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アマツガミ  作者: 佐久間
間章
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8/18

門出

第8話です。今更ですが、晴馬や片桐、如更己、早瀬、成宮は16歳です。現実で言えば高校1年ですね。ですが、晴馬、如更己、早瀬、成宮は高校卒業までの一般的な知識教養は身についています。加えて進学校も目がないくらいすこぶる優秀なので、学校に通う必要もありません。なので普通に仕事してます。凄いね。

第8話 いってらっしゃい

  とある日曜日の午後、高速道路を100㎞前後の速度で風を切る黒いバイクと、座席にまだがる黒いライダースーツを着た男性。


 20分前後で高速道路を抜け、たどり着いた先にはとある高層ビル。その駐車場にバイクを停め、ヘルメットを外した晴馬。


 バイクや自動車などは、安全面の技術がかなり発達しており、法律上は高校生の年齢にもなる16歳前後からバイクや車などの免許取得及び購入も可能だ。


 ただ、ハードル自体はかなり高い。本人の倫理適正や主となる使用用途、学業の成績など、様々なハードルが設けられている。理由はもちろん、若さゆえの過ちを犯さないためだ。よって、いくら法律的に可能だとしても、実際に16歳前後で免許取得をしている者はほぼ皆無。


 その点、晴馬はそのハードルを嘲笑うように軽々かつ、次々と免許取得からバイク購入へとこぎつけた。使用用途はもちろん、伏魔師としての職業上、相応の距離の移動が必要となることもあるからだ。


 一応、伏魔師側も送迎などを担当する人員もいるし、なんなら大抵はその人たちに送迎を依頼することが多い。しかし、それでも晴馬は自身の移動手段を確保している。その方が、送迎を受ける側も担当する側も主に心理的に色々と楽だろうからだ。



 --------------------------------------

 


 その足で向かった高層ビルの玄関には当然、そのビルの名称が印字されてあった。


 《伏魔師協会(ふくましきょうかい) 第一支部》


 晴馬達が所属する伏魔師の組織は《伏魔師協会》と銘打っている。その第一支部のビルだ。伏魔師協会の本部が森の中に結界を張って秘匿性を重要視しているのとは対照的に、一般的な企業と遜色ない世間への露出度が見て取れる。


 本部が秘匿性を重要視している理由は、魔徒を始めとする連中に狙われかねないかつ、実際に被害があれば伏魔師協会全体に影響及ぶ為だ。

 

 しかし、支部を始めとする全ての機関にまで秘匿性を強制しているわけではない。その一つがこの第一支部。


 第一支部が秘匿性を適用しない要因はいくつかあるが、一番の目的は一般人が魔属や魔徒被害に遭った際の、相談窓口として機能させたい側面がある。


 仮に一般人に被害が及んだとして、伏魔師の出番だとしよう。その際、相談しようにも伏魔師が秘匿性を重視していた場合、そもそも窓口に辿り着かないケースが考えられる。伏魔師としても、世間の魔属や魔徒などの調査は相応のスパンで行っているが、全ては把握しきれない。


 そこで第一支部は、このビルを始めとして一般人が見つけやすいように比較的、オープンな体制をとっているのである。ホームページなども立ち上げており、実際にこの第一支部に相談に来る一般人は多い。価格もリーズナブルで実績も相応だ。



 --------------------------------------

 


 晴馬はビルの中に入り受付に向かう。受付には女性二名が配置されていたが、晴馬の顔を見るなり少し緊張気味に上半身を90度に下げた。


「お待ちしておりました、天津様。成宮様が支部長室にてお待ちです」


「どうも」


 非常に端的にやり取りを終える、晴馬と受付。晴馬がエレベーターにてエントランスとの空気を断絶した直後、受付の女性達は緊張を解くように深く息を吐く。


「やっぱり緊張するよね。あの人と相対すると」


「ええ。前からただ者じゃないオーラがあったし、実際、ただ者じゃないんだけど、最近特に圧が増したというか…。本当にあれで16歳なのかしら…」


「あの人…というか、成宮様や天津様を含めた()()()()の人達、みんな歳不相応に怖いわよね。なんなら、支部長は成宮様本人だし」


「あと、みんな顔がいい」


「それな」


 なんてやり取りが繰り広げられていた。



 --------------------------------------



 打って変わって、静かにビルの高層までエレベーターで移動する晴馬。


 受付の女性達が自分に対して恐怖にも近い緊張を感じていたのは分かっていたが、今更下手に取り繕ってどうにかなるレベルではないのでほぼ諦めている。

 

 そうこうしている内に、目的の階層までたどりついたエレベーター。晴馬がそのまま歩き続けた先にあった部屋は、《支部長室》の印字がされてある部屋。軽く息を整え扉をノックし、


「特・二等師の天津晴馬です」


 名乗りを行った直後、部屋の中より「はーい。どうぞー」と、良く知った声が返ってきた。


「失礼します」


 扉を開けた先、部屋の上座に黒いデスクと黒い椅子。その椅子に座す見知った声の主、伏魔師協会第一支部の支部長、成宮なるみや紫無介しのすけ


 至印将かつ、評議会員、そして支部長と、三足の草鞋を履く男。尚、そのどれもハイレベルなクオリティで熟す男が、陰で言われている別名は『体力お化け』。


 ちなみに、この第一支部のオープンな体制は、成宮が支部長になってから敷かれたものだ。それまでは、各支部を始めとする伏魔師関係の各機関も秘匿が重要視されていたが、成宮は一転して分かりやすいビルやホームページなど、凄まじい速度で体制を敷いていった。当時は、魔徒に狙われることを危惧して反対されることもあったが、むしろ成宮にとってはこのオープンな体制こそが魔徒対策となっている。


 実際、魔属の被害に遭った一般人が藁にも縋るおもいで頼ったのが魔徒という二重被害も見られることがある。

 

 そんな時、大きなビルや大々的なホームページ、リーズナブルな費用などが特徴の相談窓口があったらどうだろうか。当然、そんなオープンな体制の場所に相談しに行くだろう。


 魔徒も人間である限り、その活動は生活の為。言い方を変えれば金銭の為である。その金銭をもたらす被害に遭った一般人を伏魔師にもっていかれたらどうなるか。当然、商売あがったりというわけである。


 過去、そんな魔徒の逆恨みの襲撃に遭ったこともある第一支部。しかし、そのどれもが返り討ちとなっている。しかも、想像を絶する仕打ちを伴って。以降の襲撃を企てていた魔徒が、残らず鳴りを潜めるほどに。


 悲惨、凄惨、無残、酸鼻、非人道的、生き地獄。


 どの言葉も生ぬるいほどの仕打で、評議会の倫理査問にかけられたくらいだ。


 また、ほとんどが成宮の仕業だ。結果、少なくともこの第一支部の目が届く範囲では魔徒による一般人の被害はゼロ。


「や、ご足労どうも」


「いえ」


 そんな成宮との軽いやりとりを終えた晴馬は、独断で備え付けのソファに腰かける。


 本来なら支部長室の主である成宮の誘導がなければソファなどに腰をかけることは憚られるものだが、今更そんなことを気にする間柄でもない。むしろ、今の晴馬のスタンスの方が成宮としても楽だ。


 晴馬の後に、対面するようにソファに座る成宮。


「アレ、持ってきた?」


「ええ」


 成宮の視線は、晴馬が背負ってきたリュックに注がれる。もちろん、晴馬の要件はこのリュックの中にあった。


 晴馬が取り出したのは、黒いアタッシュケース。その中には、大切に保管されている一枚の茶封筒。無言で受け取り、中から一枚の書面を取り出す成宮。


 その書類に書かれてある事項や、署名された名前などを確認していく。その書面には、伏魔師養成機関の入学同意書。そして、同意する旨の署名欄に『片桐招也』の署名がされてあった。書類の確認が一通り済むと、表情を緩める成宮。


「うん。書類の不備はなし。確かに受理しました。そうあえば、()()()どうだった?」


「…特に尻尾は見せず、ですね」


 自身の机に向かい、同意書と引き換えに新たな茶封筒を二枚持ってきた成宮の問いに、軽く肩をすくめる晴馬。


 晴馬が片桐から同意書を受け取る際、成宮から受けたとある依頼を進行していた晴馬。それは、片桐が伏魔師の世界に近づこうとする真の理由を探る為だ。


 今回の件に際して、片桐からは「協力したい」とのことで接触してきたものの、伏魔師協会側としては、どうにも納得しきれなかった。


 接触して、相談するならまだ分かる。問題は、片桐から伏魔師の情報を報酬とした協力の申し出が提示されたからだ。


 片桐からの説明としては「協力する相手のことは知っておきたいから」ということだった。が、以外にも何かしらの真意があるのではないかというのが、晴馬を始めとする伏魔師協会の考え。


 それを探るためと、封印されてる魔属の監視、片桐自体の監視の為に、伏魔師としての道を提示したというわけだ。一般人として世界で過ごされ、下手な動きをされるよりは、伏魔師側の人間にしてしまえば監視はよりしやすくなる。そういった、評議会の結論だ。


 もちろん、隠し事がある確証はない為、大っぴらに問いただしたりクロと決めつけてズケズケと聞くこともできない。晴馬からは精々、曖昧な質問をするしかなかった。その結果、片桐から曖昧な答えが返ってくるのも、片桐や晴馬が悪いわけではない。それは成宮も百も承知だった。


「まぁ、それは追々ってところかな。じゃ、コレ、片桐さんに。正式な養成機関の配属とかの案内ね」


 改めて晴馬に差し出された、茶封筒の一つ目。


「中身を見ても?」


「うん。むしろ、ハルちゃんには知っておいてもらった方がいいかも」


「はぁ…」


 まず、差し出された一枚目の茶封筒を受け取る晴馬。


 自分で中身を見る許可を申し出たものの、本来は個人情報。部外者とは言えないが、あくまでメッセンジャーの扱いの晴馬が中身を独断で見ていいかはまた別の考えだった。


 それが、むしろ見ることが推奨されるとは思っておらず、少し頭にハテナマークを浮かべる晴馬。


 茶封筒の中身は、紙が一枚と冊子が一部。


 冊子は伏魔師養成機関の詳細な案内や校則などなど。そして、もう一枚の紙面には片桐が所属する養成機関の詳細が書かれていた。


「……思い切りましたね。いきなり《本部ほんぶ特進科とくしんか》ですか」


 その紙の内容を見て、少しの驚きと共に呟く晴馬。


「うん。一般からの入学自体はさておき、彼の場合は事情が特殊だからね。本部所属にした方が監視しやすいし。それに、彼は伏魔師の初心者だけど、大君たいくん級の受肉の器になったってことで相応の才能がある可能性が高いしね」


「なるほど。いっそのこと、戦力としてカウントできるようにしようというわけですか」


 魔属の器になれる人間は、伏魔師の世界での適正が非常に高い傾向にある。また、何の因果か過去に魔属の受肉の器となれる者は、大抵は伏魔師として相応に名を遺している。


 中には元々、一般人の者もいたが、関係なく大成している。今回の片桐はあまり例のない受肉がらみとなったが、逆に言えば相応の伏魔師が確保できるかもしれないということの証明でもある。


 そして、特進科とくしんか

 その名の通り、養成機関に通う伏魔師の卵たる面々の中でも、一等師やそれこそ至印将の候補となる、有望な面子が所属している階級となる。


 なんなら、その中にはすでに一等師と遜色ない実力と実績を積んでいる者もいる。つまり、片桐にはそれだけの期待もされているということでもある。


「……茨の道ではありますが、まぁ、今更ですね。確かに受け取りました」


 紙面の内容を確認した晴馬は、茶封筒をアタッシュケースにしましこみ、丁寧にロックをかけようとしたが、


「あー、待って待って」


 成宮より待ったが入る。それに従い、手を緩めた晴馬。


「はい。これはハルちゃんに」


 その手に差し出される、先ほど成宮が持ってきたもうひとつの茶封筒。


「新しい任務ですか?早いですね」


「まぁ、任務っちゃ任務かな」


「はぁ…」


 歯切れの悪い成宮の言葉に、頭にハテナマークを浮かべて茶封筒を受け取る晴馬。


 茶封筒の中身は、恐らく晴馬に対する伏魔師としての次の仕事の内容が記されている。


 人によって仕事を受けるスパンは違うが、実力があれば次々に仕事が舞い込むのは道理。今回でいえば、晴馬のスパンはかなり早い。ただ、内容がどうであれ、少なくともスパンに関して晴馬に異議はない。


 人によっては相応の休息期間を求めたいこともあるが、晴馬はむしろ働くことが好き寄りの人間だ。いや、働いている方が楽と言った方がいいか。伏魔師として働いている時が、一番自らを肯定できるからだ。


 茶封筒から丁寧に、一枚の紙面を取り出す晴馬。案の定、そこには晴馬の次の仕事について記載があった。晴馬は心の中でその内容を読み上げていく。


『天津晴馬。貴殿を6月1日付けで、《本部所属 伏魔師養成機関・特進科》の担任教諭に任命する』






























 「は?」


 予想だにしない情報のインパクトが晴馬の頭を支配する。結果として、晴馬は約5秒間の思考停止を余儀なくされた。


 この時、成宮から晴馬の背後には、ナントカ銀河が見えたとか見えないとか。そして、ようやく絞り出した平仮名一文字。


「……私に、教師になれと…?」


「うん。がんばって」


 記載されていた内容は、晴馬を伏魔師養成機関の教師へ任命することだった。事態をギリギリ飲み込み、心理的に嘔吐しそうな心と脳をコントロールし、なんとか現状を復唱する晴馬。


 対して、なんとも端的かつ他人事な成宮。


「いや、ちょっと待ってください。なぜ私なんですか?」


 ようやく平常を取り戻した晴馬。もちろん、さまざまな疑問を伴って。


「実はね、その任命書は、片桐さんが伏魔師の世界にくることを前提としたものなんだ。今回、片桐さんは自分から首を突っ込んだわけだけど、それを受け入れる判断をしたのはハルちゃんでしょ?その上で、結構巻き込んだことも事実なんだから、面倒を見る責任くらいはあるんじゃない?そこで、片桐さんが入学する特進科の担任を、ハルちゃんにやってもらおうってワケ。ちょうどいいでしょ?」


「なるほど…。今回の件で明確な処罰がなかったのはこのためですか…」


「ちょっと、人聞きの悪いことを言わないでよ。特進科の教師だって、何も罰ゲームみたいな不遇な役職じゃないでしょ。適任が中々いないってのは確かだけど」


「それは…、失礼しましたが、この為に処罰を下さなかったのは事実でしょう?」


「まーね」


 晴馬を担任に任命するにあたって、片桐への責任という事実による贄は揃った。その上で、今回の案件で罰を与えなかったのは堂々と晴馬に教職の任を与える為だ。


 理由はなんにせよ、直近で罰則を食らった人間に人を導く教職など、とてもじゃないが任せられない。


「それに『大君級を単独で解決!』なんて肩書きも、箔があってちょうどいいんじゃない?」


 魔属の戦闘力的には大君ではなく、幻妖の上位体に近かったが、それを出したところで教職の任にさしたる影響はない。どのみち、幻妖級の上位体だとしても単独で完遂とあっては教職の任も文句はない。


 尚、一応晴馬は高校生くらいの年齢ではあるが、一般的な教養はすでに中学生時点で修了している。また、伏魔師としての実力と知識は言うまでもない。よって、様々な実力と知識、実績的に、教職という職業は問題なくこなせるという評価だ。


 何をどう見たって、適任&逃げられない状況が出来上がっている晴馬の周囲。様々な綻びを全力で探すが、


「どうしても、やらなきゃダメです…?」


「うん、ダメ。一応、任命への異議申し立てもできるけど、これだけの状況を覆せるカード持ってるの?」


 珍しく項垂れる晴馬に、少し口角を上げて楽しんでいるような成宮。今回の案件で無茶をしたツケが回ってきた、と言ったところか。


「私が『異端いたん』と呼ばれていることを踏まえても、ですか?」


 少し成宮が眉をひそめる。

 晴馬が言ったことは間違いなく事実だ。また、生徒を導く為、模範であるべき教師が『異端』と呼ばれることへの不安感。それも逃げられぬ事実。しかし、成宮はさほど心配していない。


「それは事実。でもね、ハルちゃんが思ってるほど『異端』にこだわる人間も多くはないと思うよ?少なくとも直近では、大君級を解決したことの方がインパクトでかいと思うけどね」


 一理ある成宮の見解。

 晴馬自身はもちろん、この『異端』という肩書きは好んでいない。自虐や状況の打開を除いて、当然、好き好んで言葉には出すことはない。


 今回はまさしく、後者である状況の打開の為に使用したのだった。それほど、今回の任を受けたくないのだろう。


 一応、晴馬とて教職に対するネガティブイメージでの拒否反応があるわけではない。理由は大きく分けて三つ。


 まず、前述の通り晴馬自身が高校生程度の年齢ということもあり、一般的な感覚からして教職への任は適していないということ。ただ、一般的とは離れている世界で、今更一般的規範による采配が必要かと問われれば、晴馬は黙るしかない。


 二つ目は自分が『異端』と言われていることについてだ。

 成宮からフォローは入るものの、客観視して内容はどうあれ、生徒が『異端』と呼ばれる人間の授業を受けたいと思うだろうか。

 それでも、成宮を始めとする評議会員が今回の任を晴馬に任せたのは、それこそ客観視して、晴馬が実力と実績的に適任と判断したからだ。晴馬が思っていることと同様のレベルで、晴馬の『異端』について評議会員は危惧している。そんな存在に、未来の伏魔師を担う者達の教育をまかせようというのだ。今回に関しては、晴馬自身よりも、評議会員の方が晴馬を評価していると考えていいだろう。


 そして三つ目は、単純に面倒くさそうだったからだ。晴馬の仕事のスタンスは、基本的にワンオペである。それが楽だから。だが、教師となればむしろ真逆に近い。授業の内容考案、育て方など、他者を考慮する時間が多くなる。今までの自分の身体一つで解決できる魔属や魔徒討伐とは訳が違う。


 晴馬は最後の悪あがきを脳内で探し出すが、  


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 …っ!拝命…します…!」


 奥歯を噛み締め、任命書を握りしめる晴馬。


 本来は丁重にアタッシュケースに入れるつもりが、多くシワを携えた紙に早変わり。仮に任命書を紙屑の残骸へ変えたところで、任が無効になるわけもないが。


「よろしい」


 成宮は笑顔で、項垂れつつ自宅へ帰る晴馬を見送った。



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 思わぬ指令を受けた晴馬はややほうけ気味だったが、安全運転で帰宅して部屋に戻り、任命書を机の上に放り投げる。


 そして、立ったまま見上げた天井。


「……あなた、代わりに教師やりません?広い心を持ってそうですし…」


 もはや天井にすら代役を依頼し始めた晴馬。人はコレを『現実逃避』と呼ぶ。もちろん、天井が応えるハズもない。


「門出…、ということにしておきますか…」


 幸い、学校の課題は終わり、新たな報告書もない為、晴馬は珍しくベットへその身を預けた。今日の出来事が、全て夢であるようにと願いを込めて。


 翌日、机の上の任命書を見て、再び天井へ現実逃避する晴馬であった。



 --------------------------------------



 翌日の放課後、晴馬と片桐は伏魔師もよく利用するカフェの一角にて座していた。


 すでに防音と視覚誤認の結界を張っており、店員もあまり干渉しない環境を整えている晴馬。緊張気味でカフェオレを啜る片桐に対し、晴馬は茶封筒を手渡す。


「今回の片桐さんからの同意書が受理され、正式に養成機関への入学が決まりました。後程、資料を見ていただければ分かるかとは思いますが、貴方は『特進科』に所属する予定です。その名の通り、伏魔師の養成機関の中でもトップクラスの面々が集う科と思ってください。書類には、その詳細が記載されているのでよく確認しておいてください」


「お、おう…」


 やや困惑気味に茶封筒を受け取る片桐。確かに緊張しているということもあるが、どうにも対面している晴馬に対して困惑を隠せいない片桐。明確に指摘しきれないが形容するなら、


「……晴馬、なんか、疲れてる…?」


「…そう、見えますか?」


 幸い、片桐の感じた感覚は間違いではなかったようだ。元々、冷静さも相まって口数は少なかった。現在も口数は少ないが、その代りにため息を回数が尋常でなかったりと、正直、見た感じのやかましさは増していた。


「まぁ、いずれ分かりますよ。それより、入学に際し片桐さんと私に『とある課題』を課せられましてね」


 一転して、気を引き締めるべき話題に、カフェオレのコップをテーブルの横にずらして前屈みになる片桐。


「内容自体はいたってシンプル。伏魔師として相応の実力をつけてもらうことです。当然でありますが、片桐さんは伏魔師の素人も同然です。貴方の所属する特進科に素人同然で入学しても、恐らく手も足も出ないでしょう。そこで、入学の6月1日までに、私との特訓にて力をつけてもらうこととなりました」


 この課題は、晴馬が成宮より特進科の任命書を受け取ったと同時に課せられた仕事。現状、様々な筋を考えれば晴馬にしかお鉢は回せない。晴馬としては、教師を受けることは渋々だったがこの課題に関しては特に嫌気はなかった。


「……事情は分かったんだけど、そもそも、なんで俺が特進科ってすごいところの所属になるの?あんまり文句も言いたくはないんだけどさ…」


 事情をよく知らない片桐からすれば当然の疑問だ。初心者向けなどがあるかどうかは分からないが、少なくとも現時点でそんなエリートが集う場所へ入る理由が分からない。


「結論からすれば、貴方への期待です。過去に魔属の器になった者は、どの方も伏魔師としての才能が豊かで人によっては伏魔師として名を遺す人と成ったりもしています。中には、片桐さんと同じく一般人の方もいましたしね。恐らく、今回の片桐さんもその例に漏れないだろうと判断しての事です」


 晴馬の説明に、嬉しさ半分と不安半分の片桐。


「特訓開始はもちろん、できるだけ早い方が好ましいですが急な話でもあります。できれば明日からにでも開始したいのですが、ご予定はいかがでしょう。言うまでもないかとは思いますが、この特訓を最優先でお願いしたいところです」


 晴馬の提案に、少し考え込む片桐。悩むのも無理もないと思っていた晴馬だったが、どうにも晴馬の想定するような考えを、片桐はしていなかった。


「その特訓てさ、今日、これからとかはダメ?」


 思わぬ片桐からの提案に、少し呆気にとられる片桐。


「いやさ、晴馬の言う通り、できるだけ早い方がいいと思ったし、俺もできるだけ伏魔師の世界に慣れた方がいいと思って。どうかな?」


 呆気にとられた己を咳払いにて消し去り、心理的に襟を正す晴馬。


「片桐さんがお望みであれば、今日からで構いません。こうなれば、善は急げです。場所を移しましょう」


 決意の頷きを交わし、二人は店を後にする。



 --------------------------------------



 二人が移動した先は、とある更地。周りには人気はもちろん、建物もほぼない。精々、高い草木に囲まれている程度だ。


 その中心地に立つ晴馬と片桐。晴馬は右手で『印』を結ぶ。すると、地面が淡く輝き、エレベーターの如く下降する。驚きと困惑の片桐をよそに、エレベーターの着地場所へと辿り着く。


 その場所は、四方をコンクリートで囲まれた相応に広い空間。それこそ、何らかの特訓をするには打ってつけだ。


 この場所は、伏魔師協会が管理している地下訓練室となっている。支部や本部を中心として各所に配置されており、周りの環境にさほど左右されずに戦闘訓練などが可能。立地が地下である為、ある程度の練術を使ったそれなりの規模の訓練も行える。


「さて、まずは着替えましょう。身体を動かしますので」


 晴馬は丁寧に片桐へ、ジャージらしき服を一式手渡す。


 尚、このジャージは、この空間の備え付けのロッカールームから出てきたものだ。また、晴馬も同様の服を持っており躊躇なくその場で着替え出す。片桐はやや躊躇しつつ着替え出す。


 この場にいるのは同姓同士につき、よっぽどの心理的な特徴がなければ特に恥じらったりする必要もさほどないし、片桐はその類ではない。晴馬は言うまでもないが。


 そんなこんなで、着替えが完了した晴馬と片桐。


「では、初めていきましょうか。まず、軽い説明からです」


 晴馬の切り出しに、片桐は学生よろしく体育座りで耳と心を傾ける。


「今回の特訓は、主に近接的な戦闘の訓練をしていきます。練気や術式などの理解も必要となりますが、それよりも身体的についていけなければ、練気も練術もなにもありませんので。具体的には、私との近接格闘訓練をしていきます。ボクシングのスパーリングのようなものと思ってください。これを一定のレベルまで延々と行います」


 頭の中でボクシングを想像する片桐。といっても、素人からすると殴り合いの印象しか出てこないが。


 しかし、ここで片桐に疑問が湧く。当然、片桐はこれまでスパーリングを始めとする殴り合いの経験など皆無だ。そんな自分がいきなり組み手などできるものだろうか。


「ただ、いきなり素人に格闘訓練は無理です。なので、今回は少し裏技を使いましょう」


 片桐の疑問に対して、ちょうどいいタイミングで晴馬から解決案が出される。


 晴馬は懐からとある札を取り出して片桐に投げる。その札は、まるで片桐に吸い寄せられるように飛んでいき、片桐の胸元付近に付いた。そして吸収されるようにその姿を消す。やや困惑した片桐ではあるが、特に身体に異常はない。


「今の札は、伏魔師の近接格闘の戦闘データが内蔵された札です。それを貴方の身体と脳にダウンロードしました。現在、貴方の身体は、相応の戦闘経験が刷り込まれた状態です」


 自分の身体を見渡す片桐。だが、明確に変わった様子はない。


「まぁ、実際に戦闘をしてみれば分かります。やってみましょうか」


 片桐は立ち上がり、晴馬と相応の距離で向かい合う。晴馬は軽く拳を構えて戦闘体制へと移行する。


「遠慮はいりません。どうぞ」


 晴馬の誘いを受け、片桐は晴馬へ小走りで肉薄する。晴馬へ攻撃意識を向けた際、自然と右手が動き出し、しっかりとした拳が晴馬へ繰り出される。


 思わぬ動きに動揺する片桐。自分の身体から繰り出した動きではあるが、自分が繰り出した意識がない。


「実感していただけましたか?」


「おお…!なんか、すげぇ…!」


 片桐の拳を軽く受け止め、片桐へ札の効果を同う。やや興奮気味の片桐。まるでボクサーにでもなった気分だった。


「その状態で私と近接戦闘をメインとした訓練を続けていきます。注意点として、札の影響は有限でいずれは切れます。貴方はそれまでに、自分の身体と脳にその動きをできる限りトレースすることを目標としてください。その暁には、少なくとも近接格闘に関しては、特進科の生徒達と遜色ないレベルまでになっているはずですので」


 晴馬からの目標提示に片桐は力強く頷く。


 それまでフワフワしていた伏魔師への道だが、具体的な道筋が見えた今、しっかりと地に足がついた感覚がして少し嬉しくもある片桐。


「勝手が分かったところで、続けていきましょう。近接戦闘の訓練とは言っていますが、あくまで実践を意識して、相手が自分の命をとりにくる存在だと認識してください」


 晴馬の促しと忠告を受け、片桐はワクワクを心に、再度肉薄して拳を振るう。


 しかし、その拳は簡単に晴馬に弾かれる。


 直後、片桐を襲う鳩尾付近の強烈な痛みと苦しみ。思わず膝から床に崩れ落ち、口から胃液が溢れ出る。耳鳴りや視界のぼやけ、全身の痺れなど、身体の異常を警告するアラームが片桐の全身を駆け巡った。


「どうしました?倒れるには早いですよ」


 辛うじて耳に伝わる晴馬の冷たい声。晴馬の右拳をモロに鳩尾に喰らい、床に伏せる片桐。その視界に映るぼやけた晴馬。


 何とか深呼吸をして、身体の異常を鎮める片桐。対して軽くため息を吐く晴馬。


「言ったでしょう?自分の命をとりにくる存在だと認識しろと。私はサンドバッグになるとは言ってません。どこの世界に、反撃しないという保証ができる実践相手が存在するのですか。さぁ、続けます。立ちなさい」


 冷たく、冷静な声で片桐の心構えを責め立てる。その姿に恐怖と困惑を隠せない片桐。


 何とか呼吸を続ける片桐の顎に、今度は強烈な晴馬の蹴りが飛んでくる。約5m後方に飛んだ片桐の身体。口角から滲み出る血を拭い晴馬を見据える。


「立ちなさいと言っています。いつまで私を見上げているつもりですか」


 それでも混乱による行動制限を余儀なくされた片桐を見て、晴馬は再度ため息を吐く。


「もう一度言います、立ちなさい。でなければ、今すぐに養成機関への入学同意を取り下げ、これまでの世界に戻りなさい。今ならまだ戻れます」


 晴馬の言葉に、改めて自信を見つめ直す片桐。確かにワクワクしていたし、好奇心が発信だ。しかし、好奇心が拳を防げるわけではない。必要なのは、好奇心を薪にくべて得られた、確かな実力と技術。それが圧倒的に足りないことを嫌でも痛感した。


 覚悟はしていたはずだった。いや、全くと言っていいほど足りてない。痛みや苦しみ、そして無力さ。それらへの覚悟は全くなかった。晴馬の拳に対し、首を垂れているのがいい証拠だ。


 ここで立ち止まり、振り返ればどんなに楽か。そんな幻想が片桐を引っ張る。しかし、その先に片桐の望む世界はない。平々凡々と光の中で生きていく人生。その人生に惹かれていたのなら、最初から伏魔師の世界に鼓動も脈打たず興奮もない。


 惹かれたから。光り輝いて見えたから。それで何が悪い。いや、真に悪いのは、そこから進まないこと。立ち止まること。振り返ること。


 片桐はゆっくりと立ち上がり、自分の脳の身体に刻まれた軽いステップと拳の構えを伴う戦闘体制を借り、晴馬を見据える。


「まだまだ…!お願いします…!」


「……次はありませんので」


 片桐の覚悟、晴馬の警告。相反する温度差の人間が、全く違う人生の経験値を心に潜め、拳を振るう。


 二人は同い年だが、見てきた景色、見ている世界、これから歩む未来は違う。もちろん、未来のことまで分かるわけではない。


 ただ、せめて後悔しないように。そんな思いで拳を振るっていた。


 もっとも、後悔しないように歩んだはずの道の未来が、さらなる後悔を呼ぶ世界に繋がっていない保証などどこにもないが。

ご覧いただきありがとうございます。冒頭のバイクはとある他の作品様に少し影響を受けて作りました。そもそも、その他の作品様に憧れて今回のアマツガミを書くに至ります。某劣等生と言えば分かる人には分かるかと。もちろん、実力、実績、その他諸々、足元どころか影すら拝めませんが。

その作品の主人公が、高校生くらいなのにバイクっぽい乗り物乗っていてカッケーなって思ったので、晴馬にも乗ってもらいました。

第8話 お疲れ様でした。

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