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アマツガミ  作者: 佐久間
伏魔師養成機関・入学編
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10/17

新鋭

第10話です。今回から「伏魔師養成機関・入学編」となっております。本格的に伏魔師の世界へ入った片桐ですが、さてさてどうなることやら。

そして何やら前回チラッと姿を見せた2名は何者なんでしょうか。

第10話 いってらっしゃい

 6月1日。少し気温も上がってきて、これから夏を迎える気配の出てきた時期。晴馬と片桐は、伏魔師の所有する社用車に乗り伏魔師本部に向かっていた。


 先日、片桐は伏魔師養成機関に入学するためのあらかたの訓練を終え、今日、入学を果たすこととなる。


「緊張してます?」


 窓の外を眺める片桐に対し、タブレットで仕事をしている晴馬が問いかける。


「…まぁ、多少は。まだまだ、よく知らないことばかりの世界に飛び込むからね」


「お気持ちは分かります。難しいでしょうけど、自信を持ってください。私の訓練を耐え抜けば、大抵の戦闘にはついていけますから。座学も申し分ありませんでしたし」


「ありがとう。なんとかやってみるよ」


「その心意気です」


 格闘訓練の後、伏魔師としての知識などの座学へと移った片桐。しかし、格闘訓練ほどの苦難はなかった。理由は単純で、座学面では片桐が非常に優秀だった為だ。間立高校という進学校の生徒ということもあるが、晴馬の想定を大きく上回った成果となった。


 単純な知識の暗記はもとより、練術や練気についての解釈や落とし込みなども一般人とは思えないほど滞りなく行えていた。要領の良さと、物事をすんなり捉えることのできる思考の柔らかさが、如何なく発揮された結果だ。


 おかげで、練術の習得についても想定より多くの時間を割けた。よって、晴馬の「自信を持て」という言葉も発破をかけるだけの方便ではない。


「さて、着きました」


 軽い雑談を交えながら行き着いた先は、とある森の中。その中で、とある立ち入り禁止の看板が設置されてある場所へ辿り着く車。


 一時停止していると、その看板がぼやけ、コンクリート造りの駐車場の入り口のような場所へと視界が姿を変える。そのままコンクリートの建物へ車は進む。


 摩訶不思議な現象を車内で目撃した片桐は、感嘆を瞳に宿らせてその景色を眺めていた。


「すげぇな…。これも練術ってやつ?」


「練術も多少はありますが、多くは結界術のなせる技ですね」


 感嘆の言葉を口にした片桐だったが、伏魔師の専門知識にも近い『練術』という言葉がすんなり出た時点で、順応性はなかなかのものだ。そういった心境で片桐に関心しつつ、片桐の疑問に答えていく晴馬。


「晴馬も、こういうことできるのか?」


「さすがにここまでの規模となると、かなり骨が折れますけどね。そもそも、大小限らず、結界術自体は練術と並んでオーソドックスなものです。私を含めて、使える伏魔師はそれなりにいますよ」


「へぇ…。じゃあ、いずれは俺も?」


「ご興味があれば、習得する機会はあると思います。選択肢が多いに越したことはありませんから。ですが、焦りも禁物です。まずは、伏魔師の世界に慣れること。そこに集中することをお勧めします」


「ラジャーっす…。というかそもそも、今手を出しても習得できるビジョンが浮かばないや…」


「冷静な自己分析、お見事です」



 --------------------------------------



 車は駐車場の一角に停まり、晴馬と片桐は伏魔師本部の入り口となるエレベーターを使って地下へ降りていく。エレベーターの扉が開くと、片桐の眼前に広がる広大かつ近未来の研究所のような光景。慌ただしく軍服や白衣、和服の人達が行き交うこれまたファンタジックな世界に、息を呑む片桐。


「さて、一応言っておきましょうか。ようこそ、伏魔師協会・本部へ」


 まるで異世界へ誘うが如く晴馬の言葉と、まるで異世界のような光景。さすがにたじろぐ片桐…、ではない。


「…うす!」


 晴馬が時折見る、口角が上がり、少し興奮気味の片桐の表情。その表情を、冷静かつ俯瞰的に見る晴馬。まるで、何か片桐の笑顔の深淵を覗くかのような、冷たい眼だった。その眼に片桐は気が付いていなかった。



 --------------------------------------



 晴馬達が所属する伏魔師協会。本部を1つ、各地に支部が1~3つ存在する。


 古来より魔属や魔徒が絡む事件を主に対処し、人間社会を影から支えてきた組織である。彼らの働きがなければ、人間社会が崩壊していたかもしれない事態も相応に存在している。


 片桐がこれから入学する養成機関も、本部や各支部に所属や立地も順じている。つまり、片桐の所属は本部となるわけだ。無論、伏魔師本職ではなく養成機関生としての扱いではあるが。


 まず、晴馬の案内で片桐が本部内を歩いて目指す場所。それは、養成機関の施設ではなかった。たどり着いたのは、


 《本部長室》


 扉の前からすでに溢れ出るオーラ。印字されている通り、この部屋の主が晴馬を始めとする多くの伏魔師にとって上司にあたる人物ということは、片桐にも理解できる。そして、部屋の中に着実に主がいることも。先ほどまで口角を上げてワクワクしていた片桐だが、さすがにたじろいでしまう。


 そんな片桐を横目で見つつ、微笑む晴馬。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あくまでご挨拶ですから」


「お、おう…!」


 こういう時は理屈でどうにかなるものではない。案ずるより産むが易し。それを察した晴馬は、その扉に右手を差し出しノックをした。


「特・二等師の天津晴馬です」


「どうぞ」


 晴馬の名乗りに対し、扉の向こうから、ずっしりとした低い男性の声が返ってくる。


「失礼します」


「…失礼します」


 冷静かつ端的に礼儀を返した晴馬と、緊張しつつも礼は欠かさない片桐。扉を開ける晴馬。部屋の中央にある黒いソファを挟み、上座には黒光する荘厳な机と椅子が一つつずつ


 その席には、一人の男性が座っていた。晴馬と片桐が入ってきたのを見てゆっくりと席を立ちあがり、晴馬と片桐の方へ歩み寄る男性。対面するとことさら圧を感じる片桐。反面、特に変わらない晴馬。


 その男の名は、御戒(みかい)千太郎(せんたろう)。評議会員の一員にして、伏魔師協会・本部の本部長。そして、実質的な伏魔師協会の最高権力者。


 身長は晴馬と同じく180cm前後。片桐が175cmであることを考えると、片桐からはやや高めの印象。それ以上に大きく見えるのは、そのガタイのせいだろう。まさしく筋骨隆々。恐らく、片桐には想像もつかないような多くの修羅場を潜ってきたのだということを、いやというほど片桐の第六感が告げる。黒髪と白髪が半々のオールバックをしており、相応に年齢は想像できるものの、俗に言う「衰え」は全く感じない。


 多くの伏魔師が身につけている軍服も、この男性が身につけると凄まじい圧と荘厳さを醸し出す。


 これまでの人生で出会ったことのないタイプの人物に、頭が真っ白になりかける片桐。


「…挨拶を」


 察してか、晴馬が横から片桐へ小声で告げる。ハッとなり、我に帰る片桐。


「片桐招也と申します!お世話になります!えっと…、本日はお日柄もよく…、いや、違うか…?」


 なんとかして、千太郎の格に合うような挨拶を見つけようとする片桐。そこらへんのなまじ知識が元となった挨拶など、不恰好もいいところ。横に立っていた晴馬が、思わず吹き出してしまうくらいには。


 次の瞬間、部屋中に響く千太郎の笑い声。豪快でありつつ、どこか品のある不思議な爆笑だった。思わずポカンとなってしまう片桐。


「いや、失敬。思った以上に緊張していたようだったのでな。厳しい作法など、少なくとも私の前では不要だ。最低限の礼儀とその努力が伝わってきたし、問題はない」


 相変わらず圧のある声質だが、少し柔らかさも感じる片桐。その片桐に差し出された大きな右手。


「私は御戒千太郎。この伏魔師協会・本部の本部長を務めている。ようこそ、伏魔師協会へ」


「はい…!よろしくお願いします…!」


 柔らかな笑顔と優しい声色が片桐の心を包み込んむ。その大きな右手に対し、片桐も右手を出して握手を交わした両者。やはり、修羅場を潜り抜けてきた歴戦の男だということを、千太郎の手のひらの傷跡が告げていた。


「さて、立ち話もなんだ。かけて話そうではないか。若い者達に来てもらってなんだが、生憎、お茶しかなくてな。今、淹れるから座って待っててくれ」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます!お構いなく!だっけ…?」


「間違ってはいませんね」


 千太郎は晴馬達に、ソファへかけるよう誘導し、自身は来客用のお茶を淹れにかかった。二人は作法について議論しつつ、ソファに腰をかける。


 思わず部屋の中を見渡す片桐。絵画などの装飾が飾ってあり、とても上品かつ圧のある雰囲気の部屋だ。片桐にしてみれば、まるでドラマの偉い人の部屋の感覚だ。実際、千太郎は伏魔師協会で相当な地位の人物だから間違いではないが。


「片桐さん。教科書的な礼儀作法よりも、部屋をジロジロ見渡す方がよっぽど礼儀に反しますよ」


「そ、そっか…。すいません…」


 晴馬の指摘に我に帰る片桐。ちょうど、お茶を持ってきた千太郎へ謝罪をするが、千太郎は軽く微笑む。


「構わんよ。別に私の私物があるわけではない。先代達が残した物が多いからな」


 晴馬と片桐へお茶が差し出され、二人は端的に礼を言いつつ一口啜る。程よい温度で口当たりは濃厚、かつ、しつこくない。非常に美味なお茶だった。


「さて、片桐くん。まずは君に礼を言わなくては」


「礼…ですか?」


「うむ。先日の間立高校での件だ」


 さすがに片桐の記憶にも新しい、伏魔師の世界へ足を踏み入れることとなったきっかけでもある。


「天津君からの話によると、君から天津君へ協力の申し出があったそうだね」


「ああ、はい。そうですね」


「そのおかげで、天津君はより着実に任務達成となることができたと聞いている。あの案件は、我々も手をこまねいていたところでね。迅速に解決する必要があったのだ。そこで、君が協力してくれたおかげで、その解決へと至れたわけだ。そこに関して改めて礼を言いたい。ありがとう」


 本来、千太郎などの評議会員が、わざわざ片桐のような生徒一人に時間を割くのは稀だ。片桐の事情が特殊ということもあるが、時間を割いたわけは、直接片桐へ礼を言うためでもあった。


「い、いえ!自分としても、頭の中に声が響いて厄介だったので、むしろ助かりました」


 これは建前ではなく、片桐の本音だ。眠れなくなるなどの日常生活に支障をきたしたわけではないが、ウザいものはウザい。


 他者に相談しようとしても、どうせ白い目で見られるのがオチ。であれば、自ら解決してやろうと、声が強くなる夜に校舎へ忍び込んだのだった。しかし、どうにも単独ではその声へは辿り着けず、どうしたものかと悩んでいたところに、晴馬と会ったというわけだ。


「ついでと言ってはなんだが、片桐君に聞いてみたいことがあるんだが、構わんかね?」


「はぁ…。お答えできる範囲であれば」


「では、お言葉に甘えて。君はなぜ、伏魔師の世界へ来ようと思ったのかね?」


 突然の問いに、どうしても戸惑ってしまう片桐。


「急な問いですまない。なんとなく聞いているかとは思うが、一般人から伏魔師への転向は前例は少ないが、着実にある。しかし、君の場合は事情が特殊だ。色々な選択肢を提示させてもらったと思うが、その中で伏魔師の世界へ来るという選択肢をとった理由を聞いてみたいのだ。なに、軽い雑談の一環と思って気軽に答えてみてくれ。無論、答えによって君の立場が危うくなることはない。私が保証しよう。その上でどうだろうか?」


 千太郎からの丁寧な説明に、思考を戸惑いから自己分析へ切り替える片桐。


「そうですね…。なんというか、どうにも、惹かれたからとしか言えないですね。危険な道ってことはなんとなく理解はできますけど、それでもこの道に進んでみたいって思ったんです。そしたら、この前会った、えーっと…、成宮さん…でしたっけ?あの人に伏魔師にならないかって誘われまして。そのまま勢いというかなんというか…。こんな感じでどうですか…?」


 なんとも抽象的な答え。というか、そもそも晴馬にした内容とほぼ同じだった。ゆえに、千太郎という相応の格の人物に対して合格点だったから不安に駆られる片桐。


 裏腹に、千太郎は微笑んだ。


「そうか。急にすまなかった。ありがとう。おっと、こんな時間か。すまないが、これから別件の仕事があってね。挨拶はこれでお開きにしようか」


 突然の問答はアッサリ終了。そもそも軽い雑談の一環と言われた以上、アッサリでも問題はない。


 その後、備え付けの時計を見つつ、先に立ち上がる千太郎。後に続いてソファから立つ晴馬と片桐。その片桐の前に千太郎の右手が差し出された。


「改めて、伏魔師の世界へようこそ。まずは、実りある養成機関生活になるよう、祈っているよ」


「ありがとうございます…!」


 千太郎と握手を交わし、晴馬と片桐は支部長室を後にする。



 --------------------------------------



 千太郎は合理的な人間だ。その行動には何かしらの理由がある。今回、時間をとって片桐や晴馬とわざわざ対面したのも、挨拶のためだけではない。無論、片桐に直接協力の礼を言う目的もある。しかし、本命は片桐と直接話し、問答をするため。


 なぜ、伏魔師の世界に来たのか。


 この問答の答えは、現時点では千太郎、晴馬、成宮が知りたがっている。評議会員も疑いこそすれ、そこまでどうこうしようとは思っていない。もし何かよからぬことを企んでも、現存の伏魔師達で対処可能と踏んでいるからだ。


 望むのは、先ほどの抽象的な答えではない。片桐の心の奥底、記憶の奥底に潜む真意。恐らくその答えは、片桐がよっぽどの尻尾を見せない限りは知り得ないだろう。今回の問答でそれが聞けるとも思っていない。少しでも、片桐からその片鱗を感じ取ること。これが千太郎、そして晴馬の目的だった。


 結果、その片鱗は表向きには見えなかった。ただ、晴馬も千太郎も感じ取った。


 何かを隠している。


 では、なぜ片桐が何かを隠していると疑ってかかるのだろうか。伏魔師の世界の情報を知りたがったという前科があるから、ということもある。それは、成宮を始めとする他の評議会員が思っていること。しかし、晴馬と千太郎はもう一つ疑う根拠があった。


 片桐が隠そうとしていることに心当たりがある、()()()()()を晴馬と千太郎は知っているからである。


 それは、成宮や他の評議会員、至印将も知らぬ事実。


 片桐の後ろ姿をじっと見つめる千太郎。その眼はまるで、片桐の深淵を覗くような冷たく、俯瞰的な眼だった。



 --------------------------------------



 千太郎に挨拶を終え、晴馬と片桐はついに養成機関の教室へ赴いていた。尚、片桐は教室に来る前に、伏魔師の制服である黒い軍服へ袖を通した。不思議な着心地で、外見ではガッチリしつつも非常に軽く、動きやすい服だった。


 その教室の前に来た晴馬と片桐だったが…、


「ねぇー!もう来るって!打ち合わせしないと間に合わないよ!」


「待ってください、アリサ!ここの飾りの角度が甘いです!せっかくのサプライズなのですから、細部にこだわらないと品位あるお出迎えはできません!」


 扉の向こう側から聞こえる女性と男性の声。


「…なんか、賑やか?」


「…賑やか、ですね」


 思わず入るのを躊躇う、扉の前の片桐と晴馬。ファーストインプレッションの重要性は伏魔師と一般人、年齢なども関係ない。ゆえに、現在の正体不明の賑やかさにいきなり飛び込むのはリスクが大きい、


「まぁ、大したことではないでしょう。入りますよ」


 と、思っていたのは、片桐だけだったようだ。


「失礼します」


「…しますー」


 躊躇はそこそこにして、遠慮なく入る晴馬に、やや遠慮がちに入る片桐。


「「あ」」


「……」


「?」


 先に教室内にいた男女二名。次に晴馬が静かに、最後に片桐が状況を認識する。正確には、片桐は把握しきれていないが。


 教室内の男女二名の頭には、パーティで使うようなカラフルな帽子が乗っており、その手にはクラッカーらしき物。そして、教室内はこれまたカラフルな装飾が満載。


 状況を一言で言えば、「歓迎のサプライズ」といったところだろう。だが、どうやら間に合わないタイプの失敗だったようだ。


 思わず固まってしまう、男女計四名。その口火を切ったのは、鮮やかなオレンジ色の髪が特徴の女性。


「…イ、イエーーーーーーーーイ!!!ようこそ特進科へー!!!!!!!!」


 女性の元気な祝砲と共に、男性と合わせて二本分のクラッカーによる物理的な祝砲も響く。色々な意味で想像だにできなかったファーストインプレッション。片桐は困惑こそ拭えないが、自然と笑みが溢れるような出迎えだ。


「さっきてんやわんやしていたのは、これの準備だったんですか…。なんとも凝ったことを…」


 頭や肩にかかったクラッカーからの紙吹雪などを拭いつつ、教室の装飾を見渡す晴馬。


「そうそう!やっぱ、初対面て大事じゃん?せっかくだから、ハデにいこーって話しててさ!」


「微妙に間に合いませんでしたけどね。ギリギリ品位アリといったところでしょう」


「それは、《(すべる)》が飾りにこだわりすぎるからでしょー!?」


「初対面だからこそ、品位ある飾り付けは大事なのです!」


 快活にしつつ、クラッカーの後始末をしていく男女二名あらかた片し終え、改めて対面する計四名。


「じゃ、自己紹介だね!私は《陽鋒(ひさき)アリサ》!アリサって呼んでね!」


 オレンジ色の髪の女子生徒、アリサこと陽鋒アリサ。快活で爆発力のある声と、眩しい笑顔が印象的。


「僕は《鴉間(からすま)(すべる)》です。品位ある関係を築きましょう。よろしくお願いします」


 眼鏡の男子生徒、鴉間統。アリサとは対照的に、静かで落ち着いた声色と雰囲気。それでいて、柔らかな微笑みが印象的だ。


「俺は片桐招也。よろしくです!」


 アリサと統に続き、片桐も2人に挨拶をしていく。そのまま、あれよあれよという間に親睦を深める3名。かなりのハイペースで距離を詰める3名対して、


 (距離詰めるの早っ)


 と、遠目からナチュラルに驚く晴馬。少しの雑談をしているところに、晴馬の両手を合わせた2発の注目を促す発砲音に、3名が注目する。


「そろそろ、ご挨拶はよろしいですか?軽いホームルームといきますよ」


 生徒三名が席に座り、教壇にはもちろん、


「今日付けで特進科担任教師となりました、天津晴馬です。よろしくどうぞ」


「イエー!」


「よろしくお願いします」


 相変わらずテンションの高いアリサに、冷静で礼儀正しい統。一方の片桐はというと、


 (ええー…。本当に教師やるんだ…)


 と、言った具合。

 何せ、晴馬が教師をやることを片桐が聞いたのが、軍服に袖を通している時だった。


 最初は何かの冗談かと思ったが、事実は目の前に来ている。そもそも、晴馬が冗談を言うタイプでないことはなんとなく分かってはいたハズだったが、半信半疑だった。


 また、晴馬が入学前の訓練の際に少し疲労感を滲ませたのがこれも原因。それを聞き、色々と心の中で察して合掌した片桐であった。


「そう言えば、()()()はやはり欠席ですか?」


「……」


「あー…、うん…、まだ顔見せなくて…」


「?」


 晴馬の問いに、静かに眼鏡を触りつつ何か思うところがありそうな統と、苦笑いしつつも晴馬の問いに答えるアリサ。もちろん、なんのことだかサッパリな片桐。


「仕方ありません。それは追々、どうにかしましょう」


 予想通りの回答を得た晴馬は切り替えて、タブレットを操作していく。


「さて、授業といきたいところではありますが、現在の座学の進捗からしてあまりやることもなさそうなんですよね…」


 授業の内容としては、伏魔師としての座学はもちろん、高校生で習うある程度の一般常識の内容も含まれている。晴馬が言っているのは、一般常識含めた座学の進捗が非常に優秀ということだ。


「と、言うわけで、早速ですが外に出ましょう」


 これは少し予想外だったのか、生徒3名はキョトンと顔を見合わせた。



 --------------------------------------



「まずはコレをどうぞ」


 養成機関備え付けの運動場にて三名に渡されたのは、数枚のA4サイズの用紙。各々が紙面の内容を目に通していく。


「うげっ!!何コレ…!?」


「これは…!?」


 その内容を見て、思わず驚愕を口にするアリサと統。


「今お渡ししたのは、それぞれに行っていただきたい課題です。座学の成績が優秀ですので、今日は課題のオリエンテーションと参りましょう。と、言ってもやることは至極シンプル。要はフィジカルトレーニングです」


 紙面には筋トレや走り込みなどのフィジカルトレーニングを主とした課題内容が、アリサと統、片桐にそれぞれ違う内容で記載されてあった。しかし、それだけなら驚きはしない。


「いや…、まぁ…、それは見れば分かりますけど…。なんとも凄まじまい品位のある量ですね…」


 思わず苦笑いしつつ、メニューに目を通していく統。


 そう、特進科という養成機関生のエリートですら驚愕するような、キツい量と質のメニューであった。


「正確には、これは授業の内容ではなく日課として扱ってこなしてください。もちろんインターバルの日を挟んでも構いませんが、できればほぼ毎日を推奨します」


「ヒェー…。次の日とか全身筋肉痛で動けないよ…。でも凄いね、このメニュー。結構細かいよ」


「ええ。内容は実に品位があります。量や質は凄まじいですが、恐らく現時点での我々にできるギリギリの範囲かつ、それぞれに合ったメニューのハズです。でも、やってみなくては分かりませんから、今日はそれを体験する時間という意味でのオリエンテーションですか?」


 アリサと統の感想に対し、少し驚きの表情を浮かべる晴馬。キツいメニューということは制作者たる晴馬が百も承知。そもそもキツいメニューでなければ課題の意味がない。それに対し、文句が出る想定も晴馬にはあった。しかし、結果は見ての通り。


「さすがは特進科の生徒。理解と心構えが違いますね。統さんの言う通り、今日はひとまずやってみましょう。本当に続けることが厳しければ、代案も考えます。ですが、特進科の皆さんならやり遂げられると信じてますので」


「もちろん、特進科の品位にかけてこなしてみせます」


 晴馬の発破に対し、統はやる気十分で準備運動に取り掛かる。ちなみに片桐はすでに準備運動を行なっていた


「あのさ…、先生」


「はい?」


 反面、晴馬のメニューに理解を示しつつも、バツが悪そうにしているアリサ。


「本当に申し訳ないんだけど、このメニューはちょっとできないかな…」


 アリサの印象やメニューに対する理解などから、サボりや怠慢の類でないことはすぐに理解できた晴馬。


「理由をお伺いしても?」


「アタシの戦闘スタイルに関わることなんだけどね…」


「ああ、噂は伺ってますよ。《陽練(ひれん)舞姫(まいひめ)》。学生に限らず、伏魔師全体でもトップクラスの美しい剣術をお持ちだとか」


「ありがとう。ちょっと照れるなぁ。でね、その剣術ってのが結構繊細な身体遣いが必要なのね」


「なるほど。いきなり外からフィジカルトレーニングメニュー持ってこられても、下手に筋肉つければ戦闘スタイルの崩れが起こるかも、ってところですか」


「理解が早くて助かります。一応、自分でやってるメニューがコレね」


 アリサのデバイスの画面に、アリサが考案したフィジカルトレーニングメニューが映っていた。


 流石に全部を把握しきれないが、細かい部分までしっかりと作り込まれている。無論、ハッタリではないことは十分に理解できた。


 その上で、右手を顎に当てて少し考える晴馬。


「事情は理解しました。ひとまず、今日の授業ではフィジカルトレーニングはしなくて結構です。ですが、見学などのなんらかの参加の形はとってください。堂々と単位を差し上げたいので」


「リョーカイです!」


 晴馬の指示に対し、軽い敬礼で応えるアリサ。


「さて、男性陣の準備はいかがですか?」


「問題ありません。十分に品位が温まりました」


「(品位が温まるってなに?)…っと、俺もいけます!」


 やる気十分の統と、統の品位云々の言い回しに少し疑問を持ちつつ、準備完了を晴馬に示す片桐。


「では、各々スタートです」


 こうして、晴馬考案のフィジカルトレーニングが幕を開けた。

 


 --------------------------------------



「どうでした?実際に片桐さんにお会いしてみて」


「現時点ではなんとも言えん。ついこの間まで一般人と考えれば、多少は面構えが違うように見えなくもないが、今すぐに特進科に求められる働きができそうな感じでもない。これからに期待、というやつだ」


 とある伏魔師本部の談話室。

 テーブルを挟んで雑談を広げる男性が二名。至印将の一角、壊紫将の成宮と、評議会員の千太郎。


 そこらの伏魔師から見れば、相応の階級の人物が話し合いとあっては何かしらの大事だと思うだろう。しかし、今回はあくまで雑談だ。


 その内容は、現在ある意味で伏魔師協会にとってホットな話題でもある片桐招也について。


 本日、千太郎は片桐と対面し、それなりに話してみていた。千太郎に別の思惑があったことは置いておいて、伏魔師として評価できるか、というのは多くの伏魔師の上に立つ評議会員としては気になるところ。


 結果は見ての通り。そもそも、まともに魔属や魔徒などの怨敵に相対した実績もないのに、伏魔師として評価のしよもないが。


「でも、ハルちゃんからの評価だと、体術はなかなかのものだと聞いてますよ。流石にまともな練術運用はまだみたいですけど」


「個人的には、やはり練術運用よりも体術など肉体強化を優先してほしいところではある。これは片桐君に限った話ではないが」


「貴方が言うと、説得力が違いますね」


 少しイタズラっぽく微笑み、千太郎の筋骨隆々な肉体を褒める成宮。


「別に練術運用自体を蔑ろにするつもりはないがな。要はバランスだよ」


「それこそ説得力がありますね。《千陣(せんじん)鉄拳(てっけん)》と謳われる貴方ならば」


「よせ。その名と練術で幅を利かせていたのは一昔前の話だ。今は幾分衰えた。だからこそ、君や早瀬君、如更己君、霜司、理想で言えば、それこそ天津君も含めた《豊穣(ほうじょう)世代(せだい)》の筆頭である君達にはもっと台頭してもらわねば。私が自宅の窓際で日向ぼっこができるくらいにな」


 自身の右拳を握りしめ、シワを携えた口角を上げる千太郎。その右手の傷跡はまさしく歴戦の証。


 血に飢え、それ以上に血を恐れた漢の拳。


 千太郎はその理由を語りたがらない。知っているのは、弟子である成宮と那須霜司くらいだ。


「ご謙遜を。その気になれば、現役の至印将と同等の働きはできますでしょう?」


「相変わらず口が減らんなぁ、この弟子は…。師匠には素直に引退してもらおうという弟子心はないものか…。霜司ならすぐさま「あとはお任せください!」と、奮闘してくれるだろうに…」


 イタズラっぽく微笑む成宮。尤も、本気でそう思っているから千太郎からすればタチが悪い。わざとらしく筋骨隆々の身体を窄めて、弱者を演じる千太郎も大概だが。


「何を隠居老人じみたことを…。筋骨隆々の漢がそんなことを言っても、説得力ありませんよ。少なくとも、日課のフィジカルトレーニングをこなせている間は引退なんてさせません」


「…これは、何かのハラスメントには当たらんのか?」


「貴方も相変わらず口が減らないじゃないですか…」


 二人のことを評議会員や至印将としての関係性しか知らない者達にとっては、なんともハラハラする光景ではある。しかし、心を許せる師弟同士、ある意味で心落ち着く時間でもある。その証拠に、互いに少し悪態をつきつつも、その口角は少し上がったままを維持している。


「ちなみに 《天征(てんせい)》さんはどうですか?」


「……相変わらず、授業に来る気配はないようだ。気配を断ってどこかにフラフラと放浪中と言ったところだろう。今回の天津君を教師に据えたことと、片桐君を同じ特進科へ入学させたのは、天征君へのある種のワクチンを期待してのことだろう?」


「ええ」


「……やはり分からんな。ほとんど接点もない人間が二人加わるくらいでどうにかなるとは思えんが」


 今回、晴馬を教師に据える判断を評議会がした際、その提案をしたのは成宮だった。特進科の教師確保や、片桐への責任所在、実質的な罰則撤廃などの思惑はあるが、その中には()()()()()に関する改善策も盛り込まれていた。


「まぁ、なにか具体的な期待をしての提案ではありませんから。ほしいのは変化です。ニュアンスは少し違いますが『数打ちゃ当たる』というやつですね。なにかしら天征さんに対して少しでも心が動く要素になればいいな、ってね。ましてや、担当するのはハルちゃんです。なにもせず手をこまねいている姿は想像できませんから」


「…なるほど、私には打てん一手だ。私の弟子とは思えんな」


「貴方の弟子だからこそですよ。最短、最速で正解を選んでいく貴方の合理性と度胸と状況を読む力には、どうあがいても到達できそうにないと学びましたから。これが私なりの戦い方です」


 少し嘲笑と陰りが浮かぶ成宮の表情。その目線の先いるのは、自身の師である千太郎と、自分と同い年かつ同期でありつつ、これまたどうあがいても敵わないと現実を突きつけた晴馬の後ろ姿が浮かぶ。それに気が付けない師の千太郎でもない。


(まだまだ子供だな)


 既に立派に相応の地位や実績を積んでいる、誇りある弟子。それに、自分が考え付かない一手や渋る選択肢も果敢に選択して魅せる手腕は、むしろ千太郎に自信はない。実績はいわずもがな。


 しかし、手放しで今後の伏魔師を任せてもいいかと問われれば、少なくとも劣等を瞳に宿している間は、窓際での日向ぼっこという千太郎の夢の老後ライフはお預けのようだ。


「どちらにせよ、面白い采配ではある。様々な面で紫無介の提案が有益と判断されたから、提案に賛同した葉乙女君はもちろん、他の評議会員も黙認したわけなのだから。後は追って状況を知らせるから、安心なさい」


 晴馬や片桐が所属する養成機関は、あくまで本部所属。よって、管轄は第一支部の支部長である成宮はなく、本部長の千太郎となるわけである。ゆえに、決定権や情報伝達の速度は成宮にはコントロールしがたい。


「ありがとうございます」


 信頼する師の言葉に、今度は師弟のフランクさは無しにして頭を下げた成宮だった。




ご覧いただきありがとうございます。

ますは新キャラ紹介。女の子の陽鋒アリサちゃんです。元気な16歳ですね。綺麗な剣術を使うとか。そして眼鏡の男の子の鴉間統です。アリサと同じく16歳で冷静な子です。活躍は先になるかとは思いますのでお付き合いください。

そして、千太郎さんのことがチラッと出てきましたね。なんでも成宮と那須の弟子だそうで。カッコいい二つ名も付いていて、本格参戦が楽しみです。

第10話 お疲れ様でした。

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