだから、私みたいな『一般人』は、彼女達の眼中に無いんだと思う。まぁ、それに馴染めない私も駄目なんだろうなぁとは思うけれど、高校では本当に仲の良い友達って出来なくて……。だから、二人は私にとってかけがえのない友人なの。」

 「なるほどねぇ。」

 武士は合点がいったという様に、

 「俺も今は金に困ってへんから、真弓ちゃんの気持ち、よう分かるわ。」

 そう言いながら、うんうんと頷いた。それから、真弓の顔を覗き込んで、

 「えー、ところで、その『たけし……さん』って何?」

 「何って?」

 真弓は戸惑った。ファーストネームを言われるのは、気に入らなかったのかも知れない。

 「何って、めっちゃ言いにくそうに言うからやん!『たけやん』とか、何なら呼び捨てでもかまへんのやで?」

 確かに、異性で九つも年上の人って自分の周りにいないので、何と呼べば良いのか、とっさに分からなかった。だが一つ、ピンときた呼び名が浮かぶ。

 「じゃあ、『お兄ちゃん』って呼んでも良いかな?」

 「『お兄ちゃん』かぁ……何やこそばゆいな。」

 口ではそう言いながらも、武士はまんざらでもない顔つきをしている。

 「なら、決まりね。『お兄ちゃん』?」

 「何やろ?照れるなぁ……。」

 それから、二人で顔を見合わせて笑った。

 「せやせや、俺、うっかりしてた!こんな時間やし、送って行こうか?」

 そう言われて腕時計を見ると、もうすぐ夜九時のところを針が指していた。

 「いつもこんなに早く、帰らないんだけれどね……。」

 真弓が言う。彼女もまた、母が幼い頃に亡くなり、父は仕事上、一年の殆どを海外で過ごす為、もともと真弓たちが住んでいた家に、親戚一家が彼女の面倒を見ると言う条件で一緒に住むことになったが、今ではすっかり我が物顔で、真弓の方が居候の様に扱われている……ということを、武士に話していた。そして、その父が間もなく帰国し、その後は日本で一緒に暮らせる様になると言っているのだが、今まで一緒に暮らしたことなど殆どない為、正直戸惑っている……それに親戚たちが、果たして大人しく家を出て行ってくれるだろうか?という気掛かりもあって、自分としては素直に喜べないのだ……ということも。

 「いや、でも親戚の人かて、そら真弓ちゃんの事、心配してはるで。」

 「どうだか!心配するとしたら、どうせ建前で……でしょうよ。」

 「それは、そうかも知らんけど……。」

 武士は言葉を濁す。確かに真弓から事情を聞いていると、そんな風に思えたからだ。彼女は、本来なら高校生になったら今の家を出て、寮に入るつもりだったのに、そうなるとまるで自分たちが追い出した様で世間体が悪い、と言って引き留めたのも、その親戚たちだったらしい。

 「何なら、このままお兄ちゃん家に泊めてくれる?」

 真弓としては、その方が幾らか気が楽だった。どうせ家に戻っても、『お父さんが心配するから、そんな友達と付き合うのは止めなさい。』とか、『どうして早く帰ってこないの?お父さんが心配するじゃない。』などと言われるに決まっているからだ。

 だが、武士は首を横に振る。

 「そういうわけにはいかへんよ。こんな得体の知れん、ヤクザ男の家に泊まったって分かったら、それこそ親父さんが心配しはるわ。」

 その言葉に、真弓はカチンときた。

 「結局お兄ちゃんも、叔母さんたちと同じことを言うのね?お父さんが心配するって。」

 彼女の機嫌が急に悪くなったことに、少し戸惑った様子の武士だったが、まるで小さい子を諭すかの様に、

 「そらそうやで。何でか教えたろか?真弓ちゃんはまだ未成年や。父親にお金稼いでもろうて、養育されてる身ぃや。おまけにか弱い女の子やろ?だからや。」

 「何、それ!?ものすごくジェンダー的な意見ね!それに、私がお金を稼いで来てって頼んだわけじゃないわ!ずっと放っておいて、何が心配よ!心配するも何も、私のことなんて、今までちっとも見ていなかったじゃない!」

 真弓は一気に捲し立てた。自分でも何故、彼にこんな風に感情をぶつけているのか、不思議だった。急に周りの大人達の様な事を言う、武士の態度が気に入らなかったのだろうが……。

 「……ほんなら、好きにしたらええ。」

 真弓の剣幕に、しばらく呆然としていた武士だったが、呆れた様な口調でそう言い放つ。

 「ただし……」

 低い声音で言葉を続ける彼の表情が、駅前で見掛けた時の様に突然変わる。

 「さっきみたいに、すぐ正気に戻ったらええけど、夜の間は自分でも正直何するか分からへん。それでもええんか?」

 真弓は武士から、目を逸らせた。そう、先程の様なことになったら怖い。でも彼は、本当は優しい人だ……。黙り込んでいると、畳み掛けるように、

 「俺かて男やからな。真弓ちゃんももう子供やないんやさかい、言うてる意味、わかるやろ?」

 真弓は俯く。すると、武士は彼女の右手首を掴み、

 「その気になったら、あんたみたいなヒヨっ子を捻るの、俺にはワケ無いんやで。」

 その時、携帯の呼び出し音が響いた。武士が真弓の手を放し、それに出る。

 「もしもし……。」

 何やら話を始めたが、一度話を遮り、真弓に向かって、

 「とにかく後で送って行くさかい、もうチョイ待ってや。」

 そう言い、電話に戻った。

 真弓は先程までの緊張が解け、ホッとする。これ以上、武士と諍い合うのは、本当は嫌だったからだ。

 しばらくの間、武士の電話が終わるのを待っていると、玄関の方から、

 「ねえ、武士ぃ~、居るんでしょう?」

 甘ったるい女の声が聞こえて来た。

 「知ってるんだからね!今日はここに居るってさぁ~。」

 武士は慌てて電話を切り、玄関へ行く。そして、扉越しに、

 「すまんけど、今日は親戚の子を預かってんねん。またにしてくれるか?」

 しかし、女は納得がいかないらしく、

 「そんなこと言って、本当は他の女を連れ込んでいるんでしょ!?ちょっとここを開けなさいよ!」

 女の口調がだんだん強くなってくる。

 武士は参ったなぁと言う顔をして、真弓に、

 「これ以上騒がれるとマズイから、中へ入れてもええかな?」

 と、申し訳なさそうに言ってくる。

 武士には寂しい時、いつでもどこからか女を連れて来ることが出来るのだ……そう思うと、真弓は何だか急に馬鹿らしくなった。

 「どうぞご勝手に。私、帰るから。」

 武士は済まなさそうに、でもどこかホッとした様子で、

 「ホンマ、すまんなぁ……。道、わかるか?」

 と、言ってきた。

 (何だ、送ってくれないんだ!)

 真弓は内心そう思ったが、

 「大丈夫だから、お構いなく!」

 そう言って靴を履き、玄関を出た。すると目の前に、見るからに水商売風の女が立っていて、

 「ほうら、やっぱり居るんじゃないの……て、誰この子?」

 女は、真弓の方を見て言った。

 「だから、親戚の子やって言うたやん。」

 武士が言うと、女はまるで品定めするかの様に、真弓を上から下まで舐める様に見て、

 「確かに、まだ子供だわね。」

真弓は何も言わず、武士の部屋を後にした。武士が後ろから、

 「気ぃ付けて帰りや……。」

 と言うのが聞こえたが、振り返りもしなかった。

 しばらくそのまま真弓を見送っていた武士だったが、姿が見えなくなったところで、

 「おおきに姐さん、助かったわー。」

 その水商売風の女に言った。

 「珍しく武士から、『一芝居打ってくれ!』なんて頼まれたから、驚いたけど……なかなかあんたも隅に置けないわねぇ、あんな子供に手を出すなんて。」

 「だから、手なんか出してませんって!」

 武士は必死で弁解するかの様に、両手を左右に振る。すると、女は口の端を上げて、

 「あらぁ?じゃあ本当に、あたしと良いことをする気だったのかしら?」

 その言葉に、武士は苦笑しながら、

 「姐さんも人が悪い……そんなことしたら、俺が兄さんに殺されますって!九年前、逃げようとした俺をボコボコにしたん、兄さんですやん。」

 そう言うと、姐さんと呼ばれた女は、

 「その後、あたしがちゃんと手当てしてあげたでしょ?」

 そう言いながら、武士にウインクする。武士は大きな溜め息を吐いて、

 「よぉ言うわ。そう言う姐さんかて九年前、俺のことふん縛って彫りモンしたくせに。」

 「そうそう、『痛い、痛いよぉ!』って泣いていたんだっけ?」

 女がそう答えると、

 「うわぁ、しもた!墓穴掘ったわ……。」

 武士が左手で顔を覆いながら呻く。すると女は声を上げて笑ったが、すぐに笑いを収め、真弓が去って行った方をチラッと見ながら、

 「あの子、これで良かったの?……てか、何あんた、ニヤけてるし!?」

 向き直った女に、そう指摘された武士は、咄嗟に手で口元を隠すが、どうやら遅かったらしい。観念して、

 「こんな古典的な手に引っ掛かってくれるやて、今時珍しい純粋な子やなぁ、思うて……。」

 「ちょっとヤだぁ、オヤジみたい!もしかしてあんた、本気になってた?」

 呆れた様な女の言葉に、武士は苦笑いしながら頭を振り、

 「俺も久しぶりに『普通の子』と触れ合ったから、有頂天になってたわ。」

 そう言うと、あの寂しそうな表情をし、続ける。

 「あの子は悪ぶっていても、所詮カタギの子や。俺らとは住む世界がちゃうから……。正直、俺のこと『お兄ちゃん』言うて、慕ってくれるのは嬉しかったんやけど、これ以上深入りさせたらアカンでしょう?」

 「そうね……。」

 女はそれ以上、真弓のことについては何も言わなかった。先程武士から頼まれた『芝居』が、彼女とはもう二度と会わない様にする為だったことを理解したからだ。そして、今気付いた様に別のことを口にした。

 「そう言えばあんた、熱が出たってことは、また撃たれたんでしょ?後で新庄先生にちゃんと診てもらいなさいよ?」

 『新庄先生』というのは、ヤミ医者のことだ。普通の医者に銃創を診られると、後で警察にも連絡が行く為、もう何年もかかったことが無かった。それとは反対に、すっかりこの『新庄先生』の常連になっている。

 「はいはい、わかってます。」

 クギを刺され、武士は肩を竦める。

 「後……はい、これ。」

 女は、武士に小さい紙切れを渡した。彼は心得た様子でその紙切れを受け取ると、立ち去る女を少し見送ってから、部屋へと戻った。それから、受け取った紙切れを広げて、それに目を通す。

 「さて、次の仕事は……?」

 先程の電話は、武士が姐さんと呼ぶ女から、仕事のことで連絡が入ったのだった。その際、ついでに『芝居』を頼んだ……というカラクリだ。

 彼への仕事の依頼は基本的に、ハイテク機器が発達した現代でも、こういったアナログ方式で行われるのが普通だった。電話やメールといったデジタル方式では、何らかの履歴が必ず残るので、それを避ける為だ。

 

 ガイムショウ キンム カミムラ ヤスオ

 カレノ モツ キミツジョウホウ ノ ダッシュ

 セイシ ハ トワズ

 

 (これは……かなりシビアやな。)

 武士は思う。先程までの浮かれ心地は一変、どん底に突き落とされたかの様な気分だった。

 生死は問わない……この場合の生死とは、限りなく死に近い。まして、奪取するものが『情報』となると、それを持っている本人が内容を知っている可能性が高く、確実に情報の流出を防ぐのが目的であれば、それが一番手っ取り早い方法だからだ。

 しかも……ターゲットは『一般人』ときている。

 「こんなん、まるっきり『殺し屋』やん。」

 思わず自嘲する。今までの仕事でも、人を殺したことはあるが、相手は自分と同じく武装した人間……いわゆるヒットマンだった。そうではない丸腰の相手を殺る……となると、やはり躊躇してしまう。

 「どないしよ、断るか……?」

 だが、それが出来ない立場に、自分が置かれていることもわかっていた。

 (兄さんからの指示は『絶対』やからな……。)

 九年前、借金取りの二人組に兄さんに売られてからか……?いや、ショウ兄と呼んでいた、自分が大阪からこっちに連れて来られた時、面倒を見てくれた世話焼きの青年と、覚せい剤の中毒症状を起こした紫帆さん……かつて小学生の頃のショウ兄が、親のネグレクトでいつも腹を空かせていたことに心を痛め、食事を振舞ってくれたという、心優しい女性……二人が共に組から逃げると言った時、自分も逃走を図ったが、あえなく見つかって連れ戻されたあの日からだろうな……。武士は過去を思い出し、暗澹とした気持ちになった。

 「こうなったら殺さへん様に、機密情報とやらだけパクるしかないやろ……。」

 出来るだろうか……いや、やってみるしかない。その為には、ターゲット本人と接触する必要がある。

 とにかく、データがこれだけでは何も分からない。武士は早速パソコンを取り出すと、情報収集の為の準備に取り掛かった。

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