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アマツガミ  作者: 佐久間
間章
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9/17

合格

第9話です。前回から片桐の特訓が始まりました。なかなかにスパルタですね。そんなんで諦めてしまうほど、片桐も正常な精神はしてないので大丈夫かと思います。ご心配な方はウィダーインゼリーとか差し入れてあげてください。微妙に喜ぶとおもいます。

第9話 いってらっしゃい

  伏魔師協会第一支部。ここは、伏魔師協会の窓口とも言える場所で、定期的に一般人からの魔属や魔徒被害の相談が相次いでいる。


 伏魔師の世界は、世間一般に話こそ出回るものの現実味のない都市伝説に近い認識の部分ではある。


 しかし、蓋を開ければ相談者は後を絶たない。自分には無関係と思っていても、その次の日には協会の窓口を叩いている一般人もいるように、明日は我が身である。


 その第一支部の支部長室。来客用の机を挟み、ソファに対面して座る男性ニ名。


 その机の上にはアタッシュケースが置かれており、その中に数枚の札が収納されていた。そのアタッシュケースが開いてる方を前方に差し出す、白衣の男性、葉乙女(はおとめ)愛徒(まなと)


「実験の結果、効果は確かでした。増産していただいてOKです」


「ありがとうございます」


 葉乙女のお墨付きと共に、札ごとアタッシュケースを受け取る伏魔師協会第一支部の支部長、成宮(なるみや)紫無介(しのすけ)


 アタッシュケースに入っているこの札は、治療系の練術が内蔵された札だ。物によって治癒の効果は様々だが、いずれも伏魔師の医療を管轄する葉乙女のチェックを経て、実用化と増産となっている。


 この札が開発されたのはここ近年となっているが、すでに需要は目を見張るものがある。それも当然、危険と隣り合わせの伏魔師にとって傷を癒せる手段など多いに越したことはない。


「そういえば、片桐君の特訓が始まってから、もう二週間前後になりますっけ。大丈夫かなぁ、彼」


 机の上のカフェオレを啜りながら、杞憂を口にする葉乙女。


 その対象は、最近一般人でありながら、大君級の受肉の器となりかけ、さらにはそのまま伏魔師の世界に飛び込んできた青年、片桐についてだった。


 片桐が特進科に配属されることは、すでに伏魔師にとっての公的決定。片桐の事情が特殊なだけあって大っぴらに公表とはなっていないが、知っている者は知っている状態となっている。


「それは片桐さんの努力次第ですねー。上り詰められるか、それとも心折れるか。いや、その前に命を落とすか。…っと、失礼。医療従事者を前に不謹慎でしたね」


 他人事とも冷酷とも取れる見解を示す成宮。実際、伏魔師の世界は危険と隣り合わせ。仮に才能があろうとも、正しい努力を怠れば次の瞬間には命を落とす事態になってる可能性もある。


「あー、いや、それもそうなんだけど……」


「?」


 成宮は片桐が特進科でやっていけるかどうかの見解を示したが、葉乙女の懸念は別にあるようだった。


「入学前の訓練、晴馬君が担当してるんでしょ?」


「ええ。特進科の担任をハルちゃんが担うからということもありますが、そもそも片桐さんが知っている伏魔師はハルちゃんしかいませんから。どちらにせよ適任というわけです。それがどうかしました?」


「…なんというか、晴馬君って結構な合理主義じゃない?」


「そのおかげで、たまに周りが冷や汗をかく事態になることもありますけどね」


 任務にしろプライベートにしろ、晴馬の根幹にあるのは合理主義。


 より着実、より迅速、より完璧に。その結果を求める為に、晴馬はあらゆる手段から恐ろしい速度と度胸で、他者が選択を躊躇するような選択肢を選定して実行していく。


 尚、間立高校の件で片桐を実質的に囮のようにも使ったが、このケースは非常に稀。なぜなら、晴馬が任務を行う際は大抵は一人だからだ。ましてや一般人の介入などレアケース中のレアケース。


 ゆえに、周りが冷や汗をかくような事態とは、晴馬自身が一歩間違えれば簡単に命を落とすようなリスクのある選択肢を、非情に迅速に選択するからである。少しニュアンスは違うが、自分を餌に使っておいて、食いついた獲物を餌自身が食い破るといった具合だ。


 葉乙女は、多くの伏魔師の傷を癒してきた医療関係の人間だ。そんな葉乙女のもとに、晴馬が治療目的にで赴くことはほとんどない。なぜなら、自己完結で解決できる程度の軽傷で任務を終えるからだ。


 ただ、後々から晴馬自身から聞いたり、事後報告書などを見た際に医療関係者として青ざめるような内容が載っていることもある。日頃から晴馬を気にかけていることもあるが、今回の懸念もその合理性が起因のようだ。


「もしかしたら、一般人にはキツいような、とんでもないスパルタな訓練とかしてないかなと思ってさ…。今回の片桐君のハードスケジュール作成に一枚噛んだ身としては、責任を感じるんだよねぇ…」


「それは片桐さんを想ってのことですから、ボクも葉乙女さんも気にすることはないですよ。大前提として、普通の道ではないんです。道端に修羅や想定外が待っていても、それを乗り切るのはその道に来た片桐さん次第ですよ」


 訓練といっても、一般人の授業に科目という存在があるように伏魔師にも練気や練術、肉体造り、戦闘訓練、知識の習得など、重視する部分は教える人によって異なる。そして、訓練のやり方も人によって異なる。ゆっくり習得させる人もいれば、スパルタ式に詰め込む人もいる。


 では、晴馬はどうか。少なくとも、スパルタ式の方法をとる可能性は否定しきれない。なぜなら、晴馬が晴馬自身にスパルタだからだ。それに、事情があるにせよ、期間も約一ヶ月と心許ない。むしろ、スパルタ方式を取らない想像の方が難しい。


「それに、ハルちゃんのことだから下手なラインは超えないでしょうし、そこは信用してもいいんじゃないでしょうか。人間的生活に支障をきたしたり、それこそ命を落としたり」


 仮に晴馬が、他者の命を捨てる可能性を多く含んだ思考の人間なら成宮も訓練は任せていない。


 晴馬が自身の命や、今回の間立高校の件でいう片桐を実質的な囮に使ったのは、あくまで事態の完遂と、なにより片桐の命、相応の社会的生活を送れる安全性を確保できる自信の元での作戦だったからだ。


 片桐の身体に魔属が封印される事態にはなったが、少なくとも片桐は五体満足で生活はできている。結果的に伏魔師の世界に足を踏み込んだ片桐だったが、そもそも通常の生活を送りつつ、伏魔師に協力する選択肢もあった以上、伏魔師になる選択肢の責任の多くは片桐にあるだろう。よって、結果的に晴馬は間違えてはいけないラインは守った状態だ。


 これまでも、これからも、よっぽどの事態にならなければ、晴馬は合理性の元、ラインギリギリを当然のように守りつつ最高の結果を出すだろう。


 人によっては暴論に聞こえるかもしれないが、結果を出している以上、伏魔師協会としては文句の言いようはない。


「それは僕も信用しているけど、片桐君はついこの間まで一般人だからね…。色々とビックリしちゃわないか心配でさ」


 合理性を求める晴馬のことは、葉乙女も理解している。葉乙女が晴馬と同じ選択肢を取れるかどうかで言えば「否」だが、晴馬のやり方自体を否定するつもりは毛頭ない。


 ただ、黙って訓練が終わるのを待てというのも心理的に酷な話である。ゆえに晴馬を信頼しつつも、懸念を成宮へ話しているわけである。成宮の方が歳下ではあるが、弱みを見せるプライドなどは葉乙女にはない。


「ご懸念はもっともです。一応、ハルちゃんにもラインを超えないように釘は刺しましたので、信用しましょうよ」


「……だね」



 --------------------------------------



 とある伏魔師管理の訓練場。そこでは連日、訓練というには一方的な戦闘が行われていた。


 自身にダウンロードされた伏魔師の戦闘データを行使し、教官たる晴馬へ肉薄し続ける生徒の片桐。可能な限り、晴馬へ一撃を入れんと拳や足を使って攻撃を繰り出すが、晴馬は汗一つかかずに片手で全て防いでいく。それどころか、少しでも攻撃の手が緩もうものなら顔や鳩尾に拳や蹴りが飛んでくる始末だ。


 手加減などしてられない。いや、手加減しようものなら片桐自身が痛みを受けることとなる。そのことは、訓練が始まってすぐに理解した。


 晴馬を殺すつもりで肉薄しても、拳、蹴りは悉く防がれ、代わりに拳、蹴りが返ってくる。


 痛み、苦しみ、出血、嘔吐、畏怖、恐怖。


 そんな負の感情が心身を駆け巡りつつも、早2週間が経過。常人ならば心身共に破滅を迎えてもおかしくない環境。「ブラック」という言葉が真っ青になるような状態の中、片桐は変わらず晴馬へ攻撃を続けていた。


 日に日に、片桐の身体の動きが成長をしていることは攻撃を受けている晴馬が一番実感していた。それも、かなりの成長ぶりであった。


 葉乙女が懸念していた訓練のキツさについては、目の前の光景が全てを物語っている。晴馬も自覚はあるし、片桐も嫌というほど実感している。しかし、だからこそ現在のような凄まじい速度での成長が見込めるのである。


 人の成長にもやり方や適正は存在する。じっくり進むのが適している人もいれば、詰め込むのが適している人もいる。しかし、こと成果でいえば、命に手がかかる状態ほど、絶対的な成果を生むやり方もない。それが倫理的に良いかどうかは別だが。


 そんな片桐の成長を実感しつつも、晴馬は変わらず、汗一つかかずに片桐の攻撃を片手で対処していく。


 無論、片桐にとっては晴馬が片手だろうが両手だろうが関係なく、最大限の攻撃を続けていった。しかし、晴馬の牙城は一向に崩せない。


 それどころか、晴馬は片桐の攻撃を右手のみで軽く凌ぎつつ、左手を顎に当てて思慮に更けていた。


 (妙ですね…。練気の増加割合が低い…)


 晴馬が疑問を感じていたのは、片桐の練気の量。練気とは、人間を始めとする生命体が持つエネルギー。その源は《生》への活力で、伏魔師の練術などに必要不可欠なもの。今回の片桐の特訓も、身体を創るという活力が働いている。ゆえに、それだけ練気の生成と練度も上がっていく。


 というのが晴馬の思惑だった。実際、伏魔師は戦闘訓練を用いて練気を増加させることが多い。練気と練術を後回しにした理由の一環でもある。訓練していけば自ずと練気は増えるからだ。


 それがどうしたことか、晴馬の想定よりも片桐の練気の増加率が芳しくない。無論、人によって増加率や量、かかる時間などは異なる。しかし、それだけでは説明しきれない違和感があった。それに、片桐の場合は決定的に他者と事情が異なる部分がある。それはやはり、


 (身体に封印された魔属の影響、と考えるのが妥当でしょうね)


 いかに現代の伏魔師の頭数相応にしても、身体に魔属を封印されている例など少なくとも現存は皆無。ましてや、その魔属は大君級。前例などほぼない。よって、疑いの矛先は自然と前例がない部分に当てられる。


 (ま、だからと言って、下手にいじるわけにもいかないですが)


 理由はなんにせよ、メカニズムが分からない以上は手の出しようがない。葉乙女の話からすると受肉とはならないにしろ、下手な干渉で、片桐の身体に大きな影響が出る恐れは否定できない。考察と観察は続けるとしても、今はやれることをやるしかない。


 そんな晴馬の思慮の様子を感じ取った片桐は、自身の額に青筋を立てる。自分の攻撃が防がれるのは流石に慣れっこだ。晴馬にとって防御が片手で済むことも今は驚きもしない。それが単純な実力差ということを嫌というほど思い知ったからだ。


 しかし、明らかに意識半分で何かを考え始めた様子が見え始め、片桐のセンサーに引っかかってしまうようだった。


「よそ見…!してんじゃ…!ねぇよ…!」


 そんな晴馬の余裕に対し、より一層鬼気迫る攻撃を繰り出す片桐。


「よそ見させるような、生ぬるい攻撃をしてんじゃねぇですよ」


 しかし、意識を戻して対処した晴馬のカウンターが見事に炸裂。片桐の身体は後方に大きく吹き飛ぶ。


「クソ…!ごもっとも…!」  


「おや、素直ですね」


「そりゃ、事実だからな…!」


 腰をさすりつつ、自己反省をしていく片桐。その様子を見て、心の中で少し微笑む晴馬。その微笑は煽りの類ではなく、安心の類。

 

 さすがに晴馬も、一般人たる片桐が今回の訓練についていけるか不安だった。実際、訓練当初は怪我や嘔吐三昧だったが、今は軽い雑談を挟める程度に余裕が出てきたという見方もできる。結果として、訓練の出来は上々と言えよう。


 また、本人には言っていないが、訓練前に付与した札の効果は既に切れている。つまり、札に内蔵されていた戦闘データのトレースは完了。さらに、その上で晴馬の攻撃に対処しようと、片桐自身がアドリブを無意識で加えていることも確認できた。


 よって晴馬は、最終試験へと片桐を巻き込むこととした。


 確かに訓練当初から晴馬が警告したように、生ぬるい攻撃をしようものなら晴馬から物理的な喝を入れていた。しかし、あくまで喝()()。つまり、訓練に適した戦闘力まで()()()()()


 晴馬は自身の意識を変え、雰囲気を変え、向かってくる片桐へ足を踏み出す。


 右手で片桐の攻撃を弾きながら、その足を悠然と進める。片桐の攻撃などまるで障害になっていないかのように。


 その変化に片桐も悪寒を伴って気がつく。晴馬の足が片桐に近づくたび、冷や汗が倍になっている嫌な感覚。その危機感ゆえか、片桐の動きがこれまで以上に過激かつ、洗練されていく。しかし、晴馬の牙城はこれまで以上に強固になっていった。


 迫る晴馬。必死に押す片桐。


 片桐の眼に映ったのは、晴馬という爽やかな名前が卒倒するような修羅の如き男。


 まずい、


 やられる、


 どうする、


 蹴り、


 拳、


 フェイント、


 いやダメだ、


 全部、


 全部を完璧に


 頭の中で巡らせる、修羅への対抗策。そして、修羅が自身の射程圏内に入る。


 片桐に降りかかる拳。それをなんとか防ぐ。これまで以上に重く、そして恐怖させる拳。だだ、片桐の防御のキャパはこの時、既に限界値を迎えていた。


 次の攻撃は間違いなく降りかかる。先ほどの拳は防いだが、次は分からない。


 どうする、


 どうする…?


 どうする…!?


 片桐の命に降り注ぐ試練。頭、身体、心、これらの全てが告げる、とある未来。



『死』



 この一文字が、片桐の全身の隅々、細胞の一つ一つに染み渡る。心の中に大音量の警告音が鳴り響く。


 人はこういう時、走馬灯というものを見るらしい。これまでの自分の人生の経験を思い出し、その中から死を免れる方法を探るという防衛本能に近いものだ。晴馬が本気で殺すつもりかは置いておいて、片桐自身は間違いなく死を感じている。


 しかし、片桐に走馬灯は訪れなかった。その代わり、片桐の身体と心に訪れたのは不思議な感覚。


 その直後、片桐は晴馬の拳を弾くのではなく完璧にかわした。そして、自分の右拳を晴馬に向かって下からアッパーのように突き上げる片桐の身体。


 (!?)


 これまで教官として、余裕と畏怖をもって片桐に向き合ってきた晴馬が、初めて体感した驚きと緊張。それを突き破るが如く、片桐の拳が晴馬の顎に向かっていく。


 ついに接触した片桐の拳。凄まじい轟音があたりに響く。


「……ふむ」


 片桐の拳が行き着いたのは、晴馬が自身の顎と片桐の拳との間に構えた「左手」のひらだった。戦闘的に言い換えれば防いでいた。片桐の渾身の拳を受け止めつつ、表情はさほど変えずに片桐の一撃を評する晴馬。


 これまでとは比べ物にならない一撃に、片桐自身も呆けていた。しかし、その一撃を防いだ晴馬を見てすぐさま緊張と防御に移ろうとした最中、


「ここまで。合格です、よく頑張りましたね」


 晴馬の言葉がその行動を中止させる。少し呆気に取られる片桐。これまでとは打って変わって、優しい表情で片桐を労いつつ、ゆっくりと左手で防いでいた片桐の拳を降ろす。


「合格……?クリアってことか……?」


「ええ。お疲れ様でした」


 凄まじいほど当たり前のことを聞いている片桐だが、極限状態が解けた後の脳内はこんなものだ。晴馬も分かっているから、変に茶化さずに労いの言葉を送る。


 訓練終了の証拠に、晴馬はすでに戦闘体制や殺気を解いて片桐から少し離れて持参したタオルでほんの少しの汗を拭っていた。尤も、その汗は戦闘によるものではなく、最後の片桐の一撃に対する嫌な汗だった。


 その姿を確認した片桐は、ようやく全身の力が抜けて、コンクリートの地面に仰向けで寝転んだ。


「やった…。終わった…」


 思わずこぼれた本音。それもそうだろう。訓練とはいえ、自分の命に手がかかりそうな厳しい戦闘をずっと続けてきたのだ。達成感と安心感に、一般人や伏魔師といった垣根は存在しない。


「でも、なんで合格?やられっぱなしだったのに」


 安心感がもたらした先は、合否への疑問。片桐の疑問に対し、晴馬は明確な答えを持っているのは間違いないが、それと同時に感心もしていた。


 合否のみだけに拘らず、その内訳を聞く余裕と向上心が見えたからだ。そこまで片桐が意識しているかは分からないが、人によっては合格という結果だけで満足する者もいる中、心理的に少し抜きん出ていると評する晴馬。


「防御に『左手』を使わせた。これが決め手ですね」


「そういえばそうだ…」


 左手をヒラヒラとなびかせ、片桐に刹那の攻防を思い出させた。


 片桐も晴馬が片手しか使っていないことを知っていたが、それを最後の最後までわざわざ意識していたわけではない。せいぜい、自身と晴馬の力の差くらいにしか思っていなかった。


 ただ、片桐としては左手を使わせることがやっとという気持ちも捨てきれなかった。晴馬が恐ろしく強いのは確かだ。自分では一撃加えることすら夢物語ということも十分に理解している。その晴馬が具体的な指標で合否を打ち出したとて、これから片桐自身が伏魔師としてやでていけるかどうかの指標としては、なんとも腑に落ちないというのが片桐の本音。


「落ち着いたら、片桐さんが自分の現在の実力に納得いくような施策も考えてありますので、ご安心を」


「…そっか。分かった」


 片桐の心中を察してかは分からないが、晴馬は何やら施策があるようだ。ただ、その施策は後にするとして、ひとまず今の結果を受け止めることにした片桐。


「時に片桐さん。参考までに、最後の一撃はどのような感覚だったがお聞かせ願えませんか?」


「…と、言うと?」


「一応ですが、一般人の戦闘データはある意味貴重です。なので、参考にできればと思いまして」


 当然の事ではあるが、一般人に命のやり取りの伴う戦闘の機会などほとんどない。


 格闘技を始めとするスポーツ全般も、それぞれで情熱を燃やして真剣に取り組むだろうが、さすがに伏魔師の戦闘とはわけが違う。本人の今後の教育にもそうだが、今後も一般人から伏魔師に転身する者もいるかもしれない。その時に対応できるようにという意味合いもある。


「うーん…。どういう感覚、か…」


 あの時の一撃を思い出す片桐。


 あの時、片桐は回避を前提として動いていた。全力で瞬間を捉えて、自分を死から遠ざけようと全霊を尽くした。


 その最中、自分の意識が途方もなく凝縮された瞬間を迎える。


 俗に言う走馬灯とか問われれば、恐らく違う。過去の映像が浮かび上がったわけでもないからだ。過去というより、むしろ《未来》。晴馬の次の行動がなんとなく分かった、と言ったところだ。どっちの拳が、どのタイミングで、どこにとんでくるのか。あの一瞬でなんとなくのレベルではあるが、分かったような気がした。


 そこで、片桐は回避と同時に、カウンターを選択肢に上げた。理由は、仮に晴馬の攻撃を回避してもそれで止まるほど晴馬も甘くはないと思ったからだ。晴馬がもたらす死を止めるためには反撃が必要。そういった思いで、無我夢中で晴馬へ攻勢に出たのだった。


「と、いうワケなんだけど…」


「……なるほど」


 ここまでの内容を、片桐は非常に抽象的に晴馬へ説明する。そもそも晴馬が片桐へあの一撃のことを聞いたのには、もう一つ思惑があった。


 あの瞬間、片桐が回避に重きを置くことは晴馬にも予想がついた。しかし、よもやカウンターをされるとは思っていなかった。理由は単純。あの時の晴馬の動きを読み切ってカウンターする技術は、片桐にはなかったはずだからだ。


 それがどうだろう、片桐は見事にカウンターをしてみせた。結果こそ晴馬に防がれたが、そこらのレベルの相手ではクリーンヒットは間違いない。偶然で片付けることも出来なくはないが、それにしては出来過ぎだ。


 これはあくまで晴馬の感覚の話にはなるが、片桐があの時の一撃を防ぐことができるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()不可能。


 片桐の返答はかなり抽象的だが、そもそも言語化はさほど求めていない。こういったことは、大抵が感覚的な話となる。少し晴馬が考えにふけていると、片桐は「あ、そうだ」と、切り出す。


「これも感覚的な話になるんだけど、この間の学校でも近い感覚あったな」


 思わず心の中で「!?」と、驚愕した晴馬だが、表には出さずに「具体的なタイミングはいつ頃でしょう」と、冷静を装う。


「確か、大君?だっけ。多分、あれに捕まってた時かな。なんというか、意識が凝縮したと思ったら、すっごい広がった感覚?……って、何言ってんだ…?自分でもよく分からなくなってきた…」


 片桐自身でも、抽象的ということは百も承知。しかし、現時点ではそれ以外に説明のしようもないのも事実。自身の後頭部をガシガシと掻きながら、無理やり頭の中を整理しようと奮闘する。無論、効果は皆無だが。


 片桐の説明が抽象的なのは晴馬も否定しようがないとして、同時に驚愕したのも無理はない。想定していなかったところから、あの一撃のキーが出てきたのだから。


 恐らく片桐が言っているのは、大君が片桐に受肉をしている過程の段階で、片桐が寿命を削って大君に抗っていた時だろう。


 片桐の証言から、晴馬は片桐のあの一撃の発生源については候補を上げることはできた。メカニズムもなんとなく想像はできるが、実際に()()()()()が可能なのかを分かりかねていた。


「……なるほど。ありがとうございます。参考にしますね」


 軽く微笑み、礼を変えす晴馬。



 --------------------------------------



 二人は休息しつつ軽い雑談を交えていた。時間にして一時間の経過後、晴馬は「さて」と、仕切り直す。


「先ほど申し上げました、合否に納得のいくような施策をやりましょうか」


 晴馬が片手に持っている白いバングルに手をかざすと、バングルの上付近にホログラムの画面が現れた。晴馬は慣れた手つきで操作すると、訓練室のコンクリートの床が少し揺れ、晴馬と片桐の正面の床が開き何かが下から出てくる。それは檻だった。


 よくテレビのドキュメントなどで目にする、独房の大きさに近い檻。当然、その中には何かが収監されていた。それは、犬のような姿形をした化け物だった。


「なんとなくお分かりかと思いますが、これは魔属です。後々、座学でも耳にするかと思いますが、魔属の中《妖ランク》という階級の魔属になります。伏魔師の仕事となると、この妖ランクの魔属を相手にすることが多くなる。つまり、この妖ランクを難なく対処できてこそ、伏魔師の一端になれるということです」


 目の前の異形の存在を相手に、喉を少し鳴らしゆっくり立ち上がる片桐。少し距離をとったところで、魔属と相対する。


「どうでしょう、相対してみて。怖いですか?」


 晴馬の問いに、片桐は自分の心理に問いかける。


「……少し緊張はする。初めて魔属に真正面から向き合うし。でも、不思議と怖くはない、かも」


 片桐は真剣な眼差しで魔属と向き合う。言葉通り、その眼に緊張こそあれど恐怖の類は晴馬にも感じ取れなかった。片桐の堂々っぷりを見て少し微笑む晴馬。


「結構。では、檻を解放しますので、討伐してみせてください」


 晴馬がホログラムを操作すると、檻の柱が収納されていき、魔属が片桐の世界と完全に接触する。魔属と片桐は、互いに見つめ合う。一歩も引かずに相手と見えない鎬を削り合う。


 魔属は妖ランクまで来ると、個体によっては本能的に相手との力量差を感じ取る。


 とるに足らない相手ならば速攻で屠って終わりだ。それができないのは、自分を脅かしかねない存在が眼前にいるからである。


 ちなみに、晴馬は気配を遮断する類の練術を用いて少し退いていた。晴馬が気配を見せれば、魔属は力量差を感じ取って片桐にすら牙を向かなかっただろう。


 ゆえに今、魔属が感じている脅威とは、もちろん片桐だ。片桐も慎重ではあるが、晴馬にも言った通り恐怖はさほど感じていない。


 軽く息を吐き、身体の余計な力を抜き、拳に殺意を込める片桐。対して魔属は全身に力を入れ、威嚇をもって片桐と相対する。


 この時点で勝負は決まっていたのかもしれない。


 両者、同時に飛び出す。洗練された動きで肉薄する片桐と、四足歩行で必死に迫る魔属。先に仕掛けたのは魔属。その狼が如き大きな爪で片桐に迫る。が、片桐は一切動じることはない。  


 なぜなら、


 (思ったより、遅いな)


 一般人からすれば脅威の魔属の動きも、今の片桐には想像よりスローモーションに見えていた。それもそのハズ、先ほどまで油断すればとんでくる、神速の如き修羅の拳を喰らってきたからだ。


 片桐は冷静に魔属の爪を携えた腕を弾く。その動きに思わず驚愕とバランスの崩れが起こった魔属。今の片桐に、その崩れを見逃す余裕はない。


 据わった眼で魔属の胴体を捉え、拳を放つ。片桐の拳に伝わる、魔属の身体が凹む感覚。そのまま殺意を込めて、魔属の身体に練気を纏った拳が撃ち込まれる。そして、爆散へと至った。


 戦闘を終えた片桐は、深い息を吐き自身の拳の感覚を確かめるように、右手をじっと見つめる。


「お見事」


 両手で喝采を鳴らし、改めて片桐の労を労う晴馬。


「いかがでしたか?」


「なんか…、すげぇ自然に動けた…?」


 片桐の達成感を受け、微笑みを浮かべる晴馬。


「自然に動けているということは、それだけするべき動きが無意識レベルで染み込んでいる証拠でもあります。実際、前線で戦う伏魔師と遜色ない動きをされていましたから」


 晴馬からの分析による賞賛に、自身の右手をグッと握りしめて手応えと達成感を噛み締める片桐。その姿を見て「さて」と、呟きロッカールーム方面へ歩み出す晴馬。


「改めて、格闘術の訓練はこれにて終了です。これから伏魔師についての座学となりますが、今日のところはやめておきましょう。ご自宅まで送りますので、帰宅の準備をお願いしますね」


「ありがてぇ…!さすがに身体がボロボロ…」


 晴馬の提案に、片桐は疲労と痛みを肩に背負い猫背で晴馬の後に続く。


「……五体満足とは、なかなかに頑丈ですね…」


 片桐の疲労困憊に対し、思わずボソッと呟いた晴馬。


「おい晴馬。今なんて?」


「…いえ、何も」


「なんか物騒な言葉が聞こえた気がしたんだが!?なんて言ったんだ!?」


「……ご想像にお任せします」


「ご想像にお任せされると、想像したくないことが出てきちゃうでしょーが!!」


「いいじゃないですか。現実、五体満足なんですから」


 あれほど凄惨な訓練を終えた後とは思えぬ、微笑ましいやり取りをしつつ、二人は訓練室を後にした。



 -----------------------------------



「ねーねー!もうすぐだよね?新入生と、新しい先生!」


「ええ。確か、6月からでしたので、ちょうど一週間後ですね」


 伏魔師養成機関・本部。

 快活さが印象的なオレンジ色の髪の女性と、眼鏡をかけた落ち着きのある男性が雑談をしながら廊下を歩く。


 両者とも伏魔師の軍服を身につけているが、通常の伏魔師の服にはない桜のエンブレムがついている。これは、養成期間の生徒ということを表したエンブレムだ。


「新入生も驚きだけど、やっぱり新しい先生の方がビックリしたよねー!何せ、あの天津晴馬なんだからさー!」


「直近で大君級を解決した方のご指導、楽しみですねぇ。どんな品位のある授業をしてくださるのでしょう」


 双方とも高揚感を滲ませるが、その内訳は少し違っていたようだ。


「それもそうだけど、やっぱり()()でしょ!《異端》って言われてる理由!知りたくない?みんな教えてくれないし…」


 快活な女性の言葉に、眼鏡の男性はため息を吐き、額を右手に抱える。


「…アリサ。前にも言いましたが、そういうことは詮索しないのが品位です。気になるのはわかりますが、あまりいい意味で使われてないことは、なんとなく理解できますでしょう。不可抗力で耳にしたのならまだしも、わざわざ探るというのは、品位に欠けますよ」


「むー…。分かってるけどさ…」


 眼鏡の男性の論に対し、頬を膨らませて不満を露わにする女性。男性の論は真っ当ではあるが、実際に男性にも天津晴馬の噂が気になるのは確かだった。ゆえに、男性が発した論は、自らの好奇心への牽制でもあった。


「アリサも、自分の隠したい秘密を探られるのは嫌でしょう?気になったとしても、そういったことへの疑問と好奇心は、心の奥にしまうのが品位というものですよ」


「はーい…」


 男性のさらなる論の追撃に、さすがに納得の返事をせざるを得ない女性。2人はそのまま、夕日が差し込む廊下を歩いて行った。



ご覧いただきありがとうございます。ようやく終わりました片桐の特訓。本編では端折ってますが、かれこれ2週間はかかりましたね。そして、何かの能力の片鱗を見せました。これはかなり後に解明します。それまでお付き合いください。

次回から新章「伏魔師養成機関・入学編」となります。

新キャラの2人はそこで紹介はしましょう

第9話 お疲れ様でした


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