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20/21

七色青春

第20話です。


20話目ということで、勝手にメモリアルっときます。


今回は後夜祭part2ってところですね。タイトルの意味は、それぞれの青春ってことでひとつお願いします。


いや何をお願いすんのやら


第20話、いってらっしゃい



 三神は何やら晴馬に用があったらしく、二人は少し場所を変えて外のベンチに腰をかけた。


「突然、お時間をいただいて申し訳ございません。改めまして、第三支部の三神と申します。以後、お見知り置きを。天津先生のお噂はかねがね」


「こちらこそ、私の事を知っていただいているとは光栄です。お恥ずかしい噂などもありそうですが」


 風貌や戦い方は男らしいが、挨拶に関しては礼儀正しい三神。やや冗談を交えつつ、話を弾ませようと努力をする晴馬。三神も愛想笑いではあるが「いえいえ、素晴らしい武勇の噂の数々ですよ」と、応じた。


「そういえば、新星祭の優勝おめでとうございます。優勝にふさわしい見事な戦いぶりでしたよ」


 やはり外せない新星祭の話題。優勝者とあってはなおさらだ。


「……ありがとうございます」


 が、返事はあるものの、どこか本音では賞賛を受け取れない様子が垣間見える。無論、それに気が付けない晴馬でもない。


「なにか不満なことでも?」


「先生から見て、俺の戦いはどう映りましたか?」


 三神の問いに少し頭を傾げる晴馬。無論、先ほど「見事な戦いだった」と、評したばかりだったからだ。


「……お見事な戦いでしたよ」


 一応、改めて評する晴馬。ここで先ほども戦闘の評価を伝えたことを指摘するのは簡単だが、今回はそういうことではない。


 やはりその解答では納得しきれない模様の三神。何かを決心した表情を浮かべ、晴馬を見つめる。


「天津先生に一つお願いがあります。俺とお手合わせをお願いしたいんです」


 思わぬお願いに、少し驚く晴馬。


「……なぜです?」


 これはなんの他意を含まない純粋な疑問である。新星祭という舞台で相応に戦闘し、今は休息の時間である。一度戦闘から離れて宵の時間を楽しむ心理が働いてもおかしくはない。


 世間話ならまだしも、わざわざ戦闘を申し出たその真意を知りたかった。


「……自分の現在地を知りたいんです。今の俺は、ありがたいことに色々な人から伏魔師として高い評価を受けていると思います。ですが、それが俺の正確な実力を実感できる確たる材料にはならない」


 傲慢に聞こえなくもないが、晴馬は口を挟まず黙って聞いている。


「今回、天津先生が引率として新星祭の会場に来ることを聞いて、今回のお願いを考えてました。伏魔師の中でも最強と噂される先生とお手合わせをお願いして、今の自分がどれだけの位置にいるのか知りたいんです……!


不躾で生意気なのはわかっています。ですが、この機会を逃したくないんです!


お願いします!!」


 晴馬より10㎝高い頭が下がる。誠心誠意ということは晴馬にもよくわかった。そして、その向上心は言うまでもない。


 晴馬は下がった頭に少し微笑む。


「……教師という職業上、無下にするわけにはいきませんね」


 三神の頭が上がり、安堵に近い笑みを浮かべる。


「ですが、いくつか条件があります」


 三神は忠犬のように頭を数回縦に振る。


「まず、手合わせは一回だけ。これは、勝敗を分ける有効打が入る、もしくは寸止めでも決着。それで勝負は終わりです。


もう一つは、練術を使わないこと。あくまで、練気による必要最低限の身体強化のみで体術による手合わせにすることです。


いずれも周囲への環境配慮ですね。時間も時間ですので、ドンパチやるのは避けたいところですから。それでよろしければお受けしましょう」


「異論ないです!」


 当然の晴馬の提案に、喜んで応じる三神。適当に不当契約を盛り込んでも気づかれないくらいの喜びっぷりだ。



----------



 二人はそのまま外の戦闘場へと場所を移す。上からライトで照らされ、運動をする環境には事欠かない。


 互いに軽くストレッチし、早速戦闘体制へと入る。


 先に仕掛けたのは三神。練気による強化した身体で蹴りや拳を放つ。三神の攻撃が晴馬の防御と接触するたび、周囲に軽い轟音が響いた。もし練術まで解禁してようものなら、既に夢の中にいる者達を現実に引っ張り上げることになり、晴馬達にもお偉いさんの雷が落ちていたところだろう。


 どの攻撃も強力だが、晴馬は難なくいなしていく。


 ある程度のやり取りが終わり、少し距離をとった両者。今度は晴馬の番。三神も緊張と期待を全身に構える。

 

 晴馬は続け様に軽く攻撃を加えていき、三神もこれを受け切った。


 一連の攻防が終了し、一見互角。しかし、その差は出ていた。


 晴馬は汗一つかかずに淡々としているのに対し、三神は表情険しく頬に一筋の汗を流す。


(ヤバい……。噂に聞いてたよりずっと強い……。


ついていけないほどじゃないけど、防御を崩すイメージが全然できないし、攻撃もクソ痛い……。


不気味なほどの底なしの強さと安定感……)


 内心、静かに分析する三神。


(……さすが、お見事な体術です。防御は少し詰めが甘そうですが、比較対象を宝生先生にしてしまっている私が悪いですね)


 対して、冷静で軽く評価までする晴馬。外から見ている以上に優劣はついていた。


 短い攻防ではあったが、晴馬は終わらせにかかる。満足度というのは、必ずしも時間の長さと比例するわけではない。むしろ、体感時間に当てはめれば反比例とも言えよう。


(さてと、せっかくですので、最後に少しハッスルさせてもらいましょうか)


 再び構える晴馬。同じように防御の構えを取る三神。


 同じように。


 その時点で勝敗は決した。


 気づいた時には、三神の首に晴馬の指先が寸止めで差し込まれていた。そのままいけば敗北どころではない。「死」そのものだった。


「勝負アリ、ですね」


(え……?今、何が……?)


 晴馬の差し込まれた指先が離れたと同時に、三神は膝から崩れ落ちる。


 いや、正確には何が起きたか分かっている。晴馬が凄まじい速度で肉薄し、三神の防御を弾いて首に指先をかけた。


 そう、単純な攻防。


 ただ、あまりにも流麗。


 あまりにも迅速。


 あまりにも洗練。


 それら珠玉の技術が、まるで至極当然のように行われて勝敗を決していた。その場合、仮に仕組みが単純でも理解するのに時間がかかることもある。


 これが天津晴馬。


 三神にその事実を突きつけるのには十分な、約1秒の時間。勝敗が決した後、これまた当然のように戦闘後の軽いクールダウンのストレッチをするその背中。


 もはや同年代とは到底思えぬ、後光すら感じさせる大きな背中。


(想像してたよりずっと、デカくて遠い……)


 それを見て、運動場の床に寝転ぶ三神。


「……負けました。さすがは噂の天津先生です」


「三神さんもなかなかお見事でしたよ」


 割と全力の三神からしてみれば「なかなか」という単語は手痛いが、晴馬からしてみれば順当な評価だ。


「それで、どうでした?自分の現在地とやらは分かりました?」


 当初の目的に立ち戻る晴馬。戦闘に夢中でいても、三神もそのことを忘れたわけではない。


「なんというか……、思ったよりまだまだだなっていうのが本音です。漠然とですけど。


世界は広いな……」


 後頭部をかきつつ、漠然とした感想を少し恥じるような様子。


「ま、今はそれでいいんじゃないですか。そういうのは大抵が漠然としていますから。個人的には、結局は伏魔師として与えられた任務をこなせるかどうかが重要だと思いますので」


 晴馬は軽く総評して「では、これで失礼」と、三神を後にする。


「あ、すいません。もう一個お願いがありまして」


 それを引き戻す三神。

 黙って振り返り、黙認をもって承諾とした晴馬。


「天征に伝えてください。「お前にも色々とあるんだろうけど、いい加減、モタモタしてると俺が煌哮将を引き継ぐぞ」ってな感じて」


 ライバルに対する心配と、それでも奮起させたい思いが混濁した眼を晴馬へ向ける。


「はい。確かに」


 その思いを受け取り、三神へと微笑みを返し、解散となった。



----------



(モタモタ……、か)


 自室へ帰る途中、晴馬は三神からの伝言を心の中で復唱した。


 三神にとっては、未だに復帰するつもりのない天征への真っ直ぐな言葉だったのだろうが、少し晴馬にも刺さるものがあった。


 晴馬自身が教職になった際の大きな仕事の一つに、この天征を復学させることが含まれていることを、引き継ぎの際になんとなく感じ取っていた。


 ただ、現時点でそのメドはつかず。それゆえに、三神からの言葉を自分に対する言葉として変に捉えてしまっていた。


 が、晴馬も手をこまねいているのはここまでと考えていた。


(そろそろ、彼にも彼らしい新星祭にご参加いただきましょうか)


 晴馬は頭の中でとあるプランを立て、自身で休むのだった。



----------



 晴馬との手合わせを終えた三神は、自室の浴室にてシャワーを浴びていた。首を垂れた後頭部に温かなシャワーが降り注ぐ。身体を癒すにはうってつけの温度が三神の全身を支配して、リラックスへと促すはずが、三神の全身は鳥肌が立っていた。


 最後の晴馬が見せた、極上の洗練された流麗な体術。カラクリを明かせば単純な体術でも、次元の違う練度になれば理解に時間を要し、どうしたって心身共についていけなくなる。それを全身で感じ取った。


 いや、本当に鳥肌が収まらないのはそれが核心ではない。


 あの約1秒。辛うじて見えたのは、晴馬の表情。これまで見たように、真顔や事務的な微笑みではない。


 愉悦。


 そう表現するのが正しい。まるで新たな玩具を見つけたような、楽しみをほんの少し笑みに代えてを浮かべていた。


 まな板の上の鯉。自分がそういう状況にあったことを、三神はここにきて感じ取っていた。三神は練術を使用していなかったが、もちろん体術だけでも本気だった。


 それでも、結果はもちろん完敗。いや、仮に舞踏王(ナタラージャ)を使用していても、一矢は報いても勝てたかどうかは分からない。


 晴馬に手合わせをお願いしたことに後悔はない。が、学びというにはあまりにも次元が違う。


 アドレナリンとでも言うべきだろうか。戦闘直後はそこまで感じなかったが、時間が経って振り返ることで、ようやくその恐怖を感じ取っていた。


 俺はもしかしたら、思っていた以上にとんでもない存在と対峙したのかもしれない。


 そんな思いを巡らせ、三神は温かな雫による祝杯を断った。



------------------------



 翌日、新星祭へ参加した各々は午前中の内に本部や各支部へと帰ることとなった。互いに再度健闘を讃えたり、別れを惜しむ。


 そんな中、出発準備を済ませて学生たちの青春を見守る晴馬。歳で言えば晴馬も見守られる側なのだが、今更である。


 が、青春というのは関わろうとしなくても、アッチからやってくることもある。


「あの……、天津先生……」


 晴馬の傍にオドオドしながら来たのは、第二支部代表の侑蓮。


「なんでしょう?」


 特段、何かを意識したり期待することはなく、晴馬は淡々と応じる。反対に侑は俯き気味で、持ち味の明るさは鳴りを潜めている。


 晴馬にしてみればなんともやりにくい空気感である。長い体感時間を経て、侑が呼吸を整える。


「コ、コレ!受け取ってください!」


 差し出されたのは、折り畳まれた一枚のメモ用紙。少し不気味に感じつつメモ用紙を受け取り、丁寧に折り畳まれた中身を確認する。


 そこには、とある規則的な番号列と英数字が記載されていた。ここまでくれば晴馬にも予想がつく。いわゆるプライベートの連絡先だろう。


「……蓮さん。あの、大変ありがたいのですが……」


 晴馬がやんわり断ろうとした直前に、侑は歓喜と達成感の奇声をあげてアリサたちの元へと走っていった。


 残されたメモ用紙を見てどうするべか迷っているところ、


「まぁまぁ、いいじゃないかそのくらい」


 晴馬の肩に腕を乗せる男性、第二支部の教師である宝生。


「……しかし、先生」


「分かってるよ。生徒と教師の個人的な交流は、一般的にはあんまり良しとされてないってのは。だから、切磋琢磨の意見交換の為ってことで一つどうだ?」


「……」


 何を心にもないことを。という無言の圧を、宝生も感じ取ってはいた。


「後はホラ、蓮の三位入賞のお祝いだとでも思ってよ」


 新星祭の入賞云々まで持ち出されては、もはや受け取らない理由がない。晴馬は心の中でため息を吐く。


「……分かりました。でも、活発な交流は期待しないでくださいね」


「分かってる分かってる。未読無視や既読無視とかしなきゃ文句はねーよ。あ、でもせっかくだから毎朝のモーニングコールとかやってもらっても……?」


「……先生?」


「冗談だよ。……そんな眼で見るなよ。オッサン萎縮しちゃうぞ」


 宝生に向けた冷たい視線を外し、メモ用紙へと戻す。色々と思うところはあるが、ひとまず丁寧に軍服の内ポケットへと丁寧に戻した。


 晴馬は侑の気持ちには気が付いている。実際、素直な好意は嬉しい。


 しかし……、


(願わくば、男性を見る眼を身に着けてほしいですね。少なくとも、私のようなろくでもない男は真っ先に弾くような慧眼を……)


 これは、少なくとも晴馬にとっては自虐ではなく事実。仮にこの言葉に侑が傷ついたとしてもかまわない。寧ろ幻滅と嫌悪すら期待している。


 つくづく、根性の曲がり方が捻じりに捻じ曲がっている自分をあざ笑い、帰りのバスに乗り込むのだった。


----------


「やぁやぁ!本部代表の皆さん!新星祭お疲れ様ー!」


「イェーイ!」


 バスの中で突如として響く、労いの音頭。さすがというべきか、ノッたのはアリサ。他の面々はどちらかというと困惑が近い。


「……あの、成宮様?なぜ本部代表のバスに?」


 元気に音頭を取っていたのは、至印将の一角を担う 成宮。晴馬の疑問は尤も。なぜなら、成宮は第一支部の支部長だからだ。普通に考えれば、バスに乗るなら第一支部の帰りのバスだと思うだろう。


「これから本部に用事があるからねー。せっかくだから乗せてってーってね」


 説明されれば至極当然の事情。疑問はありつつ、晴馬からはこれ以上は特にない。


「新星祭どうだった?」


「各々、お見事な戦いぶりでしたよ。宙良さんに関しては、入賞おめでとうございます」


 成宮が新星祭の会場に来たのは後夜祭のタイミング。結果はなんとなく聞いていたが、細かな戦闘内容までは知らない。


「入賞もそうだけど、宙良は鴉間君と戦えたのを嬉しがってたね。全力出し切ったってさ」


「統さんと?仲良かったんですか?確かに、お二人は指名戦でしたね」


「前回の対戦で不完全燃焼っぽかったらしいよ。今回はスッキリだってさ」


「ほう」


 何か特別な雰囲気ではあったが、良く事情は知らなかった晴馬。


「結果こそ宙良の勝ちだったらしいけど、実際のところどうだったの?」


「そうですね……。私の正直なところで言うと、統さんの完敗です」


「おや、厳しい評価。健闘したって聞いてたけど?」


「手も足も出なかったという意味ではありませんが、最終的に未完成な技術で立ち向かい、そして敗北した。当然の結果という意味で完敗です。ポテンシャルというのは十分に発揮してこそですので」


「なるほどね。ハルちゃんらしいや」


 ここで、晴馬はある意味でのクレームを思い出す。


「そう言えば、第一支部代表に少し礼儀に欠ける人間がいたのですけど」


「え?いたっけ、そんな子?」


 晴馬は片桐との戦闘において、晴馬と片桐に一方的な取引を持ちかけた中田についての話をした。


「そっかそっかー!ごめんなー!」


 なぜか笑いながら謝る成宮。怪訝な表情で見る晴馬。


「いや、ホントにごめんって。普段はそんなことする子じゃないんだけどね」


「……ならば、なぜあのような無礼を?」


「うーん、多分だけど、彼が君のファンだからじゃないかな」


 思わぬ結論というか、意味がわからない結論。


「……ファン?」


「ファン」


「……ファンクラブとかの?」


「そう。ファン」


「……ファンミーティングとかの?」


「そう。ファン」


「……ファンヒーターとかの?」


「ハルちゃん?そろそろ戻っておいで?」


「……失礼しました。色々と疑問は尽きませんが、ファンと今回の行動とどんな繋がりが?」


「片桐君への嫉妬かな」


「嫉妬?」


「そ。アリサちゃんと統君はまだしも、ぽっと出の片桐君が、自分のファンであるハルちゃんの授業や手ほどきを受けられる立場が羨ましいんだよ。だから、片桐君に勝って立場を乗っ取ろうとしたわけだね。


ハルちゃんが先生をやるって聞いた時、結構羨ましがってたから」


「随分と自分勝手な……。大体、所属を乗っ取るなんて可能なんですか?」


「まさか、生徒の一存で決められるわけないでしょ。まぁ、彼も必死で視野が狭くなっていたっぽいね」


「そんなことで済まされても……」


「安心してよ。ちゃんとお叱りと処罰は下すから」


 当然だが、今回の勝手な賭けによる決闘など、協会や養成機関の運営側は知らない。人の欲というのは時に常識やルールを超えようともがくから恐ろしい。


「それと、私のファンになるというくだらない趣味は捨てるようにもお伝えしてください」


「……なんてこと言うのさ」


 自己評価含め、とことん辛辣。


「当然でしょう。下手に関わったり目標にしたりすれば、各所から睨まれかねませんから。それに、私は憧れちゃいけない人間ですので」


「ハルちゃんの気持ちも分からなくはないけどさ、これまでの実績とか実力考えたら、憧れないのは無理が無いかい?」


「だとしても、私じゃなくても至印将とか憧れるべき存在はいますから」


「わーお。ボクのハードルも上がっちゃう感じ?」


「ええ。例えば、《蠍王(アンタレス)の(・)生誕(フェスティバル)》は成宮様に憧れる語り草としては十分では?」


 その単語を聞き、成宮はバスの天井を仰ぐ。


「はー、やめやめー。自分の過去の実績なんて、聞いててムズムズするよ」


 本来、誇るべき実績でありつつも、成宮はどこかその単語に思うところがある模様。


「同感です」


 バスは滞りなく、本部への道を進んだ。



----------



 新星祭から数日経過し、特に大きな怪我などもなかった新星祭の影響はほぼなく、各々が通常の業務や授業に戻っていた。


 とある日の夕方、本部の敷地内にある山の山頂。ある意味でこの男もいつも通りに過ごしていた。


 荒木天征(あらきてんせい)。立場の学生ではあるが、授業には出ずにいつも通りの山登りをしていた。


 そんな中、天征のポケットに入っていたデバイスから着信音が鳴り響く。あまり鳴らないその着信音は、天征の緊張と警戒レベルを引き上げる。


 画面に表示されていたのは天征も知らない番号。少し悩んだ末に、通話許可のボタンを押し、耳元へと近づける。


「……もしもし?」


『こんにちは、天征さん』


 デバイス越しの電子がかった男性の声。その主が判明した後、天征は遠慮なくため息を吐いた。


「……そんなことだろうと思ったよ、先生」


 通話の相手は晴馬。形式上は天征の先生に当たる。


『出てくださるとは思いませんでしたよ』


「……知らん番号はひとまず出て、お呼びでない下らない業者や機械音声なら罵倒して切ることにしてるんでね」


『へぇ、珍しいタイプですね。普通なら訝しんで、電話番号を調べてから考えることが多いですのに』


「で、何の用だよ」


 雑談の雰囲気をぶった斬り、本題へのルートをねじ込む天征。


『いえね、この間の質問にお答えしようと思いまして』


「質問?」


『「至印将はそんなに偉いのか。偉いのに、簡単に辞めることができるのか」という質問ですよ』


 天征は虚空を見つめて「あー…」と、呟く。晴馬にも、その先の「そんなこと言ったような」という言葉は容易に想像できた。


「律儀だなぁ、先生。軽い雑談の呟きだったろうに」


「当然です。生徒の質問にはできるだけ答えるのが、今の私の仕事の一つですから」


 いくら仕事とは言え、ここまで律儀な者がどれだけいるのか。心の中でツッコミ、それでも興味をそそられることは否定できない天征。


「そっか。じゃ、早速お答えをお願いしましょうか」


 少し遊び半分の煽り口調で答えを求める。どんな答えでも適当にあしらって終わり。そう思っていたのだが、晴馬は簡単にはいかなかった。


『そこでなんですが、今夜の20時あたり、空いてますでしょうか?』


「は?なんで?」


『せっかくですので、場所を変えて直接お答えしようかと思いまして』


 電話越しで非常に怪訝な表示を浮かべる天征。


『どうせ暇でしょう?』


「……あのな、そんな勝手に決めつけんなっての……」


『予定あるんですか?授業は出ないのに?』


 次々に出てくる、身から出た錆による逆襲。面倒な事態へと進展していき、逃げ場も無くなっていく。


「……分かったよ、行きゃいいんだろ……。場所はどこだよ」


『運動場でお願いします』


「運動場?なんでまた」


『せっかくですので、夜風にでも当たってお答えしようと思いましてね』


 何か企んでる。そう思わせるには十分な条件。かと言って承諾したものは取り消せなかった。


「……分かったよ」


『良かった。お待ちしております』


 晴馬との通話を切り、夕日が輝く雲海に白い息を吐く。


(なーにが「良かった」だよ。ほとんどゴリ押しじゃねぇか)


 天征は通話先に文句を言いつつ、乱立した岩肌を軽々と降りていった。



----------



 時刻は早くも20時。夏場と言えど日の落ちた運動場は照明器具に照らされていた。


 比較的気温も下がり、夏にしては過ごしやすい夜の運動場に赴く天征。その目的は先に来ていた。


「ようこそ」


「……」


 ベンチに座って待ち構えていた晴馬。その微笑みに怪しさを感じ、警戒する天征。


「さて、雑談の用意もありますが、早速本題に入りましょうか。その方がいいでしょう?」


「……ああ。助かるね」


 晴馬と少し距離を置いてやり取りをする。晴馬が座しているベンチの横は当然空席だが、そこに座るつもりはない。


「では、改めまして「至印将はそんなにも偉いのか。偉いのに、簡単に辞められるものなのか」についてですが……」


 軽い雑談ついでの呟きのつもりだったが、天征に緊張が走る。喉を唾で鳴らして、渇きを誤魔化した。


「偉いに決まってるでしょう。それに、簡単にやめられるわけもないです」


 あたりに堂々として答えに、口をポカンと半開きで反応する。そんなことはお構いなしに、晴馬は持論を続ける。


「いいですか?至印将というのは、数多の伏魔師の中から選ばれた伏魔師協会の戦闘面のトップを担う方々です。なりたくてもなれるものではないし、なってからも大変なんです。まずですねーーー」


 などなど、説教に近い回答が続いた。想像していたより、ずっと冷徹で理性的で合理的な回答の数々。それを聞いていた天征は、思わず高笑いを上げる。


「……何か可笑しいところでもありました?」


 しっかり回答していたところで、急に笑いで中断されれば誰だって苛立つ。晴馬も例外ではない。


「あー、いや、すまんすまん。想像してたよりずっと綺麗事並べるもんだから、思わず笑っちまって。


いや、ホント身に染みたよ。先生の回答」


 明らかに晴馬の言葉をしっかりと受け止めた者の雰囲気ではない。このまま適当に終わらせる気だ。


「話は終わり?じゃ、俺は帰って寝るよ。わざわざありがとうな、先生」


 そのまま運動場を後にしようとする天征。その背後で、晴馬が軽くため息をついた。


「……師匠が師匠なら、弟子も弟子ですね」


 天征の歩みが止まる。


「授業にも出ず、人の話を真面目に聞かず、他者の期待を裏切り続ける。百崎も至印将でありながら、突然として失踪したりと至印将に不適格な女でしたね。師弟揃って、どれだけ伏魔師協会に迷惑をかければ気が済むのやら」


 単語が並べられるたびに、天征の歩みが晴馬側へと戻ってくる。


「あのような女に至印将が一時でも任せられたことを考えると、悍(おぞ)ましくてしょうがない」


「おい」


 気がつくと、天征は晴馬の眼前数mのところまで来ていた。無論、苛立ちを伴って。


「なにか?」


「さっきから黙って聞いてりゃ、ズケズケと言いたいこと言ってくれてんな。あ?」


「本当のことですから。何か問題でも?」


 あくまでまであっけらかんとしている晴馬。


「俺のことはひとまずどうでもいい。けどな、師匠のことをよく知らないヤツに、そこまで言われる筋合いはねぇぞ」


「そんなの私の知ったことではありませんよ。あの女は至印将でありながら、職務を放棄して失踪した。それが事実です。


ゴミ、


カス、


ゲス、


いや、ある意味、売女ってところか」


 最後の言葉がトリガーになり、天征の青筋の立った右腕が晴馬の胸ぐらを強く掴む。


「……離しなさい。売女の弟子の手など、汚らしくてしょうがない」


「……だったらその手で首を捩じ切ってやろうか?」


 まさしく一触即発。互いに引かずに睨み合う。しばらくして天征が晴馬の胸ぐらから手を離した。ただし、引いたわけではない。


「ちょっと付き合えよ、天津晴馬」


「……何にです?」


「決まってんだろ。合法的に冷徹自慰野郎をブン殴るための決闘だよ。それとも、生徒に殴られるのは怖いか?」


 挑発的な天征に対し、晴馬はため息を吐く。


「……これだから師弟揃って野蛮人は困ります。いいでしょう。そのくだらない思い上がりを叩き直してあげます。


売女のお弟子さん」


 触れるのも憚られる冷たい事情と両者の熱。その矛盾した空気が二人を包む。

 

 今、天征にとっては久しく、空虚な怒りが全身を突き動かす

 

 対して晴馬は淡々と応じつつ、これからやろうとしていることへの緊張が、頬に流れる一筋の汗となって表れていた。







ご覧いただきありがとうございます。


色々な若者が自分なりに進む中、一人だけ一歩も進めない者がおりましたね。次回が彼にとっての新星祭であり、新星祭編の最終回となります。是非よろしくお願いします


お疲れ様でございました。

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